武蔵野美術大学 美術館・図書館イメージライブラリー

第32回イメージライブラリー映像講座
「小さな映画と大きな世界の通路 井口奈己の世界 対談:井口奈己×梅本洋一」の記録


講師井口奈己(映画監督)、梅本洋一(映画評論家、横浜国立大学教授)
開催日:2009年11月26日

 

この講座について

井口奈己監督は、初監督作品である8ミリ映画『犬猫』が2001年のPFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワードで企画賞を受賞。2004年にセルフ・リメイクした35ミリ版『犬猫』、2008年の『人のセックスを笑うな』でも高い評価を受け、若手映画監督の中で注目を集めています。登場人物の心の機微、演技の場の空気をすくうようなのびやかで自由な演出は、映画でしか味わうことのできない喜びを観客にもたらしてくれます。
本講座では、井口奈己監督、映画評論家・梅本洋一氏をお招きし、過剰な演出が溢れる現代の映像制作の現場において、シンプルながらも洗練された映画表現を続ける井口監督の創作の秘密と作品の魅力について語っていただきました。


映画の現場へ

梅本 井口さんとは、こういう席では3回目くらいですかね。

井口 そうですね。

梅本 最初は京都国際学生映画祭、4年前くらいでしたかね。そして去年はジャック・ドワイヨン(*1)。でも常にコメンテーターで、ぼく、井口さんに質問することって何にもできなかったので、今日はパーソナルなことをたくさん伺いたいと思います。

井口 はい、分かりました。よろしくお願いします。

梅本 こちらこそ。『犬猫』と『人のセックスを笑うな』、井口さんの映画はみなさんもご覧になっていると思いますけれど、そういえば先ほどお話ししている時に、『人のセックスを笑うな』の方はもうすぐ始まるナント映画祭でコンペティションに選ばれて、フランスで上映されるそうですね。絶対、一等賞とりますから。

井口 はい、がんばります。

梅本 で、この中には映画に興味を持ってらっしゃる方もたくさんいらっしゃると思うのですが、まず伺いたいのは、どうして映画監督という職業を選ばれたのか、ということです。

井口 職業として映画監督になろうと思っていたわけではなくて、ざっくり映画を作る人になろう、とは思っていました。はじめはスタッフで—今でもできることならスタッフもやりたいんですけれど。なぜかというと、映画監督は毎年映画を撮るのはなかなか難しかったりする現状で。いっぱい現場に行きたいので本当にスタッフになりたかったんですけれど、自主映画を作ったら、「じゃあ次、35もやりませんか?」と言われて。

梅本 35って、35ミリですね。

井口 はい。35の『犬猫』を作った後に、「『人のセックスを笑うな』、やりませんか?」と言われて「はい」って言って作ったら、今に至る、って感じです。

梅本 小さい時から映画に携わりたかったんですか?

井口 いやいや。20歳を越えた時に、突然、映画はいつ映画になるのかな、と思って。…ん? いつ、映画ができるのか…?? —何て言うんですかね、こう、脚本があって…

梅本 ああ、要するに、撮影して…

井口 そうですね。編集して、どの段階で映画ができあがっていくのか、知りたい。

梅本 そういうのって興味があったんですか?

井口 いや、全然なかったんですけど、突然興味がわいて。

梅本 ある晩、降って湧いたように、「ああ、映画、いいな」というふうに思ったんですか?

井口 そうですね。やっぱり、こう、すごいグッとくる映画と、そうでもない映画というのがあるじゃないですか。で、グッとくるのはどうしてだろう、と思っていて。しかもそのグッのき方が、ものすごい個人的なところにグッとくるので、何かあるに違いないと思って、それで興味がわいて。

梅本 小さい時から映画を観ていたんですか?

井口 小さい時は、本当にテレビで、淀川長治さんが…

梅本 日曜洋画劇場。

井口 とか、観てました。

梅本 その中で「この映画が好きだな」というの、小さい時にありました?

井口 小さい時に好きだったのは、子どもが出てくる映画と、きれいなお姉さんが出てる映画が好きでした

梅本 ただ、20歳のある日突然そういうこと思い立って、すぐにできるものなんですか?

井口 いえ、ちょっと間違えて、イメージフォーラムという実験映画の学校に入ってしまって。全然違うじゃないですか、日記映画とか実験映画とかいうのと、普通の映画って。ちょっと違うので、「あれ?」と思って。

梅本 どうしてその時、イメージフォーラムにしようと思ったんですか?

井口 たぶん今だったら、映画美学校とか選択肢が他にもあるんですけど、当時、20年前くらいは全然なかったんですよ。

梅本 でも、例えばこの武蔵野美術大学だって映像学科っていうのが…

井口 当時はあったんですかね? 当時、22年前くらいですけど。

スタッフ ムサビに映像学科ができたのは15年くらい前ですかね(*2)。

井口 そうですよね。結構、なかったと思いますよ。川崎にある日本映画学校が、翌年できた、という感じだったんです。

梅本 崔洋一とかがいる、ね—。じゃあ当時、22年前だと、まだ雑誌イメージフォーラムがあって、かわなかのぶひろさんがなさっていた時代ですよね。入って違和感はありませんでした? みんな、「メカスがさー」とか「スタン・ブラッケージがさー」とか言ってる…

井口 そんな…。でも、まず「あなたたちが観ているものとは違うものなので、慣れてください」と言われて、はじめに3時間分くらい、実験映画ばっかりずーっと観させられる授業があって。みんなそれでいなくなっちゃう、授業来なくなっちゃう、という…。

梅本 でもそんな中で、「私も実験映画撮るぜ!」とは思わなかったんですか?

井口 先生方の好みもあったと思うんですけど、だいたい自分の悩みを吐露すると「いい」と言われちゃう、みたいな。カメラに向かって自分の過去のトラブルを吐露して、それを尋常ではないシチュエーションでやると「いいね」って言われたりする…

梅本 でも観せられる方はたまったもんじゃない、という。

井口 そうですね。それで私もちょっと、何かやだな、と思って…。

梅本 でも、途中でイメージフォーラムやめなかったんでしょ?

井口 そうですね。でも途中で、当時は—今もありますけど、ぴあとかシティロードという情報誌があって、脇にはみ出しっていう…

梅本 はみ出し情報、ってありますね。

井口 あれにいっぱい、「自主映画のお手伝いしませんか?」みたいなのが載っていて。

梅本 今でもあるんじゃないかな。今はそういうサイトがあって、ぼくの学生なんかもほとんどホームレスなんですけれども、今日はあっちの現場、明日は首都圏でエキストラやって、弁当食って生きているやつもいますよ。

井口 で、それに何個か電話したら、当時はまだ携帯電話がなくてすぐには繋がらなかったんですけど、ひとつだけ、「今、ここにいるのでこちらに電話してください」と電話番号が入っているのがあって。それが、『三月のライオン』という矢崎仁司さんの自主映画の仕上げのスタッフ募集だったんです。電話をしたら、「じゃ、今から来てください」って言われて、行ったらそのまま1年くらい、ちょっと拉致されたみたいな形で家にも帰れないような感じでした。ちょっと特殊な仕上げの仕方をしていて、効果アフレコをするんですけど、現場と同じ状況を探して、例えばオープンだったらオープンでやる、みたいなのをずっと1年くらいやっていたので、その合間はいっぱいいっぱいで学校には行けない時期もあって。

梅本 でもその時、『三月のライオン』がどんな映画か分からなくて現場に行ったわけですよね。現場に行ってると、だんだん分かってくるものですか?

井口 全然、分からなかったですね。撮影を2カットか3カットだけ残して効果アフレコをやったんですけれど、脚本を読ませてもらっていたわけではなくて。しかも、10テイクとか15テイクとかあるんですけれど、矢崎さんが音が付いてないとOKが決められないというので、15テイク分、全部音を付けたりするんですよ。「いつ、終わるんだろう?」という感じで、それをずっとやってました。

梅本 『三月のライオン』って92年くらいですよね。ぼくは、今は無きキノ青山という映画館で観たんですけれど。近親相姦っぽい映画ですよね。

井口 っぽい、というか、そうですね。

梅本 で、できあがったのを観て、「いいな」っていう感じでした?

井口 うーん、その頃には、なんかこう、映画を純粋に観れないようないろいろな葛藤が人と人の間にあったので、映画を鑑賞するという感じではなくて、「やっと、できた」っていうか…。「やっと、できた」と思った後、みんなでダビングした後に矢崎さんがやり直していたりとかするので、本当にむかついたりとかして。

梅本 でも、その間ってほとんど映画をご覧になれないわけじゃないですか、他の作品。そうすると、それが終わってそのままずっと現場を続けていこう、と思ったのは—? そんなの1年やっていたら、「もう、降りる」みたいな選択を普通はするじゃないですか。

井口 ああ、でも、やってることは楽しくて。その時バブルだったんですけど、時代が…

梅本 キノ青山もバブルな映画館で、青山通りの某所—今の紀ノ国屋の隣のビルの5階にあったんです。そこでは、矢崎さんのその映画の他に、ジャック・リヴェットの映画とかいろいろ封切られたんですけど、バブルが崩壊してそこの館主が夜逃げしてしまいましたね。そういう、いわくつきの映画館です。

井口 その後、バブルだったのでいっぱい現場があって。それで黒沢清監督の『地獄の警備員』という、それもすごい地獄のような現場だったんですけど。

梅本 あれって予算800万円くらいですよね。

井口 え!? そうなんですか?

