武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー

第25回イメージライブラリー課外講座
「世界を変えるためのぼくらのメソッド 森達也と考えるメディア・リテラシー ドキュメンタリー「A」「A2」を通して」の記録

この講座について

 森達也氏はドキュメンタリー映画『A』(1998) 『A2』(2001)の制作を通して、テレビというメディアの問題点を社会に提起しています。この2作において、ビデオカメラはオウム真理教の内側へ向かうと同時に、オウム側から私たちが暮らす社会を見つめ返しています。今回の講座では、森氏の映像作品『A』『A2』『放送禁止歌』を中心に、映像というメディアのあり方について考えていきます。

 (『放送禁止歌』 は、森氏が演出した放送禁止歌についてのドキュメンタリー番組。1999年にテレビ放映されました。「要注意歌謡曲」として指定され、放映を禁じられた歌たちを巡って、歌い手、テレビ業界、当時の世相といった様々な角度から放送禁止歌の構造を探っています。番組内で実際に様々な放送禁止歌を紹介しています。)


『放送禁止歌』の背景

 (講演前に『放送禁止歌』上映)

 森達也です、お疲れ様でした。『A』と『A2』と今上映した『放送禁止歌』、三本観た方もいると思うんですが、もう頭の中ぐちゃぐちゃでしょう。いろいろと疑問点、あるいは異論反論あると思うので、出来るだけ今日はそれに答えていきたいと思います。あまり僕の方からは喋りません。 ただ最低限、今見てもらった『放送禁止歌』の背景だけお話しします。これはテレビ作品です。98年に『A』というドキュメンタリー映画を発表しまして、その時はテレビにはもう復帰できないと思っていたんです。これであわよくば映画監督になれる、そう思っていたんですね。でも全然お客が来ない。見事にコケました。で、どうしよう。生活はしなきゃいけないし、『A』も『A2』も結局赤字でしたので、それも取り返さないといけない。それで何ができるかと考えた時に、テレビしかない。僕の場合は『A』でテレビに喧嘩を売ったような感じですが、深夜なら目立たないので何か出来るということで、深夜でドキュメンタリーを何本か作りました。それが99年のことです。
 まずは超能力者、エスパーを被写体にしたドキュメンタリーを一本撮りました。その後が今日見てもらった『放送禁止歌』です。あともう一本、動物実験をテーマとしたドキュメンタリーを作りました。99年は一年間で三本作りましたが、それは映画の方でお客が入らなかったというのもあるんだけれど、やっとドキュメンタリーが面白くなったからなんですね。なぜ以前はそうでなかったかというと、テレビが基本的に分業だからです。ドキュメンタリーもそうです。ディレクター、プロデューサー、カメラマンがいて、映像を編集する人がいて、ナレーションは構成作家が書いて、音響さんに音声付けてもらう。だいたいこれが普通です。僕もそういう風に思っていたんだけど、『A』や『A2』を撮る過程でやむなく、要するにスタッフがいないもんですから、全部自分でやったんです。そしたら結構出来ちゃう。というか、自分でするのが当たり前だと気がつきました。自分の作品なんだから音楽くらい自分で選びたいし、ナレーションくらい自分で書きたい。そういうのを今まで全部人に委ねていた。撮影もそうです。勿論プロのカメラマンのような映像とはいかないけれども、やっぱり撮れるものは自分で撮った方が楽しい。だから僕は『放送禁止歌』でもエスパーのドキュメンタリーでも、分業しなかったんです。「出来ることは自分でやっちゃおう」という、小学生の教本に書いてあるみたいなことにやっと気づいた。そしたら面白いんですよね。やっと面白さに気付いたという感じで、バタバタとテレビドキュメンタリ―を作りました。その仕事が今日観てもらった一本になったんです。 今日観てもらったものはオンエアされたものと厳密には少し違います。途中真っ黒な映像が三秒くらい入りますが、あそこは本来CMが入っているところです。それと別に、一番最後に「手紙」という歌を聞かせる時、画面が2分以上真っ黒でしたね。本来あれはテレビでは出来ません。テレビには規約があって、局によって違うけれど5秒以上画面に映像が出ないということはやってはいけない。その理由は、放送事故と思われるからなんですが、これは放送事故じゃなく演出です。そう突っ張ったんだけど、最後の最後にオンエア直前になってこの状態では放送できないと言われ、編成というプロデューサー側のサイドからも歌詞の字幕のテロップをいれませんかと提案されたんだけれど、テロップをむやみに使いたくなかったんですね。テロップというのは音を補完するものだけれど、どう考えてもあそこの岡林信康さんのボーカルはクリアなんです。テロップは必要ない。こういう時よく使うのは当時の映像です。例えば70年代の資料映像の安田講堂とか、連合赤軍とか、万博とか。そういった映像を入れて音楽を流すのが常套手段なんだけれど、それもやりたいことと違うんですね。それで考えたんです、僕がやりたいことは何だ。「この歌を聞いてくれ」なんですね、だから映像は必要ない。でも映像を入れないとテレビで放送させてもらえない。じゃあどうしようかというところで最後の最後にタイムコードという、数字を入れました。映像の編集をやったことがある人は分かると思うけれど、作業中は画面に出るけれど最後には隠すものです。このタイムコードを真っ黒な映像のど真ん中に入れて、数字のカウンターだけがものすごく回るんです。とても異様な映像になりました。 その時はこの異様さを狙いました。特に業界の人間は何があったんだろうと気づくだろう。そう思ったんだけれど、今観るとオンエアしたバージョンはやりすぎましたね。作為が空回りしてしまった。本当は真っ黒な映像で、歌だけを聴いて欲しかったので、今日はそういう形で上映しました。

