武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー

第15回イメージライブラリー課外講座
「チェコの人形アニメーション作家 イジィ・トルンカの世界」の記録

この講座について

チェコの人形アニメーションの巨匠イジィ・トルンカの作品は、古典の域にありながら、その作品は色あせることなくチェコの芸術家や世界中のアニメーション制作者に多大な影響を与えてきました。本講座では、トルンカをはじめとしたチェコ・アニメーション研究の第一人者おかだえみこ氏を講師にむかえ、トルンカ特有のアニメーション表現やその魅力を解説していただきました。

はじめに

司会 それでは講座を開始したいと思います。今日はチェコのアニメーション作家であるイジィ・トルンカの作品上映と解説をしたいと思います。
 イメージライブラリーでは、作品の規模に関わらず、造形的な映像表現など様々な作品を収集していく方針ですが、今日のイジィ・トルンカのように個人で制作していて商業ベースに乗っていない作品は資料が少ないので、探すのに困ることが多いんですね。そんな中、アニメーションの辞典や雑誌など専門的な書物で何度も目にするお名前があって、それが本日お越しいただいた、おかだえみこさんです。
 おかださんはアニメーションの専門誌や平凡社の百科事典などに、アニメーションとはどういうことなのかということや、作家の作品解説などを書かれています。特にイジィ・トルンカや、トルンカ作品のアニメーターとして活動した後カナダに渡って独自の作品を作っていくブジェチスラフ・ポヤールなどの解説を数多く手がけられていて、アニメーション研究家としてのキャリアもそこから始まっているとお聞きしています。おかださんの文章を読みますと、作品に対する温かいまなざしが伝わってきて、現在見る機会の少ない作品でも「一度見てみたいな」と思えるような紹介をたくさん書かれています。
 本日は、なかなか見る機会の少ないトルンカの作品や資料を持って来ていただいた上、お話が聞けるということで、私たちも大変楽しみにしています。それでは、おかださんをご紹介いたします。

おかだ はじめまして、おかだえみこです。よろしくお願いします。
 ここに来ていらっしゃる皆さんはもちろんアニメーションがお好きというか、アニメーションというものに何の違和感も不思議な感じも全くお持ちにならない方たちだと思いますけれど、今日お見せする『皇帝の鶯』は1948年に作られたものなんですね。日本が戦争に負けてほんの3年目ぐらいにチェコで作られた作品です。もしもその頃に日本に輸入されていたとしても、みんな食うや食わずの時代ですから、とてもこの作品を味わう余裕はなかったかと思われます。その時期にすでにこれほどの作品が作られていたということを後で知って、私たちは本当に驚きました。
 『皇帝の鶯』はトルンカの長編第二作です。二作目ですでにこれほどの映画としての完成度を示しているというのは、本当に驚きです。
 本作はハンス・クリスチャン・アンデルセンが原作ですが、アンデルセンといいますと日本で知られているのは『マッチ売りの少女』と『醜いあひるの子』、それでおしまいですね。後は画だけ絵本にするだけ。本当は、アンデルセンの本は読む意欲をなくすほどたくさんありますけど、その中で『皇帝の鶯 ナイチンゲール』という題で書かれたこのお話をトルンカが長編の原作に選んだのはなぜでしょう。それも後でわかってきます。
 ひとつお断りしておきますと、ナレーションはアメリカで入れられたもので、元の作品には全くセリフもなければナレーションもありません。ただ音楽が流れているだけです。ですから、たぶんチェコの人たちはこの画面を食い入るように見て、何かを聞き取ろうとしたはずです。語りかけようとした声があるはずです。その、非常に静かな囁きを聞き取るためには、こちらの心がざわついていると聞こえない恐れがある。トルンカとはそういう作家なんですね。
 ですから、徹夜明けでトルンカを見るのは絶対やめた方がいいんですね。一画面の情報量が非常に多いのに、それを見落とす恐れがある。それと、あまりの静謐さに寝てしまう場合があるわけですね。寝てしまうと、取り返しがつかないほどのものを見落としてしまいます。

