武蔵野美術大学 美術館・図書館イメージライブラリー

第23回イメージライブラリー課外講座
「映像作家ズビグ・リプチンスキーの世界 —映像メディアの再考—」の記録

この講座について

映像作家ズビグ・リプチンスキーは1949年にポーランドで生まれ、ウッチ映画大学在学中から数多くの実験映画作品を制作し、『タンゴ』(1980)のアカデミー短編映画賞受賞をきっかけに世界的な注目を集めた。1982年に政治亡命した後は活動の拠点をアメリカに移し、ハイビジョンを活用した作品やミュージック・ビデオを手掛けるようになった。テクノロジーの進化によって表現手法に変化はあるが、映像メディアの既成概念を覆すというテーマは一貫している。普段見慣れているテレビのフレームという<枠>を越えた映像の表現は、日常生活の中で映像というメディアに関わりながら生きる私たちに、情報社会の在り方を考えるという新たな問題を提示する。本講座ではメディア・アーティストとして活躍する瀧健太郎氏が、制作者としての視線でリプチンスキーの実験精神と作品の奥に隠された意味を読み解いていく。


ビデオアートについて

 僕はムサビ映像学科の3期生として、卒業後も制作しながら、海外の作品を紹介したり文章を書いたり批評の活動を行っています。学生の時にイメージライブラリーに足繁く通い、いろんな映像作品を見て自分の作品の参考にしていました。以前はこういう冊子はなかったんですけれども、今日配布されているイメージライブラリー・ニュースではチェックシートになっているんですよね(「これだけはみておこう!必見映画選」 イメージライブラリー・ニュース2004年4月第18号)。世界にはいろんな映画、いろんな映像作品があります。映画の歴史というのは1800年の終わりくらいから始まったので、この時代においては100年ちょっとしか経っていないのですが、もう何万何千という映像作品があって、僕らの限られた時間ではその中のごく一部しか見られない。でもこの冊子では、「これだけは見てください」という映像作品にチェックシートが付いていて、いいなと思いました。
 今日は一人のアーティストにフォーカスをあてて映像作品を紹介していきたいと思います。作品はイメージライブラリーに収蔵されている作品です。いきなり映像の図書館に行きなさい、と言ってもなかなか難しいでしょうから、参考にと言っては変ですけれども、こういう実験映像、ビデオ・アートのジャンルの作品の見方――まあ、それは僕の見方なんですけれども――その見方を紹介しようかなと思っています。今日みなさんに紹介するのは、ズビグ・リプチンスキーというポーランドのアーティストです。1949年生まれで、1970年代くらいから世界で活躍された方です。ほぼ年代に沿って、前半は初期の作品、後半は1980年代後半の作品を見ていきます。
 まず、彼の作品は映画ではなく実験的なもので、僕もそういう作品を作ってます。僕の場合はメディア・アーティストと言ったりビデオ・アーティストと言ったりしているんですが、ちょっとみなさんに聞いてみたいのは、ビデオ・アートという言葉を知っている、もしくは聞いたことのある人は、挙手。…そんなにいないんだね、分かりました。こんな感じで、僕もビデオの展覧会をやってもなかなか反応がなくて、お客さんが少ないこともありますし寂しい思いをしています。そういう意味では逆に、展覧会に来てくださるのはそういうのを知っている方なので、すごく楽しんで頂けているのですが。
 ではビデオ・アートの歴史をさらっと知って頂きたいと思います。みなさんビデオは知っていますよね。ビデオカメラやビデオデッキ、あるいはテレビのモニターがお家にあると思います。単純に言えば、今日みなさんに紹介しようと思っているビデオ・アートというのは――何か新しい技術、例えば写真が出来る。それまでキャンバスに絵の具を塗って絵を描いていたところに、光を銀板や乳剤に定着することの出来る写真技術が生まれた。その瞬間に「じゃあ、それを使って表現しよう」と思って出来たのが写真表現、もしくは写真芸術です。どんなメディアでもいいんです。ラジオ技術が出来れば、それを使って表現しようとするアーティストが出てきて、ラジオ・アートというものが生まれる。テレビの技術が出来れば、それを使ったテレビ・アートが生まれる。我々の歴史を振り返れば、新しい技術が出てきた時に、いつでもそれを使って表現しようとするアーティストが生まれています。その後にそれに対する理論や批評が生まれます。<写真技術>があって<写真表現>があって、その後に<写真論>、<映画技術>があって<映画表現>があって、<映画論>という具合に。人間は常にそうやって、モノを作って何かを考える生き物なんでしょうね。
 で、ビデオの歴史といえば、1950年代に初めてビデオの磁気テープに映像を記録、定着させることが出来るようになりました。それがポータブルになったのが1960年代くらい。その前にテレビ放送はあったんですよ。1930年代のドイツで映像と音を電波に乗せて飛ばすというテレビ技術が生まれて、ナチスのヒトラーの演説が世界で初めてのテレビ放送じゃないかと言われています。放送の技術はその時代にありましたが、ビデオに定着させるにはその後20年くらいかかったわけですね。もちろんその前にオーディオテープというのがあって、オーディオの磁気テープの技術があったから、ビデオがすぐ出てきたんです。
 1960年代、これまたドイツなんですけれども、そのビデオ技術を使ってアート表現をしようという二人のアーティストが出てきました。一人はヴォルフ・フォステルという人で、もう一人は韓国人でナムジュン・パイクという人です。1963年、それまでギャラリーでは彫刻とか絵画とかしか飾っていなかったのに、この二人のアーティストがいきなりテレビのモニターを持ちこんで、「これがアートです」とやったのがビデオ・アートの始まりです。それから40数年経ったわけですが、今日ご紹介するリプチンスキーは、パイクやフォステルみたいに初めてビデオでアート表現した第一世代の次の世代、第二世代と言われるビデオ・アーティストです。この時代からアートはギャラリーや美術館の枠組みを飛び越えて、リプチンスキーの作品のように、テレビやミュージック・ビデオなどと一緒に、様々な映像表現、ビデオ表現をやるようになりました。それではリプチンスキーの作品を見ていきましょう。

