武蔵野美術大学 美術館・図書館イメージライブラリー

第13回イメージライブラリー課外講座
「映像でみるイームズの世界」の記録


講師:柏木博(デザイン評論家、武蔵野美術大学教授)、寺原芳彦(インテリア/プロダクトデザイナー、武蔵野美術大学教授)
開催日:2001年5月24日

 

この講座について

アメリカのモダンデザインのパイオニアであるチャールズレイ・イームズは、新素材の利用と革新的なデザインで近代家具の歴史に大きな進展をもたらしました。その仕事は家具のデザインのみに留まらず、彼らは建築、映像制作の分野においても大きな功績を残しています。その様々な仕事に共通するクリエイターとしてのイームズの魅力を、映像作品を通して、デザイン批評を専門とされる柏木博教授、デザイナーとして活躍される寺原芳彦教授の視点から探りました。



アメリカのデザイン史とイームズについて

柏木 今日はイームズのデザイン、それから映像について皆さんと一緒に見ていこうと思います。
 アメリカのデザインの歴史というのはなかなか重要でありながらも、調べにくいところがたくさんあります。とりわけイームズ以降の流れというのは、もっと調べにくくなってしまいます。位置付けとしては、チャールズ・イームズはいわゆる第二世代のデザイナーと言われています。第二世代のデザイナーにどういう人がいるかと言うと、ジョージ・ネルソンがいます。彼のデザインした椅子で有名なものに「マシュマロ」がありますね。それから、デイブ・チャップマン、モンゴメリー・フェラー、こういった人たちが同世代でいるわけです。この人たちは大体1940年代位から活動を始めた人たちです。それに先立つ第一世代の人たちもいます。それが、ノーマン・ベル・ゲディーズ、ウォルター・ドーウィン・ティーグ、ヘンリー・ドレフュス、こういった人たちですね。レイモンド・ローウィもそうです。
 第一世代のデザイナーというのは、大恐慌の不況の時代を背景にして、マーケットを活性化させるために色々な仕事をしていた、という特徴をもっています。また、もうひとつの特徴は専門の教育を受けていないということです。デザインにしろ、建築にしろ、専門の教育を受けていない。一方で、第二世代のジョージ・ネルソン、チャールズ・イームズたちは専門の教育を受けています。イームズに関して言うと、ワシントン大学やその他色んなところで教育を受けていて、そしてクランブルック美術学院に参加して行くわけですね。
 彼らの世代は大体、第二次世界大戦中に仕事を始めています。イームズが第二次世界大戦中に合板の添え木「レッグスプリント」のデザインをしたことは有名ですね。イームズはサンディエゴの海軍病院にかなりのコネクションがあって、大量に「レッグスプリント」の発注を受けるわけです。これは骨折した足のための添え木なんですが、実際に体に当ててみますと、僕の胸のあたりまできてしまうような、かなり巨大なものです。しかし、プライウッド、合板で作られていますので、非常に軽く仕上がっています。イームズはそういった研究をしていて、それがプライウッドの椅子のデザインに繋がっていくわけですね。そのように、第二世代のデザイナーたちの特徴的な点は、第一世代の人たちのように華々しくはなかったけれど、戦争中に仕事を始めて、それが50年代、60年代へと続いていくことにあるわけです。
 ここで重要なのは、ニューヨークの近代美術館で、インダストリアル・デザイン部門のキュレーターであるエリオット・ノイスによって、1940年から41年にかけて「家具の有機的なデザイン」というコンペティションが開かれたことです。これは、省略して「オーガニック展」と呼ばれていますが、ここにイームズとエーロ・サーリネンが共同でシステム家具を応募して、グランプリを獲ったんです。以降、彼らは次々と新たなデザインをスタートさせていきました。エーロ・サーリネンとイームズはそれぞれ別々に作業をしていくようになるわけです。チャールズ・イームズには、そういう比較的華々しいスタートがあったわけですね。チャールズ・イームズはこの同じ年、クランブルックに参加していたレイ・カイザーという女性と結婚して、生涯作品に「チャールズ&レイ」という形でクレジットを入れるようになりました。
 彼らの仕事の多くが家具の仕事なんですが、これらをバックアップするハーマン・ミラー社のような企業がアメリカに育ってきたということも非常に重要です。ここでひとつ付け加えておきたいんですが、これは意外に知られていないんですが、1950年代前半に北欧のモダンデザインの巡回展がアメリカとカナダで行われたんです。これは1980年代に北米で行われた北欧デザインの展覧会カタログにも書かれていましたが、ここで展示された北欧のデザインが第二世代のデザイナーたちに非常にインパクトを与えたんです。そこで、それらに代わり得るようなアメリカの戦後のモダンデザインを何とか生み出さなければいけないということを感じとったのが、イームズやジョージ・ネルソンたちであった、という風に言われているんですね。ですから、第二世代のデザイナーというのは、まさに戦後のアメリカのモダニズムを代表するデザイナーであったという風に言ってもいいと思います。では第三世代のデザイナーがいるのかというと、この後は非常にばらけていってしまうんです。そういう意味でも、第二世代のデザイナーの作品は非常に特徴的なアメリカのモダンデザインを代表しているのではないかと思います。
 イームズは家具のデザインだけではなくて、映像作品もずいぶん作っています。それらの映像にも非常に特徴的なところがあると思いますので、後程そのお話をしたいと思います。では、『イームズ・ラウンジチェア』を上映し、その後、工芸工業デザイン学科の寺原先生よりイームズの椅子についてご説明いただきたいと思います。