物語とナレーション

おかだ 『皇帝の鶯』では、中国・支那の幼い少年皇帝が主人公になっています。原作には書いていないのですが、トルンカは彼を可愛らしい坊やの皇帝にしました。それがまずこの作品の大変ユニークなところです。
 その坊やの皇帝は何も知りません。宮殿の中には人工のもの以外何もないのです。自然は欠片もありません。咲いている花を見たこともなければ、囀る鳥を見たこともない。青々とした森も見たことがない。何も知らなくて、しかも毎日スケジュールに追われてつまらない生活をしている。「でも、これが普通の暮らしなのかな」と思っている、小さなとても可愛い坊やです。その坊やの心が大揺れに揺れて、何かを学ぶ。学んだものの中には恐ろしいことも美しいこともいろいろある。
 このような物語が1948年に作られて、世界的に大変な称賛を浴びました。でも、これにナレーションを入れたいと思った人もたくさんいたわけです。その方が子供にはわかりいいだろうという、ほんの親切心もあったでしょう。フランスではジャン・コクトーが非常に感動して、わざわざナレーションを書いたという話が伝わっています。コクトーのナレーションがどのようなものだったのか、ちょっと知りたい気がするんですが、それはもう見ることができません。
 それで、今回お見せする作品にはアメリカで公開された時のナレーションが入っています。そのナレーターの名前を見てびっくりなさる方はかなりの映画通だと思いますが、ボリス・カーロフという人なんですね。さあ、これは誰でしょう。
 皆さん、フランケンシュタインはご存知ですね。ボリス・カーロフはあのフランケンシュタインの怪物を演じた人なんです。「え! そんな人が何で? なぜ童話を?」とお思いでしょうけれど、この人は本来、非常にまじめな演劇人だったらしいんですね。フランケンシュタインの怪物のような役で世界的に有名になってしまって、人の顔を見ればフランケンシュタインだって言われるのはやはり悲しいことだったらしく、ラジオで児童番組を長いこと担当したり、まだテープレコーダーもビデオも何もない時代ですからレコードに童話を吹き込んだり、いろいろと子供のための活動をした人だったんです。その人がかなり気を入れて話していますから、悪いものではありませんが、元の作品は全くセリフもナレーションもないんだということを頭にお入れになって見ていただきたいと思います。

