武蔵野美術大学 美術館・図書館イメージライブラリー

第22回イメージライブラリー課外講座
「伊藤高志×実験映画」の記録


講師伊藤高志(映像作家、京都造形芸術大学教授)、黒坂圭太(映像作家、武蔵野美術大学教授)
開催日:2005年12月1日/12月2日

 

この講座について

伊藤高志氏は、九州芸術工科大学在学中に松本俊夫氏に師事し実験映像作品の制作を始めました。1981年に制作した『SPACY』では、スチール写真をコマ撮りし連続性を与えることによって、映像における独特な時間と空間を作り出しています。その手法は氏の作品の特徴の一つであり、作品は世界中の映画祭で高く評価されています。
90年代後半以降は、物理的な空間への興味から人間の内面を描くことへテーマをシフトしながらも、フレーム単位で自らの意図を緻密に反映させる作品作りのスタンスは変わりません。本講座では、伊藤高志氏をお招きし、作品上映と、氏との交流がある本学映像学科黒坂圭太教授との対談を通してその魅力を探りました。
(本講座は、黒坂圭太教授による前提講義、伊藤高志氏と黒坂圭太教授による対談の二部構成で、二日間に渡って開催いたしました。)




<第1日目> 講師:黒坂圭太教授
『SPACY』について

黒坂 映像学科の黒坂と申します。よろしくお願いします。まず最初に『SPACY』が制作された当時の時代背景と、簡単なアニメーション史のようなものをお話ししたいと思います。
 アニメーションには、皆さんが知っているセルアニメーション、あるいはキャラクターアニメーションと呼ばれているものがあります。多分皆さんが生まれた時からテレビで馴染んでいるものと思います。それからCGアニメーション、粘土を使ったクレイ・アニメーション、人形を使ったパペット・アニメーションなどがあります。こういうものは皆さんの幼児体験というのかな、原体験の中で特に珍しいものではないと思います。とはいっても、写真だけを使ったアニメーションとなると、そんなには今までの皆さんの体験の中にはなかったものじゃないかと思うんです。『SPACY』を見た時に、まず「えっ! これがアニメーション?」と驚いた方も多いのではないでしょうか。

 アニメーションというのは、「アニミズム」が語源になっています。これは、命のないものに命を吹き込むという、そんな意味です。つまり、ここにある一本のチョークは命を持たない単なる棒きれなんですが、これがもし飛んだり跳ねたり、捕まえようとした時に逃げたりしたら、それは命が吹き込まれたことになりますよね。実際にはそんなことは起こらないけれども、そういうことが起こるようにする、これは映像というものが生み出した魔法といってもいいでしょう。これを僕達はアニメーションと呼んでいるわけです。従って、アニメーションに、こういう風に動かさなければいけない、このようにしなければいけないという、動かし方の法則は実は何もないわけです。とにかく、本来動かないものとして信じて疑わないものが動き出す、そこにアニメーション本来の意味があるということを考えれば、キャラクターらしいキャラクターも登場人物も出てこない、ストーリーらしいストーリーもない、誰もいない体育館という本当に動きのない、動きとは正反対のものが動き出すという内容を見ても、『SPACY』という作品ほどアニメーション表現という言葉にふさわしい作品はちょっとないんじゃないか、そう思えるくらいです。

 さて、この作品は写真を素材に作られています。写真と映画は昔から切っても切れない縁がある割には、写真家と映画監督は意外とそんなに仲良くない。というよりも、その両方に関わっている人は意外に少ないことに気が付きます。これは映像といっても、基本的に一枚絵で鑑賞する写真と、動きの連続イメージとして鑑賞する映画の本質的な違いとも言えると思います。昔、映画の制作者達は「お、いい写真撮れたか」なんてことを言いました。これは、映画が活動写真と言われていた頃の名残でもあると同時に、言ってみれば、歴史的にみると写真よりも後に生まれたメディアとしての、先輩に席を譲るというか、ちょっと自虐的なところも感じられます。「どうせ俺達はさぁ…」みたいな、そんな風なニュアンスも感じ取れるわけです。昔、僕は写真家の人に、恐れ多くも「基本的には映画は長い長い写真の様なものなのだから、その映画の一コマをとって、それを拡大して展示すればそれですぐ写真作品になるわけじゃないですか?」とたずねたら「とんでもない!」と大目玉食らったことがあります。「お前は写真のことを何も分かってない」って、すごい怒られたことがあるんですね。つまり、さっきも言ったように写真というのは静止画として語られるべき一つの完結したもの、つまり、写真というのは本来動いてはいけないものなんです。例え連続写真や組み写真があったとしても、それ自体は基本的には動くことはあり得ない、だから写真なんだっていう言い方ができると思います。となってくると、『SPACY』という作品はある意味、その動かない写真が動き出すという、言ってみればこの時代でのタブーをおかすということにも繋がります。

 『SPACY』が作られたのは1981年。今から22、3年前のことなので、皆さんの中にかろうじてその頃に生まれた人がいるかいないかぐらいの頃に作られた大昔の作品です。伊藤高志がこの作品を作るにあたって大いに影響を受けたと思われる一つの映像の流れがありました。これは60年代、70年代を通じて生まれた構造映画という、ポール・シャリッツという人達によって作られたものなんですが、一言で言うと、ストーリー、物語性、キャラクターの魅力と言う前に、映画は1秒間24コマの静止画の延長でできている、時間の流れ以外の何ものでもない、ということを表現したもので、言ってみれば、映画の構造そのものを問うべきであるという、アメリカやヨーロッパで起こった芸術形式の名称です。これは絵画の世界で、印象派以前にモーリス・ドニという人が「絵画とは、結局はそれが馬の形であったり人の形であったりする以前に、画面の中に適材適所に配された色彩と形の、その最も心地よい至上の組み合わせ以外の何ものでもない」といったことを言っていますが、これにもちょっと通じるところがあると思います。ある意味これは映像の、映画の革命とさえ言われているものです。日本でもこの代表的な作家として、居田伊佐雄松本俊夫という二人がいます。居田伊佐雄の『オランダ人の写真』という作品は、手に持った写真の中に砂浜を歩く自分の足が映っていて、その中に入っていくとそれが更に写真であることが分かり、またまたその中に入っていくとまたそれが写真で…という、それが延々と続いていくものです。『SPACY』と同様入れ子構造で作られている作品です。それから、松本俊夫の『アートマン』という作品では、鬼の面をかぶった人形の周りをカメラが11分間グルグル回転しながらコマ撮り撮影するわけです。そうすることによって、被写体は動かないけれども、それに対するカメラの関わり方が変わってくる。カメラの視点が変わっていくのを連続運動として表現しただけで、そこには言葉にならない、映像独自の動きが生まれてくる、そういう作品です。まさに『SPACY』は、『アートマン』と『オランダ人の写真』の要素をブレンドしたもの。写真の入れ子構造に、松本俊夫流の動きのダイナミズムによって引き起こされる目眩効果を合体させた作品と言えると思います。

 80年代初頭に、伊藤高志は「テクノイメージメーカー」とか、「デジタル派」という様な呼ばれ方をしました。当時はアニメーションと言えば、手描きで描いたパステル画や油絵のようなものを動かしたものとか、粘土で作ったりとか、割合素朴な感じのものが主流でしたが、『SPACY』は写真を素材にしているために手で描いたようなぬくもり感がスッパリ消えており、こういうものが突然出てきたので、僕達も非常に冷たい、シャープでドライなイメージ、都市的な新しいイメージを確かに感じたわけです。ところが、コンピューターによる正真正銘のデジタル映像が氾濫した現在、改めて『SPACY』を観ると、デジタルどころか、むしろ本当にこれは体育会系の肉体技で作り上げた、そういう作品の様に思えますよね。実際この時の撮影話を少し本人から聞いたんですが、これは実は三脚も使わず、体育館の中に写真を貼った立て看板をセットして、手持ちのカメラでカシャッ、カシャッカシャッという感じで一歩進んでまた撮ってという形で進んでいき、やがてセットした写真が画面にいっぱいになるまで近づいていくという、もう気の遠くなるような労力と体力を使って撮り上げたものだそうです。最初のバージョンは森の中で木の中にどんどん入っていくというようなものだったらしいのですが、それでは光線などが一様でないので上手くいかず、夜の体育館という、長時間同じ状況が保持できる場所を使ったらしいです。そして、手持ちで撮った写真ですからそのまま焼くとガタガタガタっとした動きになってしまいます。それをこのようにスパっと切り込んでいくような映像にするために、僕は素材を見せてもらったのですが、これぐらいのボール紙の台紙の真ん中に十文字のトンボが引いてあって、そのど真ん中に立て看板の中心部分が来るように、後で合わせたとのことです。使った素材写真は大体数千枚と聞きました。現像も全部自分でやったそうです。そう考えてみると、さっき言ったドライなイメージどころか、まさに一枚一枚手描きで描くのに匹敵するか、むしろ肉体的にはそれ以上の労力を伴う、大変な手作業の産物だという事が分かると思います。では、次は『BOX』という作品を観て頂きたいと思います。手法的には『SPACY』と同じくスチール写真を使った作品です。スチール写真に撮ったものをアニメスタンドの上でコマ撮りすることによって動かした作品です。