<『イームズ・ラウンジチェア』上映>

イームズの椅子について

寺原 工芸工業デザイン学科の寺原です。今日はせっかくイームズの椅子の現物がここにあるので、それについて説明したいと思っています。
今観た『イームズ・ラウンジチェア』は、プロモーション映像、ハーマン・ミラー社の販売促進のための映像という風に解釈して欲しいと思います。イームズの映画には、そういったクライアントがいる場合といない場合があります。『イームズ・ラウンジチェア』『ファイバーグラス・チェア』『ソフトパッド』などは、クライアントのあるプロモーション映像になっています。このあと上映する『コマ』『パワーズ・オブ・テン』といったものは、クライアントがないんですね。

1,イームズラウンジチェア(イージーチェアNo.670-L)
制作者:チャールズ・イームズ

2,DCM(サイドチェアNo.DCM)
制作者:チャールズ・イームズ

3,プラスチックアームチェア(ロッキングチェアNo.RAR-8)
制作者:チャールズ・イームズ

4,DSS(サイドチェアNo.DSS)
制作者:チャールズ・イームズ

1~4画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館

5,PCベース図説

 ここにあるのが今上映した『イームズ・ラウンジチェア』に登場した「イームズ・ラウンジチェア」(写真1)です。この椅子は見てお分かりのように、極めて座りやすいような感じを受けるんじゃないでしょうか。イームズのデザインというのは、人間の体と非常に馴染むような印象を与えると思うんです。この椅子に関しても、人間の体に即したシェイプが見受けられますね。ですから、見ていて安心するのではないかと思います。これは私なりの見方なんですが、「ラウンジチェア」というのは、今や非常に固有名詞的になっています。つまり、ラウンジチェアには色んなものがありますが、ラウンジチェア=「イームズ・ラウンジチェア」というくらい代表的なものになっているんです。いわばキング・オブ・ラウンジチェアという様な見方をしてもいいんじゃないかと思います。「イームズ・ラウンジチェア」はプライウッド、成形合板でできています。「イームズ・ラウンジチェア」以前には、「DCM」(写真2)、「プラスチックアームチェア」(写真3)、それから「DSS」(写真4)などが既に作られていました。ですから、「イームズ・ラウンジチェア」はその時点でのイームズの集大成的な作品だと考えていいのではないかと思います。具体的にどういう部分かというと、プライウッドの部分は、「DCM」からきているわけです。それから、ベース部分は、PC(Pivot Cast)ベースという、こういう様な脚(写真5)があるんですが、このシェイプ、ディテールとよく似ているんですね。さらに背の部分が、「ソファコンパクト」という椅子の背もたれの繋ぎの部分とそっくりなんです。つまり、「ソファコンパクト」「PCベース」「DCM」において実験し、発見したものを「イームズ・ラウンジチェア」に取り入れているので、その時代なりの集大成的な椅子という風に考えていいのではないかと思います。
 それから、「ソファコンパクト」「イームズ・ラウンジチェア」の背当ての繋ぎ部分に使われているパーツに、ショックマウントというものがあります。これは小さなパーツなんですが、非常に大きな発見と言われています。ミース・ファン・デル・ローエが「神は細部に宿る」と言う有名な言葉を残していますが、イームズはミースを尊敬していた部分があって、非常にディテールにこだわるんです。このショックマウントはゴム製で柔構造になっているために、これを使う事によって衝撃に対して多少フレキシブルになります。
 また、「イームズ・ラウンジチェア」のクッションの中には、水鳥の羽毛、しかも胸毛という最高級のものを入れています。しかし、クッションを支えているのは成形合板ですから、座ると底付き感があってゴツンとするので、それを緩和させる工夫もしています。このクッションは、専門用語でいうところのファイバー・ペーパーに載っかっている構造になっています。このファイバー・ペーパーには、穴がポコポコ開いているんです。ですから、座った時にこの穴から空気が抜けることによって、静かに静かに沈んでいく。そういう秘密があります。さらに、このクッションには、革の中にもう一枚袋があるんです。そして、その袋は三角形状のポケットによって構成されていて、その中に水鳥の羽毛がいっぱい入っているんです。そのため、四角形のポケットで分割されているものと比べて体に馴染みますし、羽根も均等に行き渡る。そういったディテールの秘密こそが、「イームズ・ラウンジチェア」が最高傑作とされる所以ではないかと思います。

<『ファイバーグラス・チェア』上映>

寺原 映像作品『ファイバーグラス・チェア』も、「ファイバーグラス・チェア」のプロモーション映像と言ってもいいと思います。販売促進のための映像というわけですね。ただし、さっきの『イームズ・ラウンジチェア』と違って、より椅子の構成を細かく説明しています。お気付きの方もいるかもしれませんが、この映像ができたのは1970年です。そして「ファイバーグラス・チェア」が作られたのが1953年くらいなんですね。そうすると随分後になってこの映像が作られたということになります。ですから、先程の映像の中に"Historical Note"として、「この加工方法は昔の方法であり、今は使っていません」ということが書かれていたわけです。
 映像には、シェルの部分を作っているところも映っていましたね。シェルというのは“貝”を意味するのですが、「DSS」(写真4)、「プラスチックアームチェア」(写真3)などの、プラスチック成形の座面部分の事をそう呼びます。量産といっても、映像を見たところ実際には人の手がたくさん入っていて、手作り的なところもあったようですね。ガラス繊維が雪のように降ってきて、それを下の方から吸い取ってシェル状にして、それを型台に載せて、ポリエステルレジン(ポリエステルの液体)を流してプレスするんですが、今はそういう方法は使われません。
 ベース部分の制作過程については、アルミニウムをドロッと溶かして型に流し込んでいるところが映っていましたね。あれが先程言ったPCベースというものになるんです。そのベースの上にシェルが載っているわけです。ベースとシェルは、さっき説明したショックマウントで接合されています。PCベースは、専門用語で言うとダイカスト、金型鋳造という方法で作られています。ダイカストには、コールドとホットがありまして、この場合にはコールドチャンバーという方法で作っています。ちょっと専門的になってしまいますが、ダイカストの場合は圧力をかけて鋳込むんですが、鋳造にはグラビティというもうひとつの方法があって、これは単に型にアルミニウムをドロドロと流し入れて重力のみで鋳込む方法なんです。どちらが綺麗な仕上がりになるかというと、ハーマン・ミラー社が言うにはグラビティらしいです。効率から言いますとダイカストの方がいいと言えるんですが。『ファイバーグラス・チェア』の映像で描かれていたのは、ダイカストのコールドチャンバーという方法だったわけです。