『タンゴ』について

 ハリウッド映画にしてもテレビやCMにしても、いまではコンピュータグラフィックスで何でも好きな光景を作ることが出来ますが、この時はまだ当然CGの技術はないわけですね。たぶん写真を切り貼りして段差のある台に置き、それを上から撮影してアニメーションにしていったんじゃないかなと思います。このように人と人がぶつからないようにするためには、レイヤーと言いまして、前後関係を作らなければいけないんですね。動いている映像を写真かコピーか何か紙に起こして、それを部屋の写真の上に置いて上下にいろんな階層を作り、動かしてアニメーションにしていったんじゃないかと思います。どういう風に作っているかは想像がつくんですが、作り手の目から見ても、あの時代になかなかすごいことをやっていたなと思います。
 『タンゴ』を最初に紹介した理由は、この後彼が作っていく作品の中心になるテーマが、この作品に集約されているんじゃないかと思うからです。美術のジャンルには絵画とか彫刻とか写真とか、他にもありとあらゆる形式があります。映像を使った表現がそれらと一番違うのは、当たり前のことなんですけれど、時間という要素があるということですよね。もちろん美術館で絵を見る時には自分と絵との時間、視点の流れというか、絵の内容を見る時間というのがありますが、作品自体が時間を持つというのが映像作品の特徴です。ではその時間をどういう風に使って表現するのか、とリプチンスキーは考えたと思うんです。例えば、映像作品では我々の生活の時間、人生の時間を繰り返すことが出来る。『タンゴ』では、子どもがボールを投げて、それを拾って――それをずっと繰り返しています。そういう意味ではもちろん、音楽も時間芸術ですから繰り返しは出来るんですが。この作品では人間の日々の生活の繰り返しというものを、映像の繰り返しで描いていると言えます。誰しも何となく同じ毎日を繰り返しているな、と思ってしまうことがありますよね。人間の普遍性と言うとちょっとおおげさですが、赤ちゃんの時から死ぬ時まで、その間にいろんな無駄なことをするわけです。電球を取り換えて転倒したり、筋肉を鍛えてみたり、そういうことが『タンゴ』の画面の中では繰り返されていますが、繰り返される毎日と映像の反復により、皮肉で描こうとしているんじゃないかなと思います。音楽も変化のないまま、最後まで繰り返しで終わってしまう。この変化のない単調さみたいなものを武器に、その特徴を生かして作品を作っているんじゃないかなと思います。先ほど話しましたように、実験映像とかビデオ・アートと言われるジャンル、この作品はフィルムで作ったのかもしれませんが、そういった、映像を使った表現についてちょっと分かって頂けたかなと思います。
 『タンゴ』の作品の中に表れる人生の皮肉さといったテーマは、リプチンスキーの後の作品にも表れています。例えばハイビジョンを使って作られた『オーケストラ』(1990)で扱われているテーマは、『タンゴ』と同じく音楽に関するタイトルで、比較して見てみると面白いかと思います。『タンゴ』では定点カメラといって固定されたカメラで部屋が映しだされており、カメラは動かず人物だけが動くので、あのような写真の合成が出来たと思います。一方『オーケストラ』の方は、1時間の超大作で、技術も進化しており、モーション・コントロール・カメラという技術が使われて、カメラが激しく動いたりとか人物も空を飛んでしまったりし、かなりアクロバティックな作品になっています。『オーケストラ』という名前だけあって、いろんなクラシックの名曲に絡めています。