<『BOX』上映>

『BOX』について

 一枚で完結する写真に人為的に移動を加えていく、例えば、一枚一枚を段々被写体に歩み寄りながら撮っていくことによって、映画撮影で使用されるドリーという装置にカメラを載せて機械的にスーっと移動撮影するのとは明らかに違う、別の運動が生まれてくる。そういった、写真が作り出す独特の空間、運動が時としてすごく詩的でさえあり、そこに、微妙な、絶妙なタイミングで、ゾクゾクする、まさに胸にグッと込み上げてくるようなある種のエクスタシーを作り出していく。伊藤高志はその喜びを発見したのだと思うんです。『SPACY』では、作品の中に直接観客が入っていくような、まさにこのスクリーンの中にくぎ付けになっていくような、スクリーンそのものと作者の視点が一体化するような演出をとっています。一方、『BOX』では、スクリーンそのものが巨大な覘きからくりの窓、あるいは水族館の巨大な水槽のようなものという風に想定し、その中を覘くと、風景が刻み込まれた不可思議なキューブが踊り回っているという、『SPACY』のダイレクトなイメージとは打って変わった遊びの要素が強い、ある意味非常にファンタスティックなイメージになっています。作者は『SPACY』で実験し、ある程度成功し得たことを応用して、今度はスクリーンとなる立体物そのものを動かしながら、更にそのスクリーンの中でイメージが動くという、二重の動きが紡ぎだす、言ってみれば二重奏の様なものができないだろうか、こんなことを考えたのではないかと思われます。『BOX』では、実際に四面体のキューブを作り、これくらいの大きさの、結構実物を見ると可愛らしいものなんですが、そこに一個一個手作業で写真を貼り替えていくという、気の遠くなるような作業を行っています。今は3Dのコンピューター・グラフィックス技術でこういったものを作ることは可能だと思うんですが、やっぱりこれもまた、それとはちょっと違う、ギクシャクした、手作業ならではの、そしてなによりも素材そのものを実際に手と目と肉体全体で作っているという、パソコンのデスクワークでは絶対に作り出せないものです。
 『SPACY』では体育館が素材でしたが、今度は素材に関しては屋外に出たわけで、作者のフィールドはむしろ広がっているはずです。にも関わらず、狭い限定された空間で撮った『SPACY』には外に向かってダイレクトにワーッと発進していくような力があったのに対して、『BOX』には全体に闇のイメージが漂っています。僕流に解釈するならば、『SPACY』が太陽なら、『BOX』は月とも言えるような作品になっていて、これが制作の矛盾する面白いところではないかと思います。
 さて、伊藤高志は、『SPACY』『BOX』の後も写真へのこだわりはまだまだ捨てていません。スチール写真を使ってこういったボリュームのある作品を作ってしまうと、ちょっと違ったことをしてみたくなったのではないでしょうか。今度は、写真のバルブ撮影という手法を使った作品にトライします。つまりカメラそのものの内部機構を使った映像を作ってみようと思ったんですね。バルブ撮影というのは、シャッターを長時間開きっぱなしにするという撮影方法です。普通は露出との関係でシャッター・スピードが決定されます。これに対して長時間露光というのは、シャッター・ボタンを押している間シャッターを開きっぱなしにする、というものです。シャッター・スピードと露出には大きな関係があって、光量が少ない時ほどシャッター・スピードを遅くしていく必要があるんです。シャッターの開く時間を長くすることによって、少ない光量を補って、画面を明るく撮ることができる。これは主に静止物を撮る時に光量が足りない場合、あるいは強い照明をたけないような特殊状況で撮影する時等に使われる方法です。バルブ撮影には、このように肉眼ではすごく暗く見えるものが明るく見えるという特性の他に、もう一つの重大な特性があります。それは、シャッターを開放している間の動きが全て記録されてしまう。つまり映像が流れてしまうということですね。よく皆さんも写真を薄暗いところで撮る時、シャッター・スピードが遅いから動かないでね、と言うことがあると思うんですが、これはシャッター・スピードが遅いために、とにかく人間がピタッと動きを止めていることが要求されるわけです。江戸時代の写真は、お殿様が30分くらいじっとして撮影されるといったとんでもない状況があったわけなんです。それはさておき、これが光だったらどうでしょう。カレンダーや写真集なんかを見ますと、夜なのにも関わらず高層ビルがくっきりと明るく写っていて、そして、ハイウェイを走っている車のヘッドライトが、光の帯となって映っている写真をよく見かけます。多分この『THUNDER』という作品もそんな写真集なんかをパラパラ見ていくうちに、こいつが動いたらどうなんだろうって、そんなところから始まったんじゃないかと思うんです。この作品では、長時間シャッターを開くことにより、肉眼では見えないくらい薄暗い場所が昼間の様にはっきり明るく映り、また、そこで行われた動きが全て記録されてしまうという、写真の二つのメカニズムを利用して作られた作品です。前置きはここまでにします。『THUNDER』を上映します。

<『THUNDER』上映>

『THUNDER』について

 『THUNDER』いかがでしたでしょうか。撮影の方法についてはさっきお話しした通りですので、こういう応用の仕方があるのか、ということが見えたと思います。勿論この作品は手法だけが重要なのではなくて、問題なのはそれによって紡ぎ出されていくイメージの大きさです。先の二つの作品と決定的に違うのは、物凄くアドリブがあること。ここで先ほどの話に戻りますが、構造映画と呼ばれる作品群の一つの特徴として、これは80年代の作品の特徴でもありますが、反復、リピート効果というのがあります。非常にミニマルな、限定された素材を反復利用して、反復と差異によっていろんな世界を見せていくという、これは60年代以降から80年代に通じて構造映画と呼ばれるものの一つのスタイルになっています。これまでの段階では、伊藤高志もその範疇から大きな逸脱はしていない。ある意味、構造映画の正攻法というか、そういうフォーマットのところで作っているわけなんですが、やはり、そういう作り方に閉塞感を感じたのか、この『THUNDER』という作品では、初めてそこにアドリブ効果というものを入れました。さっきも言ったように、この撮影は全て野外でぶっつけ本番で行われています。そしてカメラのシャッターを開いている間、カメラの前で大勢の人間が懐中電灯などの光る物体を振り回しながら駆けまわったりしているわけですね。そして、そこにスライドプロジェクターで女の人の顔が壁に投影されます。『SPACY』『BOX』のようにスチール写真でカチッ、カチッと、ある意味デジタル的に作られている世界とは違って、現像してみないことには写したものがどんなイメージになっているのか、作者ですら想像できないわけです。その意味ではかなりスリリングな、一コマ一コマかなりの集中力を要する作業になります。一コマ一コマ全く別々の連続しない撮り方で捉えていくわけなので、それが結果的に連続したフワーッとした光が動くようなイメージになるのは本当に驚きなんですが、ここで重要なのは、そういう方法だけを仕掛けて全くの偶然性とその時の直感に身を任せ、そして出来上がったものを編集して構成していく、二段構えの方法をとったということ。そういう意味では、作者のもう一歩先に進んだ作品と言えるでしょう。またアドリブの要素が入った分、先の二つの作品に見えがちな、ともすればやや形而上主義に走りすぎた感もある硬さがとれ、本当に心憎いようなある種の陶酔感がありますよね。当時、「これはアンダーグラウンドのスピルバーグだ」みたいなことを言った人もいますが、まさにこれは冗談でも誇張でもなく、当時彼が編み出したこの手法はハリウッドの多くの人達に衝撃を与え、CM等でもこういうイメージを使ったものが沢山作られました。彼が作った映像がある時期全世界の最も新しい先端の映像であり、誰も夢想だにしなかったイメージを象徴的に作り上げたということだと思います。

 さて、今までの三つの作品が作者の学生時代の作品です。『THUNDER』が事実上卒業制作にあたるわけなんですが、学校を出て、彼は某映画制作会社に就職します。次の『DRILL』という作品は、彼が社会人になってから作った第一作ということです。従って学生時代の様に作品に費やす時間が全くない。日曜出勤も多い職場で、帰りは何時になるか分からないような状況下で、当時は精神的にも肉体的にもボロボロになっていたと聞きますが、一日わずか30分、1時間の制作時間をいとおしむ様な、そういう疲労困憊の中で作り上げた作品です。あんまり作品を観る前に苦労話をしてしまうのは好きではないんですが…。この作品は自由気侭に作れた時と打って変わって、ある種の極限状態でしか生まれてこない一つの創作であること。かなり切り詰め、限定されたところで一体何が出てくるのか? 昔も今も多くの人はその段階でモチベーションを失って創作を止めてしまいますが、そこでもなおかつものを作り続けていこうとしたら、では何をするのか? ある意味その答えが次の『DRILL』という作品であり、作品の方法論においても精神面においても凝縮されている気がします。今日観ていただく中で僕自身最も愛している作品のひとつです。これはサイレントです。

<『DRILL』上映>

『DRILL』について

 『DRILL』の舞台となっているのは、作者が当時勤めていた会社の社宅の下駄箱です。皆さんも下宿住まいの人は経験があると思いますが、毎日、深夜帰宅して靴を脱ぐ場所。つまり下駄箱の並んでいる空間には、ここで一日が始まって、そして一日が終わっていくという、人間の日常生活の全ての源があるといっても過言ではない。ある意味すごく重要な場所です。特に日本の場合、靴を脱がずに家に上がることはできないし、外に出るということは必ず靴を履くことである、ということで、この場所が少なくとも僕達にとって非常に重要な意味を持ってくる。リアルな現実と対峙しながら、その一日の糧を得るために生活していくというひしとした現実感が一番感じられる空間ではないかと思います。そこを舞台装置として使ったというところに、作者のこれまでの作品とはちょっと違う一つの美意識で作られた作品とも思えます。これまでの三作品とは明らかに違う、非常にリアルな現実感が入ってきています。そして、建物の柱というのは、「五月五日の背比べで柱の傷がなんとか」といった古い童謡にあるぐらいに、建物の年輪を刻む重要なファクターだと思うんですが、その柱の周りを常にカメラがつかず離れずという形で回転運動を続けます。それによって空間が歪んで、異世界に行くというのではなく、日常のいつも見慣れているなんの変哲もない空間がすごく内的な宇宙に変貌していく。この映像を観た時に、僕は即座に「あ、この感覚って分かる」という風に思ったんです。映像の美意識というところを超え、より人間というものの存在に肉迫している。作者が果たしてどこまで自覚的にそれをやっていたかは疑問なんですが、卒業というものを一つのステップとして、その後の『GRIM』『悪魔の回路図』、そして最近の作品に続く、本来の伊藤高志の世界の萌芽がこの作品に紛れもなく見られる気がします。ではそのようなことを含めて、次の『GRIM』という作品を観て頂きたいと思います。これは手法的には先ほどの『THUNDER』と同じく、長時間露光を使った作品です。