<『ソフトパッド』『901:チャールズ&レイとイームズ・オフィス45年後の記憶』上映>

寺原 『901:チャールズ&レイとイームズ・オフィス45年後の記憶』に登場するのは、イームズが45年間仕事場にしていたアトリエです。奥さんのレイ・イームズが亡くなった後にそこを片付けている光景を撮影しているわけなんです。ナレーションをしているのは、お孫さんのデミトリアスさんです。タイトルにある901というのはアトリエの番地で、それをアトリエの名前にしていたんですね。この建物は元々ガレージで、それを改造したのでかなり広いんですが、そういう所でイームズ夫妻は建築、家具、グラフィック、映像等々を制作していたということです。
 次に『ソフトパッド』についてお話しますと、これもハーマン・ミラー社のためのプロモーション映画です。ちょっと思い出して欲しいんですが、先程の『ファイバーグラス・チェア』とは違って、細かい制作行程は写していませんよね。その代わり、上から下から横からといったように、色んな角度から椅子を写しています。デザインする立場から言いますと、椅子というのは前から見て美しいばかりではいけなくて、やはりどこから見ても美しくなくてはいけないんです。そういう意味で、色んな角度から写しているのは大変良いことだと思います。
 イームズの映像作品『パワーズ・オブ・テン』は、“巨視と微視”を使い分けて作っている代表的な例ですが、『ソフトパッド』 にもその視点が窺えます。椅子の一部分をクローズ・アップで写したり、あらゆる方向から全体を写したりしていて、詳細と全体、両方に視点がいっている。その辺がイームズならではの素晴らしい視点じゃないかと思っています。“巨視と微視”、それがいわゆるイームズ・アイと言われている視点です。

6,アルミニウムグループチェア(イージーチェアNo.682)
制作者:チャールズ・イームズ

画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館

7,ソフトパッド ベース部分


 「ソフトパッド」のデザインについてご説明しますと、「ソフトパッド」は、「アルミニウムグループチェア」(写真6)が元になっています。「アルミニウムグループチェア」が作られたのが1958年で、「ソフトパッド」が1969年なので、「ソフトパッド」の方が随分新しいんですよ。ですから「アルミニウムグループチェア」が「ソフトパッド」の原型になっていると言っていいと思います。「アルミニウムグループチェア」は、シートの部分が合成皮革になっていて、中にウレタンを入れて高周波のプレス機でプレスキルティングしているんです。そのため、こういう波型のシートになっています。「ソフトパッド」というのは端的に言いますとクッション部分の事を指していて、それが商品名になっているわけですが、「アルミニウムグループチェア」の上に、クッションを載せたのが「ソフトパッド」と解釈してもいいかと思います。しかし、これはイームズから聞いた訳ではないんですが、イームズはどうもこの「ソフトパッド」を嫌っていたそうです。私はその訳がなんとなく分かるんですね。というのは、実際に座ってみると前に滑ってしまうんです。確かに柔らかいんですが、やっぱり「アルミニウムグループチェア」に単純にクッションを載っけた、というところに少し無理があったんじゃないかと思います。これは、ハーマン・ミラー社が販売し易くするために、こういうものを設けたんじゃないかとも言われているんですね。ですから、この椅子のデザインは決してイームズの本意ではなかったということは、結構多くの方が言っています。非常に柔らかくて気持ちは良いんだけど、そういう欠点もあるということですね。
 イームズというのは非常に、デザインの手法が明快なんです。先程言ったように、人間の体と非常に合った形にするので自然感や安心感を与えるんですが、デザインをする上で複雑なことをあまりやっていない。非常にプリミティブなことをやっているんです。例えば、「ソフトパッド」のベース部分(写真7)を見てみると、この部分は映像作品の方でも出てきたんですが、シャフトを突っ込んで、ちょっとしたネジを締めるだけで抜けなくなるんです。そういった意味においてデザインの手法が明快であり、分かり易いですね。その辺がまた凄いところじゃないかと思います。それから、椅子の裏にあるハンドルは、椅子の揺れ具合の調節をする部分です。これを締めていくと揺れなくなっていく。これはどういう構造になっているかというと、トーションバーというものを用いて、シャフトの中に入っているスチールをギューっと締め付けるわけです。そうすると、ねじれが生じて揺れなくなるという、きわめて初源的な構造です。構造が非常に明快なんですね。ハーマン・ミラー社の「アーロンチェア」という素晴らしい椅子がありますが、この椅子はゴムの弾力を利用していまして、技術的に複雑になっているんですね。そういうところにイームズのデザインの明快さというものが窺われるわけです。
 それから、「ソフトパッド」のステッチの部分ですが、それまではシングルステッチといって、縫い目が1本のものが多かったんですが、ダブルステッチ、縫い目が2本になるやり方を試みています。さらに、「イームズ・ラウンジチェア」と同様に、座った時の空気抜けを考慮しています。どういう風にしているかというと、この椅子の下側には目の荒い布地が使われているんです。ですから空気がどんどん逃げる。この布は、ホップを入れる袋に使われていたことからホップサックと呼ばれる布地なんですが、そういった目の荒い、通気性の良いものを使っている。ですから、座った時にそこから空気がスゥーっと逃げていくわけです。また、「ソフトパッド」は、ノックダウンと言いますが、生産効率を良くするために全部バラバラにすることができます。
 ここで重要なのは、イームズのデザインは非常に合理的でありながら、とても有機的な形をしているということです。そこにイームズの素晴しさがあるんじゃないかなと思うんですね。