梅本 その時、青山真治もついてたんですよね。

井口 はい、青山さんがセカンド(の助監督)でしたね。

梅本 以前伺ったけど、その時、青山にひどいことを言われたって。

井口 ひどいことじゃないです! 青山さんはたぶん、本当に私がキョトンと現場にいるので、「こんなとこにいちゃダメだよ〜、女の子がする仕事じゃないよ〜」って。

梅本 まあ、そういう、なんか、マッチョな、ねえ。

井口 マッチョな感じでもなかったですよ。

梅本 プラス、そういうジェンダーを見下すような発言をするのは、本当によくないですよね。

井口 いえいえ、親切な感じでおっしゃってましたよ。

『犬猫』8ミリ版

梅本 そうやって現場をお続けになっている時に、『犬猫』を自主映画で撮るまでの道のりっていうのはどういう感じだったんですか? ある日突然、「今日から、じゃあ、私が撮ろう」というふうに思うものなんですか? だって、ずっと録音をやってれば、それで次々現場があるじゃないですか。

井口 私、録音部として致命的だったのは、スタジオにずっといられない、というのがあって。地下室とかもダメなんです。それだと仕事が進まないので、現場だけやる部署に行きたいなと思って、記録になろうと思って。

梅本 スクリプターね。

井口 で、記録の先輩の人に「記録になりたいんですけど、プロとして」と言ったら、「向いてないからやめた方がいいよ」って言われて。

梅本 いろんな人に—青山からも—「向いてない」攻撃ですね。

井口 はい。「あんたみたいな人は向いてないからやめた方がいい」って言われて、「え〜」って。まさか断られるとは思ってなかったから、ものすごいびっくりして。で、その記録の方に「監督やればいいじゃん」って言われて、「そーかー」と思って。

梅本 でも、「やる」って言って、突然、次の日から『犬猫』の撮影に入るわけですか?

井口 「監督やればいいじゃん」って言われたよりも記録を断られた方がショックだったんですけど、たまたま映画に出たいという子から電話がかかってきて、「映画に出たい人なんているんだな。じゃあ、ちょっとやってみよう」と思って。本当は8ミリ版の『犬猫』って20分くらいの短編になる予定だったんですけど…

梅本 えらい長いですよね。

井口 そうですね。4倍くらいの長さになってしまったんですけど。その出演したいという女の子は友達だったんで、その女の子の失恋のエピソードを元に適当に作ったものを—本当に今思うと、脚本じゃないんですけど、それは。ところどころ詳しいプロットって言われているんですけれど—それを元に撮影しましょう、と言って。

梅本 スタッフを集めたりもしますよね。

井口 本当にどうしたらいいのかなと思ったんですけど、私の上司だった録音部の鈴木昭彦さんが—(会場を指して)今、いるんですけど、そこに—イメージフォーラムの卒業制作の時に音を付けてくれて。その最中に「次にやる時は、はじめから自分がやるから」っておっしゃってくれていたので。それから10年くらい経っていたんですが、「映画を作るんですけど」と言って10年前の約束を果たしてもらって。もう一人、スタッフになってくれる女の子がいて—彼女もいるんですけど、そこに—。あと、人が必要な時には知り合いのつてで、当時、立教大学と早稲田大学の映画研究会の幹事長だった男の子を丸め込んで、新入生とかを送り込んでもらってたんですよ。

梅本 そうやって制作している時って、一応お弁当とか出したりもするじゃないですか。製作費ってどうしたんですか?

井口 製作費は、一応うちの母が—私が結婚する時のために、親って貯めてたりするじゃないですか…。

梅本 それを取り崩した?

井口 はい、「結婚しないので」と言って。「したとしても、結婚式とか絶対しないので」と言って、貸してもらって。

梅本 でも、撮影長かったんですよね。

井口 長かったですね。

梅本 どのくらいでした?

井口 2年。1年半は役者絡みの芝居部分を毎日撮影して。あとは実景とか、猫が動いたりするのを撮るのに半年くらい。2年くらいやってました。

梅本 出てらっしゃる方には、1年半の生活もあるわけじゃないですか。それは責任持てたんですか?

井口 いやいや、もう、「寝ないで働いてください」と言って。彼女たちは夜中にバイトとかしてました。

梅本 …かわいそうなことしますね。

井口 そうですね。もう、本当に大変でした。

梅本 逆に考えると、その時それだけ情熱があったんですか? 「これをなんとか完成させるぞ!」っていうような。

井口 やっぱり、(撮影期間が)すごい長い上に、自分たちのやってることが何物でもない可能性があるじゃないですか、自主映画だし。その上、本当に周りの人たちが貧乏になっていく、というか…

梅本 だって、働いてる時間は拘束されているんですものね。

井口 そうですね。本当に、毎日泣きそうになるというか—自主映画出身の方って「自主映画の時は自分のやりたいことができたけど、プロになってから大変だ」って、みなさんおっしゃるんですけれど、私はもう8ミリ版の時は、本当に何て言うか精神的にも毎日切羽詰まって、こう、「どこに行くんだろう?」っていうか…。もう、みんなにおにぎりしか出してなかったんですけど、お弁当というか。

梅本 中身とかは?

井口 もう、なくなっちゃって。

梅本 塩だけ?

井口 そうですね。味噌とか入れてたりしたんですけど。みんなが素にぎりを食べているのを見ながら、「あなたたちが乗ってるのは、泥舟なのよ〜!」って、泣きたくなる、みたいな。

梅本 相当マゾですね。

井口 そうですかね〜?

梅本 それだけ情熱を傾ける対象なんですかね、映画って?

井口 私はよく「もう、できない」とか言って。だいたい、その時はカットの割り方とかも分からなくて、芝居をどう作るかも全然分からなくて。

梅本 だって、前にやってないんですもんね、何にも。

井口 そうです。全然分からなかったので、こう、ワンシーンの芝居が何となくできて、それが3つか4つかに分かれて、ワンシーンが全部撮影終了するのに何週間もかかるんですよ。1週間も2週間もかかって最後のカットが終わる頃になると、どうやって自分が演出したのかも忘れちゃっていて。

梅本 でもね、演出している時って一応、現場行ってみると「はい、OK」っていうのがあるじゃないですか。どういう時に「OK」だと? 何となく思ったんですか?

井口 「OKじゃない」っていうのは分かるんですよ。それはたぶんみんなが分かるので、「OKじゃない時にOKって言っちゃいけない」という、ものすごいプレッシャーがあって。自分がスタッフの時にも、そういう瞬間が…

梅本 でも例えば、『地獄の警備員』の現場では、監督は何でもすぐOKじゃないですか、ほとんど「OK」って。早さがありますよね、黒沢清さんの場合は。でも井口さんみたいにずーっと長期間同じ作品に携わって、ひとつのカットがOKかOKじゃないのかが何となく分かって、「みんな、OKになるぞ」というのは、どういうことなんですかね?

井口 黒沢さんとかは、私もプロになって分かったんですけど、役者さんがある程度できると結構早いんですよね。私がやってた8ミリ版の時は、みんな素人だったんで—素人とプロの差って、たぶん波の大きさが違うというか、プロの人はいい時と悪い時の幅が割と安定しているんですけれど、素人の人はすごいムラがあるので、どこに合わせていいかが分からなくて、時間がかかっちゃう。悪い方ではOKを出さないとなると、すごい時間かかるんです。

梅本 それで苦労して撮り終わって、編集ですよね。それは?

井口 編集は、当時まだパソコンがなくて、ビデオでやる機械もあったんですけど、それが15万円かかるって言われて。貸してももらえない感じだったので、カメラマンの鈴木さんが—当時、不燃ゴミ、粗大ゴミは勝手に捨ててもいい時代だったので—粗大ゴミの所からジョグ・シャトルのあるビデオを2台拾ってきて、それをつないで(*3)。元・小川紳介さんのプロダクションのスタジオでやらせてもらっていたんですけれど、シブンノサン(*4)というプロ用の素材をダシにして、ビデオのスイッチ入れて、ピンポンで、こう…

梅本 すごくアルカイックな…

井口 そうですね。それがすごく大変で、ワンシーン繋ぐのに丸1日かかったりするんですよね。

梅本 ぼくなんか根性ないんで、すぐイヤになっちゃうんですけど。すごいですね。それ、ずーっと続けるわけでしょ。

井口 私も本当にやめたかったんですけれど、「やめたい」っていうと、「みんなをここまで巻き込んでおいて、どうやってお詫びするんだ」って、毎日怒られていて。「映画ができあがるということ以外に、みんなにお詫びする方法がないだろ」って言われて。

梅本 そりゃ、確かにそうですよね。

井口 って、あの人が言いました(会場にいる鈴木昭彦氏を指して)。鈴木さんに毎日言われて。でも本当に毎日泣いて「もう、やれない」とか言って。

梅本 完成するとどうしようと思ったんですか?