<『GRIM』上映>

『GRIM』について

 さて、ここで、伊藤高志は人間を描くのか? という重要な問題が出てきます。確かに最初期の『SPACY』ではカメラを持つ男、これは作者自身なんですが、人間の映像が唯一出てきます。しかし、それ以降、オブジェとしての人間は出てきても、それはあくまでも素材の一部として出てくるに過ぎず、どうもあまり正面から人間を描くということには関心がなかったのか、あるいは故意に自分の作品の不要な要素として排斥していったか、そこは本人でないと分かりませんが、人間は描かれてきませんでした。『GRIM』という作品の大きな特徴は、ここに明らかに人間、そして家族という要素が加わってきたことにあります。これまでバイオレンス、視覚のパニック、そのような形容で名を知られていた伊藤高志の作品とは打って変わって、タッチこそ伊藤高志流のスピード感を持っていても、内容はがらりと変わっています。

 さて、ここから先の話は正直話すべきかどうか迷うところですが、しかしここを飛ばすと核が漏れてしまいますので敢えて話します。実は最初の『THUNDER』という作品で出てきた女性—幽霊の様に蠢く人間達を、時に悪魔の様に、時に天使の様に見据えているあの女の人は、当時の彼の恋人です。そして、今回『GRIM』で出てくる女性の影は既に妻となった彼女であり、その新居であるマンションを舞台に描かれたものです。この一点をとってみても作品のモチベーションの格が違うことは明らかで、『THUNDER』で巨大な女性の顔を見据える撮り方は、一つの女性の象徴として、言ってみれば聖母マリアの様なものとして捉えているわけです。それは一種のイコンであり、オブジェです。これまでの作品では、社会に出たことによって学生時代特有の閉塞感が突破されたものの、まだそこに「他者を持たない一人だけの暮らし」が核にありました。しかし『GRIM』では、他者と共有する時間が入ってくることによって、作品は一変しました。言うなれば、『THUNDER』と『GRIM』は非常に密接な関係にあって、前者を自分の恋を語る、そういう熱いメッセージであるとするならば、後者は夫婦一心同体に一つの人生をこれから迎えていくという、まさにホームドラマと言えるような作品になっています。そして、それまでは余計なものを排斥した冷たい空間を描いていましたが、ここでは使いかけのポットがあったり、テレビモニターにニュース番組が流れていたり、洗濯物がかかっていたりといった、そういう生活の痕跡を故意に見せています。招き猫の人形とかね。およそ、それ以前の彼のラジカルでストイックなイメージとは似つかわしくないものが、無秩序に出てくるわけです。これは『悪魔の回路図』にも繋がると思うんですが、伊藤高志が初めて人間を、メロドラマであったりだとか、セリフを言わせたりということではなく、家という空間、家族と同居している空間を舞台にしながら、他者を描くという、他者に関心を持った、多分僕の記憶する最初の作品ではないかと思います。そういう意味では記念碑的なものだと思います。次は『WALL』という作品。これはあまり深く説明する必要はないと思います。ひたすら観て、楽しんでいただきたい作品です。ここでもやはり彼の奥さんになられる方が大活躍しています。

<『WALL』上映>

『WALL』について

 今の『WALL』という作品は、今ではすごく有名な場所になってしまった、横浜の赤レンガ倉庫がまだ廃屋だった頃に作られた作品です。ここを舞台にすることを考えた人がそんなにいなかった頃なので、そういう意味では先見の明があるというか、まさか彼もこの時何気なく舞台に使った場所が名所になってしまうとは思いもよらなかったと思いますが…。さて、『WALL』という作品は手法的には皆さんにとっては特に物珍しいものでもなく、細かい説明は不要だと思います。むしろ、この作品で全編を通じて特徴的なのは、当時世界的に流行ってきていた、今日でいうところのミュージック・クリップ、いわゆるプロモーションビデオと言われる、MTVスタイルというのがありまして、そういったミュージック・クリップ風のテイストがあるところです。ただ、この作品自体は何かのクリップとして作られたものではなくて、完全な自主制作による個人作品で、彼自身の欲求によって作られたものです。この時期、伊藤高志の作品スタイルはかなり有名になってきていて、特にこういったミュージック・クリップの分野では盛んに利用されていました。本当に「伊藤さんが作ったんじゃない?」っていうぐらいそっくりな作品がいっぱい作られたんです。そういったものはメジャーで作られた作品であるためにすぐテレビ電波に乗って、元々その手法を発明した人よりもはるかに有名になってスポットが当たってお金もいっぱい貰えてしまう。僕が想像するに、そういうところにある種の憤りというのか、理不尽さを感じていたということはあり得ると思います。「なんだ、こんなもんだったら俺自身の手でいくらでも作ってやるぞ」みたいな、そういうある種の軽い憤りのようなものがこの作品のモチベーションとしてほのかに漂っています。とはいえ、やはりその中にもしっかり一つの作品としての充実感は充分に感じられる作品で、完成度という点では、他の作品に比べてかなりすっきりとまとまっています。しかし、この頃、伊藤高志が手法的に『SPACY』を含めた最初の三部作で一つの頂点を築いてしまい、巷では少しパターン化しているんじゃないか、やや自己模倣に陥ってるんじゃないか、そういう風な悪口を言う人も少なからず出てきました。後進の世代からは似たような作品で、より世間に受けるようなものを作って脚光を浴びる人もいっぱい出てきて、このままではちょっとまずい、自分自身を開拓していかなくちゃいけないという、そういうジレンマを抱えて、一人の表現者としての伊藤高志にとって80年代後半というのは苦しい時期だったんじゃないかと思います。そういう意味で、一つの主流として同時代を席巻しているものに好きか嫌いかを問わず一度は身を投じてみて、そこから自分を問いただしていかない限り、次には行けないんじゃないかという、毒も薬も一緒くたに飲み込んでいくような、そういう大胆さがここには見られます。


『悪魔の回路図』について

伊藤高志が完全に自己の内的な欲求によって制作していた時代から、商業的な映画のSFXシーンの制作やSFXの特殊視覚効果マン、効果ディレクターとして仕事を数多くこなすようになっていったのも、ちょうどこの時期とリンクしています。そして、さらに続く『悪魔の回路図』でもやはり、このクリップ的な性格は登場しています。これは賛否両論あるかも知れませんが僕は結構好きな作品で、『悪魔の回路図』『WALL』という二作品は確かに、この前後にあるそれ以外の作品と比べると、内容の深さ、重厚さという点ではやや軽いという感じがしないでもないんですが、個人的にはリラックスして楽しめる作品だと思っています。言ってみれば、物凄い剣の達人がすごい軽いところで遊んでくれているみたいなね、そういう楽しさ、リラックスした感じを受けます。ちなみに『悪魔の回路図』についての説明は作者自身が色んな文章を執筆していますので、観る前に言ってしまっていい話だと思うのでお話しします。皆さんは旅行なんかで、列車の中から外の風景を見ていて、こんなことに気が付いたことはないでしょうか。遠くの山はどこまで進んでも位置がほとんど変わらずにゆっくりゆっくり動いている。そして、もうちょっと手前の森とか建物は、どんどんどんどん流れていく。そして一番近いところにある植え込みとか樹木とか電信柱は形もつかめないぐらいに素早く去っていく。過ぎ去っていく電車の窓から覗く風景というのは、遠くに行くほどその動きの変化が少なくなっていく。こんなことがもし、大都会のど真ん中で起こったら、どうなるだろうなっていう、そんな、子供のいたずら心をくすぐるような愛すべき作品になっています。

<『悪魔の回路図』上映>

 作品の最初に映ったのは地図です。東京の地図が出てきまして、サンシャイン60という池袋にある建物にコンパスの中心をあてて、大きな円を描きます。そして、その描かれた線の上に当たる地点から、とにかく常に画面の中心にサンシャイン60がくるように撮影して、どんなことがあってもその線のとおりに道を歩んでいって一周するという、そういうコンセプトで作られた作品です。これを作ったことで体重が何キロも減ったという話を聞きましたけども、確かにすごい運動ですよね。しかも、その間そこに必ずしも道があるとは限らない。地図上で引かれた線ですから、行き止まりだったり、段差があったり、崖になっていたりと、東京って複雑ですから。そういうところをとにかく敢行してしまうという…この作品は裏話が面白いということもあって、個人的にはそこの部分をもうちょっと見せて欲しかったところもあるんですが。いずれにしても、作品としてはこれまでのどの作品よりも、緻密で非常に音楽的な、色んな画像が入り乱れたハーモニーとしての残像効果のようなものが魅力的な作品だと思います。

 明日は伊藤高志さんをお迎えして講座を行いますが、今日はその前提講義と言う形で授業をやらせていただきました。彼はポスト構造映画の作家といわれたり、メカニックなイメージの作品が強調されて、ある時期からすごく私小説的な世界に変化していったとよく言われるんですが、僕は全然そう思いません。今日観てさらに確信を得たんですが、この作家は作品を作るために生まれてきたような人で、食事をするように、呼吸をするように作品を作る。つまり作品を作るということが生きることそのものなんだなっていうことをものすごく感じました。それくらいに、作品というものが肉体の一部となっていると言っても過言ではない。青春時代から始まって、それから卒業して社会に出て結婚して…、ちなみにこの最後の『悪魔の回路図』は、残業が多くてとにかく休みがほとんどない状態で、作品を作る時間は会社の昼休みの時間しかなかったという様な状況下で、じゃあそこで何ができるかっていうところから発想したということなんですが、なんか映像残酷物語っていう感じに近いんですけども…。スタイルや表層的な視覚効果を越えて、僕はそこにすごく感動するわけです。つまり彼の作品一個一個に紛れもなく、その時のその作者の人生というか、人生の重要なステップが刻印されている。だからこれほど冷たいとか無機的という言葉とかけ離れた、これほど熱い、ホットな作家は他に例がない気がします。