テロ対策とライター/映画『スペシャリスト』について

 ちょっと違う話をします。最終的にはひとつの話になるんだけれど。僕今、一か月くらい煙草止めているんですね。前は吸っていたんですが、去年の年末に北海道へ行く用事がありました。羽田から国内線に乗る時に、ボディチェックを受けますよね。まず荷物を預けて、X線を通す。その後僕が金属探知器をくぐったところで、係員に呼び止められました。「お客さんライター二個持っていますね」。確かにポケットに一個ありました、100円ライター。で、カバンの中にも一個あったんですね。係官が言うには「一個没収します」と。羽田行った人は分かると思うんだけど、ライター二個以上は没収しますという掲示が今でもあると思うんです。一個は残すけれど、残りは没収しますという掲示で、日本中どこでもそうです。そう言われて、「分かりました」ってライターを渡そうと思って、あれっと思った。「これ何で没収するんですか?」と聞いたら、「100円ライターは液化ガスが入っていて危険なんです」。「こっちは良いんですか」「そっちは良いんです」「なぜですか」「お客さん煙草吸いますよね」「吸いますよ」「じゃあそれは使ってください」「こっちはダメなんですか」「ダメです」「なぜですか」「テロに使われる可能性があるんです」「こっちは良いんですか」――それを三回くらい繰り返したんですね。ふっと気づいて後ろ向いたら行列が出来ていて、皆怒っているんですよ。しょうがないから係官の人に小声で言ったんです。「あなたに言ってもしょうがないと思うんだけど、これ変ですよ」。そしたら係官の人がちっちゃい声で「私も変だと思っているんですけど、言えって言われているんです」。そのあと時間があったんで後ろの様子を見ていたんですよ。たまーにいます。僕みたいに100円ライター二個以上持っている人。みんな素直に「はい」って渡しているんだけど、今ここで説明するまでもないと思うけど変ですよね。テロリストがもし煙草吸う人だったらどうするんでしょう。アメリカなんてテロ対策でライターどころか液体は全部だめです。想像だけれど、日本の航空会社でもおそらく役員会議で、日本もそういう危機管理をやった方がいいんじゃないか、ハイジャック起きてからでは遅いという話になったんだと思います。それでじゃあまずアメリカに倣ってライターを没収しましょう、となって決まりかけた時に一人が手を挙げて「たぶん客とトラブルになりますよ」と。そう言われて誰かが「じゃあ一個は残そう」。たぶんそういうことですね。その瞬間に本質が消えている。でも誰もそれに気付かない。本気で考えれば、というか普通に考えれば「あれ、ちょっと待てよ」と思えることだけれど、集団でものを考える場合にその「ちょっと待てよ」が発動しなくなってしまう。
 話がちょっと飛ぶんだけれど、1999年に発表された『スペシャリスト』というドキュメンタリー映画があるんです。サブタイトルは「自覚なき殺戮者」。どんな映画かというと、戦時中ナチスにアドルフ・アイヒマンという高官がいました。彼はホロコーストにユダヤ人を搬送する責任者です。よく映像にありますよね、機関車を使ってユダヤ人を運ぶ、その責任者が彼です。戦争が終わった後、ナチの幹部はほとんどが自殺をするか逮捕されたんだけど、アイヒマンは逃げたんです。20年くらい行方が知れなかったけれど、その後アルゼンチンで発見されました。彼はイスラエルの諜報機関に捕まり、エルサレムに連れていかれて裁判を受けて死刑になりました。死刑を廃止しているイスラエルで、例外的にたった一度だけの死刑です。その裁判のドキュメンタリー映画です。 この裁判の時は、ナチスの最後の大物が初めて法廷に出てくるということで、世界中の人が凄く注目しました。実際に彼の指示で何十万、何百万のユダヤ人が死んだわけですからね。どれほどの凶悪で凶暴な、血も涙もない人物か、どんな人だろうと。それで現われた人物は、実際にその映像を見ればすぐ分かるんですが、中間管理職のとてもしょぼくれた初老の男だったんです。裁判長に何を聞かれても「私は指示に従っただけなんです。命令があったからやったんです」、それしか言わない。たぶんそれは言い逃れじゃないと思う。実際そうだったんですよ。その結果何百人もの人が死んだ。そういうことはあるわけです。人が人を殺す時っていうのは、勿論悪意とか憎しみとか、あるいは計算や打算、利己的なものなどがある時もあるけれど、実は善意とか優しさとかいったものの方が、人が人を殺すときの理由になる場合が多いです。