井口 もう、すごい長くやっていたので、完成した瞬間にみんな「ワーイ!」って感じじゃなくて。みんなというか、3人しかいなかったんですけど。「あれ?」「終わった?」「できたの?」って感じで。その時に、「ああ、映画って、できただけで終わりじゃないんだ」ってことが分かって。観せないといけないんだ、という次の山が見えて。

梅本 それまでで、観た人は3人ですものね。

井口 そうですよね。それで、どうしたらいいんだろう?って思って。私、自主映画上がりじゃないというか、周りに繋がりが全くなかったので、上映の仕方とかが全然分からなくて。たまたま、確か、できあがった翌日か翌々日がぴあっていう雑誌のPFFというフィルムフェスティバルの〆切で、間に合ったので出しちゃったんです。で、出してみたら入選して。入選したらとりあえず上映してくれるかな、と思って、そんな理由で出してみました。

梅本 嬉しかったですか? 入選すると。

井口 入選した時はどうだったんですかね…。

梅本 「ヤッター!」みたいな?

井口 どうでしたっけ…。なんか、全然、覚えてないんですけど…。

『犬猫』35ミリ版

梅本 その後『犬猫』の35ミリ版をお撮りになるんですけれど、その前に映画について考えるわけじゃないですか。具体的に編集したり。その時、映画についての本とかお読みになりました?

井口 やっている時は全然そんな余裕がなくて。8ミリ版の時は撮影中も編集中も、本当に「誰かに聞きたい」とか、「先生がいたらいいのに」とか思ったりしてたんですけど。終わった時に、ロケセットのお家の人が映画好きの方で、『ヒッチコック/トリュフォー』っていう…

梅本 『映画術』(*5)ですね。

井口 そうです。あの本がドーンって置いてあって。こんなにでっかい本なんですけど。全部終わった後にそれを借りて読んだら、「ああ、私が質問したいことを、全部トリュフォーヒッチコックに質問している」と思って。「なんではじめに読まなかったんだろう?」って思って、「ああ〜」って、なりましたよ。

梅本 学校で『ヒッチコック/トリュフォー』といえば、教科書に使ってますよ。ヨーロッパ、アメリカでは、映画学科の1年生は『ヒッチコック/トリュフォー』=(イコール)教科書というのが半分くらいじゃないですかね。国定教科書でもあります。

井口 そうなんですか。あれはトリュフォーが「こういう時はどうするんだろう?」って思っているのを、(映画を)やっている人がやっている人に聞いているので、本当に「私も聞きたかったんだよ〜」っていうのが、書いてありました。

梅本 具体的に『犬猫』8ミリ版上映で、最初にご覧になった方の反応はどうでした?

井口 どうですかね。結構、みんな寝たりとかして静かでした。

梅本 どういう選評がありました?

井口 一番はじめに自分たちで試写した時には、『ウォーターボーイズ』の矢口史靖さんが観に来たんですけど—矢口さんは『犬猫』にちょっと出演してるので—「お客を選別する映画だよね」と言われて。「好きな人とそうじゃない人と、きっぱり分かれるんじゃないか」みたいな。

梅本 その後、また同じことをなさるわけですよね。「もう『犬猫』はやったから、『花と蝶』にしよう!」とか、そういうふうに思わなかったですか?

井口 そうですね—まあ、本当に長くやってたし、「ものすごくうまくやった」というふうには思ってなくて。どちらかというと、ぎりぎり—偶然というか…だましだましできあがった、だましだまし繋がった、みたいな感じがあったので、もう1回やるのは私も怖いような気もしたし、スタッフも全員「やめた方がいい」って。何となくいい評判になっているのに、もう1回やるのはちょっとチャレンジャーなんじゃないの?という感じだったんですけど。その時、『ヒッチコック/トリュフォー』の翻訳をされた山田宏一さんから、「マキノ雅弘監督の映画の特集をやってるから、観に行きませんか?」と言われて。私は観たことがなかったので、「あ、行きます」って、新文芸坐という池袋の劇場に毎日観に行ったんです。そうしたら、マキノ雅弘監督はセルフ・リメイクをいっぱいされているんですよね。同じ話なんだけど、役者が違うだけで全然違う映画になっているのを見て、「こうすればいいんだ!」って思って。「じゃあ、やればいいや」と思って。

梅本 もちろん優秀な素晴らしい映画監督っていうのは、セルフ・リメイクしているけれども—小津安二郎だって『浮草』、『浮草物語』—いっぱいいるんですけれど。ただ今度は、俳優さんが全く違うわけじゃないですか。そういうのは大丈夫だったんですか? だって、それまで2年間苦汁を共に舐めた方々と別れ、今度プロの方々と仕事するわけじゃないですか。そういうのって心情的には、「いいぞ、これでプロだ!」っていう感じがした?

井口 いやいや、「プロだ!」っていうか、「全く違う映画を作るつもりでやればいいんだな」って感じにだんだんなっていって。同じにはできない、ってこともやっぱりあるので。8ミリでは時間があったからできた、みたいな、すごい贅沢にやっているので、1年半も撮影して。なので3週の撮影でできることというのは逆算して考えて、粘れないと思うところは脚本変えているんです、ちょっとずつ。やれるところはやって、やれないところは変えて。

梅本 あのキャスティングはご自分でなさったんですか?

井口 榎本加奈子ちゃんは決まっていて、彼女は休んでいたので復帰作みたいな形で企画が進んでいて。藤田陽子は選ばせてもらって。西島秀俊さんとか忍成修吾君とかは私が選びました。

梅本 それはどういうところで選んだのですか? だってその後、西島君は今や、日本映画を代表する—。

井口 でも当時もすでに、日本映画を代表する、っぽい感じでしたけど。

梅本 当時どんなのに出てましたっけ? 西島君って。

井口 『2/デュオ』とかにも出てたし。

梅本 あー、そうか、その後だよね。

井口 私が西島さんがいいと思ったのは、黒沢清監督の『ニンゲン合格』を観ていたので、西島さんがいいかなって思ったんですけど。

梅本 確かにいいですよね、彼。小池栄子さんは?

井口 小池栄子さんもなぜか決まっていて。

梅本 決まっていて、っていうのは…。最初に企画が降ってくるわけじゃなくて、ご自分のオリジナル・ストーリーじゃないですか。

井口 でも、なんか決まっていて。監督ってあんまりキャスティング権がないっていうか、プロデュース・サイドに何か思惑があったりとか他に引っ張る理由とかがあったりして、「この人はこれで」って来たりするんですよね…。

梅本 あの、事情はよく存じてますけど、それでもいいや、ってことなんですか?

井口 まあ、絶対に外せないっていう感じだったので。でもはじめ、加奈子ちゃんはスズ役だったんですけどヨーコ役に変えてもらったりとか、「栄子ちゃんをスズで」って言われたんですけど「それはちょっと、加奈子ちゃんと並ぶと大きさが違いすぎるじゃないですか」って言ってアベちゃんの役にさせてもらったりはしました。

梅本 あの映画、ロケハンすごくいいと思うんですけど、どうやって場所って選んだのですか? 前、『犬猫』撮ったからあの辺でいいや、っていうのがあったんですか?

井口 いや、やっぱり3ヶ月くらいかけて毎日ロケハンして。

梅本 どういうところが決め手になるんですか?

井口 これもやっぱり、行ってみて、何と言うか…グッド・バイブレーションなところで。『犬猫』の時に、「グッド・バイブレーションなところのロケ地じゃなければダメなんですよ」って私たちも言ってたんですけど、『人のセックスを笑うな』の時、木村威夫さんも言ってました、「格がいるんだよ」って。

梅本 でもね、こう、8ミリ映画を1本撮った方が、初めて35ミリで映画撮るじゃないですか。全然、もう、そういう映像じゃないですよね。どのショットをとっても、決定的に「映画」なんですよね。職業柄いっぱい学生の自主映画観るんですが—すぐ寝ちゃうんですけど—どうしてそういうの選べるのかなっていう感じがしたんですけれど。

井口 やっぱり、ロケハンをすごいする、っていう。

梅本 いっぱいするとできるんですか? それって、計算問題をいっぱい解いているとだんだん速くなる、というのと違うじゃないですか。

井口 うーん、なんかでも、ロケハンしているとみんなそれぞれが—何人か別々に行ったりとか一緒に行ったりとかするんですけれど、いいか悪いかの判断基準が揃ってくるんですよね。私だけじゃなくて、一緒に行った人たちも「ここはダメだよね」「ここはいいよね」って。その「いいよね」って言っている「何か」は、本当に、そこの場所の「いい感じ」っていうか…。だから「いい感じ」の場所を探すと、写しても「いい感じ」みたいな。

梅本 普通ね、そういうのって映画たくさん観ると「ここだよね」って分かるんですよね。それは、さっきのヒッチコックでもトリュフォーでも何でもいいんですけど、そうするとやっぱり、「これは絶対、坂道があってさ、向こう側に景色がこう見えてないと映画にならないぜ」っていうのは、たくさん観てると本能的に分かったりするんですけど、お話伺ってると井口さんの場合って要するに決して映画狂じゃなかったんですよね。

井口 そうですね、はい。

梅本 で、山田宏一さんとマキノ観に行っても、ロケハン上手になるのとは違うじゃないですか。繋ぎは上手になるかもしれないし、段取りが早くなるかもしれないですけど。だから何かその、こう、ぬけた感じの映像って何なんだろうな、っていうのはずっと『人のセックスを笑うな』を観てても思ったんですけど。

井口 もともと、二股の道が好きとか、坂道で、とか、空がぬけていて欲しいとか、好みとしてあって。

梅本 絵とか描いてらっしゃいました?