 例えば、これは小説家の話ですけれども、三島由紀夫は生涯私小説を嫌いフィクション以外は絶対に書かないと豪語していました。これに対して、ノーベル賞で有名な大江健三郎はもっぱら自分と自分の家族、僕は私はっていう作品ばかり書いていますよね。それを考えると、一見この伊藤高志という作家は大江健三郎タイプなのかなっていう気がしますが、やっぱり違う気がします。ものすごく乱暴な例えですが、三島的なところがある。三島由紀夫も、非常に私小説的なものを拒否しながらも、作品をみると無防備なくらいにその時その時の彼自身の精神生活が出ていますよね。伊藤高志の場合も、ともすればそういうところに流されてしまいそうなところを、一つのある伊藤高志スタイルと言われるもので武装することによってアイデンティティーを保ちつつ、そこで絶妙なバランスと距離を保ちながら、これまでもずっと創作活動を展開してきたし、今後も多分そういう形でやっていく人のような気がします。色んな映像史の本をみると、伊藤高志と言えばとかく初期の三部作『SPACY』『BOX』『THUNDER』で語られているものが多いんですが、最後に批判を承知で敢えて言うならば、この三作は僕自身も感動した立派な作品ではあるけれども、まだ伊藤高志以前の伊藤高志だと思います。本当にスリリングで魅力的でワクワクする、本当に面白い伊藤高志が始まってくるのは『DRILL』以降なのではないか、というのがあくまでも全く客観性と一般評価を欠いた、個人的な評価です。では、これをもちまして今日の前提講義を終了させていただきたいと思います。


<第2日目>伊藤高志氏×黒坂圭太教授 対談


<『ZONE』上映>

黒坂 ただ今より、昨日に引き続きイメージライブラリー映像講座「伊藤高志×実験映画」を始めます。昨日は主に作品を観ていただいたんですが、本日は伊藤高志さんご本人をお招きしまして、お話を伺いたいと思います。作者の人間そのもののホットなお話が聞けるという期待に胸が膨らむばかりです。それでは、伊藤高志さんよろしくお願いします。

伊藤 こんにちは。京都の方に京都造形芸術大学というのがありまして、今はそこの映像学科で教えている身分です。京都へ行ってもう12、3年経つんですが、その前は10年間くらい東京にいまして、映画の配給会社で宣伝マンとしてサラリーマンをやっていました。特におすぎさんとピーコさんと淀川長治さんの担当をしていました。その前は九州芸術工科大学というところにいまして、そこで松本俊夫さんという映像作家に出会い、それがきっかけになり実験映画を本格的に作り始めるようになったんですね。松本俊夫さんの作品に強い影響を受けて、だから自分が作っている作品、昨日見せた作品なんかにしても、松本さんの影響を受けてというよりも、初期の頃はずっと松本俊夫さんの物真似をしていましたね。『SPACY』の前に8mmのフィルムで色んな習作、短い作品を学生生活の間で作ったんですが、その時の作品はほとんど松本俊夫さんの物真似をやっていました。皆さんも美術系の大学で作るという身分にいるわけですが、なかなかそうオリジナルってないんですよね。オリジナルを見つけるってことは簡単なことではない。ゆくゆくはそういうものを生み出していくことになるかもしれませんが、最初は物真似をしたら良いと思いますね。自分が見た作品で、強い影響、ショックを受けた作品、そういったものを自分なりに焼き直してやってみるとかね。そういうのを怖がらずにやったら良いと思いますよ、本当に。吉田拓郎もボブ・ディランの物真似から始まったんですからね。あの人の70年代の姿っていうのはボブ・ディランと全く一緒でね。歌い方も、当時のボブ・ディランのレコードなんか聞くと吉田拓郎と全く一緒ですね。吉田拓郎がその歌い方を真似していた、みたいなところがあると思いますね。そこから段々真似が真似でなくなっていって自分のものが段々できて、現れてきて、吉田拓郎でなくては歌えない世界というのが確実に出来上がったわけですよね。だから最初は本当にどんどん物真似をやったら良いと思いますよ。

①漫画帳

 話がずれてくるんですが、サンプルで私の子供の頃の古色蒼然とした漫画帳を持ってきたんです。これは中が真っ白の紙なんですが、小学校の頃これに漫画を描いていたんですよね。すみません、いきなり脱線してしまいますが…。『サイボーグ009』の石ノ森章太郎の漫画を真似するわけですね。自分なりにストーリーを作って、キャラクターは全部いただいて…。(漫画帳を会場に提示)

黒坂 これは何年生ぐらいの時ですか?

伊藤 これは小学校の4年か5年くらいですね。鉛筆でずっと描いていましたね。ほとんど勉強しないで漫画ばっかり描いていたので漢字はものすごく間違ってますけども。この漫画は(漫画帳を左上から右下になぞりながら)こういう風に読んでいくんです、アメコミ風に。右利きなんで、右から描いていくと絵が汚れていくんですよね。それで左からずーっとね、こうストーリーが続いていくと登場人物達が大活躍するという、こういう漫画を描いていました。完全にコピーをやっていたんですね。『サイボーグ009』は途中で挫折しちゃったんですが…。(別の漫画帳を提示して)これは怪獣漫画なんですが、『対戦』というんですね(写真①)。これが第一話。これも表紙はカラーですが、中はモノクロでここから始まるわけです。ただし、横山光輝という漫画家の『鉄人28号』というキャラクターをそっくりそのまま使っています。こういう怪獣は手塚治虫の漫画かなんかに出てきた怪獣です。そういったものを自分なりに組み合わせて変えていました。私はこの当時は九州の福岡に住んでいまして、この漫画では福岡の博多湾というところから怪獣が突然出てくるんですね。それで自分の住んでいる町、よく見慣れた風景が漫画に出てくる。これが博多湾ですね。それで湾の向こうに山があって公園、ここによく遊びに行ってたんですよ。それでその公園から見える風景がこれなんです。これはその当時こういう石油の備蓄コンビナートがあって、ボロいアパートがあったりとかね。そういう普段見慣れてる風景を怪獣達に破壊させるという喜びに浸っていたという。普段見ている、例えばこのムサビの校舎を怪獣が踏み潰していくといったような、そういうスペクタクルを漫画でやっていたわけですね。常に見ているとても日常的な風景が変貌していく、非日常化されるというか、そういう瞬間の快感みたいなものを小学校の頃に追求していたところがあったみたいなんですね。(漫画帳を差して)このお話は昭和29年の『ゴジラ』という映画とまるっきり一緒ですね。だから、ある博士がタイムマシンを開発して、その怪獣と一緒に非常に犠牲的な精神を持って別次元へ消えてゆくという、涙なくしては観れないというラストシーンなんです。
 そんなこんなで、物真似から始まったということです。最初は漫画でしたけどね。ものすごく漫画家になりたかったんですが、手塚治虫の作品を読み始めてから、こんなすごい人にはなれないと思って諦めましたね。こんな物語は自分には絶対作れないと、トラウマになってしまいました。それでもう諦めました。手塚治虫の漫画にはそれだけ強いショックがあったんですね。でも表現欲はあるわけです。何かビジュアルに起したいというのかな、表したいというモヤモヤしたものがあって、高校生の頃は写真を撮っていました。大学に入ってから8mmカメラを初めて手にして—それまで映画が大好きだったんですね。福岡で公開される劇映画なんかはどんな映画でもほとんど観ていましたから。ポルノ映画はまだ未成年だったから観れなかったですけど、ロードショーの作品は全部観ていました。それくらい好きだったんですね。それで、大学生の頃に初めて8mmカメラを手にして友達を撮ったりだとか、色々身の回りの風景とかを撮るでしょう? それで現像が上がると、ちゃんとしたスクリーンではなくて自分の部屋の襖とかに映すわけですよね。すると、これは映画の本質的な驚きだと思うんですが、人がそこにいないのに「いる」という感覚。人の姿を投影したら、そこは単なる白い壁でしかないんですが、実態は何も無いんですが、そこに人がいるというね。そういうリアルな感覚があるでしょう? 不在なんだけど存在しているという非常に幽霊的な、霊的な魅力。映画を作るというのは、無いのにある、ものすごく力強くその存在を示すことができるという、その不思議な感覚を一番最初に感じたんですね。それが私の中では強い衝撃で、それで映画を撮り始めたんです。

黒坂 昨日、久しぶりに伊藤さんの作品を通して観て、改めてやっぱりすごいなってショックを受けて、今日はさらに、のっけからとんでもない漫画帳を見てしまって、ちょっとクラクラしてるんですが…。うーん、すごいですね。

伊藤 いや、もうほんと物真似だしね。

黒坂 天才とか言われたでしょう。

伊藤 いやー、変人って言われましたよね。小学校の頃は非常に変わった子だっていう風な見られ方をしていたし。

黒坂 僕もやっぱり同じ頃、同じような漫画を描いていたんで、「うわぁ、こりゃぁかなわねぇ」と思っちゃって…。同級生に伊藤さんみたいな人がいたら直ちに漫画を止めていたと思う。いなくて良かった。僕なんか最初の2、3ページですぐネタが尽きて先に進めなくなってしまうんだけど、とにかく皆完結しているというのがすごいですよね。

伊藤 完結してるのは、今の『対戦』という怪獣漫画だけだね。

黒坂 何ページあるんですか?