<『皇帝の鶯』上映>

人形アニメーションの制作過程

おかだ 皆さん、いかがでしたか。一時間という短い作品ですけれど、人形アニメは撮影が結構大変なんですよね。何か絵を描いて撮影するのではなく、セットを組んで、そこに関節の動く人形を作って立てておく。そしてちょっと動かしては一コマ、またちょっと動かしては一コマと撮影していく。どんなプロダクションでも、一日に何秒かしか撮れないんです。十秒はおそらく撮れないのではないかと思います、特にこういう風にたくさん人形が出てくる場合は。
 一方、聞いた話では、チェコではひとつか二つしか人形が出てこない場合は一人で撮影するということもあるんだそうです。セットに人形を据え付けて、自分で動かしながらカメラを一コマずつ動かしていくという撮り方をしてる人もいるそうです。つまりこういうアニメは小人数でできるんですね。それで、チェコは元々人形劇が盛んなところだったということもあって、人形アニメが盛んになったのではないかと思います。
 普通の絵をたくさん描くアニメーションは、皆さんご存じのとおり、すごく大勢の人が要りますね。それにこの当時はトレスしたり色を塗ったりする人が必要で、たいへん資本が必要なんです。ですから、ディズニーは成功したけれど、他の国で成功させるのはとても難しかった。チェコは社会主義国になった段階で国立になりまして、これらの作品は国立のスタジオで作られました。国立だからこそできたという部分もありますね。
 社会主義諸国は戦後の一時期にアニメーションが盛んになり、名作もたくさんできました。旧ソビエト、チェコ、ユーゴスラビア、そしてハンガリーでもいい作品がたくさんできています。特にトルンカの場合は、非常にデリケートな絵ですから、セルアニメの絵に置き換えるのがとても難しかったらしいんですね。けれども、人形であればオリジナリティが損なわれずに映画が作れるということもあって、またトルンカは人形についてとてもよく知っていて、人形にできて人間にできないことがよく分かっていたので、いい作品がたくさん残されたのだと思います。人形に人間の真似をさせて、人間が日常おこなうようなことをさせて動き回らせたり、手を振り回したり、目をぱちくりさせても効果は出ないけど、じっとしている時の人形はすごいものを表す。人間が思いも及ばないような表現力を持つから、それを生かさなくてはいけないとよく言っていたそうです。「人形を動かしすぎちゃいけないよ、じっとさせとけ」「じっとさせておいて、何かを感じさせろ」と。それはやはりトルンカのような完成度の高い人形だからこそ言えることかもしれません。皇帝の人形が鳥かごを持って、帰らない鳥を待ってるショットも、何もしていないわけですよ。何もしていないけど、あそこで何か胸に迫るものがありますね。今どんな気持ちでいるんだろうと誰しも思います。皇帝が流す涙の綺麗さ、愛らしさ。涙の表現は、今のアニメや漫画ではうるうるベタベタと実にイージーに使われますけれど、これは本当に尊い貴重な涙が流れているって感じがしますもんね。この人形は、そういう演出に応えられる人形だったということです。
 トルンカは脚本も自分で書いて、人形を自分で作って、セットも自分で作っています。人形の首(かしら)を作った段階で、衣装や小物を作る人は他にいるんですけれど、あの王様の、皇帝の衣装なんかは大変ですよね。ああいうのを綺麗に作るスタッフがちゃんといるんだそうです。それから、あの可愛らしい機械の鳥やオルゴールの鳥のような小道具もちゃんと作る人がいて、ひとつひとつ、いつの間にか作られてセットに揃っていくのだそうです。これはそこで勉強された川本喜八郎さんから伺った話ですけれど、「ある日ひとつずつ人形が増えていくんだよ」って。本当に不思議なんですけど。そしてある日、撮影が始まる。照明が当たって、人形が乗って、「ハイはじめましょう」と、一コマ、一コマ……。トルンカは自分で「こういう演技だよ」とやって見せて、それをアニメーターが食い入るような顔で見て頭に入れて、これは何コマくらい、ということを考えながら動かしていくんだそうです。人形アニメのプロダクションはどこもそうですけど、こうして一日に何秒かのアニメが作られるわけです。

台詞を用いない表現

おかだ 『皇帝の鶯』では、人形には全く台詞がありませんでしたね。人形に台詞を言わせるのは難しいし、台詞で人形の演技がマイナスになる場合もあるからということで、トルンカはほとんどセリフを使っていません。それと、チェコ語は大変特殊だということもありますね。チェコの人口は東京都ぐらいしかなく、チェコ語だけの映画では採算を採るのが大変です。これを世界的な市場に送り出すためには、チェコ語を使うより、全く台詞がないか、またはどこの国の人にもわかる話にするのが一番いい。そう考えていたみたいです。
 私はトルンカのお弟子さんのブジェチスラフ・ポヤールに会った時、彼が「チェコ語は何しろ特殊だから」と言うので、「日本語だってずいぶん変わってますよ」って言ったら、「それはそうだろうけど、日本人って一億人以上いるんでしょ。それなら日本でしかわからない作品でもちゃんと商売になって採算が採れるよね。でも1000万人くらいしかいないとなるとそうはいかないんだ」って言うんです。なるほどと思いました。特にこの作品の場合は1947年から1948年にかけて作られて、皆さんはご存知ないと思いますが、その少し前に「鉄のカーテン」という言葉があったんですよね。第二次世界大戦が終わってからソビエトが、ポーランド、東ドイツ、チェコ・スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアといった国を、ドイツ軍を追い出した段階ですべて共産主義の国に変えて衛星国にしたんです。その国の人たちは自由に外にも出られなくなって、その国の中で何を考えてるのか、何をしているのかがヨーロッパにはわからなくなってしまった。このことを、ウィンストン・チャーチルが首相を辞めた後で、「バルト海からアドリア海まで、ヨーロッパ大陸を横切る鉄のカーテンで覆い塞がれてしまった。中部ヨーロッパおよび東ヨーロッパの歴史ある国々の首都はすべてその向こうにあって、何かわからなくなってしまった」と言ったので、それ以来「鉄のカーテン」という言葉が出来たんです。かつては自由を知りながら「鉄のカーテン」の中に入ってしまったチェコという国で、こういう映画が作られた。この皇帝は「自由」というものすら知らないわけですね。
 最初に出てきた実写部分を見て、きっと皆さんは「どこからアニメになるんだろう」とお思いだったと思うんですけど、あの実写部分が全部伏線になっている。この演出が見事なんです。少年は、塀の外へ出ようと思ったら出られるけれども出ていかないんですね。それから皇帝もあの世界しか知らない。でも気球がやって来た。あの気球は、少年が持っていた毬と同じ柄でしたね。これ以来、トルンカの映画の中で「毬」は、自由と愛のシンボルになりました。トルンカの『電子頭脳おばあさん』というものすごく怖いSFアニメがあるんですが、その中で毬がどう扱われるかというのも非常に興味深いところです。
 『皇帝の鶯』に戻りますと、毬の気球に乗った気球乗りが自由に外へ出ていく。それを見送る皇帝の表情がとても可哀想ですね。ああ、自分も外へ出ていきたいんだろうなって。それで、最後に少年は見事に塀を乗り越えて、おそらく「鉄のカーテン」を超えて自由のある外へと出ていく。おそらくチェコの人たちはこのアニメを見ていて、その意味がすべて分かったと思うんですね。でも、それを一番悟られてはならないのはソビエトだったのではないかと。だから何も台詞がないんです。
 アメリカにこのフィルムが行ってナレーションが録音されたのは1951年らしいのですが、ちょうどその頃アメリカは「赤狩り」の真っ最中で、共産圏の映画を上映するだけでも相当勇気が要ったのではないかと思います。ですから、ナレーションは原作べったりといった感じで入っていますね。これはアンデルセンの童話であって、余計な考えはまるで入ってない作品だ、というようなかたちが必要だったのではないか。そんな深読みもしたくなります。とにかくこの作品は自由になることへの夢や憧れを、熱く熱く、しかし密やかに語った作品です。