柏木 イームズの椅子のデザインを巡って、寺原先生から非常に貴重なお話がありました。  今、会場にいらっしゃる島崎先生*1が教えて下さったんですが、先程、50年代に北欧デザインの巡回展がアメリカとカナダで行われて、そのデザインがイームズたちにインパクトを与えたという話をしたんですが、これはジョージ・イェンセンがやったらしいんです。

島崎 補足させてください。アメリカとカナダを巡回した「スカンジナビアのデザイン展」は2種行われています。そのひとつ、1954年から3年半にわたってアメリカ24都市とカナダ3都市で開催された「Design in Scandinavia」は、雑誌「House Beautiful」とAmerican Foundation of Artとの共催で、北欧4カ国のデザイン協会の下に行われたものです。ふたつめは、前者の大成功の直後からニューヨークの北欧政府観光局(Nordic Tourist Boards)が数年にわたって、毎年、全米各地を巡回した「Design Scandinavia展」です。これらの2回にわたるアメリカにおけるスカンジナビア・デザインの巡回展は、ニューヨークのGeorge Jensen Inc.の絶大な協力の下に行われました。
 ニューヨークの5番街にあったGeorge Jensen Inc. とマジソン街にあったBonnierという店は、スカンジナビアン・モダンデザインのメッカとして全米のデザイナーの注目を浴びていました。

柏木 なるほど。

島崎  George Jensen Inc.はデンマークの銀製品メーカー、ジョージ・イェンセン社の全米総代理店を戦前より営み、戦後は北欧各国のデザイン製品を幅広く販売し、地位を確立しました。そして、1951年に北欧の若いデザイナーに自信を持たせるため、毎年二人のデザイナーにデザインのノーベル賞とも言われた“ルーニング賞(Lunning Prize)”を、George Jensen Inc.のオーナーであるフレデリック・ルーニング(Frederick Lunning)の名にちなんで創設しました。第一回の受賞者は、フィンランドのタピオ・ヴィルッカラとデンマークのハンス・ヴェグナーでした。ルーニング賞は1951年より、北欧4カ国のデザイナーから毎年2名ずつ授賞され、1970年を最後に20年40名を以て終了しました。

柏木 昨年、三宅一生がジョージ・イェンセン賞というのを受賞しましたが、あれは何ですか?

島崎 三宅一生が受賞したジョージ・イェンセン賞は、ニューヨークのGeorge Jensen Inc.とは関係なく、デンマーク、コペンハーゲンのジョージ・イェンセン社が創設した賞だと思われます。

柏木 あれは第一回目ですか。

島崎 三宅一生が第一回目ではないと思いますよ。飛び入りで失礼しました。

*1 島崎信教授。2011年現在、武蔵野美術大学名誉教授

イームズの映像作品について

柏木 島崎先生、大変良い情報をありがとうございました。
 では、次に映像を見ていきたいと思います。既に寺原先生からご指摘があったように、ミクロとマクロの視点というのはイームズ独特の映像を形成していると思います。イームズは、きっと映画が好きなんでしょうね。「イームズ・ラウンジチェア」は1956年に映画監督のビリー・ワイルダーのためにデザインしたそうです。多分若い人は知らないと思いますが、『アパートの鍵貸します』などの監督で、アメリカの戦後の映画界における巨匠のひとりです。『アパートの鍵貸します』もデザインとして見ると、面白い物がいっぱい出てくる映画ですね。「イームズ・ラウンジチェア」は60年代には既に10万個出ていますから、ハーマン・ミラー社としてはベストセラーの椅子です。それではさっそく次の映像を見ていきたいと思います。