伊藤 あれは3冊…数えたことないねぇ、そういえば。

黒坂 40ページはあるよね。今の漫画よりコマの数が多くて1ページの情報量がすごく多いから、今だったら充分単行本一冊になるぐらいの量だと思いますよ。

伊藤 普通は最終話どうなるかっていうところまで考えてシナリオを細かく詰めていくでしょ? 僕の場合は、学校の教室で描くのね。そうすると、周りで友達が見ているわけ。それで、もっとこうしたら? とかリクエストがガンガン来るんだよ。それに沿ってどんどん物語を描いていくわけ。要するに、おそらくクラスの人気者になりたかったんでしょうね。小さい頃はそれだけ強いコンプレックスがあってね。その頃すごい毛深かったのね。それで半袖とか半ズボン穿くの、ものすごい嫌で。それで小学校の頃はいつも猛獣の様に言われてたわけ。それがすごいコンプレックスで、いじめにも遭いましたしね。だから注目を引きたかった、みたいなところがあってね。なんかいやらしい性格だったわけですよ、言ってみればね。それで、皆のご機嫌とりみたいな感じで漫画を描いていたことろがありますね。岩波新書から出ている『ぼくのマンガ人生』という手塚治虫の自伝をつい最近になって読んだんだけど、あれを読んでいると自分と同じだなと思ったわけですよね。手塚治虫もものすごくいじめられてコンプレックスがあって、それで人の気を引くように教室で漫画を描いていたんだって。それを読んだ時に「あぁ、漫画家の道を諦めないでやっていたら手塚治虫になれたのかな」とかね。「俺と一緒だ」と思って意識しましたけどね、つい最近。

黒坂 『SPACY』から『悪魔の回路図』までの間でも色々な変貌が見えるけれども、それでも割合地続きという感じがしていました。しかし、今日観ていただいた『ZONE』になってくると、集大成といえば集大成なんだけれど、ガラっと色んなところが変わってきていますよね。複雑な要素、ある種のドラマ性、メッセージ性といった様々なものが入ってきて、個人的には短編映画史の上でも非常に重要な作品だと思われる程大好きな作品なんです。『悪魔の回路図』は1988年でしたっけ。で、『ZONE』が1995年。この7年の間に一体どういうことがあったのでしょうか?

伊藤 『悪魔の回路図』はサラリーマンをやっている時に作った作品です。毎年イメージフォーラムに出品していましたので、作らなくちゃいけないわけですよ。やっぱりサラリーマンって忙しくて結構大変なんですよ。学生だったら時間いっぱいあるし、作品のことだけを考えていればいいでしょう? でもそういうわけにはいかない。だからどう時間とお金を作るかということ。製作費は大したことないけど、どちらかと言えば時間ですよね。時間が欲しくて会社をズル休みしたりしていました。「すいません、ちょっと今日熱が出て…」とか言いながら、家でコマ撮りをしていたんです。『悪魔の回路図』はそうやって作ったんですよ。いわゆる物語的なものはなくて、どちらかというと視覚的な、非日常的な世界を映像で作り上げるというところに非常に興味があったんです。それは『SPACY』の頃からずっとやっていたんですが、『悪魔の回路図』の頃くらいから段々、「もう何作っていいか分からない」という状況になってきてたんですね。同じものを繰り返してやっているような感じがしてき始めましてね。『悪魔の回路図』の後に『ミイラの夢』と『ビーナス』という作品があるんですが、それはもう焼き直しなんですよね。自分でもアリバイとしてイメージフォーラムに出品しているようなところがあって、そんなに楽しくもなかったし。そういう大きな壁にぶち当たったりして、仕事も忙しいし、結構イライラしてたわけですよ。
 そういう時期に子供が生まれまして。子供が生まれてからちょっと変化してきましたかね。それはお父さんになった喜びということではなく、自分の子供なんだけど、「なんだこの物体は」みたいなね。この生き物は一体誰の子なんだ、という感じのね…いや、自分の子なんですけど。人間という、なんか親と子の関係というものではない、不思議な存在として子供を見つめ始めてきたわけです。そこがちょっと異常な感じもするんですが…。そういうことを思い始めた時に、なにか自分の気持ちの中の曖昧とした、よく分からない、何を考えているんだろうっていうような世界、これを作品のテーマとして表現しても面白いかもしれないな、という風に考え始めたんですね。要するに今まではカメラを常に風景に向けてきたわけですが、ちょっと自分の方に向けて自分の見えない内面的な世界を探ってみる、といった方向性で作品ができないだろうかっていうことを少しずつ考え始めたんですね。
 ちょうどその時期に会社を辞めて京都の方で教員の仕事をしないかという誘いがありましてね。それで喜んで京都に行きました。教師ってサラリーマンに比べてすごく時間があるわけですね。ものを創る上では結構良い環境なんですよ。それで京都に行って一番最初に作ったのが『十二月のかくれんぼ』というビデオ作品なんです。この作品が、作風が変わるかなり大きなきっかけになっていきますね。久し振りに映像作品を作ったんです。それは自分もカメラを持って、子供にもカメラを持たせてお互いに撮り合って、いわゆるホーム・ムービーみたいなものを作ろうと思って作ったんですね。それで、学生が作った作品に先生達が厳しいことを言う、いわゆる講評会というのがあるでしょう? 先生達はほとんど作品を作っていないのに偉そうに学生のことを言うわけですよ。そうすると、学生が「先生は作品全然作ってないのによく言いますね。先生も作ってくださいよ」って言い始めたんです。それで、「作ってきたものを私達学生が講評するっていうのはどうでしょう?」っていう話を持って来たんですね。それを下剋上上映会って言ったんですが、学生達が紙に「果たし状」って筆で書いて持って来たんですね。学生達も課題とかそういうことではなくて、先生と対決するために作品を作るわけです。それで、学生の作品と我々教師の作品を同時に上映して、基本的には学生が講評するわけ。そういうことを一度やったことがあるんですね。非常に面白かったんですが…。学生も偉いなと思うんですよね。そういうことを言い始めてくる学生にすごく嬉しくなりましたね。それでこの『十二月のかくれんぼ』を久し振りに作ったんです。
 この作品を作り上げた時に自分では全然自覚していなくて、観た人から言われて気付いたんですが、私が5歳くらいの子供を、木の高いところに置いたりとか石垣の高いところに連れて行って下から撮ったりとか、結構危ないことやってるんですよ。ちょっと踏み外すとガタッと落ちて大事故になりかねない。そういうことを平気でやっていると言われたわけですね。言われた時にすごくハッとしたんです。自分の子供なのに自分のことしか考えないんですね。要するに良い画が欲しいだけなんです。面白い画が欲しいということが先にあって、子供の安全を全く無視していた自分がそこにいたわけですね。これは傍から見てやっぱり怖いなと思うわけです。作品を作る時に人が変わってしまうみたいなところがあってね。それで自分でもハッとして、そういう非常に潜在的に残酷なところというか、狂気的なところがあるんだと思って、そこで自覚したんです。それで、もっともっと自分の内面の中に、なにか見えない狂気というか、そういったものがあるんじゃないだろうかみたいなことを、すごく考え始めてね。それをテーマにして作品を作ったらどうだろうということを『十二月のかくれんぼ』以後、考え始めたんです。『十二月のかくれんぼ』のあとに『THE MOON』という作品を作って、その後が『ZONE』という作品なんですが、カメラをとにかく人に向けるということを考え始めました。単なる風景ではなく人物に向ける。そこに映っている人物を通して私の内面を描く。だから映っている人物には全て私が投影されているという、そういう形で色々物語を作ったりし始めるようになったんですね。

黒坂 すごく納得できるというか、実感を持てるところがたくさんありました。
 話が変わるんですが、それまでは本当に自主制作、個人作品という形で基本的には自分のやりたいという欲望に基づいて作るというスタンスを通してきたと思うんですが、この時期からそれ以外に随分商業ベースの仕事もされていますよね。特に林海象さんやその他の商業用劇場映画の特殊視覚効果という、言ってみれば作家と言うよりも視覚効果担当みたいな形でかなりの量の仕事をされていると思うんです。そういったことについて、何か矛盾とかジレンマみたいなものがなかったか、あるいはそういったこととどういう風に渡り合っていくのか、そのあたりはいかがでしょうか?

伊藤 はい。このあと劇映画の中でやった部分だけを抜粋したビデオをお見せします。一番最初にやったのは石井聰亙監督の『逆噴射家族』という映画のタイトルクレジットと、最後の、家がぐしゃぐしゃになった後のシーンを担当させてもらったんですよ。石井監督も『SPACY』とかの頃の作品を観ていて、あの感じでやって欲しいって言う依頼があったわけです。それで写真を使ったアニメーションとして作りました。劇映画の中では非常に違和感のある映像で、それは石井監督自身も非常に喜んでいて、ちゃんと映画の中に成立できたシーンだったんですね。これをきっかけに、『逆噴射家族』でカメラマンだった田村正毅さんという人が、日活ロマンポルノの『赤い淫画』などを手がけた池田敏春監督に私を推薦してね。それで池田監督による日本初のスプラッター・ホラー映画『死霊の罠』というのをやったわけです。『SPACY』みたいな感じのアニメーションでやって欲しいという風に言われて、それでやったんです。最初は自主映画でずっと作っていたし、メジャーになりたいという、そういう気持ちがどこかであったんですよね。ゆくゆくは映画監督になれたら嬉しいな、みたいなね。そういうミーハーなものがすごいあったんですよね。映像を勉強している人達の中には当然あると思うんですが、それはなくちゃだめだと思うんですが…。それで石井監督の話が来た時に結構喜んでたんですよ。映画館のスクリーンで自分の映像が見れるってこともあったし、劇映画というコマーシャリズムの世界に身を置けるという変な優越感みたいな、そういうやらしい気持ちを持っていました。それで、商業ベースのお仕事も良いなぁ、ということを思い始めていたんです。林海象監督の『ジパング』、ここまでは面白かったんですけれどね。それ以降いろいろ話が来たんですが、これもまた段々惰性になってきてね。
 今の時代は特殊効果っていうとコンピューター・グラフィックスを使ったりだとか、ものすごいですよね。『スター・ウォーズ/エピソードⅢ』なんか観ちゃうと、もうできないことなんかないという感じになってきていますよね。それもそんなに驚かなくなってきたでしょう? ものすごい戦闘シーンを見てもぺらーんとした感じでね。あんまり驚かなくなってきちゃったんですね。だからこれから皆さんも大変だと思いますね。ああいう技術は相当高くなってきてしまったんだけど、それを人が感動できるような映像にどう仕上げていくかということがね。皆さんものすごく大変な立場に来ちゃいましたね。私が写真のコマ撮りでやっていた頃は、すごくアナログな手法なんですが、映像そのものはいわゆる商業主義の中では目新しかったし、面白いという満足感があったんだけどね。でも同じことをやっていればそういう満足もなくなっていく。作っている方も刺激が無くなっていく。だから離れて行っちゃったんですね。だから『CAT'S EYE キャッツ・アイ』(林海象監督)以降は全部断りましたね。