深読みする楽しみ

おかだ 音楽がよかったでしょう、あの鶯の歌。ヴァーツラフ・トロヤンという作曲家によるものです。童話では「それは魂を揺するような歌だった」と書けばいいので簡単ですけど、本当に魂を揺するような音楽を拵えるのはとても難しいことです。それをトロヤンは実現しました。この作曲家は、『新世界より』で皆さんもご存じのアントニン・ドヴォルザークの孫弟子にあたる人だということですけれども、非常にきれいなメロディを作りますね。鶯の歌も素晴らしいけれど、カエルの歌もよかったでしょう。ミュートが効いた管楽器の、あのカエルの歌。原作では「カエルの歌」と「鶯の歌」の区別もつかない馬鹿者の宮廷人をからかってるだけなんだけど、あの大臣だか侍従長だかが「これもいいんじゃない?」って顔をするとこなんかがとっても私は好きですね。本当にあのカエルが可愛いし、歌も可愛い。
 これは私の想像ですが、かつてアメリカでこの作品が上映された時、このカエルに出会った少年がやがて『セサミストリート』のカエル、カーミットを生むのではないかと想像しています。あのカエルちゃんのヒントになったのが、ひょっとしたらこのカエル君だったのではないかと、こういう勝手な夢を見るのも私は楽しんでいます。
 最後の方に死神が出てきますね。死神と医者がダブっているというのはずいぶん怖い話だと思うんです。あの死神が最後に墓地へ帰って、赤いじょうろで水を撒くとお墓が生えてくるでしょう。あれはいったい何を意味してるのか、いまだに私にはよくわかりません。ただ、本当に美しくて怖いですね。友達のお墓、犬のお墓、夫婦のお墓がやがてそこへやってくる。死は負けたわけではなく、退いただけなんです。死がいつかやってくるかもしれない、ならばその限りある命をいきいきと生きなくてはいけない。トルンカが言いたいのはそれだと思います。その「自由」。小さな皇帝にとって自由とは何か、それは王位を捨てて国を出るとかそういうことではなくて、まずはとりあえず一生懸命歯を磨くことである、と。あれは私、とても素敵な考えだと思います。トルンカは左利きなので、左手で何かをするというアクションが非常によく出てきます。だから皇帝が、左手で歯を磨いているのを見るとすごく愛おしい気がします。何はともあれ、とにかく気が済むまで歯を磨くんだ、という。これはとても素敵だと思います。
 この、皇帝と二重写しになった少年と、少年の居たあの玩具やお菓子だらけの部屋。皆さん何かを思い出しませんか。『千と千尋の神隠し』の坊が居た部屋、あれはどうも宮崎駿さんがこの映画からヒントを色々ともらっているような気がします。デザインをするときに頭の隅に置いたかもしれない。『千と千尋の神隠し』は少女の物語であると同時に、少年の成長の物語、自由への物語が隠し味として入っていたと考えると面白いのではないかと思います。途中で男の子がお菓子も食べきれないで、ソファーの上にひっくり返って寝ちゃいますね、靴が片方脱げて。あの恰好はボイラールームの隅で千尋が寝てしまった時の姿と同じなんです。それに、上にクッションが乗っているでしょう。あれも釜爺が乗せた座布団とすごく重なる。まだご本人に確かめてはいないですけれど、こういうものすらヒントにして別の花を咲かせるのが宮崎さんという作家です。とは言えトルンカが出てくるとは思っていなかったのでちょっと意外だったのですけれど。このように深読みをして、深読みのさらに横読みをするような楽しみもできるのがトルンカのいいところです。
 他にも、トルンカの作品はいろんなアーティストに影響を与えたと思っています。例えば皇帝の後をぞろぞろと家来がついて歩くというのは、ベルナルド・ベルトルッチの『ラストエンペラー』にかなり似たシーンがありましたね。ベルトルッチはトルンカがとても好きだったのではないかと思われる節があります。フェデリコ・フェリーニルキノ・ヴィスコンティもそうです。ヨーロッパやアメリカの作家たちは、少なくとも日本の映画作家よりもはるかに真剣にこういう作品を見てヒントをもらい、昇華して、自分の作品の中に花を咲かせていくのではないかと思います。こういう風に、大人の作家にもインスパイアを与えたアニメーション作家は多分トルンカが最初だったのではないか。特にヨーロッパでは彼が最初だったのではないかという気がします。