<『コマ』『ハウス(ハウス:ケース・スタディ・ハウス#8 5年後の記憶)』『おもちゃの汽車のトッカータ』『ブラックトップ』『パワーズ・オブ・テン』上映>

柏木 なかなか面白い映像でしたね。最後の『パワーズ・オブ・テン』を除いて、『コマ』『ハウス(ハウス:ケース・スタディ・ハウス#8 5年後の記憶)』『おもちゃの汽車のトッカータ』『ブラックトップ』の4本は、ほとんど同じ手法で作られています。全てクローズ・アップを用いています。『コマ』には人間の顔がちょっと出てきますが、ほとんどは独楽のクローズ・アップばかりです。様々な国の色々な独楽が回されているところを、クローズ・アップだけで撮影して繋いでいっていますね。それから『ハウス(ハウス:ケース・スタディ・ハウス#8 5年後の記憶)』に出てくる家は、ケース・スタディ・ハウスというもので、1949年に実験住宅としてイームズがデザインしたものです。これも基本的に家具や、様々なコレクション、食べ物、花など、建物の中に置かれている物が全てクローズ・アップで撮影されています。ただ、他の作品と違っているのは、どうもこれはスチール写真を繋いだ組写真のような編集の仕方になっている。その点では違いますが、基本的にはクローズ・アップで作っている、という点で共通しています。
 ついでにお話ししますと、これは有名な話ですが、この住宅は全て工業的な部材で作られていて、極端に言えば、通信販売で入手可能な部材でできあがっている住宅なんですね。ですから、適当に自分の好きな材料を買い集めてきて組み立てていくとああいう家が出来るよ、という、まさにタイトル通りの実験住宅です。この住宅でイームズ一家が生活していた、ということになっているわけですね。 
 それから『おもちゃの汽車のトッカータ』もクローズ・アップを用いていますね。ここで少し違うのは、フォーカシングがカット割りと同じ様な役割をしている点です。つまり、普通はカットを切り返して次のカットに繋ぐんですが、ピントをずらしていって他のものを写していく。そうするとカットを繋いでいる様な効果を出せるわけですね。もうひとつ、これは単純な様でいて「ふーん、なるほどな」と思ったのが、汽車にしても自動車にしても、私たちが気持ちいいと感じる速度で動いているんですね。速さを調整してカメラに合わせて動かしていく、というのはかなり大変なオペレーションだったのではないかと思います。
 それから『ブラックトップ』はイームズの映像としては初期のものだと思いますが、これも徹底してクローズ・アップで撮影していますね。アスファルトの上を水がスーッと流れ行くのをクローズ・アップで撮っているだけなんです。カメラを固定して撮影している場面と、流れていく水をカメラが移動して追いかけて撮影している場面とが上手く編集されているところが特徴的です。水の表面に光が反射したり、羽毛や枯葉なんかを巻き込みながらずーっと流れていくのを見ていると、まるでそれが大海のように見えてくる。ひたすら水の流れだけを写している作品なので、近頃の映像作品を見慣れている人たちにとっては退屈してしまうような映像かもしれませんが、それでも見ごたえのある映像になっていますよね。
 ただただ撮っているだけという意味では、もっとすごい作品がありますからね。アンディ・ウォーホルの一連の映画はもっとすごいんですよ。僕はニューヨーク近代美術館で修復したウォーホル作品を、おそらく全て見ているんです。朝から夜中までかかって三日三晩、試写室でたった一人で、ご飯もおにぎりで済ませて、ずっと見続けたんです。『Empire』は、何時間もひたすらエンパイア・ステート・ビルを写しているだけの作品なんですね。それから『Eat』という作品ではキノコを食べているところを固定カメラで撮影しているだけなんです。ですから、「もう嫌だなぁ」と思うんですが、そこに「ニャー!」とか言って猫がピョーンと乗ってくるところが出てきて、ホッとしたりするんですね。「あぁ〜良かったなぁ、今の猫が良かったなぁ!」って思うんですよ。だから、『ブラックトップ』は水をクローズ・アップで撮っているだけですが、ウォーホル作品と比べるとかなりアトラクティブだなと思ってしまうわけなんですね。
 ここまでの作品に共通しているのは、繰り返しますがクローズ・アップという手法で撮っている点です。クローズ・アップに関しては、戦前の理論家であるベラ・バラージュという人の論文がありまして、これは映像をどうやって観ていくかということについて書かれたものなんですが、そこにおいて言及されています。ベラ・バラージュはクローズ・アップを使うことによって、人物の動きであるとか表情であるとか、そういうものを非常に細かく追うことができるために、意味が拡大される、というようなことを言っているんですね。ですから、ほんのわずかな目元の動きであるとか、唇の動きによって、私たちはその意味を読み取ることができるというわけです。クローズ・アップ理論がベラ・バラージュによって語られるようになってからは、クローズ・アップがどんどん使われるようになっていきます。それ以前の映画というのは、登場人物を割と離れた位置から撮影しているので、無声映画時代はとりわけそうなんですが、ものすごいオーバー・アクションでないとカメラに写らないんですね。チャップリンみたいな大きな身振りになってしまいます。ところがクローズ・アップを用いてほんのわずかな指の動きや、手の震えを撮ることによって、観客は「今この人は緊張しているんだな」とか、「この人は死のうとしているな」といったことを読み取れるようになったわけです。これは人物のクローズ・アップにだけではなくて、物のクローズ・アップにも同じ事が言えます。例えば、カメラが対象に接近することによって、金属の持っている冷たさ、重たさであるとか、木の柔らかさであるとか、傷であるとか、そういうテクスチャーが、それらの物の来歴や意味を発散するわけですね。つまり、私たちに非常に豊かに物語ってくれるのが、このクローズ・アップという方法なんです。こういう手法をイームズは非常に端的に取り入れて使っている。そのため、映像の中に言葉による説明はほとんどないんですが、何をやろうとしているかということが大変分かりやすく伝わってくるんですね。
  もうひとつ重要なことは、例えば『ブラックトップ』では、水が流れていくシーンがカットで繋がれていく。これは編集ですね。『おもちゃの汽車のトッカータ』では、電車が走っていく、駅があって、お客がいて、ドアを閉め、駅員がいて、といったカットが編集によってどんどん積み重なっていき、シークエンスができあがっていくわけです。同じように、アスファルトの上を流れるだけの水には物語がないようだけれども、編集されることによって、そこにビジュアルとしての物語が作られていく。アスファルトの上の水がまるで大海に見えるようになっていくんですね。
 実は、編集という作業は、日常的に私たちがやっている思考の作業とほとんど同じだと思うんです。小さい子どもでも、大人でも、お年寄りでも、どんな素人でも皆そうなんですが、毎日こういう編集の作業をやっている。具体的に言えば、例えば小さな子どもが家に帰って、その日にあった出来事を母親に話すとします。8時間の出来事をそのまま復元しようとすると、8時間かかるわけです。しかし、それはあり得ない。2分くらいで話すわけです。8時間を2分に切り詰めちゃうんですね。切り詰める時に、自分にとって非常に印象的だったところを切り繋いでいく。皆こういう作業を子どもの時からやっているわけです。これを映画でいうなら、10年分の物語を2時間にしてしまう。これをさらに切り詰めていくと15秒のCMスポットになってしまいます。これをさらに編集すると一枚のポスター、グラフィックになってしまうわけですね。イームズ作品を見ていますと、実に端的に、素直に、率直に物語が編集されている。あんまり込み入ったテクニックを使わずに、あるひとつの世界を編集して構築している。実にシンプルです。この点はおそらくイームズの家具の作りと共通していますね。
 そして最後の『パワーズ・オブ・テン』ですが、これは色んな提示を含んでいると思います。視点を移動することによって世界は違って見えてくるかもしれないということだったり、あるいは、ミクロな世界もマクロな世界も非常によく似ていて、実は同じような構造を持っているかもしれないということだったりね。それから、画面の横に数字が出てきますが、基本的にはあれは「空間/時間(時間分の空間)」の数値を表示していますから、僕らは実は速度を見ているわけですね。そんな風に、この作品は色んな見方ができます。それから、メディア論で最近少し注目されているヴィレム・フルッサーという人がいます。フルッサーの論文を読みますと、近代、とりわけ20世紀は物質の時代であったという風に思われているけれども、実は物質の時代ではないんだと書かれています。物質性の根拠がどんどんどんどん揺らいでいって、希薄になっていった時代だと書かれています。そして物質に代わって何が出てきたかというと、数が出てきます。数の象徴が「クォーク」である。私たちは我々を支えているのは物質だと思っているけども、実はクォークであり、これの実体はまだ分かっていない。要するに数になってしまうんです。僕らを支えているものは数。そうすると僕らの世界を支配しているのはデジタルなものかもしれないという、非常に今日的な問題にも関わってくるわけですね。そういうことまで暗示させる、大変面白い作品だと思います。
 では、これからデザインを中心に寺原先生とお話したいと思います。