井口 いや、全然描いてないです。

梅本 写真とか撮るの好きでした?

井口 全然好きじゃないです。

梅本 こういう人、天才っていうんですよね、おそらく、本当に。

井口 いえいえ。

梅本 いや、ぼくなんか観る順が逆だったんで、35ミリを観てから8ミリを観てるので。そうすると「8ミリの頃からすごいんだな、この人は」って思いましたけど。ただ、何て言うのかな、このパンフレット(『イメージライブラリー・ニュース』2009年11月 第26号)にも書かせていただいたんですけど、事件がほとんど起こらないようなもんじゃないですか。ま、正直言ってぼくなんか50歳超していると、ああいう女の子の話には単に興味がないんですよ。でもずっと最後まで見入っちゃって、すごいな、っていう感じが強くなっていくんですよね。誰かが失恋して、みたいな話は、「もう俺って恋する年齢じゃないから関係ないよ」って思うんだけど、その間の映像が、「あ、映画だよね」っていうのが、観れば観るほど強くなるっていう感じですよね。

井口 まあ、ロケハンしている人がすごいっていうのもあるんですけど—あの人なんですけど(会場にいる鈴木昭彦氏を指して)。

『人のセックスを笑うな』

梅本 次は『人のセックスを笑うな』という映画なんですけれど、原作は山崎ナオコーラさん。これも井口さんが決めたわけじゃないですよね。

井口 そうですね。

梅本 やっぱり、OKなんですか?

井口 そうですね。

梅本 井口さんの映画を拝見してから小説読んだんですけど、正直申し上げて映画の方が天文学的にすばらしいものだと思います。

井口 いえいえ。まあ、ちょっと地味かな、と思ったんですけど。あれを読んで「これをやるのはどうなんだろう?」っていう話も実はあったんですけど、でも、タイトルがキャッチーな感じ、ちょっとショッキングなタイトルだったので。

梅本 内容とあんまり関係ないですけどね。

井口 そうですね。あとは、普遍的な恋愛映画を…ジャンル映画っていうのがあるじゃないですか、ギャング映画とか恋愛映画とか—『犬猫』は何のジャンルだろう?っていう感じなんですけど—そういうふうに恋愛映画というのを作ってみようと、チャレンジという感じで。

梅本 このキャスティングも永作博美さんと松山ケンイチっていう、これも上から降ってきたんですか?

井口 いえいえ。これはもう、取りに行くのが大変で。この時は一応みんなで、プロデューサーの人たちとも「どの人がいい」とか言って、当たってもらって、という感じですね。永作さんのやった役を決めるのが本当に大変で、もうちょっと年齢を上に設定していたんですけれど…

梅本 実年齢でいらっしゃるんですよね、ほとんど。

井口 そうですね。でももっと若いと思っていて、永作さん自体は。あと、今の30歳代後半くらいの方って全然おばさんじゃないので。原作を読むとものすごいおばさんになっているんですけれど、いないんですよね、そういう人が。なので、50歳くらいまでの女性の方たちを見てたんですけれど、映画の企画として厳しい、みたいな興業サイドの話とかがあって。

梅本 あと、永作さんの夫の役であがた森魚さんが出てましたが、あれも井口さんのキャスティング?

井口 そうですね。あがたさんは「あがたさんしかいない」という直感で決めました。

梅本 前からご存じだったんですか?

井口 いや、全然。有名な曲を1曲知っているくらいな感じ。

梅本 へえ。ただ、映画も撮ってらっしゃるし。

井口 そうですね。でも観たこともなくて。

梅本 ぼくの歳から見ると、あの役やりたかったな。

井口 え〜〜!? 本当ですか?

梅本 本当。お願いしますね、またいつか。

井口 はい、分かりました。

梅本 で、最初あれ観た時に、開幕のワンカットからすごいなーって思ったんですけれど。空がぬけてて線路があって、向こうから電車が走って来ますよね。話に全然関係ないですよね。どうして最初—最初っていうか、最初は車(のシーン)なんですけれど、どうしてあれが要るんですか?

井口 あのですね、これは本当に—何て言うんですかね、脚本の打ち合わせをしている時に、みんなで輪になってやってるんですけれど、なかなか進まなくて。たまたまうちの近所の路上で、たぶん自宅で撮ったビデオを100円で売ってる人がいて。

梅本 そんな人っているんですか?

井口 すごい昔の映画をいっぱい。で、『キッスで殺せ』っていう映画があって。

梅本 “Kiss Me Deadly”、ロバート・アルドリッチですね。

井口 全然知らないでまとめてバッと買って、その打ち合わせの現場に持って行って「このなの売ってた」って見せたら、「『キッスで殺せ』はいいんですよ〜」ってプロデューサーが興奮しているので、観ちゃったんですよ。そうしたら、女の人が暗闇の中で車をぱっと止めるじゃないですか。「かっこいい〜!」とか言って、それで「やろう」ということになって。

梅本 全然知りませんでしたね、それ。言われてみると…。『キッスで殺せ』は今ちゃんとレンタルになっているんですけれど、完全版というのが出てますよね。最後、原爆の話なんですけど。

井口 びっくりしますよね。

梅本 じゃあ、アクション映画なんですね、『人のセックスを笑うな』は。

井口 そこだけそうですね。でも脚本家の方が、もともとは記録をやっていた本調有香さんていう人なんですけれど、本調さんは神代辰巳監督っていうすばらしい監督に付いていた方なので、「これ、やろう。トンネルの前で」と言ったら、「ええ〜、それって『赫い髪の女』(*6)じゃん」って。私、観てなくて。「やだ〜」とか言われて。

梅本 でも、さっきも話しましたけど、普通、映画を観てそういうの思うんですけれど、何にも観ずにできるっていうのが…

井口 あ、一応『キッスで殺せ』は観たんですけど。

梅本 それ偶然でしょ、だって。ぼくなんかそれを宿題に出しますからね。

井口 あ、そうですか。

梅本 あれ、桐生市?

井口 そうですね、桐生。

梅本 やっぱり、「桐生、いいな」って感じだったんですか?

井口 桐生だけじゃなくて、あの辺、いろんな所で撮ってるんですけれど。駅が桐生なんですけれど、他は群馬の…

梅本 単線の列車が走っている所っていうのも、やっぱり探したんですか?

井口 探しましたね。

梅本 やっぱり複線じゃいけない?

井口 そうですね。単線ですごい短い電車がいい、って言って。

梅本 2両編成? 1両?

井口 2両ですね。それを関東の地図で、千葉の方とか、今ネットで探せるので探してもらって見に行ってもらって。あと、駅舎もよくなきゃダメだから、みたいな。

梅本 後半で蒼井優ちゃんのセリフで「こんな所で美術の勉強しててもしょうがない」みたいなのがありますけど、本当にそんなような場所ですよね。ムサビとは違いますよね。でも、あの場所って別に原作にあったわけじゃないじゃないですか。

井口 原作は東京の話ですね。場所は限定してないんですけど、映画の中では東京から電車で2時間くらいのイメージで考えていて。鈍行で2時間、通おうとすると遠くて、そこにいるのは都落ち的な感じで。ちょっと遠くには東京があって、その焦燥感、みたいな…。

梅本 でも、時々永作さん東京に行ったりしてますよね。

井口 そうですね。そういう感じがいいんじゃないかな、と思って。

梅本 それから、ロケと一緒に、すごいなっていつも思うのは、働いているところを撮る、っていうのはどうしてですか? 例えば『犬猫』にしても、コンビニで働いているところをしっかり撮るじゃないですか。話に関係ないですよね、あんまり。それから『人のセックスを笑うな』の方は、最初永作さんがリトグラフを一所懸命、ギューッて作っていくところを、本当に丁寧に見せてくれますよね。でもあれ、一人でやらなくても二人で見せれば、「おー、愛が始まるのはここか」って分かるのに、ちゃんと見せるのはどうしてですか?