トルンカの生み出した人形と絵コンテ

おかだ スライドでトルンカの他の人形をお目にかけましょう。これは『皇帝の鶯』の次に作った『バヤヤ』という作品で、チェコの騎士物語のような伝説を映画化したものです。ヤマタノオロチみたいものが出てきて、白馬に乗った少年騎士がそれと戦うという、なかなかこれも素敵な映画です。いつかこれもちゃんとお見せしたいと思いますけれど。

<次の資料>

おかだ それからこれは、ウィリアム・シェイクスピアの『真夏の夜の夢』に登場するアセンズ大公シーシアスと、その妻のヒポリタス。これはかなりリアルな人形になっていますね。50年代の終わり頃にイーストマンカラーとシネスコ(シネマスコープ)で作られて、世界的に配給されて大変な反響を生みました。この作品でもトルンカはシェイクスピアを台詞なしでやるわけです。一時間半ぐらい、全く台詞のない『真夏の夜の夢』をやってしまう。そういう人です。

<次の資料>

おかだ これは妖精の女王です。本当に素敵なんですよね。見てお分かりの通り、こういうつくりだと目をパチパチさせることができません。だからこの妖精が眠るときは、眠った首と差し替えるんですね。ふーっとオーバーラップさせて目が閉じる。すごく綺麗な演出をします。台詞のないシェイクスピアというのも、とても素敵なものです。

<次の資料>

おかだ これはチェコの国民文学『善良なる兵士シュヴェイク』という作品です。これは相当な苦労をして撮ったらしいんですが、というのは、シュヴェイクは大変なお喋りなんですよ。台詞がべったべたに入っているのに口が全然動かないと、見ている方は少々欲求不満になります。それから2〜3人がいっぺんに喋りだすと、今どの人形が喋っているのかがわからないという大問題が出るんですね。これは三部作なんですけど、作りながらトルンカは相当苦しんだらしくて、二部まで作ったところで中断して、かなり期間をおいてから三部作を完成させています。
 この人形はすごく可愛いですが、シュヴェイクというキャラクターは本当はこんなに可愛いキャラクターではなくて、相当図々しくて厚かましくて、言ってみれば芦屋雁之助みたいなタイプのキャラクターなので、ちょっと可愛らしすぎたのではないかと思います。でも未だにこの人形は人気があって、このようなかたちで売られているそうです。一度、展覧会で日本に持って来られたこともあって、ケースも何もなしで飾ってあるので、私は相当欲しくて誘惑と戦うのに苦労致しました(笑)。