柏木博教授×寺原芳彦教授 対談

柏木 いま寺原先生がお掛けになっている「アルミニウムグループチェア」、これ最近のものとはやや違いますね。

寺原 これは昔のオリジナルですね。最近はあちこちで作られておりまして、おそらく当初のものと大分変わっていると思うんですね。その辺が残念だなと思っています。

柏木 背中の角度が少し現在のものよりも寝ていますね。前後の揺らぎは、同じような感じなんですが。

寺原 ええ。

柏木 それから脚がこういう板状のものじゃなくて、もう少し立体的な形状になっていますね。

寺原 イームズというのは、絶対デザイン性を妥協しない人なんです。例えば、「イームズ・ラウンジチェア」と同じくらい有名な、タイム=ライフ社のためにデザインされた、商品名でいいますと「675」という椅子がありますね。イームズがこの椅子をデザインしたとき、ハーマン・ミラー社がビスの位置を一個上に上げたいと言ったそうなんですが、「それは絶対だめだ」と妥協しなかったというんです。ビスの位置を数ミリ移動することも許さなかったんです。そういうエピソードを知っていますので、多分イームズから見たら、このアルミシリーズのデザインの変わり具合にはちょっとがっかりするんじゃないかと思います。イームズはそれくらいシビアだったそうですね。

柏木 ところで、オーガニック展のときにサーリネンとデザインしたものは、プライウッドを使っていながら、プライウッドは表面に出てこなくて、表面に布を貼った様なデザインになっていますよね。

寺原 ストレージ・ユニットも出していますし、その中でプライウッドのものもあったと思いますよ。

8,DCW(サイドチェアNo.DCW)
制作者:チャールズ・イームズ

9,DCM(サイドチェアNo.DCM)
制作者:チャールズ・イームズ

10,ウームチェア(イージーチェア)
制作者:エーロ・サーリネン

11,パイミオ(イージーチェアNo.41-83s)
制作者:アルヴァ・アアルト

8~11画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館


柏木 そうですか。1946年にMoMAで「イームズデザインの家具展」をやったときに、この「DCW」(写真8)をデザインしたんですか? その後に「DCM」(写真9)という順番ですか?

寺原 はい。そうですね。ここで「DCW」「DCM」についてちょっとご説明します。柏木先生が座られている椅子が「DCW」です。DはDining、CはChair、それからWはWoodとなります。そして、「DCM」のMはメタルレッグを表しているそうです。「DCW」の後に「DCM」が作られました。

柏木 エーロ・サーリネンの方は、その後、表面をくるんだ椅子に流れて行って、有名な「ウーム(子宮)チェア」(写真10)という椅子をデザインしますね。
ところで、この「DCW」を見ますと、下側のところにさっき寺原先生が仰ったショックマウントが使われていますね。

寺原 そうです。これは先程申しましたように、小さな部分ではありますが、大きな発見という風に言われています。更にご説明しますと、ショックマウントは接着剤で付けているんですが、単に接着剤でくっ付けたのでは剥がれやすいので、その裏に傷を入れたり、硫酸で荒らしたりといったことをやっているんです。そうやって、プライウッドとの接着性を高めているんですね。とにかく、ショックマウントは画期的なことだったんです。

柏木 プライウッドは、この「DCM」以前にアルヴァ・アアルトが使っていますよね。アアルトとイームズの違いについて、寺原先生はどういう風にご覧になっていますか?