『A』の制作とその後について

 『A』は最初テレビでオンエアする予定で始まったんです。ロケが二日過ぎた段階で局の上層部から撮影を中止しろと言われて、結局その後自分ひとりで続けて映画にしたんです。その時の局との間での一番大きな見解の相違は、局のほうから「オウムを極悪非道な殺人者、もしくは洗脳されて自分の意思を失ったロボットのような集団として描け」と指示されたことだったんです。彼らは決してそうじゃないんですよ。観てくれた人は分かると思うけど、とても優しくて純真で善人で、虫も殺せない人たちです。ここは大事なんです。優しくて純真で、虫も殺せない彼らがなぜ大量の人を殺そうとしたのか? それを考えなきゃいけない。凶暴で凶悪な人が人を殺すんじゃないんです、そんな単純なことじゃない。でもそれはテレビじゃできない。もし仮にやったらおそらくは物凄く多く抗議が来ると思う。そういうこともあって映画にしたんです。
 今日ここに来る前、昼間に何をやっていたかといいますと、東京拘置所に行っていました。ああいう映画を作った関係で、今捕まっているオウムの幹部の人たちと、たまに面会したり文通したりしています。今日は林泰男さんという人に会って来ました。でもみんなわからないかな、サリン事件直後は「殺人マシン」とメディアから呼ばれた人です。地下鉄サリン事件の時、彼のサリンで結局一番たくさんの人が死んだんです。テレビで見たでしょう、8人くらい死んだかな。彼は逃亡しましたけれど「殺人マシン」というあだ名でずっと言われていた人です。その林さんの面会に今日行っていました。優しく、そして快活な男です。その林さんから最近手紙が来て、彼がたまたま最近思い出したことが書いてあったんだけれど、地下鉄サリン事件が起きる数日前、村井さんと二人で第六サティアンの横で作業をしていたことがある。その時遠くの方にヘリが飛んでいた。そしたら村井さんが急に麻原に電話を始めて、何を言うんだろうと思ったら「尊師、いま米軍のヘリが飛んできました。サリンを撒こうとしています」と言ったらしいんですね。麻原は眼が見えません。側近に言われたら、そう信じるしかないんです。林さんはそれを横目で見ながら何を言っているんだろう、どう見たって米軍のヘリじゃないし、あんなところでサリンを撒いたらテロになってしまうじゃないか、と思ったのだけれど、村井さんはステージが上なのでそれを言えなかった。あの時にそれをちゃんと自分が言っていればな、という内容の手紙を貰ったんです。
 おそらくは、そういうことです。側近たちがいろんな情報を麻原にどんどんぶつけていって、麻原は眼が見えないだけに頭の中にどんどん被害妄想が広がって、だったら自分たちはやられる前にやる、と。おそらくそれが一つの大きな要因だったのではないかという気が最近しています。これはオウムだけじゃなく、いろいろな組織に共通していることです。麻原にとってのメディアは村井などの側近たちだった。メディアって大きいです。いろんなもの、世界を、どういう形で僕らに伝えてくれるかがメディアです。そのメディアが、もしかしたら今とても大きな曲がり角に来ている。

テレビ番組のねつ造事件/メディアリテラシーについて

 最近テレビ番組で「納豆にダイエット効果がある」というデータをねつ造した問題、あれも含めて「やらせ」というのは当たり前なんです。ドキュメンタリーにはやらせがあって当たり前です。僕も散々やっています、ただ自分に嘘をついちゃいけない。現場の自分の感覚を裏切っちゃいけない。現場の自分の感覚を表出するためには何をやってもいいと思うわけです。『放送禁止歌』でもやりました。最後のシーンで、僕のカメラがロッカーに向きます。自分のカメラを撮りたかったので、ADが一瞬どきます。覚えている人いるかな、あれ、やらせですよ。10回くらいやったかな、タイミングが悪くて。なぜやったかというと、あんまり論理的に説明はできないけれど、カメラが行った時に何もないよりは、誰か人がいた方がいいなと思ったからそうしたんです。そのくらい誰だってやります。ただやっぱり、今回の納豆のねつ造事件とは少し違うんです。
 やらせ問題って過去にも沢山ありましたけど、ちょっと最近質が変わりました。メディアが変わると見せたいものが変わります。僕らの認め方も変わるし、またそれによってメディアがどんどん変わる。その構造は繰り返されます。どちらにせよ組織というのは、僕らの中で切り離しては生きていけません。人間というのは共同体に生きることを選んでいる生き物ですからね。でも共同体に依存することで一人称、つまり主語を失う。「僕」とか「俺」とか「私」とかね。ある意味しょうがないけれど、ただそれがあまりにも過ぎてしまった時に述語が暴走するんです。無責任になっちゃう。「俺」や「私」、「僕」だったら使わない述語を使ってしまうんですね。「我々」とか、「うちの学校」とか、「うちの会社」とか、「国家」は、とか。こういう不特定な集合名詞を使い出すと、どんどんわからなくなってしまいます。メディアもそうですね。やっぱり常日頃、当たり前だけど主語は自分なんですよ、一人称単数っていう。そのことを意識しながらメディアに接することで、世界が少し違って見えて来ます。
 最近メディアリテラシーの本を書いたり番組を作ったりしたので、たまにインタビューで「メディアリテラシーってなんですか?」みたいな質問を受けます。あ、メディアリテラシーってみんな分かる? 初めて聞いた人も結構いますね。一般的な解釈では、メディアを一面的に信用しないこと、メディアに騙されないこと、という意味になります。 でも僕は、それは違うと思う。メディアに騙されないなんて無理です。じゃあどうすればいいかというと、メディアというのはあくまでも一つの情報だと思うことです。現象って多面的なんです。事件も人間も全部そうです。無限に多面体です。そのうちのひとつ、一番分かりやすい面をメディアは提示する。だからテレビを見たり、新聞や雑誌を読みながら、それぞれに対して「これもひとつの情報、ひとつの視点。だからちょっと視点をずらしたら違うものがいっぱい現れる」と思って見る、聞く。僕はそれがメディアリテラシーじゃないかと思う。 ちょっと視点を変えるというのは普段から出来ることです。そうすると全然違うものが無限に出てきます。ぜひ試してみてください。そうするとね、世界っていいな、人間って優しいんだな、そういう気になりますから得します。人生、おそらく与えられた時間には皆そんなに違いはない。だからもっともっと世界の豊かな部分というのを築いて生きて行きたいし、視点をずらすことでいろんな多重構造が見えてくる。そういうことが大事なことだと思います。 あとは質疑応答でいいでしょうか。

質疑応答

質問者1 映画を思いついて企画を通す段階で、森さんの中で映画の姿はどのあたりまで見えていますか? これでやれる、という確信はどういった形で感じるのか、お聞きしたいです。