黒坂 では、早速伊藤さんが手がけた視覚効果の映像を上映します。

<『特殊視覚効果映像 提供作品』上映>

黒坂 さっき伊藤さんご自身が、松本俊夫さんの真似から始まったという風なことをおっしゃっていましたが、僕なんかは伊藤高志の真似から始まっているわけです。今回は個人的にもすごく思い入れの強い作品を改めて観たんですが、今日最初に見せていただいた漫画! とにかく絵は無茶苦茶上手いなってことは分かっていたんですが、10歳に満たない年で起承転結がキチッとついて、アングルがすごく映像的というか。普通子供の絵って個々では描けても、前後関係で描くっていうことはしないと思うんです。でも、ちゃんとアップやロングや俯瞰という、見せ方をちゃんと分かっている。昨日も、やっぱり伊藤高志という作家は本当に呼吸するように、食事をするように作品を作り続けている人で、肉体がそのまま作品になってくるって話したんだけども、今日さらにその確信を強めました。これはもう、完全にイカレてるな、と正直思いました。

伊藤 いや、嬉しいですね、イカレてるなって。昔は変な子って言われてちょっと傷ついてたんですけど。

黒坂 いや変すぎますよ、これ。

伊藤 変態とか変人とか言われるとすごく褒め言葉に聞こえるね。元気が出るね、そういう風に言われると。
 今黒坂君から言われたけど、映画的なフレーミングであったり、編集っていうのかな、それはやっぱり絵が好きでしたからね。それから手塚治虫の漫画、それに徹しているでしょ。あの人の漫画の中に映画的なリズム、映画的な手法があった。そういうものを積極的に取り入れて、それまでの非常にスタティックな画面展開を圧倒的に変えちゃった人ですよね。そういう漫画にずーっと触れていたということもあるし、子供の頃に映画は滅茶苦茶好きだったしね。『対戦』を描いたのは、小学生じゃなくて中学生。だから12、13歳くらいのときに描いたね。最後の『009』は小学校のとき。

黒坂 僕は正直、この『ZONE』以降の仕事は何故こういう風になったのかって、伊藤高志の三大不思議の一つだったんですが、今日やっと謎が解けました。さっきの漫画帳でも、自分の慣れ親しんでいる町を怪獣が踏みつぶしてくれたら嬉しい、みたいな話をされたじゃないですか。すごくピュアな感じがするんですよね。だからそれまでの手法を極めていって、その結果『ZONE』が出てきたっていうよりは、技術だけはしっかりと身に付けながら、感性の部分では、むしろ余分なものというか、しがらみみたいなものをどんどん取っ払った結果だという、すごくそういう感じがします。
 それと『ZONE』なんかが持っているドラマ性みたいなものがありますよね、首がポロッと折れたりとか。それから向こうに何があるか分からない光が漏れている両開きの扉とか。この作品にはそういうインパクトの強いシーンがたくさんあるんだけども、何か原体験はあるんですか。

伊藤 原体験というか、ものすごく妄想癖があってね。妄想大好きなのね。小中学生の頃は本当に映画が好きだったから、映画観に行くでしょう。それで、ものすごく感動した時は見終わった後にファーストシーンからラストシーンまでずーっと思い起こすの。カットなんて全部頭に入ってたね。それを布団の中で反芻するわけ。その日のお昼に観た映画の最初から最後まで。それで映画をもう一回体験しているのね。それはやっていましたよ。

黒坂 そんな長いものを全部再現できるの?

伊藤 覚えちゃうわけ。導入の音楽から再現できるの。ずーっと頭の中でね。どういうカメラ移動で次にどういうカットがきてということを全部覚えていて、それを布団の中で反芻するんですよ。それでまた感動するわけ。

黒坂 じゃあ漫画を描く時も、無意識に構図をとったり、あおった方がいいとか、俯瞰で撮った方がいいとか、アップがいいとかロングがいいといったことを勘でやってるんだ?
伊藤 勘でやっているよね。だから漫画を描く時なら、一ページのデザインがあるでしょ、左上のコマから右下のコマに行く。コマの流れと描かれた画のデザインというかね。全体としてダイナミックに見えるように描いていたような気はします。だからすごく静かな画の隣にガーッとドアップの激しいカットがあったりね。そっちの方が一つの画面で見た時に、非常に動的なものを感じるといったことが潜在的に分かっていた気はするよね。

黒坂 漫画というよりは、むしろ映画からの影響はやっぱり強い?

伊藤 映画からの影響はすごく強いと思うね。

黒坂 小さいコマだけど本当に手塚治虫に負けないくらい映像的な感じがします。

伊藤 そうね。映画、ほんっとに好きでしたね。今みたいにレンタルビデオ屋さんも当然ないし、BS放送もないし、映画観るとしたら、テレビの日曜洋画劇場。

黒坂 一回見ただけで覚えちゃうの? それとも何回か観て?

伊藤 一回見ただけで。特に映画館とかで観るでしょ。すると全部覚えちゃう。

黒坂 すごいですね、それ。

伊藤 いや、面白い映画に対してだけだよ。観終わった後に、面白くて感動したっていうものをもう一回体験したいというのがあるからね。それでお布団の中でずーっとファーストカットから思い起こしてまた感動するわけ。

黒坂 『アマデウス』っていう映画でモーツアルトが一回だけ聞いた曲をすぐその場で即興で弾くシーンがあったけど、映像版のアマデウスですね。

伊藤 今はもう全然覚えないから。学生の名前も覚えないし。学生からいつも怒られるんですけど。

黒坂 子供の頃に発揮されるんでしょうか、そういう感覚って。

伊藤 もうなくなっちゃったね。

黒坂 そういうもんなんですか。

伊藤 映画もあんまり観に行かなくなっちゃったしね。

黒坂 すごい早熟な人なのかな。絵がうまい子供っていうのは結構いると思うんだけども、前後関係での見え方とか対比効果みたいなものまで、論理的にはやっていないと思うんだけど。勘でやってるわけでしょう?

伊藤 感覚的にはあったね。そっちの方が面白いって思ったのね。

黒坂 びっくりしたのは、(漫画帳を指して)これ下書きってしてないですよね。

伊藤 直接描いてるよね。

黒坂 しかもこれ両面に描いてあるってことは、透かしてトレースするっていうことも出来ないわけだから、ぶっつけ本番ですよね。

伊藤 ぶっつけでどんどん描いていくの。

黒坂 別の紙にあらかじめ描いたり、そういうのもなしで?

伊藤 ないないない。もう感覚でね。自分でもよくラストシーンまでこぎつけたなって感心するけどね。あれだけ人の意見を取り入れながら感覚的にどんどん描き進めて行ったものを完結させたからね。あの作品だけですけどね。

黒坂 アニメ—ションには興味あったんですか?

伊藤 生まれて初めて観た映画が、東映動画の『安寿と厨子王丸』というアニメーションで、めちゃめちゃ感動した記憶があってね。それが結構きっかけだね。一番最初の体験。自分の中の記憶としては『安寿と厨子王丸』が強烈に覚えているよね。そこら辺から映画がすごく好きになったというのもあるし。

黒坂 じゃあ当然『ゴジラ』とか『モスラ』とかあの辺も?

伊藤 もちろん。

黒坂 『ウルトラQ』とか。

伊藤 『ウルトラQ』はもう狂喜したよね。テレビで怪獣ものをやるんだ!っていって。

黒坂 お正月だったでしょう? もう待ちきれなかったですよね、本当に。

伊藤 第一回の時は元旦だったよね。あの記憶は僕らの世代の人達には強烈に残っているよね。

黒坂 そう。裏番組が手塚治虫さんの『W3(ワンダー3)』で。

伊藤 そうだった?

黒坂 そうか、福岡と放送が違うのかな。手塚眞さんが子供の時に「パパのを見なさい」って言われたけど、『ウルトラQ』の方が面白いからこっそりそっちを観ていたって話がありましたけど。

伊藤 『ウルトラQ』、それから『ウルトラマン』よりも『ウルトラセブン』ね。

黒坂 『セブン』…! 良いですよねぇ…。

伊藤 『セブン』は、ちょうど多感な頃でしょう?