井口 まず、例えば永作さんの場合だと、彼女ができる、というのがあったんです。本筋というかストーリーとは関係なかったとしても、役者がその時に得意でできるものとか、やれることがあるならちょっと多めにやりたい、というのがあって。味が出るというか—何て言うんですかね…その人が本当に生きている人みたいにいて欲しいので。ストーリーのためだけに役者が動いていると窮屈な気持ちになるので、それ以外—現場ではだいたい、もう脚本上で話は通っているので、現場ではそれ以外のことばかり見ている、って感じなんですよ。

梅本 これ、一応日本映画じゃないですか。日本映画って人が仕事しているところってほとんどないんですよ。テレビドラマって考えてみると、朝仕事に行って、突然夕方5時以降になって、どこかのバーとかでみんな集まったりしてるじゃないですか。仕事している時が一番気合い入っているはずなのに、そういうところって全く出てこない。同時に、自分の仕事について語るシーンってないんですよ。すごく不思議だなってずっと考えてたら、井口さんの映画でちゃんと—ああ、本当にこの人はこうやって美術に参画しているのだ。で、細心の注意を払って、こう、「(リトグラフの紙が)置くとこ少しズレたな」って—あるじゃないですか。あそこでぼく思わず、ほろりと涙ぐんでしまいましたね。

井口 世界でも有名な先生に技術を教えてもらって、すぐ横で永作さんがやってるのを見てもらって。永作さん、本当に忠実に動きを再現してるので。あと、木村威夫さんが「こういうのこそ、ちゃんと押えなきゃダメなんだよ」っておっしゃって。私もやるつもりだったんですけど、やっぱりそういう手順っていうか—原作は油絵なんですけれど、リトにしているっていうのは、やっぱり動きがあるじゃないですか、動作があるのでリトグラフにしてもらったっていう。

梅本 だってそれを見て、マツケンは「おお、いいね」って感じになるわけですよね。アフターファイブに遊んでいる時にかわいいなって思うわけじゃなくて、一番気合い入っている時間が素敵だなって思うわけじゃないですか。説得力があるんですよね。それともうひとつ、さっき話してましたけど、あがた森魚さんのお仕事もちゃんと分かるように撮ってますよね。

井口 遠くの方でですけどね、カメラの…。そうですね、一応、どういうバックグラウンドの人かプロフィールを作って用意してもらって。あの二人はアングラ演劇で知り合った、とか。

梅本 そうだったんですか!?

井口 勝手に作っていて。で、田舎のちょっとお金のあるお家の人なので、趣味みたいな感じの、カメラを修理するような仕事で生計を立てている、っていう。

梅本 いやー、まあ正直言って、あれで生計立つもんかな、っていうのは観ながら思いましたけど。でも、ああいう所で美術を学ぶ学生さんって本当にいるんでしょうか?

井口 学校がなかったですけどね。だから、いないかもしれないですけど。

梅本 いや、だから逆に、蒼井優ちゃんはペンキ屋さんに—お父さんの仕事を継ぐんですか? それ、すごい説得力がある感じがしましたけれどね。もうひとつ、あの映画、本当に俳優さんの演技っていうのが、もちろん『犬猫』でも生きていたけれど、数段、演出するのが上手くなったなって気がしたんですけれど、何かコツってあるんですか?

井口 いやいや、何にもしてないんですけれど。

梅本 何にもしてないって…。「ハイ」って言って、それで終わりですか? 「ハイ、用意スタート」って。

井口 一応、(撮影に)入る前に「セリフが書いてある部分が終わっても、カットがかからなければやり続けてください」って、役者さん全員に言っていて。あとは「イレギュラーなことがあった場合に、自分の役柄として反応してください」って言ってたんですよ。それだけです。

梅本 だから普通ね、演劇の俳優さんだとエチュードっていうのがあって、そういうレッスンをやたら積むわけですけれど、映画とかテレビ出ていると本当にコマ切れのショットが続くんで、そういうレッスンを積んでないんですよね。でも、見事に応えてくれるものなんですか?

井口 そうですね。今のところ、私が一緒にやった役者さんはすごい応えてくれているっていう感じです。

梅本 じゃあ、いつ頃「カット」を言うんですか?

井口 芝居の掛け合いだったりするんで、その掛け合いがテンション落ちる感じっていうのが分かるので—あるいはもたない、その二人がショットとしてもってないなと思ったら、もう、すぐ切っちゃうつもりで。そうしたらカットを変えて、と思うんですけど…。『人のセックスを笑うな』の場合、本当に意図的にワンカットを長くしたわけではなくて、どんどんよくなっちゃう。普通だと落ちると思うところから、ちょっと落ちたと思ったらまた上がっちゃう、みたいな。特に永作さんと松山さんの二人のところ、いちゃいちゃしているところとか特にそうなんですけど、本当に「どこでカットかけたらいいんだろう?」って思いながらずーっと見てた、って感じですね。

梅本 いいなー、って思って見てた?

井口 そうですね。この人たち、どこまでいくんだろう?って。

梅本 他人事ですね。

井口 はい。でも本当に、落ちたら終わろう、と思ってるんですけど。

梅本 一応「カット」と言ってOKになるとすると、それで次に移ります? それとも、「もう1回やってみよう」となります?

井口 『人のセックスを笑うな』はほとんど、ワンカットOKみたいな感じなんですけど、一応、「違うタイミング」とか「ちょっと違うふうに」みたいな感じで。それでも3テイクくらいしかやってないです。

梅本 早撮りですね。トータルで撮影期間どれくらいだったんですか?

井口 4週です。

梅本 早いですね。

井口 早いですか?

梅本 早いです。それはもちろん、日本映画って予算がとってもキツいんですけど、ヨーロッパ映画の現場とか行ってみると、「4週間なんて(作品にしたら)20分くらいだね」っていう人が多いし。4週間で撮り切っちゃうっていうのは…例えばさっき黒沢清さんのお話しましたけれど、あの人も早いので、信じられないっていうふうにみんな言いますね。やっぱり、撮影期間は長い方がいいですか? 短くても大丈夫ですか?

井口 いや、1年半の時はキツかったんで。

梅本 真ん中へんがないですね。2ヶ月とか、そういうのがないんですね。

好きな映画

梅本 今ずっとお話を伺ってきたんですけど、現場をやりながら、例えばそこで神代辰巳の名前を覚えたり、ロバート・アルドリッチの名前を覚えたりするわけじゃないですか。でも、最近すごくたくさん映画を観てらっしゃいますよね。

井口 やっぱり映画を観てないっていうのは痛恨のできごとで、(観客に向かって)あの、観た方がいいですよ、本当に。やっぱり、やる前に観た方がいいと思って。1本映画を撮った後、いい映画って何かが分からなくて。何だろう…何かあるけど定義できなくて、自分では。でも、映画史のはじめから観ればいいかなって思ったんですよ。そうしたら、ものすごい膨大に映画があるってことが分かって。

梅本 「あそこに井口さんいたよ」ってよく学生から聞くんですけど。東京でもいっぱい映画やってるじゃないですか。今日はこれを観なきゃいけないよ、という時に必ずいらっしゃるんですよね。

井口 見られてるんですかね、私。相当、間抜けな顔して観てますけど。

梅本 構わないじゃないですか。いや、何を言いたいかと言いますと、いっぱいある映画の中で、「この映画を観よう」って思うきっかけというのはどこにあるんですか?

井口 そうですね…、まあ、サイレントだったら、もう絶対行っちゃう、っていう感じなんですね。

梅本 音がないのがいい?

井口 『ヒッチコック/トリュフォー』でも、トリュフォーに向かってヒッチコックが「映画を勉強したければ、サイレント映画を撮りなさい」って言ってると思うんですけど、それを読んだ時はちょっと意味が分からなかったんですけど、サイレント映画を観ると、映画の頭から終わりまでを組み立てていく感じがものすごい分かるんですよ。あと、映画に威力がある、というか…。

梅本 それは、言葉がないし、他のサポートがないんですよね。

井口 そうですね。それでものすごい—ものすごい興奮して観るという感じですね。

梅本 ただね、サイレント映画って町の映画館じゃやってないじゃないですか。映画館で井口さんを発見したぞ、って学生から注進がくる時って、トーキーですけど、だいたい。それは?

井口 トーキーは、まず、チラシを集めてきて…。

梅本 それって、ただの町の人じゃないですか。

井口 でも、本当にいっぺんに観れないな、っていう時があるので。重なってたりするので。

梅本 だからそんな時、どんなふうに選ぶか聞いてるんですけど。

井口 どうやってるんですかね…。次に観れるチャンスがあるかも、というのを、後回しにするって感じ。これ、今観ないと、観れなかったらどうしよう、って思うので。

梅本 やっぱり観られないと困るんですか?

井口 困ります。…困りますよね?

梅本 ぼくに確かめられても…。どうして困るんですか?