 『A』について言えば、さっきも少し話しましたが、もともと60分のテレビ番組のつもりで始めました。それが結果的に放送できない、制作中止だと言い渡されたので映画になっちゃって、最終的は2時間15分になりました。だから始める前の自分のイメージと終わった時の完成形は全く違います。『A2』はそういった意味では、最初から映画にするつもりで撮り始めました。実は『A』と『A2』で共通しているのは、まったく完成形が見えずに始まったということです。でも現場に行けばきっと何かがある。それはわかっていました。
 僕はすごい受動態なんです。状況に引きずり回されながら必死にカメラを回しているというのが『A』と『A2』なんだけど、今日観てもらった『放送禁止歌』は全然違います。これは最初から、エンディングは「手紙」という曲で終わる、さらにその前には自分のカメラレンズが画面に映る。そこで「お前だ」っていうナレーション付けるというのは決まっていました。だからもう台本通りなわけで、何を撮っていこうかというのを示して、あとはもう逆撮りです。だからそれはケースバイケースです。テーマによっても違いますし、手法によっても違います。だからあんまり決めない方がいいと思います、という答えでいいですか? 

質問者1 あまり決まっていない現場で撮る時に、オウムの方に許可を貰わなければいけないし、撮影スタッフにも指示を出さなければいけない、という時に、森さんのドキュメンタリーって、最初にいろいろな疑問があって始まっていると思うんですが、疑問だけで企画や撮影の許可を取るのは結構難しいんじゃないかと思って、そういった自分の情熱や疑問をどういう風に説明されているのかなと思いました。

 それは被写体に対して、ということ? オウムに対しては「あなた方の生活を撮りたいんです」ってそれだけです。それですぐOKが出ました。あまりピンとこないと思うんですけど、あの時代を知っている人は、この答えにみんなびっくりします。「何て言ったの?」って。答えは簡単で、「撮っていいですか?」って言ったらOKが出たんです。みんな「撮ってもいいですか」って聞かないんですよ。
 『放送禁止歌』で解放同盟が登場します。部落差別に反対する団体ですけれど、彼らも基本的には撮影できないと思われていた。あれが放送された後に、業界の人間が「俺も撮れたら撮っていたのに」って言う人がいたけれど、「撮ってもいいですか」っていったら「いいですよ」って言われたんです。『A2』の右翼もそうです。右翼の人に「撮ってもいい?」って聞いたら「いいよ」と言われた。全部一緒なんです。あんまり構える必要はないんです。もちろん撮られて嫌な人は沢山いますから、そういう人はやらないけど、別に問題がない人なら「いいですよ」って言いますから。勝手にこちらが自制してしまって「あれは撮れない」と思いこんでいるタブーがテレビではとても多いです。
 『放送禁止歌』もそうです。そもそも誰もダメだと言っていないのに、勝手に自分たちであれはダメだろうと思いこんで、それを規則してしまっている。これが放送禁止歌の本質です。これは全部に共通していることだから、別にあまり、「こういう事でこうして撮りたいんです」ってそんなことで撮るもんじゃないんです。「撮っていい?」って聞いたら「撮っていいよ」って言われたから撮っただけです。

質問者2 私は今回この『放送禁止歌』を観て、最終的に要注意歌謡曲が一般に流れるというのが結果なのかなと思ったんですけれど、これから更に放送禁止歌が一般に広まっていくようにしたいという考えはお持ちですか。

 放送禁止歌をどこかに流すということ?

質問者2 表に流すようにしたいという考えはありますか?

 うーん。まあ良い歌がいっぱいありますから、埋もれてしまうのはとても悔しい。そういう意味ではもっと放送しろよと思うけれど、でもあまりこだわっていないですね。僕がこの番組で出したかったのは、放送禁止歌というその構造ですね。なぜ「放送禁止歌」と言われたのか。さっきも少し言ったけど、人間って自由が怖いんです。自由を求めながら、無制限の自由を与えられると委縮してしまう。放送禁止歌って要するに標識なんです。「こっちからこっちは危ないよ」という標識で、ということは反対に「こっちからこっちまでは安全だよ」という意味なんです。標識があると安心できるんです。標識が無いと怖いんですよ。人間って、そういうところがあるんです。
 放送禁止歌は、本当は誰も規制していないのに、規制を作ってその中でみんな安心している、そういう構造なんです。これはさっきも少し話しましたけれど、要するに音楽だけの問題ではなく、いろんな業界、いろんな共同体、いろんなジャンルの中でもあると思うんです。それをテーマにしています。でもこれが放送された二年後かな、紅白で『イムジン河』が歌われたり、サザンの桑田さんが三輪明宏さんの『ヨイトマケの唄』をフジテレビの「音楽虎さん」って番組で歌ったりとか、少し変わってきたんじゃないかな。放送禁止歌っていうのは放送してもいいらしいぞっていうのは多少伝わったみたいで、それはそれでもう十分かな、という感じです。

質問者3 先ほど、撮影する時に受動態でいる、と言われていたのですが、森さんの著書にもあるように「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」っていうのがテーマとしてあると思うんですけど、僕はやっぱり作品を観て、人を信じられなくなってしまったり、少し怖いなと感じることが多々あって、森さんは毎回その状況に飛び込んで行く中で、何本も何本も撮っていも変わらずに「世界はもっと豊かだし人はもっと優しい」と思い続けてますか?