 次の作品にも共通することですが、リプチンスキーの一連の作品で、例えば絵画、彫刻、オブジェ、音楽との比較をやろうとしているみたいですね。どのくらい本気でやろうとしているのかは分かりませんが、僕はそういう風に見ました。どういうやり方で他の芸術形式との差異を出そうとしているのか? キーワードを挙げると<無重力性>と<メディア/媒体のもつ枠組みの問題>を描こうとしているんじゃないかなと思います。

『ニュー・ブック』『私の窓』『メディア』について

<『ニュー・ブック』上映>

 映画誕生より何十年と経っており、その中で培われた制作方法や技術があるわけですが、敢えてそれに囚われずに作る作家たちが1970年代にポツポツと現れてきます。例えば飯村隆彦みたいにアーティストが、直接プロジェクターを持って動き回るような、それまでの映画の既成概念を壊そうとする運動があったんですね。リプチンスキーのこの作品もおそらく、モンタージュと言われる映画の手法――Aのシーンを出して、Bのシーン出して、その次にCのシーン出してという――そうではなく、もう、AもBもCも一挙に出してしまえ、もっと言えば、9つのシーン、ABCDEFGHIまでを、バーンと画面に出してみればいいのではないか、という考えの基に作られたのではないかと思います。

<『私の窓』『メディア』上映>

 『私の窓』は、ぐるぐる回してるだけでしたね。『メディア』の方は、自分が投影された映像、――フィルムだと思うんですけど――、部屋自体がフィルムの保管場所みたいなところで撮影していました。この2作品に関しては、先ほどの9分割画面の『ニュー・ブック』にも言えることなのですが、リプチンスキーは<メディアそのものの枠組みの問題>といいますか、どうも映像の作品の内容より映像の見せ方/見られ方に興味があるんじゃないか、と思います。
  多くの人が普段テレビや映画を見る時、例えばどんなストーリーかという中身に興味がありますよね。主人公の気持ちになって泣いて見たり、笑って見たりしているわけですよね。そういう作品に対して、リプチンスキーは画面の中身というより画面の外見、画面の枠組みたいなものを観客に見せつけようとしているんじゃないかなと思います。特に『私の窓』は、わざとニュースの中でああいう時事問題を扱い、――ソビエトとベトナムの問題とかを言っている――テレビニュースの枠組がぐるぐると回っているんですね。次の『メディア』は、タイトルそのものもそうですけど、テレビの中に映っている風船をポンポンと叩いているところを、見せています。それが彼の思う<メディア>なのでしょうか。
 1970年代の終わりから1980年代、とにかくリプチンスキーは画面の外見、画面の枠組の部分を見せるという方法に興味があったと思われます。当時のマスメディア、テレビのニュース、あるいはその中で語られる政治の問題を、多少冷ややかな目で見ていたようなふしがあります。当然のことながらそのニュースというのは、今日で言うところの<情報の操作>であり、ある国が自分に都合のいいようにニュースを伝え、嘘をつくわけですね。そういうことに対する冷ややかな目線を見せるために、テレビの中身じゃなくて、テレビそのもの、テレビの枠組の問題をアート作品で敢えて扱っていると思います。