黒坂 そう。ちょうど僕達のリアルタイムの成長に合わせて、その次は『怪奇大作戦』が放送されたという。

伊藤 思春期の12、3歳くらいでしょ、『ウルトラセブン』。中学生の本当に思春期の頃ね。あれはすごい強烈でしたよね。暗い話だしね。本当に強烈に暗い怪獣ドラマでね。あれを見た時の体験というか記憶はね、現実の体験みたいな感覚で本当にいまだに残っているよね。

黒坂 実相寺昭雄は悪いやつっていうか、あんなものをガキに見せてどうするんだっていう。ねぇ。

伊藤 ねぇ。
黒坂 どうもすいません。なんかおじさん話で盛り上がってしまって…。話を戻したいんですが…。こういったお話は一晩中でも聞いていたい、聞きたいこともまだまだ山ほどあるんですが、そろそろ終わりの時間も近づいてきたので、現在の創作活動など差し支えない範囲でお聞かせいただきたいと思います。それから、この先近い将来、遠い将来とあると思うんですが、例えば5年後、10年後、こんなことをやってみたい、といったこと、例えばご自身で長編の劇映画監督をいつかはやってみたい、みたいなことがあるのか、その辺を含めて最後にお願いします。

伊藤 今から『静かな一日・完全版』を見せるんですが、自分の中では結構好きな作品でね。それで『静かな一日・完全版』の延長の様な形で映画を撮り続けていきたいなという風にはすごく考えているよね。劇映画を撮りたいっていうのは、今はほとんどない。こんな映画を作ってみたいという目標としてあるのは、ルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』とか、パトリック・ボカノウスキーの『天使』。あそこら辺の領域まで行きたいなと思うわけ。『アンダルシアの犬』は観ても何のことかよく分からないんだけどね、解説聞いてもよく分からないんだよね。分からないけど、映画として強烈すぎるのね。『天使』なんかもそうなんだけど。その二つの作品を観ると、言葉にならない究極の世界だな、みたいな感じが常にあってね。そういう領域にまで行けたらいいなっていう風にすごく思いますね。
 『静かな一日・完全版』というのは、一応主人公の女の子がいて、ドラマ的には自分の生と死の間をふらふらふらふらしてるような設定なのね。それで、常に自分の偽装した死の姿というのか、血糊をいっぱいつけて倒れてみたりとか、自分を死体として扱って写真に撮ったり、映画に撮ったりビデオに撮ったり…。映像として何かを撮ろうとしている、という設定なんだよね。そして、死の姿を非常に客観的に見ることによって生を考え始めていこうとしている。一応、そうやってもがいている女の子を想定して、その女の子の一日の姿を物語にしてみたんだよね。一番最後は鉄橋から自分の姿を撮っているんだけど、鉄橋からカメラが落ちちゃって、自殺の暗示はしているんだけどね。結局死んでしまったのかどうなのかというのは、はっきりは分からないんだけど。死んだのか生きてるのかよく分からないという終わり方にしてるんですよ。この作品を見ても多分何のことか分からないっていう人が結構多いと思うのね。でも最近、自分としては物事を非常に分かりやすく説明する、表現していくということに対する嘘臭さを常々感じていて、分かり易ければ分かり易いほど薄っぺらに見えてきちゃうんだよね。そもそも人間って分かりにくいものじゃない。自分自身のこともよく分からないし、彼氏や彼女のことも実はよく分からない。家族のことも実はよく分からないんですよ。社会のこともよく分からないしね。明確な言葉とか図式では判然としないことの方がむしろ多いよね。私達は皆矛盾を抱えて生きていますからね。優しい面もあれば恐ろしい面もどこか共存してるわけですから。だからそういった非常に曖昧とした世界を表現したいっていうことです。『天使』とか、『アンダルシアの犬』とか、ああいう感覚で、何かよく分からないけど、すごい、こう「来るっ」という感じね。リアルに来る。何かこう迫ってくる、そういうものを作りたいわけ、すごく。

黒坂 僕はもう『ZONE』を観た時に、今言った二つの作品と同じ質の感動を受けましたけどね。

伊藤 でもね『ZONE』も、自分の中ではまだまだ分かり易いよね。首のない男が私自身だ、みたいなことは観てるとすぐ分かっちゃうしね。そういう分かり易さみたいなことも、単に説明しているだけかなと思ったりしてね。もっともっと違うやり方があるんじゃないかなとか思うわけ。

黒坂 よく作り手の処女作に全てがあるみたいに言われるじゃないですか。多分伊藤さんは無意識だと思うんだけど、僕は『SPACY』でそれをすごく感じています。当時『SPACY』について書かれたものを読むと、入れ子構造がどうとか、眩暈を生じるとか、スピード感がどうとか、そういうことを随分言及されていたけど、僕に言わせると、体育館の中に体育館を撮った写真を貼った看板が立っているという、あのシチュエーション自体が変すぎる。あの作品は僕は最初スチール写真で知ったんだけど、それでもすごい衝撃を受けてしまって。だからあのイメージそのものがすごい力を持っている。そして、そこにすごい詩情みたいなものがある。当時、伊藤さんの亜流みたいな作品がたくさんあったんだけど、それらと決定的に違うところはそこだったんじゃないかっていう気がしました。

伊藤 結局、第一作目から変わってないのかもね。何か自分の望んでいる究極の姿の底辺にあるのは『SPACY』の頃から変わってないのかもしれないなとは思うね。
 最近の仕事の話をまだしてないね。

黒坂 そうだ、その話をお願いします。

伊藤 『静かな一日・完全版』は2002年の作品で、もうそれから3年経ってるんですが、その3年間は特に個人の映像作品はないんだよね。その間はパフォーマンスをやっていました。ダンサーや演劇人とのコラボレーションとか、そういう方法でやっていたのね。うちの大学で、ダンサーと映像を絡めたパフォーマンスを実験的にやったんだけど、これが非常に面白くてね。身体表現と映像との関係みたいなことへの興味がすごく生まれてきて、それでこの3年間ずっとやっていたのね。私は映像学科にいますけれども、うちの大学では映像舞台芸術学科といって、舞台のコースと一緒になった学科なんですよね。だから、そういうパフォーマンスの先生とか、演劇人とかが周りにいるもんでね。それで一緒に何かやってみましょうか、という気楽なノリで始めたんだけども。非常に身体的なものではあるけれど、映像というのは虚像じゃないですか。実体というよりも虚構の世界のものなわけでね。虚構と、肉体という実体との関係。それが共存した時にどういう世界が生まれるのかっていう。実体と虚像ということをすごく考えるようになり始めましたね。とても面白いと思って、最近はそれをずっとやっていました。ただ、やっぱり映像作品を作りたいなということで、これからアニメーションをてがけるところなんだけれどね。

黒坂 どんな? 差し支えなければ。

伊藤 暴れ系。

黒坂 自分で画を描くんですか?

伊藤 いや、画を動かすアニメーションではなくて、この『ZONE』みたいな方法。要するに『ZONE』も全部コマ撮りで人間が細かく動いていたりするんだけど、そういう方向。

黒坂 写真使って?

伊藤 写真も使うと思うけど。手法的には今までやってきたことを色々混在させながら、非常に不自由な一人の男のもがきをアニメーションでやろうと思ってるのね。

黒坂 どれくらいの尺なんですか?

伊藤 5分くらい。かなり短い。

黒坂 完成予定は?

伊藤 来年の2月くらい。

黒坂 じゃあ、もう…

伊藤 そう。あと2、3か月くらいなんだけど。今準備していてね。

黒坂 それは楽しみですね。

伊藤 最近やっている身体表現のことを混ぜながら、やってみたいと思って。

黒坂 期待しています。では、『静かな一日・完全版』を上映します。全上映作品の最後となります。

(『静かな一日・完全版』上映)

黒坂 では、質疑応答に移りたいと思います。

質問者1 ゲームは作らないんですか?

伊藤 ゲームはねぇ、インベーダーゲームしかやったことがないんだよね。大学生の頃、皆と同じくらいの世代の時でしたけどね。近くの喫茶店にインベーダーゲームが置いてあって、皆いつもそこにたむろして、誰が最高得点出すか、みたいなことをやっててね。ある日、私が最高得点出したんです。それで喜んで家にバイクで帰る時に正面衝突して、それでその喫茶店の隣の病院に入院したんだよね。
 特にゲームを作ることとか、そういうのはあまり興味ないですね。プレイステーションも一度もやったことがないし。昔のはカチャカチャカチャって、これで良かったしね。今はもう難しくてよく分からないんですよね。

質問者2 CGで色んな特殊効果がどんどんできるようになって、そういった中でCGにはない実写の可能性とか、そういったものをどう考えていますか?

伊藤 可能性はCGの方にもあるでしょうね。まだまだ行きついてないと思いますよ。『スター・ウォーズ/エピソードⅢ』なんかも究極の形かもしれないけど、さらなる進化というのかな、技術的にもね。でもやっぱり技術の問題ではなくて、表現者のイマジネーションの力だと思うわけです。だからCGであろうが、実写であろうが関係ないですよね。要は表現する人が、どういうユニークなイマジネーションを持っているかっていうことじゃないでしょうかね。

質問者2 伊藤さんの作品はCGを使わないですよね?

伊藤 CGは使ったことないですね。

質問者2 エフェクトとかもですか?

伊藤 もうほとんどアナログの手法でやってますよね。CGが扱えないということもあるわけね。ゲームが出来ないのと同じように。CGってかなりのテクニックが要るじゃないですか。それなりにソフトの使い方も知らないと当然出来ないわけですしね。全然そこら辺のこと知らないですよ。10年くらい前はCGって面白いなと思って、自分でも覚えて何か作品を作りたいなと思ったことはあるんですが、そこら辺に出てきている作品があまり面白くなくって…。さっきも言ったように最近のすごいと言われるCGも、そんなに刺激がないんですよね。だからもう益々CGを扱わない方向に行っているんですよ。でもCGには可能性があると思いますよ、絶対。

質問者2 CGより実写の方がすごいリアルな感じが出てきますよね。

伊藤 CGがこれだけ氾濫していて、CGのソフトも安くなってるし、こういう大学に来ていない人達でも結構家で作っていたりするでしょう? ホームページなんかも自分で作ったりできるし、そういうところで自分で作ったCG作品を見せることもしてるわけじゃないですか。非常に一般的に広がってますよね。業務的にも、技術的にもアップしていっているし、いわゆるコマーシャルやMTVや映画を観ていてもCGだらけじゃないですか。やっぱり観る方も、作る方もどこか飽きがきているというかね。新鮮味が少しずつ無くなってきていて、それでコマ撮りをしたようなアニメーションの方に新鮮さを感じて、コマーシャルがそういう技術を逆に使ったりしてるわけね。業界もそういう昔の手作りのぎこちない動きの方にCGではない面白さみたいなことを再発見して導入したりしてるわけね。だから、今は色々共存していますよね。手描き、粘土、切り絵のアニメーションとかも逆に盛んだしね。一方でCGで若い子達が作る作品も沢山出てきているしね。ものすごく幅広いですよ。だから自分は実写の方が面白いと思ったらそれで良いと思うし、自分で追求していくべきでしょうね。

質問者3 昨日から作品を観ていて大変感動したんですが、映像と音、音楽との関係をどういう風に考えておられるんでしょうか?