井口 いや、気になっちゃうし。よかったらどうしよう、と思って。

梅本 だって、1本観に行くと他のものは観に行けないわけじゃないですか、同じ時間にやってると。他のものの方がいいかもしれないじゃないですか。

井口 う〜ん、まあ、そういうこともありますよね。「あちゃ〜」みたいな。そういうこともあるんですけど、とりあえず時間があれば、というか、体力とか余裕があれば、そういう「あちゃ〜」というのも全部観たらいいんじゃないかな、と思って。

梅本 そんなこと言ってたら生きてる時間が足りないので、何となく選ばなきゃいけないわけですよね。

井口 そうですよね。どうやって選んでます?

梅本 ぼくの学生にはちゃんと「これを観に行きなさい」っていうふうに、先生なので指導しているわけですよ。最初からぼくが選んでいるわけですね、「今週はこれを観に行きなさい」。そうすると、井口さんがいるわけですよ。不思議ですよね。

井口 そうですか? まあ、あと、映画好きの友達に聞くとか。

梅本 学生諸君だってそうだと思いますよ。「映画、何観に行くの?」「俺、アレだよ」って。

井口 あと、山田宏一さんに「これ観たらいいよ」とか言われて。

梅本 あ、それは—“天の声”ですね。でも山田さんだって、古い映画は全部観てらっしゃるから「神代だったら、コレですよ」って言うかもしれないけど、新しい映画は…?

井口 すごくたくさんご覧になっていると思います。思いがけないものがよかった、っておっしゃるので。山田さんがどうやって時間を作ってそんなに観ているのか、分からないくらい観てるんです。

梅本 じゃあ、山田さんが「行け」というのは、行くと。—まあ、押さえておきますよね。

井口 一緒に行きましょう、みたいになったりもするので。

梅本 山田さんと一緒に行かない映画も行くじゃないですか。その時はどうしてるんですか?

井口 ええ〜…、どうしてるんですかね。…映画好きの友達に…。

梅本 さっきと同じですね。それだと学生と同じだ、という…。

井口 そうですよね。

梅本 そうすると、当たります? だいたい。

井口 うーん、どうですかね。

梅本 ハズレっていう時ってあります? やっぱり。

井口 ハズれている時も、まあ。

梅本 ここだけの話、最近「これ、観に来なきゃよかった」っていうのはどんなのでした? 私の時間を返してくれ、みたいな。

井口 最近は割とすごいおもしろい映画ばかり観てるので、おもしろくないのはすっかり忘れてしまってるかもしれません。

梅本 では、さっき始まる前にお願いしておいたんですけど、とりあえず最初、外国映画で好きな5本っていうのを、今思いついたところで。1位とか5位とかつけなくていいですから。明日はもう違うのは分かってますから、今この段階で。井口監督が薦める外国映画5本。次に日本映画行きますから。

井口 はい、分かりました。1番はじめに映画のはじめの方から観たらいいと思って、思った時にフィルムセンターでグリフィスの特集を正月明けにやっていて、ピアノ付きで。それで観た、『曲馬団のサリー』。

梅本 他のグリフィスと比べて『曲馬団のサリー』がいい理由も教えてください。普通だったら『國民の創生』とか『イントレランス』、あるいは『散り行く花』ですよ。

井口 ああ、『散り行く花』…。

梅本 まあ、『曲馬団のサリー』大好きなんですけど、どうして『曲馬団のサリー』?

井口 すごい愉快な映画だという印象があるのと、犬がトコトコトコ…と来て、ものすごい絶妙なタイミングでオシッコ引っかけたり、とか。それと、その後すぐにチャップリンの『サーカス』を観て、そのセットがすごい好きで。どうやって撮影しているんだろう?って思うくらい、奇跡が起きてるみたいに見えるんです。

梅本 犬の中に人間が入っているわけじゃないですからね。

井口 チャップリンも観るたびに、牛に追いかけられたりとか、どうしてるんだろう?って。

梅本 キートンはどうですか?

井口 キートンも好きです。

梅本 ぼく、息子がいるんですけど、小学校で夏休みのワークショップで映画講師をさせられて、キートンの映画を観せたら子どもがみんな「これ、CGでしょ?」って。

井口 そう思いますよね。

梅本 「本当にやってるんだよ!」って言っても、「できるわけないじゃん!」ってみんな言ってますね。

井口 家が倒れてきたりとか、すごいですよね。

梅本 本当に倒してるんですよね。—では、今2本挙がったので、あと3本。全部サイレントというのも何なんで、音が出るのも…。

井口 そうですね。これはまた最近って言うと、ちょっとあれなんですけど、ジョン・フォードにはまってしまい…。

梅本 なぜに? ジョン・フォードって、若い方はご存じないかもしれませんけど…

井口 もう、すごいですよね。

梅本 200本以上撮っている、西部劇中心だと言われている映画監督ですよね。

井口 あ、そうなんですか?

梅本 一応、世の中ではそう言われているんですよ。

井口 でも私が好きなのは、『周遊する蒸気船』っていう映画。

梅本 “Steamboat Round the Bend”ですね。

井口 それを、去年…今年かな、初めて観て。

梅本 1935年の映画ですね。

井口 一緒に行ってた友達の膝をばかばか叩きながら笑って。すごいですよね。

梅本 どうして突然ジョン・フォードを観に行こうと思ったんですか? 山田さんの“天の声”ですか?

井口 違います、違います。次の次の企画で、ギャング映画を—ヤクザ映画みたいな男の映画の企画があって。

梅本 でもそれだと、ジョン・フォードより深作欣二とか。それとジョン・フォードは全然、結び付かないですけど。

井口 ジョン・フォードの西部劇を観ようと思って、今、DVDですごく安く売ってるので水野晴郎シリーズみたいなのをまとめて買ってきて、そうしたら、すごいはまってしまって。

梅本 でも西部劇を最初に観たんでしょ。それなら、『周遊する蒸気船』を選ぶのはなぜなんでしょう?

井口 いや、あれはもう、非の打ちどころのないおもしろさ、というか。まず女の子もかわいいし。競争したり、助けなきゃいけない、とかいうのもあるからサスペンスフルだし、モーゼも探さなきゃいけないし。モーゼの捕まえ方もすごい好きなんですけど。

梅本 西部劇はどうだったんですか? 最初にご覧になって。

井口 西部劇は『三人の名付親』とか。

梅本 それはサイレントじゃない方の、セルフ・リメイクのトーキー版ね。

井口 ジョン・フォードさんのご都合主義な感じというか、みんな死んでるのに、最後ハッピーエンド風で終わっていたりするところが、なんかこう理屈で映画を作っていない感じっていうのが、ものすごいなと思って。

梅本 昔、ぼくらの先生の蓮實重彦っていう人が、(西部劇では)だいたいインディアンと騎兵隊との戦いがあるんですけど、「誰も馬を撃たないのはどうしてなんでしょう?」とおっしゃってましたけどね。馬を撃てば当たりやすいじゃないですか。みんな上にいる奴を狙うのは、分からないぞ! いや、これは映画だからです、っていう話がありましたけどね。—で、ジョン・フォードで3本。あと2本、外国映画で。

井口 あと、BSで『ハタリ!』という映画をやってて、それが初めて観たハワード・ホークスだったんです。私、その前までに観たことがなくて。

梅本 動物、好きですね。

井口 はい、大好きです。映画好きの人たちに「ハワード・ホークス観たことないんだ」って言ったら、前にいた二人が「えっ!」って止まって。「あなた、人生に楽しみがまだ残っててよかったね」って、すごい言われて。

梅本 あの、ほとんど観たことない方が多いと思うので、ご紹介しますと…

井口 そうですね、絶対、観た方がいいです。

梅本 ハワード・ホークスというのは何でも撮る監督で、1970年代に死んじゃったんですけれど、今おっしゃった『ハタリ!』という映画は、ジョン・ウェイン率いる、アフリカで動物を獲って動物園に売る仕事をしている一団の人たちがアフリカに住んでいて、「今日はサイ、明日はキリン」みたいにサバンナに動物を狩りに行くんですよ。それでキャンプみたいな所に帰ってきて、みんなで飲めや歌えや大騒ぎ、というのが毎晩続く。それだけの話で2時間40分くらいなんですよね。ぼく、小学校3年生の時に学校で観に行きました。普通の映画始まる前に、小学校で映画館を借り切って観たのが『ハタリ!』。

井口 いいですね。

梅本 次の日からみんな、「お前、サイ」「お前、キリン」と『ハタリ!』ごっこをやってましたね。

井口 あれ、イタリア人のカメラマンの女の子が来て…

梅本 エルザ・マルティネッリ、パンツ一丁で走ってくる—。

井口 はい、かわいいですよね。マンガみたいですよね。

梅本 小学校3年生の時、「いいよね、お母さんよりきれいだよね!」って言ってましたけどね。これ、DVDになってるのかな?

井口 『ハタリ!』は本当に大好きで、『モンキー・ビジネス』も大好きなんですけど。マリリン・モンローが出てるやつ、何でしたっけ? …あ、『紳士は金髪がお好き』も好きです。

梅本 一応、ぼくホークスの本の翻訳をしているので(*7)。

井口 あ、そうですよね!