 うん。確信しています。

質問者3 それは変わることはないですか。

 ないんじゃないかな。ないです。僕はこういう仕事やっているから、おそらく普通の人よりも多く、いわゆる悪いと言われている人、テロリストやヤクザを知っています。でも、とことん悪い奴って一人もいない。ただやっぱり、ちょっと短気だったり、自己中心的だったり、考えが浅かったり、確かに他者への想像力が少し足りなかったりする人はいますよ。でもね、基本的にみんな一緒です。失恋したらやけ酒飲んで泣いたりとか、お父さんやお母さんが大好きで、子どもが大好きだったり。世界中どこ見ても一緒ですよね。肌の色、眼の色、宗教、言語、バラバラだけど、体温って全部一緒なんですよ。人間ってそんなに変わらない。
 『A』と『A2』は海外で上映されていた時期があって、僕も散々海外へ行きましたが、帰るとみんなに聞かれるのが、例えばシリアで上映するとシリアのイスラム教徒がどんな反応したんだとか、例えばインドで上映があったらヒンズー教徒はどんな風に反応したんだとか。全部一緒なんですよ。宗派が違うからって変わらないです。同じ意味で、僕は人っていうのはやっぱり基本的には善性、善なる生き物だと思っています。その善なる部分が過剰に発動して人を殺す。小さな事件も起きるし、虐殺や殺人、戦争も起きる。けれどさっきも言ったように、戦争や虐殺は、どちらかというと人の善、優しさの方が駆動力になる場合が多い。悪意じゃないんです。だから人がいっぱい死ぬ。歯止めが利かなくなっちゃう。実は怖いですよ、人の善っていうのは。優しさって怖いです。残虐です。でも残虐だけれど優しいんです。そこは僕は確信しています。
 全体の雰囲気がちょっと硬い、というか暗いので、明るい質問的なのひとつちょっと。困ったね、ごめんごめん、別にいいです暗くても。

質問者4 僕のも暗いと思うんですけど。森さんがドキュメンタリーを作る中で、自分で自主規制みたいなものをかけたことってありますか?例えば、少し前に中学生が続けて自殺するようなことがあった時期に、インターネットやメディアの問題をどう報道できるのかという議論があったんですけれど、森さんが作品を作っている時に、「これはちょっと出さないでくれ」という他からの規制は省けたとしても、自分で「これは使うべきじゃない」というシーンに出会うこともあるんでしょうか。

いっぱいありますよ。例を言えば挙げようがないくらいにあるんだけれど、まずは映像っていうのは省略です。編集は省略の作業ですから、何を落とすかっていう判断がある。これは自主規制じゃないけれど、面白いか面白くないか、分かり易いか分かりづらいか、出すべきか出すべきじゃないのか、そういう判断はしています。
 僕は自主規制を全然否定してはいないんです。業界にはあって当たり前です。ただ問題は放送禁止歌もそうなんだけれど、自主ではなく他律規制なんです。自律的、主体的に禁止する分にはいいけれど、他律的に規制するのは意味がないと思っています。それが放送禁止歌です。だからそういう他律規制はなるべくしないようにと思っていますが、多分気付かずにやっているんですよね。特に例を挙げるのも多すぎて思いつかないくらいですね、自主規制って。っていう答えじゃだめ?

質問者4 判断する時、それが自主規制なのか他律規制なのか、メディアに操られて自分も知らない間に規制しているんじゃないかとか、悩んだりすると思ったんですが。

 さっきも『放送禁止歌』について話したけれど、最後に「手紙」って曲が流れる時に黒味が2分何秒続くのがテレビでは駄目だと言われて、「あ、そうですね」と従ったらあっさり他律規制に従うことになるけれど、「何でダメなんですか?これは演出ですよ」って言う段階でひとつ葛藤がある。その過程があればまだマシだと僕は思っています。多分他律規制というのは自分で気づけないんじゃないかな。だから今も他律規制の例を挙げられないんですよ。でもおそらく無いわけじゃない、どこかでそれが働いていると思うんだけれど、分かる範囲で「なぜこれを自分は今隠そうとしているか」ということに出来るだけ意識的になろうとは思っています。
 例えば『A2』の時、あの頃はオウムってかなりニュースバリューがあったんですね。当時業界の人間から「何で上祐さんがあんなに出てこないの」とよく言われたんです。彼がやっぱり一番オウムの中ではニュースバリューがある人だったんですね。特にあの頃は上祐さんが出所してきて、世間が大騒ぎの頃です。「上祐さんはせいぜいインタビューに応じるぐらいでなかなか撮れないのに、お前は施設の中に入って上祐さんの日常を撮ったのに映画で全然それを出してない、なぜだ?」とよく言われました。答えは簡単で、つまらなかったからです。上祐さんの人柄がつまらないわけじゃないんですよ、被写体としてつまらないんです。荒木さんは面白いです、荒木さんは喜怒哀楽がすぐ出ちゃう、だから面白いんです。そういう判断はやっぱりしています。それはある意味では自主規制、規制じゃなくて、選択ですよね。

司会 私も質問していいですか? 以前天皇制についてのドキュメンタリー番組を企画をしていて、テレビで放送出来ないのでボツになったというお話を聞いたんですけれど、その中で、なんていうかけじめみたいなもの、どこまで迫れてけじめがついたかというのを伺いたいです。確か森さんの本だったと思うんですが、「僕らが見たいと思っている今上天皇を見たい」と書かれていて、私も非常にそういう気持ちがあります。そういう個人的な、見てみたい、知りたいというところから迫っていく時に、どこで自分の中での終りやけじめがあるのかというのを知りたいと思います。