『階段』について

 次は映画史に残る有名な作品、セルゲイ・エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』(1925)をパロディにした『階段』という作品を見ていきたいと思います。『戦艦ポチョムキン』のかなり長いシーンを使って、しかも全然違う使い方をしている作品です。『戦艦ポチョムキン』に関してちょっと説明させて頂きますと――イメージライブラリー・ニュースに書いてある解説を読みましょうか。「ウジ虫入りのスープを飲まされるポチョムキン号の兵士の反乱を、独創的なモンタージュ技法によって映像言語化した映画史上先駆的な傑作」(「これだけはみておこう!必見映画選」イメージライブラリー・ニュース第18号)。1905年にポチョムキン号という戦艦に乗っていた水兵さんたちが、ウジ虫のついた肉で作られたスープを出されたことをきっかけに、「こんなのやってられない」と反乱を起こした実際に起こった事件を基にして作ったソ連時代の映画です。当時のロシアは一般市民が王様の下で苦しい生活を強いられる封建的な社会でした。労働者たちは王政に対し反旗を翻して闘うことになり、結局それがロシア革命に繋がるんです。エイゼンシュテインが作った映画は多少脚色してあると思うんですけれども、今日はその一部を見て頂こうと思います。
 映像を勉強する人ばかりじゃないから、みなさんの中にはひょっとしたら映画史なんか知らなくていいやと思う人もいるかもしれません。しかし造形やデザインをやっている人も必ず通らなくてはいけない道として、1900年代初期にロシアを中心に興った芸術運動ロシア・アヴァンギャルドがあります。これは映画だけではなく、デザイン、絵画、詩、演劇、全部を含んだ芸術運動なんです。ダダとかシュールレアリスムという言葉を聞いたことがあると思いますが、その基になったのがロシア・アヴァンギャルドといわれる運動で、その前後にイタリアの未来派などがあり、いわゆるアヴァンギャルドと呼ばれている芸術運動が興るわけです。エイゼンシュテインもそういう意味では、映画におけるロシア・アヴァンギャルドのアーティストと言えます。彼はカットとカットを組み合わせることによってその繋がりにある別な意味を生みだすという、映画におけるモンタージュの技法を作りました。
 見て頂くのは、ポチョムキン号が入ってくるオデッサ港の階段のシーンです。水兵さんと民衆が共闘しようというところに、反乱を制圧するために兵隊が出てくる、そういうシーンです。映画史上有名なシーンで、いろんな映画作家がオマージュ作品を作っています。そのシーンの上映後、リプチンスキーがそれをどういう風に自分の作品に利用したのかを見て頂きたいと思います。