寺原 単純なことだと思うんですね。三次曲面か二次曲面かの違いです。端的に明らかなのは、この「DCW」の座面のところですね。非常に複雑な曲面でプレスされております。厳密に言うとアアルトの方にもいくらか三次曲面的なところはありますが、基本的には二次曲面に近いです。イームズの「DCW」はもう完全な三次曲面という、その辺の違いだと思うんです。

柏木 パイミオのサナトリウムのアームチェア(写真11)なんかは…。

寺原 そうです。あれは完全に二次曲線ですね。ですから、そこからかなりイームズが発展させたということですね。

柏木 なるほど。それは非常によく分かりますね。

寺原 そうですね。柏木先生は、ここにある椅子の中でどれが一番好きですか?

柏木 僕は、個人的に欲しいと思うのは「DCW」ですね。

寺原 なるほど。メタルレッグよりウッドの方が良いんですね。

柏木 このプライウッドの三次曲面。これがやっぱりいいなぁと思いますね。

寺原 「DCW」のニックネームがあるんですが、ご存じでしょうか?

柏木 いや、知らないですね。

寺原 この形状が、何かに似ているんですよ。

柏木 何ですかね?

寺原 ポテトチップスなんです。

柏木 あ、この座面の形状が似ているんですね?

寺原 もちろんイームズが付けたわけではありませんが、形が似ているから自然に「ポテトチップス・チェア」というニックネームが付いたんですね。

柏木 なるほど、ポテトチップス・チェアですか。欲しいなと思うんですけど、「DCW」はお店でなかなか見かけないんですよね。

寺原 そうかもしれませんね。

柏木 寺原先生はどれが欲しいですか?

12,アルミニウムグループチェア 背面

13,スーパーレジェーラ(サイドチェア)
制作者:ジオ・ポンティ

画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館

寺原 実はこの「アルミニウムグループチェア」なんです。これは表面の革の張り方が非常に画期的なんですよ。こういう張り方はおそらくこれが初めてじゃないかと思います。両サイドにフレームがありまして、このフレームが綺麗なラインですよね。今でもこれを上回るデザインはそんなに無いんじゃないかと思っているくらいです。(写真12)

柏木 このリムは奇麗ですね。

寺原 そうなんです。ルイス・サリヴァンの「Form follows function」という言葉がありますが、まさにそれに忠実ですね。それでいて物凄く奇麗なカーブになっていますね。「DCW」にしてもそうですよね。人間の身体にピッタリという感じがします。イームズのデザインは、全てがそうだと思います。

柏木 これは、まったく僕個人の印象なんですが…。例えばパイプの椅子というとマルセル・ブロイヤーを思い浮かべるんです。僕はマルセル・ブロイヤーが好きなんですが、プロポーションなんかを見ると非常に下手なんですよね。彼は型押し構造のパイプ椅子を最も早い時期に出していますが、ミース・ファン・デル・ローエが同じようなもの作ると、ミースは非常に優美に作るわけです。建築を見てもそうですが、ミースはカーテン・ウォールの建物*2も作ったけれど、時として19世紀の新古典派のカール・フリードリヒ・シンケルのプロポーションを参照しているんですね。要するに古典主義の素養を持っているので、そういうスタイルでやると大変美しく感じるんですね。同じ様に、例えば1930年にストックホルムで博覧会があったんですが、そのときのチーフ・アーキテクトをやったエーリック・グンナール・アスプルンドは、基本的には最初は古典主義をやっていたわけですね。また、イタリアのジオ・ポンティも、1929年くらいに自邸を手がけていますが、上にオベリスクみたいなものをつけて古典主義でやっているんですね。「スーパーレジェーラ」(写真13)も、まるでオベリスクの様なスッとしたものになっています。ヨーロッパ系の人というのは、プロポーションやディテールでふっと古典主義のボキャブラリーを掴むので、とても美しくなるんですね。ところが、イームズの中にそれは感じられないんです。むしろ現代的な機能性、素材が持っている特性みたいなものを追っかけていくことで、非常に良い形状のものを探し当てたような気がするんです。そういう考え方でいいんですかね?

寺原 その通りですね。ちょっとオーバーに言いますと、「イームズの先にイームズ無し、イームズの後にイームズ無し」というように感じています。よくミースの影響などについて言われますが、それは大きくはないですね。学生時代にフランク・ロイド・ライトの影響を受けていて、古典建築の伝統を重視する大学のカリキュラムに文句を言ったら怒られて中退してしまったという様なエピソードがありますが。

柏木 イームズの映像作品にライトのポートレイトが出てきましたね。

寺原 そういう意味で、若い頃に多少ミースやライトの影響を受けたかもしれませんが、イームズの場合には、おそらく形態に関しては誰からも影響を受けていないんじゃないかなと思っています。

柏木 そうですね。僕も、イームズが誰からもそういうものを引き継いでいないという印象を受けました。ヨーロッパの古典主義と言えばギリシャ、ローマになるわけですが、そういうことからも引き継いでいないので、不思議だなーっと思っていたんです。

寺原 不思議ですねぇ。色んな文献を読みますと、バウハウス、ミース、ライト等の影響を受けていると言われているんですが、最終的な仕事を見ますと、そんなに影響を受けていないように感じられますね。本当に独自だなという風に受け止めています。

柏木 大変な人なんですね。

寺原 そう思います。椅子デザインの神様と言っていいと思います。勿論、色んなタイプがありますが、こういったタイプのデザインに関してはやっぱり凄い人だと思います。その原点は、人間の身体を基本としたフォルムにあるんじゃないかと思います。
ついでに申し上げますと、ジョージ・ネルソンという人がいますね。彼は1946年から20年間ハーマン・ミラー社のデザイナーを務めたんですが、非常に賢明でゼネラリスト的な人間ですので、イームズをハーマン・ミラー社に起用して、自分は敢えてイームズとは異なったスタイルのデザインを作り出していったんです。
柏木 確か、ネルソンがハーマン・ミラー社にイームズを紹介しているんですよね?