 その企画について最初から説明します。二年前になるのかな、フジテレビの「NONFIX」という深夜のドキュメンタリー番組から話が来て、僕や是枝裕和さんや、かつて「NONFIX」でやっていた人が集まって共通のテーマで、何かシリーズでやりましょうということになって、テーマを憲法にしようという話になりました。是枝さんは9条、ドキュメンタリージャパンは21条といったふうに分担しようということになって、僕は1条の天皇をやります、ということで、今上天皇のドキュメンタリー企画を出して通っちゃったんですよ。
 普通、天皇のドキュメンタリーの企画を出て通る訳がないんです。ところがこの時は深夜番組で、しかも憲法から入って、1条の天皇制をやりますという論旨にしたのでOKが出ちゃったんです。二か月くらい撮ったのかな、二年前のお正月、一月二日に皇居でバンザイバンザイってやりますよね。あの謹賀の挨拶も撮りました。僕の知り合いに「ザ・ニュースペーパー」という劇団員がいるんですが、彼らは天皇家のコントが得意な人たちで、天皇家のコスチュームを着てそっくりさんになってコントをやるんです。そこでその格好であそこまで行って、本当の天皇家のすぐ前で万歳をやってもらったんだけれど、全然彼らはこっちを見てくれないのね。
 「こっち向いてくれないな、失敗かな」と思ってカメラで撮っていたけれど、終って帰る頃に周りにいた人たちに「あ、天皇だ」「あ、美智子さんだ」って囲まれて大騒ぎになって、携帯で写真を撮られたりしていたんです。これも面白いかなと思っていたら右翼がやってきてね、まぁそれも実は予定していたんだけど、紋付き袴でスキンヘッドの右翼十人くらいに取り囲まれました。ところが右翼の人たちも、天皇家のコスプレしている彼らを取り囲んでいるんだけれど、これが不敬かどうか判断できないんです。一人の若い右翼が「どうすりゃいいっすか?」とか携帯で誰かに聞いているんですよ。それを撮りながら面白いなと思ってね。ただ、劇団員の彼らは右翼に囲まれて顔面蒼白です。そんな映像が撮れたりしました。あと今司会の下川さんがおっしゃったように、最終的には天皇を撮りたかったんですよ。天皇に質問したい。一言、「お辛いでしょう」と聞きたいですね。それに対して天皇がなんて言うか。「はい」と言うか「いいえ」というか分からないけど、それをエンディングにしてドキュメンタリーを終わるっていうのをやりたかったんです。
 その為にはどうするかというと、天皇に会わなきゃいけない。宮内庁に手紙を書く。あるいはつてを頼って天皇のメルアドを入手する。当然彼らもメールやっていますからね。誰かが知っているはずだから、多分調べれば分かるんですよ。で、いろいろやっていたところ、結局二か月くらい撮ったところでフジテレビの上層部に話が漏れて、中止です。ただフジテレビも、天皇だからダメって言ったんじゃ問題になっちゃうから、どうせ会えないからダメだっていうんです。会えるか会えないか分からないし、会えなくてもこれは成立するって言ったんだけど、会えないからダメです、その一点張りです。…で、ご質問なんでしたっけ。
 要するに、どうけじめをつけるかなんですけれど、けじめなんてつけられないです。僕あまりけじめをつけない方なので、やりっぱなしが多いです。実はこの話はテレビではダメになったんだけれど、映画からは話が来ました。いくつかドキュメンタリーを作っている会社から「森さん、もしよかったら映画でやりませんか」と話が来たんだけれども、天皇については映画じゃ意味が無いんですよ。『放送禁止歌』もそうですけれど、テレビじゃないと意味がないんです。
 色んな理由があります。でも一番端的に言えることは、テレビってすごく規制が多いんです。確かにほんとやりづらいですが、でも逆にいえば、そのことは表現する場合には必ずしも100%マイナスじゃないんですよ。むしろ規制があった方が表現って豊かになる場合があります。テレビでもそういうチャンスがあるんです。特に天皇とかそういったテーマについて言えば、僕はテレビでやりたかった。映画ではちょっとやる気になれない、ということで、けじめじゃないけれど、もうあれは終わっちゃいました。テレビではもう無理でしょう。あのまま騙し通せればいけたかもしれないけれど、結局テレビ局の上層部にばれちゃいましたし、もう二度とチャンスは来ないんじゃないかな。残念です。

質問者6 今の話ですごく話し易くなったんですけど、『A』を観て凄く笑ったんです。特に信者の人と近隣住民とのもみ合いのところで、背景に音楽が流れているところですごい大笑いして。実際確かに恐ろしいな、とか、自分の目の前で起きたら最悪だなとか思うんですけれど、それがブラウン管を通したり、映像になって流れることで、ひとつ距離が出来て、すごく滑稽なもの、一級のコントみたいに見えるんです。それは映像である限りほとんど宿命みたいなものであると思います。ここで上映されている時に笑い声は聞こえなかったんですけれど、僕は映像を観ていて、そのある種の宿命みたいなものに対して、笑わせようというのとは違うかもしれませんが、笑えることになっちゃうことを分かっていて、なんとかしているように見えたんですけれども、どうでしょうか。