<『戦艦ポチョムキン』「オデッサの階段」シーン部分上映>

 次はリプチンスキーの1987年の作品『階段』を見て行きましょう。タイトルの『階段』というのは、オデッサの階段シーンのことです。

<『階段』(短縮版)上映>

 テレビ局のスタジオみたいなところから始まりましたが、いまのは短縮版でして、実はあの前にもワンシークエンスあります。添乗員みたいなおじさんはロシアなまりの英語を喋っているという設定で、始めにバーチャルツアーの説明をしてからスタジオに入っていくんですね。最後の乳母車のシーンでは、リプチンスキーの皮肉な面が窺えると思います。いま見るとね、映像合成がチャチに見えるかもしれませんが、当時としては最先端の技術でした。ブルーのところだけ別の映像に差し替えるクロマキー技術というのを使っています。エイゼンシュテインの描いたオデッサのシーンの中に、現代人が観光みたいな感じで容赦なく立ち入って、好き勝手なこと言うわけですね。ここは「有名なシーンだ」とか、「私は白黒映画好き」とか。アメリカ人っぽく描いているのかなと思ったら、眼鏡をかけた日本人っぽい人もいたりして。エイゼンシュテインが芸術における革命を目指して実際の政治的な革命と合致させて作った映画作品を、『階段』では逆手に取るというか換骨奪胎していますね。ああいうテレビ資本とか、観光客としてどこへでも行けてしまう自由主義、<80年代的なノリ>と言ってもいいと思うんですが、そういう内容を作品の一部にしていると言えます。『戦艦ポチョムキン』が持っている元々の意味を異化する、というか無化する、全然違うものにすることをやっています。ここでもリプチンスキーの映像作品における皮肉の部分を感じます。リプチンスキーはこの後1990年代に、ミュージック・ビデオなども手掛けているので、興味があったら見て頂きたいと思います。
 それで、今日なぜこのポーランド人のズビグ・リプチンスキーを取り上げたのかということなんですが――みなさんはこれからもなんらかの形で、芸術やデザイン、そういうクリエイティブなことに関わっていくと思います。我々の身の回りには様々な道具がありますが、リプチンスキーにとっていえば、クロマキーとか、ビデオとか、テレビ局のスタジオというのを、絵筆のように変えて作品を作っていったのだと思います。では今日見て頂いた彼の作品は一体何なのかということを、ちょっと考えて頂きたいんです。映画ではなく、ミュージック・ビデオでもなく、CMやテレビドラマでもない。これを何と呼べるかというと、ビデオ・アートだと言えると思うんです。彼はそのビデオ・アートで何をやろうとしていたのでしょうか? 今日見て頂いた短縮版の『階段』は、スタジオやカメラのあるテレビ局のシーンから始まりましたが、本来テレビ・スタジオやカメラというのは、テレビ局の道具、テレビ局そのものだと思うんです。そういうテレビと同じ道具を使って、テレビではないことをする――それがひとつの芸術の目的だったんじゃないかなと思っています。それがどう面白いのかというと、エイゼンシュテインの映画で語られる革命というものが、何かが大きく変革する、あるいは社会の構造自体が変わるわけで、昨日まで偉かった人が偉くなくなったり、昨日までお金持ちだった人がそうでなくなったりなど、革命を起こした側がもっと自由で平等な世界を築くことを示します。ロシア革命においてレーニンは、貴族や皇族中心の社会を労働者中心の社会にしようと理想郷を実現しました。それが共産主義の根幹となりますが、では本当にその理想郷は上手く機能したかというと、その後ソ連は崩壊し、その他ベルリンの壁崩壊が象徴するように、共産圏の東欧も1990年代の頭に崩壊してしまいます。
 『階段』が予見的に見えるのは、ロシアと関わりの強いポーランド出身のリプチンスキーが、ロシアや共産圏、社会主義みたいなものへの批判的な眼差しを持っているからだと思います。そしてそれを映画の要素として取り入れて、敢えてテレビの道具で批判するという、<映画を批判する>と同時に、<革命はどうだったのかという批判>をも行う。さらに、誰でも撮れるビデオの映像――『階段』の中では、観光客さながらにビデオカメラを回していますよね。そういうビデオを、映画あるいはエイゼンシュテインというものすごい巨匠を巻き込んで逆にまた批判するという、批判の二重構造になっているんじゃないかなと思います。そのために今日は敢えてオリジナルの作品と、それを取り込んで別の表現にした作品――サンプリング、剽窃、転用の手法による――、を見て頂きました。