<次の資料>

おかだ トルンカが自分で描いた絵コンテをお目にかけましょう。いわゆるコンテの枠は切ってありませんけれど、これは『バヤヤ』です。自分でコンテを描いて、横に説明が入っていますね。あまり細かく動きは書いてなくて、大まかに指定してあるんじゃないかと思います。

<次の資料>

おかだ これは『チェコの古代伝説』という壮大な作品のコンテです。こういうコンテがある日出来上がってきて、それを撮影台のそばに持ってきて説明しながら撮影に入るのだと思われます。もともとトルンカはイラストレーターとして名を成した人ですし、後に国際アンデルセン賞をもらっている人ですので、「絵」として素晴らしいですね。これだけで十分に観賞に耐えられるようになっています。
 トルンカがどのような作品を作ったかについては、イメージライブラリーでずいぶん詳しくフィルモグラフィーまで作ってくださいましたので、それをご覧いただければと思います。社会主義国とはいえ、長編を6本も作った作家は、宮崎駿さんに記録を破られるまでこの方しかいませんでした。ディズニーの場合はたくさん長編がありますけれど、あれはプロデュースだけで演出はしていませんね。ほとんど個人芸に近いような感性で、自分で一から作るというような長編が6本というのは、おそらくもう人形アニメーションでは記録が破られることはないと思います。
 それでは、トルンカの制作風景などが見られる『Jiri Trnka:Puppet Animation Master』というビデオがありますので、それをご一緒に見たいと思います。この作品の前半部分はずっと昔に日本に輸入されて映画館で上映されたことがありました。トルンカが実際に絵をかいたり、背景を描いたり、セットを作ったりしている場面が残されているという意味でも非常に貴重ですし、彼の作風がよくわかる作品かと思いますので、どうぞご覧下さい。

<『Jiri Trnka:Puppet Animation Master』 上映>

おかだ トルンカは57歳で亡くなっていますが、もう少し生きていてほしかったと思います。しかも彼はチェコが非常につらい時期に亡くなっています。チェコにソ連軍が侵入してきて、チェコの情報が何も得られなくなった時の怖さを私は今でも覚えています。今日お見せした資料はかつてチェコ大使館からもらったものですけれど、その同じチェコ大使館が、ソ連軍の侵入後は電話をしても「個人からの問い合わせには一切答えられない」という返事しか返って来なくなって不気味でした。どうなることだろう、トルンカはどうしてるんだろうと思っているうちに、「トルンカは亡くなった」というニュースが伝わってきました。それでもトルンカの作品は今でも生き続けているし、「ああ、人形アニメでこういうことをしていてくれて本当によかった」と思えるような古びない作品が数多く残されたことを幸せだと思わなくてはならないでしょう。

人形の死

おかだ まだ時間がありそうなので、『チェコの古代伝説』という作品のラストを少しお見せします。先ほど、非常に悲しげな顔の人形を動かしているシーンがありましたが、あれはある時期のチェコにいた臆病な王なんですね。外敵が侵入しているのに立ち上がることも逃げることもできない。ネクランという名の王です。彼は勇敢な家臣に剣を持たせて自分の代わりに出撃させるのですが、「お前はそれでもよいのか」と神の声かあるいは自分の内なる声に責め立てられて、逃げ惑うわけですね。つまり、人形は喋らないけれど、声に対するリアクションだけの表現で複雑な演技をさせる。そういう実験をしています。
 次に、王の遺志を継いだ若き勇士が大演説をして群衆に語りかけ、「今、国を守らないとならないぞ」という演説をする。これも口は動かせないので、どうするかというと、その人形を後ろ向きに立てて群衆に向かって語りかけているように見せ、群衆のリアクションで演説の内容と感動を表現している。そういうすごいことをしている実験作です。
 次にお見せするのがトルンカ最大の作品『チェコの古代伝説』です。一時間半の作品ですけれど、最後に外敵の侵入から始まる戦争があって、一画面の中に70体ぐらい人形が出ていると言われているすごいシーンがありますので、その部分を見ていきます。