 良い質問ですね。『A2』は観た? もっと笑ったでしょ? 『A』の方が可笑しかった?あぁ、そう。人から「『A』と『A2』はどんな映画ですか?」と聞かれると、よく僕は「『A』は青春グラフィティー、『A2』は爆笑コメディです」って言っているんだけれど、笑ってほしいんです。大歓迎です。結構作為的に『A』でも笑えるシーン入れているんだけれど、皆なかなか笑わないんだよね。笑いって大事なんです。おっしゃるように映像って、矮小化しちゃいます。さっきちょっと話したけど、この後に撮ったエスパーのドキュメンタリー番組の中では、三分間ノーカットでスプーンを折るまでを撮っているんだけど、それが映像になったら実に嘘くさいんです。目の前で見たらすごいんだけどね。だってこれだけで折っちゃうんだもん。ほんとに、何の種も仕掛けもない。でもそれが映像になると、「絶対なにかやっているよ」って見えちゃうんです。それが映像の宿命であって、だから本当はあんまり映像でリアリティーって出せないです。
 だからそういう意味では笑いは大事で、笑うことで隙が出来るんだよね。だから逆に笑いだと、とてもシリアスなところでもするっとステレオタイプを壊して普遍的なところへ行ける。だから結構意識的に笑いは入れています。『A2』より、『A』の方が笑うという人は珍しいんだけれど。僕は作為的に『A2』には思いっきり笑いを出しています。どんどん笑ってもらっていいです。今日はどうでした? 『放送禁止歌』でみんな笑ってた? なぎら健壱さんの歌、「悲惨な戦い」のところでみんな笑ってた? あそこで笑えないと辛いんだよね。

質問者7 『A』と『A2』はまだ観ていないんですけれど、話を聞いた時に、そういう集団の中で撮影するのは怖かったりするんだろうなと思ったんですけれど、等身大で、相手に変な先入観を持たないで接することって、やっぱりどこか不安だったり弱気になってしまうことがあると思うんです。それを拭い取り去るために、自分に嘘をつかないことや、相手を信じることによって、その不安を越えて行くと思うんですけれど、それでも拭えないもがあると思うんですが、どうでしょうか。

 まず生活の不安はずっとありました。『A』を撮っている時は、僕はテレビから排除されているわけで、これでこの映画を発表したらどうなるんだろう、小さなところで上映した後は田舎にでも帰って就職先を探そう、なんて考えていました。それはやっぱり日々切実な問題でしたね。でも、生活の不安はあったけれど、撮っていての怖さはほとんどなかったかな。意外と怖くなかったです。最初は怖いかもしれないけれど、一言二言話しちゃえば怖くないです、大丈夫。
 人間っていうのがそんなに凶暴な存在じゃないってことを僕は知っていますからね。信じる信じないに関わらず事実ですから。勿論そうはいっても、右翼に対して「天皇陛下は馬鹿だね」と言ったらそれは喧嘩になるし、刺されます。それは彼らだけじゃなく、言葉使いのことも含めて、当り前のことだよね。普通の人でも怒らせる事ありますから、それは見極めた方がいいんじゃないかと思います。
 ただドキュメンタリーってちょっと相手を怒らせた方が面白いです。人って怒り方が一番素になるんだよね。僕がやるテクニックとして、カメラを回しながらちょっと相手を挑発します。相手がムッとしている時が一番面白いです。でも、たまに相手との距離を間違えたりして、激怒させたらそのまま作品が終わっちゃうけどね。そういうことも何度かあります。

質問者7もうひとつ質問なんですけど、ドキュメンタリーって体が資本だと思うんですが、被写体や自分に対してすごく気を遣っていることって特にありますか?

 共通してってこと?

質問者7 共通でも、なにか健康とか。

 僕は煙草を止めましたね。それは健康というよりも、無くて困るものがもうあってほしくないなっていうことで、ないと困るものをどんどん減らすために何かないかなと思った時に、煙草だなと思って、止めてみたんです。えーと、被写体の健康に気を遣う??

質問者7 さっき言っていたような言葉使いや、そういうものについて。

 なんだろう。僕は、というかドキュメンタリーって、人が100人いれば100通りの撮り方があります。だからそれはもうみんなそれぞれに違うんだけれど、僕は被写体が好きじゃないと辛いんですね。例えばよく言われているでしょ、ドキュメンタリーは被写体との信頼関係が大事だって。そんなことないですよ。信頼関係がなくても撮れます。原一男さんという大先輩が撮った『ゆきゆきて神軍』だって、被写体である奥崎さんと全然信頼関係はないです。お互い憎しみ合いながら撮っています。それはそういう作品だということで、信頼関係なんて必要ないです。ただ、ないとしんどいです。僕はやっぱり相手が好きじゃないとのめり込めないので、だから被写体は好きになりますし、好きになれない被写体は撮っていてもやめちゃいます。答えとしては質問と微妙にずれているよね。

質問者8(関野吉晴先生) 文化人類学の教授の関野吉晴です。今日初めてお会いするんですけれども、森さんを見ていて、子どもみたい、と思いました。『裸の王様』という有名な物語がありますけど、大人たちは王様が良い服を着ていると言っている中で「なんだ裸じゃないか」と言うあの子どもみたいな好奇心を感じました。メディアでタブーになっているものはたくさんあります。天皇制にしてもオウム真理教にしても、固定観念やステレオタイプに弱い。そういうもの対して本当はどうなのかと立ち向かっている感じがしました。そういった面で、若松孝二さんとも凄く似ていると思いました。来月に若松孝二さんと足立正生さんに来てもらって連合赤軍の映画を上映するんですが、若松孝二さんは『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』という映画を撮っています。以前にも別の監督が『突入せよ!「あさま山荘」事件』という政府側から撮った映画もありますが、若松孝ニという人は、表現というものは体制に飲まれては表現にならないという視点で、みんな怖いと思っていた連合赤軍が実際はどうなのかということを撮ったんですけれど、森さんと同じものを持って撮っている人だなと思いました。
 また、今自分は部落の人たちと関わっています。狭山事件の石川一雄さんの支援もしていて、一度ムサビの課外講座でも講師としてお呼びしました。狭山事件は僕の子どもの頃に起こった事件であまり知らなかったんですが、100人くらいの学生に「狭山事件って知ってる?」って聞いたら一人も知らないんです。その時、みんな知らないことが多すぎるという感じがしたんです。知ってみると、さっきのオウムの人もそうだけど、案外愉快だったり、真面目だったり、気が小さかったり、そういう面を見ることができる。それから、北朝鮮の問題があります。将軍様は多分怖いんでしょうが、じゃあ隣の朝鮮大学校の人たちはどうなんだろう、実は武蔵野美術大学の隣には朝鮮大学校があるんですが、交流はほとんどありません。隣にいるのにどういうこと考えているのか何も知らない。それで北朝鮮のことをどう思っているかを聞きたいと思いました。