『四次元』について、質疑応答

 それでは最後に、『四次元』という作品の一部を見て頂きながら、リプチンスキーの映像作品における無重力性、オブジェ性について説明したいと思います。

<『四次元』部分上映>

 この作品ではコンピュータグラフィックスは使われていません。例えばいま画面にぐにゃりと歪んだ銅像が映っていますが、撮影時には単純に回転する銅像を撮っています。テレビの画面というのは光の粒が集合しており、それらを<スキャンライン=走査線>と言います。通常はその走査線が上からちゃんと順番に表示されることによって映像が映し出されるんですが、この作品ではスキャンラインを上からちょっとずつ、ずらしています。そうすると、銅像の回転が下にいくにつれて遅れ始める。そういう映像のズレを細い光の粒のレベルで作り出しているんですね。イメージライブラリー・ニュースにはダリの絵画のようだと書きましたが(「ズビグ・リプチンスキー再発見」 イメージライブラリー・ニュース第18号)、こういう溶ける映像、溶解する視覚みたいなものを、実写で上手く表現しています。画面の構造はすごく絵画的です。最初に見て頂いた『タンゴ』の作品のように、定点カメラでしか作れない作品ですから、例えばモデルさんの周りを鏡がぐるりと一周する映像が映りましたが、これは撮影時に吊った鏡を実際に回転させているんだと思います。それがスキャンラインのズレによって溶けたように映るんですね。そうすることによって、変な物質感、異空間性といった――絵画性と時間性を同時に提示するような試みだと思います。タイトルの『四次元』は三次元に時間が加わったものですから、立体物に時間の要素を与えて、彫刻も動く彫刻にしようとしているんだと思います。
 この作品は『メディア』や『ニュー・ブック』と同様、どのように映像は作られているのかという作者の興味から作られたんだと思います。通常はテレビのスキャンラインを操作するという発想には至らないと思うんです。映っている内容そのものより枠の問題を捉えた時に、こういった視覚効果が出るということを発見したんじゃないでしょうか。内容は一貫して、男と女、日常性みたいなものをちょっと斜に構えて見せています。時間がある時にじっくり見てみてください。それでは、もし質問があれば答えられる範囲でお答えします。

スタッフ リプチンスキーとは直接関係ないかもしれませんが、表現する上で大変なこと、楽しいことは何か、アーティストとしてのお話を伺いたいと思います。

 大変なのは、制作資金です。リプチンスキーはすごく上手くやっていて、見て頂いた作品の一部は美術館やギャラリーではなく、欧米にはアートチャンネルが豊富にあり、テレビで放映されていました。アーティストが放送をアートにすることが出来て、資金の問題と同時にテレビ局が持っている最新の設備を使えたのだと思います。
 資金の問題以外で大変だと思うのは、実験的な映像の歴史が日本では浅いということもあり、みんなが作品をあんまり知らない、作家を知らないから連なりが見えてこないということがあります。例えば、先のロシア・アヴァンギャルドから派生して、戦後のアヴァンギャルド・アート(フランスではレトリスムやシチュアシオニストの運動)が現れてという流れがありますが、日本だといつの時代も分断されており、自分がどういう文脈で作品を作っているのかが見えにくい、ということが実感されます。  映像作品を作っていて楽しいのは、複製芸術なのでDVDにして配ったり売ったりすることが出来るところで、先ほどの放送アートのように電波に飛ばしてより多くの人に見て頂くことも出来ます。今日のレクチャーのように一人のアーティストの作品を2時間ほどで見てゆくことも可能で、今日は僕もこうした機会を得ることができて面白かったです。
 芸術の世界では本物を見るということは結構重要なので、もしこれが画家ならポートフォリオでもいいかも知れませんが、本物なら両手に絵を抱えて持って行かなければなりません。その意味で、いろんな環境があり得えますが映像作品のように複製芸術に関していえば毎回本物、というところが面白いかなと思っています。では、今日はありがとうございました。

(2006年4月27日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)