伊藤 そうですね。ほとんど同じ人が音をやっていてね。稲垣貴士といって、大学の頃の知り合いなんですが、いまだに一緒にやっているんですよ。時々違う人とやったりもするんですが。『SPACY』の頃は音に関するイメージは全然なかったんです。それで稲垣に出来上がったフィルムを渡すわけ。だから、音のない『SPACY』のあの映像を観て、彼がイメージした音なんです。それに対して私は、こうしてくれとか、もっとこうした方がいいってことは一切言わないで、彼のやりたいようにやったわけ。そうすると、自分が作った映像なのに、彼が作った音が入ることによって自分が作った映像でないように見えてきちゃうのね。そういうのがすごく新鮮だったわけです。人の作品を観ているような驚きがあってね。これはまさにコラボレーションなんだな、と思いましたよ。本当のコラボレーションとはそういうことだと思いますね。『ZONE』『静かな一日』のように最近になってくると、私の方にも結構音のイメージがあって、彼に色々伝えて一緒に作る感じですね。『ZONE』の場合は、稲垣が新宮という、紀伊半島の南の方に、色んな神話が生まれたような土地があって、ものすごい深い原生林があるところなんですが、そこへ行って樹がうめく音を録りたいって言い始めたのね。人間の耳には聞こえないんだけど、木々がざわめいて何かを語りかけてくる音を撮りたいと言い始めたわけ。ちょっと頭がおかしくなったのかな、とか一瞬思ったんですが、どうせマイクで録れば風のざわめきとか、そんなものしか聞こえないだろうなと思いつつも、あいつがそういうことを真剣に言うので録りに行きましたよ。実際には草のザワザワとか、歩いた時の砂利のジャリジャリとか、そういう音しか録れなかったんだけど、神々が生まれた所ですから、それが単なる草のざわめきでなく聞こえてきてしまうのね。ものすごく深い音の様に聞こえてくるわけです。それで良いかなと思って入れたんですけどもね。

質問者3 私は作品を制作する時は、いつも見せる人のことを考えながら作ってしまいます。先生の作品は、ご自身の狂気をテーマに扱ったりされていると伺ったんですが、実際に出来上がった作品をご自身では解釈することが可能なんですか?

伊藤 こういう意図で作ったとか、このシーンにはこういう意味があるとかいうことですか? 自分の中では意味付けは一応全部やっているんですよ。あらゆるカットに自分の中では意味付けをしていくんですけどもね。でも、それが人に伝わるかどうかというのは別問題で、それは分かり易い劇映画を作っている人でも同じですよね。どんなショットも第三者が見て分かるように、ということを考えながら撮影したりしている。だけど出来上がった作品が作者のいった通りに伝わるかどうかっていうのは全く分からない。それは観る人の百人百様の感覚の違いというものがあるわけですからね。ものをみる価値観の違いというのもあるし。同じ作品を観ても全く違うように捉えるというのは当然だよね。皆そういう風に自分の価値判断、自分の感覚であらゆる作品を解釈しているわけですよね。でも、自分の中では意味付けはしてます。だから、どういう意味なんですかと聞かれると一応答えます。それを分かってくれるかどうかは分からないけど。なんで牛乳が頻繁に出てくるのか、とかね。一応自分の中で設定があるんですよ。観る人のことは、すごく考えますね。『SPACY』の頃から考えていましたね。『SPACY』の頃は、退屈させないようにするにはどうしたらいいのか、とかね。それはすごく考えながらやりましたよ。どの作品も人の目は気にしています。でも、一番重要なのは自己満足なんだよね。自己満足って結構否定的にとられるでしょう? 言葉としては。でも自己満足がまず無いと、作品ってダメだと思うんですよね。当然、自分が面白いと思うことが重要です。人がなんと言おうと自分が面白いと思う。意外と、自分が面白いと思う感覚を掴んで作品を作っている方が少ないですね。自分ですごい気分が高揚して、楽しくってしようがないって。絵を描いていてなんかすごく面白い、写真を撮ってなにかどきどきするとか。そういう気持ちになって作品の制作を進めている学生は、意外と非常に少ないですよね。でも、自分が興奮するっていうそのことが本当は重要なんですけどもね。だから究極の自己満足というのが表現する人にとっては一番重要だと思うんですよ。スピルバーグやジョージ・ルーカスだってすごい自己満足してると思うんです。『スター・ウォーズ/エピソードⅢ』なんて滅茶苦茶強引なストーリーなんだけど、ジョージ・ルーカス自身は絶対面白いと思ってるに違いないわけ。自分が満足してるんですよ。

質問者4 『静かな一日』という作品でも、日常から離れた奇妙さみたいなものの面白さをテーマにして作品を作られたと思うんですが、奇妙さというのは普通と違えば生まれるじゃないですか。でも普通と違いすぎて、いきすぎてしまったら、それが面白いかと言うとそうではないじゃないですか?

伊藤 そうね。すごく思うね。

質問者4 バランスをとるという感じとも違う気がするんですが、そこは曖昧で分かりにくいことだと思うんです。先生が魅力を感じる奇妙さみたいなものはどんなところからきていると思いますか?

伊藤 それはそう考えることもありますよね。難しいんだけど。やりすぎてしまうとダメだって言うのは常にあるのね、自分の中でもね。どこら辺までずらすのが一番自分の中で奇妙か、というのはいつも考えていますね。良いことに気が付きますねえ。本当にそうですよ、どういうことなんでしょうね、奇妙な感じって。日常からずれていくっていうね。例えば、朝友達とすれ違った時に、向こうが「お早う」、こっちも「お早う」と言って通り過ぎるのは、非常に日常的な風景ですよね。それで、その人が、ちょっと通り過ぎてまた「お早う」って言うとするでしょう。そうしたら、こっちも「あぁ、お早う」って言うよね。これも割と日常的ですよね。最初に言った「お早う」が聞こえなかったのかな、と思ったりする。その上でさらに、「お早う」って言ったらどうでしょう。通り過ぎた後に「お早う」って3回言うわけ。3回目を言われるとちょっとどきっとしますよね。4回目、5回目に「お早う」って言うと今度はギャグになるんですね。そこまでいってしまうと、通り過ぎた子がふざけているのかなって思って、これもまた日常に戻って来てしまう。自分の中の日常のずれのラインっていうのは、その三回目くらいの「お早う」って声かけられた時の、ちょっとゾクッとする感じがポイントかなっていう気がしますね。そういう世界をよく考えるんですけどね。他にそういう奇妙な出来事ってないだろうか、とかいうことを。3回目の「お早う」と同じくらいの奇妙なラインがないだろうかっていうことを考えながら、色んなエピソードを考えていきますよね。そんな感じです。

黒坂 はい。まだ、話は尽きないと思うんですが、そろそろ終わりの時間になりましたのでこの辺で終わりたいと思います。最後になりますが、今回のこの伊藤高志さんの講座は、かねがね一度はやりたかった企画です。CGでなんでも割合簡単にある程度には出来てしまう、同時に作るというモチベーションも希薄化している、そんな今だからこそ、伊藤さんのような方に是非とも来ていただいて、そのエネルギーを皆さんに放出してほしいなと思っていました—というのは実は建前で、本音を言いますと僕自身が本当にこういう場を作りたくてしようがなかったという、まさに僕の自己満足で実現したイベントです。

伊藤 私も美大で教えているので、同じような学生を教えているんですが、皆さんはすごく特殊な時間と空間にいるということです。それは人生の中で特殊な時間と空間なのね。作品を作ることを一番重要なテーマとして考えていけばいいわけでしょう? 卒業するとなかなか出来ないことですよね。やり続ける勇気がある人もいますけどね。そういう特殊な時間と空間の中にいるということを自覚してください。それってすごく楽しいわけですよね。ものすごく楽しい時間の中に今皆さんはいるんですよ。周りの友人からの色んな刺激がすごくある。自分と全然違う感覚を持った人の作品なんかに触れられるわけです。逆に自分も友達を刺激したりとか。それは非常に特殊な時間と場所だと思うんですね。そのところを深く考えて、思い切って作品を作ってほしいなと思うわけ。それですごく大事にしてほしいのは、自分の感覚を大事にするっていうことですね。これは言葉で言ってもなかなか分かりにくいと思うんですが、人にどう説明していいか分からないんだけどすごく気になってしようがない、なんかワクワクしてしようがない、ある瞬間のイメージみたいなものがふっと湧いてきた時にそれを論理的に展開する以前にまず形にする、キャンバスにがーっと。とにかく感覚をぶつけるような形で絵にしてしまう。映像作品作る人達も、まずは起承転結とかそんなことは考えなくていいと思うんですよ。自分のハッと湧いてくるイメージをしっかりと大事にして、それを形にする努力をすることだっていう気がしますね。そうして自分の感覚を素直にバーンと出していく。ただただ、作りたいからやっちゃった、みたいなことで良いんです。作った時は、なんでこんなの思い付いたんだろうとか、なんでこんな作品作っちゃったんだろうって気が付かないんですが、1年とか2年とか経つことによってね、振り返ることによって見えてきますね。今ここに1年生がいるとしたら4年生になって、自分が1年生で作った作品を振り返った時に、その当時自分が何を思っていたのか、あんまり深く考えていなかったんだけど実はこういうテーマがあったんだなぁ、みたいなことが時間が経つと見えてくるんですよね。だからそういうことが将来的に見えてくるということも頭に入れておきながら、今はとにかく、自分の感覚に正直に形にしていけばいいと思うんですよ。励ましになんないですかね。締めになんないかな。思い切って作ってほしいということですね。周りの音は気にしないで。
今日はどうも本当にありがとうございました。

黒坂 ありがとうございました。


(第1日目/2005年12月1日、第2日目/2005年12月2日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)