 ありがとうございます。今のこの映像として、関野さんがジャケット着てるだけで変ですよね。

質問者8(関野先生):今日みんなに言われたんです。

 ジャケットを着て関野さんがマイク持つだけで変な感じ。授業受けられるんだから幸せですよね。休講ばっかりじゃないの? 日本にいるの? いないでしょ。
 それであの、ご質問だけお答えします。北朝鮮についてですが、一つだけ言います。北に対してのバッシングが強くなったのは、特に3、4年前に、横田めぐみさんの遺骨を北朝鮮政府が提供して、DNA鑑定の結果、これはめぐみさんのものではないということがきっかけだったと思うんです。バッシングが激しくなって政府も経済制裁や人道的支援を止めたということがありました。この鑑定をやったのは警視庁の科警研なんですが、科警研は鑑定出来ませんでした。30年前のもので、しかも灰になっていますから、DNAを抽出出来なかった。もう一つが元帝京大学教授の、吉井富夫さんだっけな、彼が鑑定を行った結果めぐみさんの骨じゃないと発表した。それで北朝鮮に騙されたと大騒ぎになったんですが、その後に『Nature』のインタビューで、この方は二回、『Nature』のインタビューを受けていますけど、「この鑑定は完全ではありません、何か混じっている可能性が十分にあります」と言っているんですね。つまり自分の言ったことは100%本当じゃないと。この部分を日本政府は全く使ってない。『Nature』というのは世界的にも権威ある雑誌で、それに対してあまりにも日本政府が反応しないので、世界のメディアが反応して、それについて数回記事を掲載しています。日本の北朝鮮報道はおかしいと。でも日本のメディアは朝日新聞がちょっとだけ取り上げただけでした。
 これはひとつの例です。でもこれを見ると分かるんだけれど、とてもある恣意的な力が働いています。その恣意的な力は、放送禁止歌じゃないけれど、一人ひとりみんなが何か怖いとか、危ないとかそういった気持が集まってそういう恣意的な力になっているんじゃないか、もしくは現政権がそれに便乗している可能性もありますしね。もっとそういった見方をした方がいいんじゃないかと思っています。
 映像については、僕最近あまり映像撮ってないんです。活字の方がやっぱりそういった意味でいろいろ書けるし、制約もないし、さっきも言ったように映像って分業で、最近それが出来なくなっているので、そういう理由で映像は撮ってないんですけれど、北はもし機会があればビデオカメラを回したいと思っています。結構ドキュメンタリーでは去年から今年にかけて何本も北朝鮮のドキュメンタリーがありますので、興味がある方はどんどん見てください。

質問者8(関野先生) もう一つあるんですが、毎年ここの学生の100人~200人以上が、芝浦屠場に見学に行っています。肉というのはどうやってできるのかを見てまわっているんですけれど、僕もフジテレビで長年仕事をしているんですが、前の制作部長と話していた時、豚のなめし工場と部落のことをやりたいけれどフジテレビでできますかと聞いた時、森さんの話が出ました。「森が屠場を撮りたいって言っていて、俺は撮ればいいじゃないかって言ったんだ」と。それで「森さんがやるのか、面白くなるだろうな」と思っていたんですけれど、芝浦屠場を撮ろうという思いはありますか?

 フジテレビの太田英昭さんですね。僕はテレビの人間はあんまり尊敬してないんだけど、何人かいる尊敬できる人の一人です。屠場って言って分かる人いる? 分からないよね。正確に言えば屠殺場です。こう言うと分かる? 要するに、牛や豚やニワトリを解体して肉をつくるところですね。魚の場合は築地です。築地の場合はテレビでしょっちゅう出てきます。ところが東京の場合品川にあるんですけど、品川の屠場はテレビで出せない。そうみんなは思い込んでいる。でもこれはいろんな問題が絡んでいて、差別問題や、単に絵面が残酷だっていうこともあるんですが、ただ僕はやっぱりブラックボックスが嫌いなんです。それはそこにあるものなので、やったほうがいいんじゃないかなと思って、フジテレビで屠場のドキュメンタリーを撮りたいと話したんです。テレビのほうもひいているんですが、これはある意味、屠場側も「写してくれるな」とひいているんです。それによって自分たちの子どもたちがいじめられることもあるからと。結構それが大変で両方にアプローチして、両方に徐々にOKを貰って最終的に屠場もOK、フジテレビもOKってところまで行ったんですけれど、ちょうどその時に、狂牛病、BSEがはじけちゃってもう撮影どころじゃなくなっちゃったんですね。
 ですから、今ならもしかしたら撮れるかもしれませんが、ただ僕はその間に子ども向けの屠場の本を書いたりして、その描写を屠場の許可を得ずに書いたということで、屠場の一部関係者がすごく怒っているという話を聞きました。「森さん、謝りに行けばいいのに」って言われるんですが、許可を取る必要はないと僕は思っているので、謝りに行ってないです。だから関係がこじれたままになっています。本当にやりっぱなしが多いんだけれど、関野さん是非仕掛けてみてください。

質問者8(関野先生) ありがとうございました。

(2007年4月26日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称、役職名等は当時のものです。)