14,ココナッツチェア(アームチェア)
制作者:ジョージ・ネルソン

15,プレッツェル(アームチェア)
制作者:ジョージ・ネルソン

14,15画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館

寺原 そうす。でハーマン・ミラー社がエキスパートのネルソンを採用して、ネルソンがイームズを引っ張って来た。だから、二人のデザインの違いははっきりと線引きしているようですね。イームズのデザインは割とフィット感があるんですね。一方、ネルソンの場合には比較的、ああ座ってもこう座ってもいい、というようなデザインになっている(写真14,15)。二人の良さを出しながらハーマンの製品を作っていったという感じがしますね。

柏木 そうですよね。それにしてもハーマン・ミラー社というのは、戦後の第二世代のデザイナーにとっては大変な会社ですね。

寺原 すごいですね。ノル社とハーマン・ミラー社と両方あって、ノル社も色んなデザイナーを使っていますが、やはり一貫しているのはハーマン・ミラー社の方でしょうね。

柏木 そうですね。勿論ハーマン・ミラー社はビジネスでやっているわけですが、ジョージ・ネルソンにしろ、イームズにしろ、優れたデザイナーをバックアップしたという感じがするんですよね。そういう意味で凄い会社だなと思いますね。

寺原 有名ではないですが、ギルバート・ロードがやっぱり偉大ですね。D・J・デプリーがギルバート・ロードを招いてハーマン・ミラー社の基礎を作ったんですが、ギルバート・ロードを採用したってことがすごいですよね。経営まで参加させたということですから。デザイナー兼経営者。それで文句を言わせない、というのはすごいですよね。*3

柏木 そうですよね。多分そういう会社が出てこないとデザイナーも上手く才能を発揮できないってこともあるかもしれないですね。

寺原 そうですね。今の日本のデザイン業界では、結構クライアントに迎合しちゃうところがありますよね。セールス部門の意見を尊重しすぎてしまってデザイナーが力を発揮できない、というのが大方じゃないかと思います。ハーマン・ミラー社に関しては、デプリーがギルバート・ロードやジョージ・ネルソンの言う事は徹底的に聞く、というような方向性を打ち出したんです。そうしたポリシーを貫き通すということはなかなかできないことでしょうね。

柏木 そうですね。それでは、そろそろ時間ですので、皆さんからの質問を受けたいと思います。

*2 レイク・ショア・ドライブ・アパートメント。鉄とガラスを使った高層住宅建築で、ミースの代表作の一つとなっている。

*3 1923年にD・J・デプリーとその義父ハーマン・ミラーがスター・ファニチャー・カンパニーを買い取リ、ハーマン・ミラー社を設立。20年代は主に家庭向け家具の製造を行っていたが、30年代に入るとデプリーはコンテンポラリーデザインの家具の製造に目を向け、ハーマン・ミラー社の方向性を大きく変換した。

質疑応答

質問者1 『イームズ・ラウンジチェア』の映像の中では、クッション部分が簡単に取り付けられているように見えたんですが、実際にはどうやって取り付けられているものなんですか?

柏木 僕もあの映像を見て驚いたんですよ。

16,イームズ・ラウンジチェア背もたれ部分
(上)クッション裏 (下)成形合板内側

寺原 先程も言いましたが、とにかくイームズのデザインは、細かいパーツ、大きいパーツ、たくさんのパーツで構成されているんです。ですから、座面ひとつにしても多くのパーツで構成されています。まず、成形合板の内側にクッションを留めるホックのオスがあります(写真16下)。そしてクッションの裏のファイバー・ペーパーにホックのメスがあって(写真16上)、そこにガチャッとはめ込むんです。
 『イームズ・ラウンジチェア』の映像では、勿論コマ落とし撮影をしているんだけども、2、3分でパッパッパッとできてしまう。しかし、実際はそんなに間単にはできないです。この椅子を組み立てるのには、おそらく1時間くらいはかかるでしょうね。というのは、やはり精度が必要なんです。精度が一カ所少しでも狂っていたら、全部狂ってきてしまう。成形合板というのは、プレスすることでかなり精度のあるものに近づけるんですが、少しでも開いてきてしまったりすると精度が損なわれる。そうするとビスが合わないといったことが出てくる。そのために、組み立てにはかなりの時間がかかってしまうんですね。

質問者2 チャールズとレイの二人でデザインをしているということですが、二人にはアシスタント、あるいは弟子のような人はいたのでしょうか?

寺原 弟子がいたとしたらおそらく名前が出ているはずですが、聞いた事がないですね。レイ・イームズは元々グラフィック系のデザイナーですが、非常に感性が良い人でしたから、チャールズ・イームズのフォローをしたとするなら、やはりレイ・イームズなのではないでしょうか。

質問者2 イームズからの影響を直接受けた人があまり見受けられないのですが、それには何か理由があったのでしょうか?

寺原 それは私も同感です。疑問ですね。日本人も何人かイームズのオフィスに行っているんですよね。そういう話は聞きますが、日本にしても、アメリカにしても、イームズのデザインを継承したという人については聞いた事がありません。ですから、いないと言っていいのではないかと思います。むしろ、ハーマン・ミラー社が受け継いだということじゃないかと思います。

スタッフ では今日の講座はこれで終わりたいと思います。ありがとうございました。

柏木 今日は、寺原先生と二人でお話ししましたが、島崎先生の力も多分にお借りいたしました。どうもありがとうございました。



(2001年5月24日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)