<『チェコの古代伝説』ラスト 上映>

おかだ これだけの人形を動かすには、おそらく不眠不休だったと思います。1953年に作られたこの作品は見事に大人のアニメでした。おそらく「みんなしっかり戦っていたよ、他国が入ってくるのを許してはいけないよ、みんな同じところにいようよ」という呼びかけだったのだと思います。今こういう映画が作られる可能性は少ないと思いますが、見ごたえがありますね。平面の絵では描けないものが空気ぐるみに映っているものすごさ。それから、人形というものは死んでしまったら本当に死んでしまうんですよね。それがとても切ないです。人間が演じたらそれはお芝居です。でも人形は本当に死んでしまいます。あの戦死する人形の切なさは、劇映画ではこうはいかないなと観るたびに思います。

質疑応答

おかだ いかがでしょうか。もしご質問があればお答えしたいと思いますけれど。

質問者 チェコという国の複雑な歴史の中で、トルンカ作品のアニメーターとして活躍したブジェチスラフ・ポヤールという監督がいますが、彼はチェコを離れてカナダのナショナル・フィルム・ボード(NFB)でいくつか作品を制作していています。それを私たちは見ることができたんですけども、トルンカはやはりチェコという場所にこだわった。身体の具合もあったのかもしれませんけれど、例えば今日見た中でも『チェコの古代伝説』や『チェコの四季』のようにチェコを題材にしたものがいくつか見受けられるので、やはりトルンカにとってチェコという場所は特別な場所だったのではないでしょうか。

おかだ そうですね、トルンカはやはりチェコから離れない人でしたね。映画祭などには出てきたらしくて、映画祭で他のアニメ作家と並んでいる写真なんかはありますが、結局他で出資するという人もいなかったでしょうし、これだけの仕事をするためにはやはり自分の決まったスタジオでないと作れなかったのではないかと思います。ポヤールはチェコにソ連軍が侵入する前後からカナダとの間を往復して作品を作っていますけれど、非常に少ないスタッフでやらなければならず、なかなか大変だったようです。トルンカはそれも知っていたのではないかと思います。一番よく話の通じるスタッフとだけ作品を作っていこうと思っていた。だから、国を離れることができないというよりは、スタジオを離れるのが困難だったのではないかと思います。スタジオを離れてしまうと、トルンカの作品は作れなかったのではないか。それから、自分は国から離れてどうするんだろうという意識もあったのではないかという気がします。川本喜八郎さんが処女作を作って、最初に映画祭に参加してトルンカに見てもらったのが彼との最後の出会いになったんだそうですが、その時も自分が外国に出て行って作品を作りたいんだというような話は全然なかったそうです。まだその時は身体は悪くなかったらしいのですが、チェコを離れる気はなかったようです。

質問者 先ほど人形が日本に持ってこられてそれをご覧になった時の話をされましたが、演出がされていない時の人形にどのような印象を持たれたか、感想をお伺いしたいです。

おかだ 人形だけ飾られていた時も、ただ置いてあるのではなくて、人形にひとつひとつ演出が付けてありました。例えばシュヴェイクの場合は、「ピシェク」という地名が書かれている立札をシュヴェイクが見上げて指をさしているという演出が付けてある。『バヤヤ』の馬に乗った騎士の場合も、マントが翻って槍を構えて、今にも動き出しそうなポーズが付けてある。そういう面白い演出をひとつひとつに付けてあるので、映画を見ていない人でも「どうなるんだろう?」と想像して楽しむ余地がある演出がなされていました。
 アニメは普通の映画を観るより疲れるんですよね。一コマ一コマ静止状態のものをずっと見るのですから相当疲れます。特に先ほどのようにたくさんの人形が出てくるシーンには、かなりビックリされたのではないかなと思います。宮崎駿さんのアニメも面白い、ディズニーも面白い、でもこういうものも面白いと思っていただけたら、私はすごく幸せです。トルンカという名前を覚えたということだけで今日はもうじゅうぶんじゃないかと思いますので、この人についてまたご覧になりたい時はぜひイメージライブラリーにおねだりなさってください。
 それではどうも皆さん、長時間ありがとうございました。


(2001年10月11日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)