梅本 いやー、ホークスいいですよ。ぜひ『ハタリ!』ご覧になってください。ぼくも16回くらい観てますね。

井口 象が追いかけていくじゃないですか。あれがもう、象の後ろ姿で泣けるんですよね、もう。子象がダダダダダッて走っていくのが。

梅本 時々、夜、ぼくも悲しい時に、あれヘンリー・マンシーニの音楽なんですけど、子象のテーマを聴いたりしてるんですけどね。いい気持ちになって、「仕事するぞ!」みたいな気持ちになりますね。

井口 いいですね。—で、あと2本?

梅本 あと2本、言ってください。本当は1本なんですけど。今、思いついたところでいいので。

井口 じゃあ、そうですね…。これ、ユーロスペースという所で1月に公開されるんですけど、昨日、ジャック・ロジエという監督の『メーヌ・オセアン』っていう映画を観て。で、その前に『アデュー・フィリピーヌ』という映画を—幻の映画だっていう…

梅本 幻の映画だ、っていうふうに言われているんですけど、ぼくフランスに住んでいたんで、ほぼいつも観られる映画なんですよ。

井口 えっ、そうなんですか? 私、『アデュー・フィリピーヌ』を初めて観た時もものすごく驚いたんですけど、『人のセックスを笑うな』でロバが出ているのは、『アデュー・フィリピーヌ』でロバが出ているからで。

梅本 ああ、ロバ、山を登るんですよね。

井口 そうなんです。ヴァカンスの映画なんですけど。昨日は『メーヌ・オセアン』を観て、こんなに野蛮で愉快でチャーミングな映画が、—84年の映画だと思うんですけど(*8)、今あるかと思うと、ちょっと元気が出る。

梅本 元気が出ますね、ジャック・ロジエは。

井口 おじさんたちの映画ですね。

梅本 そうですね。『アデュー・フィリピーヌ』の人たちがそのまま歳を取ってこうなるぞ、という感じの映画なんですけど。『アデュー・フィリピーヌ』はちなみにDVD発売されてますね。『アデュー・フィリピーヌ』で、コルシカ島にみんな行くんですけど、コルシカ島って道がすごく狭くて、途中、こう、ゴロゴロゴロゴロしてるんですよ。で、その車には女の子二人と男の子一人が乗ってるんですけど、女の子と男の子は、水か何かを取りに行くのかな、いなくなっちゃって。で、女の子一人が取り残されると、突然崖を上ってイタリア人が出てくるところって、覚えてらっしゃいます? そうすると突然、音がサイレントになって、音楽がワァーッと鳴って、その女の子とダンスするところがあって。で、夕陽が沈んでいくんですけれど、あそこが大好きで。ぼくはあそこの崖の下のヨット・スクールで3週間くらいヨットに乗ったので、懐かしくて、もう。まるで自分の青春のようですね。

井口 ええーっ、ヨット・スクールで?

梅本 ええ、そうです。コルシカ島の道も自分で運転したことがあって。というか、『アデュー・フィリピーヌ』を観たから、コルシカ島のヨット・スクールに行ったんです。

井口 そうですか。でも、人をヴァカンスに誘うような感じの映画ですよね。

梅本 そうですよね。だから最後、ミシェルという男の子はアルジェリア戦争に行っちゃうんで、女の子と三角関係なんですけど、夜の車の中で「どっちが好きなの?」って言うと、「人生にはもっと大切なことがあるだろう」って言う…。もう、あそこに来る前に泣いてしまいますね、観てると。—『メーヌ・オセアン』、いいですね、それも。

井口 あとですね、今度、東京日仏学院でやるんですかね、11月の終わりくらいからやると思うんですけど、東京フィルメックスという映画祭で観た『モラン神父』っていう…

梅本 ああ、ジャン=ピエール・メルヴィル

井口 はい、ものすごくよかったですね。サイレントじゃないですよね?

梅本 トーキーなんですけど、ほとんど音の記憶ってないですよね、メルヴィルは。

井口 そうですよね。セリフがあんまりないですよね。

梅本 『海の沈黙』って映画だけ例外的にものすごくセリフが多いですけど。ナレーション付いてるし。他は、メルヴィルだと『仁義』ってご覧になりました?

井口 いや、観てないです。

梅本 もうすぐやるんで、ぜひご覧になっていただくといいです。イヴ・モンタンがリタイアしたギャングなんですよ。そいつがもう1回、アラン・ドロンの誘いに乗って宝石泥棒をする、という。

井口 ギャングがいいですよね。『ギャング』っていう映画もありましたよね。

梅本 あります。それから『いぬ』っていうのもありますね。ほとんどセリフないですね。

井口 それがすごいカッコイイのと、あと、映写で観たからなんですけど、ビデオで観ると見えないんじゃないかというくらい暗いんですよね。あれもすごい大胆だなって思って。

梅本 まあ、メルヴィルさんは自分の家にスタジオを持っていて、自分の家で全部いろんなことをやっていた人なので。アルカイックな工夫を1本1本している人ですね。

井口 ものすごいカッコイイなって。

梅本 カッコイイですよね。『勝手にしやがれ』に出ているのはご存じですよね?

井口 あ…。

梅本 『勝手にしやがれ』というゴダールの映画で…

井口 あ、眼鏡かけてる人ですよね。

梅本 ええ、グラサンかけている人ですね。ジーン・セバーグが取材しに行くシーンですね。—さて、今5本挙がりましたけど、これはみんな観られる映画ですので、ぜひ観てください。で、次は日本映画。

井口 日本映画はですね、清水宏という監督の—今度12月から池袋の新文芸坐で清水宏特集が行われるんですが—特に一番好きなのが『暁の合唱』っていう…

梅本 いいですね。

井口 『暁の合唱』って、ものすごく“今の映画”だと思うんですけど。

梅本 清水宏って昔の人なんだけど、どれも“今のフィルム”ですよね。なんでそういうことを言うかというと、昔清水宏が撮ったもの(*9)をリメイクした『山のあなた』(*10)というのに草彅剛君が出ているんだけど、ああいうのじゃなくて、サラリーマンものだったり、都市の生活っていうのが今っぽく出ている映画がものすごく多いので、大好きですね。

井口 『暁の合唱』はどこでやっていても必ず観に行くので。松竹がフィルムを持ってなくて、16ミリをコレクターの人が持っているらしいので、DVDにならないだろうなと思って。女性が自立するっていうか、まあ、職業安定の映画ですよね、あれは。

梅本 『港の日本娘』はご覧になりました?

井口 いえ、観てないです。

梅本 1933年の清水宏の映画なんですけれど、女性がもう自立してるんですよ。旦那が死ぬのかな? 一人で息子背負って働くぜ、という。当時の横浜がすごくきれいに出てましたね。

井口 『恋も忘れて』というのも観たんですけど、それもそういう話ですよね。

梅本 では、2本目にいきましょうか。

井口 2本目はですね…。何観たかな…。

梅本 今、思いついたやつでいいので。

井口 私が一番はじめに観た成瀬巳喜男の『驟雨』ですね。

梅本 これもなんか、小市民っぽい…。主演は誰でしたっけ?

井口 原節子と…

梅本 佐野周二ですね。佐野周二が家でごろごろしてるんですよね。隣の奥さんがとてもきれいで、朝、体操とかしてましたよね。でも何で? 成瀬巳喜男っていう監督は日本の四大監督の一人ですけど…

井口 『浮雲』ではないんですよね。『浮雲』はあんまり好きじゃない。

梅本 話が暗い?

井口 はい。だから『驟雨』を観た時に、こんなに全カットが気持ちがいいような…—音楽がすごい好きなんですけど、ギター・ポップみたいだと思って。こんな昔にあるんだ、と思って。

梅本 私鉄沿線ですよね、あれ。

井口 そうですね。

梅本 どこか買い物に行って、偶然隣の奥さんに会ったりとかしてましたよね。話してるとだんだん思い出してきますね。

井口 “理解なき和解”って感じで、驟雨が…

梅本 そうですね。今観ると、きっと人生ってこんなものだろうな、って思うんだろうと思いますけど。—さて…

井口 あと2本。あとは、マキノ雅弘監督の『次郎長三国志』シリーズですね。『次郎長三国志』を観て森繁久彌さんが大好きになって。本当に好きです。

梅本 この間亡くなった時に、ぼく一人で深夜3時頃にDVDを3本立てで…。でも『次郎長三国志』は観なかったですね。

井口 そうですか。かわいいですよ。

梅本 一応、その時観たのは『夫婦善哉』。ああ、「頼りにしてまっせ」って言える女性が欲しいな、って思いました。その次は『暖簾』。それと『社長』シリーズを1本観ました。まあ、マキノ雅弘の『次郎長三国志』はすごいですよね。

井口 すごいですよね。天才って感じですよね。

梅本 たまたまそれ、シネマヴェーラという映画館でフィルムで上映されたんですけれど、ぼく、義理のお父さんと観に行って、「生きててよかった!」って言ってましたから。

井口 本当ですか? よかったです。

梅本 だからやっぱり、こう、昔の映画だからいいんじゃなくて、ああいう映画ってもう作れない映画だな、って—彼方の映画だな、っていう印象でしたね。

井口 そうですね。

梅本 さて、ラスト・ワン。今まで、マキノ、成瀬、清水宏…もう1本なんでしたっけ? 3本だけでしたっけ? じゃあ、あと2本じゃないですか。

井口 じゃあ、溝口健二監督の『噂の女』。

梅本 『噂の女』ですか。それもまた渋い選択ですね。普通、『西鶴一代女』とか『雨月物語』とか言うと思うんですけど。なんで『噂の女』なんでしょうか?

井口 なんかやっぱり『西鶴一代女』とか『雨月物語』とかは…。特に『雨月物語』は、好きとは言えない、っていう感じなんですよね。でも、大きい画面で観たらものすごいところがいっぱい見えたんですけど、だけど、好きか嫌いかというと、すごい好きとは言えないというか、「すごい」という感じなんですけど。だけど『噂の女』とか『赤線地帯』は、「好き」という感じなんですよね。

梅本 まあ、近いものがありますよね。

井口 はい。女の人たちの話で、田中絹代がコケティッシュ、みたいな。

梅本 そうですね。普通、田中絹代が出ると映画は暗くなるんですけど、『噂の女』だけ、ちょっと、いいじゃん!って感じになりますよね。

井口 そうなんですよね。それはすごい好きです。

梅本 では、ラスト・ワン。古典ばっかりですね。新しい、同世代の方とか、そういう中では?

井口 同世代の方…。

梅本 いや、ちょっと若い方でも、ちょっとお年寄りの方でも。

井口 じゃあ、すっごい若い、「未来の巨匠」の、梅本さんの生徒さんの瀬田なつきさんという若い監督が、ユーロスペースでやってる「桃まつり」のために撮った短編の—女の子たちが、いろんな監督がやるんですけど—『あとのまつり』という…

梅本 19分の短編。あれ、いいですよね。

井口 あれ、すごいよかったです。

梅本 瀬田なつきに内緒でDVDもらってカンヌ映画祭に応募したんですけど、見事に落ちました。

井口 ええ〜っ、見る目がな〜い!

梅本 いや、単に資格がないんで。19分ってダメなんですよ。

井口 あ、そうなんですか。でもすごい、何て言うんですかね、軽やかな感じがする映画って難しいんですけど、瀬田さんの映画、本当に軽やかな…

梅本 それは、師匠の井口さんからいろいろ受け継いだのか、ロケハンがいいですね。

井口 師匠じゃないですよ! —ロケハン、あと、女の子もすごいかわいいし。

梅本 あの映画は本当、19分だから撮れた映画だと思いますけどね。

井口 なんか、「はじめまして」って言いたくなっちゃうみたいな…。

梅本 映画の中でみんな「はじめまして」って言うんですよね。1月23日に、井口さんご同席で、その瀬田さんの映画をやりますので。

井口 全作品上映です。

梅本 横浜の黄金町の映画館でやりますので(*11)。

次回作について

梅本 で、最後、もうそろそろ時間が近づいてきたんですけど、やっぱり次の作品のお話を伺わないといけないと思うんですよね。だって『人のセックスを笑うな』は一昨年ですよね、もうそろそろ次も…

井口 ずっと準備してるんですけど、ちょっと今年は、スコセッシにやられてしまった、みたいな。

梅本 え?

井口 スコセッシさんがですね、日本で映画を撮ろうとしていたらしくて、今年。それで役者さんがみんなそっちのオーディションに行っちゃって。

梅本 あ、そうなんですか?

井口 それで、たぶん相当みんな大変な目にあってると思います。

梅本 昔、ラジオで人生相談を聞いていたら、加東大介さんっていう往年の脇役が回答者だったんですけど…

井口 大好きです。

梅本 その時の相談が「ぼく、俳優になりたいんですけど、どうしたらいいんでしょう?」というのだったんです。加東さんは「やめておきなさい。俳優さんって、日本人だったら30人でいいんだよ。あなた31人目だから、要らないよ。やめておきなさい」っておっしゃってました。まだ覚えてるんですけど。だから、みんなで30人くらいしかいないから、取られちゃうんですよ。

井口 そうですね。みんな、空いてないという感じで。

梅本 ちなみにどういう映画か、差し障りのない程度に。

井口 えっとですね、ファンタジーみたいな感じになるんじゃないかと。すごい女にモテる男の話です。歩くと女の子がついていっちゃう、みたいな。

梅本 夢みたいですね。ぼく50数歳で、そんなこと1回もなかったです、今まで。

井口 そうですよね。

梅本 そうですよね、って…。

井口 いやいや、それはないですよ。あの、すごいおばあさんから、すごい子どもまで、っていう…

梅本 全員にもてちゃう?

井口 はい。でも実は、男の人が死んだ後からの、幽霊の映画なんです。

梅本 それは原作はあるんですか?

井口 はい。

梅本 それは言えない?

井口 言えないです。

梅本 では、その幽霊っぽい人が主演、っていう。決まったりしたんですか?

井口 それがやっと決まって。それで来年は撮れるかもしれない、みたいな。

梅本 で、それは、今はまだ言えない?

井口 そうですね。

梅本 それ、ギャング映画じゃないじゃないですか。

井口 もう1本準備していて、そっちが青春ヤクザ映画みたいな—全員死んじゃえ、みたいな感じのやつを作ろうと思って。振り返るとみんな死んじゃった、みたいな。

梅本 オリジナルですか、それは?

井口 それも一応、原作があるんですけど、たぶん全然違う話に今のところなりそうな…。

梅本 あの、さっき伺おうと思って忘れちゃったんですけど、オリジナル・シナリオってお書きにならないんですか? —まあ、『犬猫』はオリジナルですけど。

井口 あまり、原作があるからとかオリジナルだからとか、差がない感じなんですよね、自分でやっていて。だからオリジナルでやりましょう、ってなったら、オリジナルでやります。

梅本 ということは、「こういう映画撮りたいぞ」というのじゃなくて、いろいろ読んでいると「これ、いいなー」というふうに思われるタイプ?

井口 そうですね。すごい受け身だって言われます。

梅本 例えば『人のセックスを笑うな』は一応ベストセラー小説だったわけじゃないですか。そうすると製作的にはそこからトントンと進むかもしれないけれど、そういう小説ばっかり降ってくると嫌だ、とかって思いません?

井口 『人のセックスを笑うな』の場合は私が受けた時にはまだ本になっていない段階だったので、そんなにプレッシャーはないんですけど。実は次のやつはもうちょっと有名な売れている本なので、その本のファンもいるのかと思うとビビる感じもあるんですけど、考えないようにしてます。

梅本 要するに今の日本映画って、結構原作もの、今年は太宰治ばっかり、あとは売れた漫画が映画になるっていうのくらいしか可能性がなくて、映画を作ってらっしゃる方々から「こういうような映画に」っていうのが結構少ないと思うんですけど、あまりそういう状況には抵抗ないですか?

井口 私が一緒にやらせてもらっている原作者の方々がいい方たちなのかもしれないんですけど、原作と全く違っていい、っていう感じなので、ほとんどオリジナルと同じ作業をしているという感じ。登場人物の名前とか設定は一緒ですけど、中身は全然違う感じなので、原作に合わせて我慢しなきゃ、みたいなところがないのでストレスはかかってないのかもしれないです。

梅本 例えば今年だったら太宰撮らなきゃいけないぞ、みたいなことって、根岸吉太郎みたいな監督だと一応ちゃんとこなして答え出せるけど、そうじゃない人だって…。向いてないのに、これしかないのかよ、っていうぼくの友達もいたりするんですけど。そういうことは起こり得ないんですね、じゃあ?

井口 まあ、何がしたいかというのよりは、何がしたくないかというのがあって、それは絶対なんです。何がしたくない、という方が絶対なので。これはやれない、って言ったらそれはやれないし、これはやれる、という時にはやれる、という感じなので。

梅本 とりあえず来年、すばらしい新作を。

井口 はい、2本撮れるようにがんばります。

梅本 ぼくが知ってる方だと、みんな来年2本撮る、という人が多くて。

井口 ああ、やっぱり今年がね…。

梅本 うん、それが原因みたいですよ。青山真治も来年2本撮るって言ってましたよ。

井口 本当に役者が全然いなかったですよね、夏。

梅本 スコセッシ、いけないですね。

井口 いけないですね。

梅本 で、それって実現したんですか?

井口 しなかったんです。

梅本 ねえ、結局、そういうことですよね。


質疑応答

梅本 さて、せっかくですので井口監督に何か質問があれば…。

質問者1 先ほど、「イレギュラーなことがあってもやり続けてくれ」と役者さんに言っている、とおっしゃっていましたが、『人のセックスを笑うな』の蒼井優さんと忍成君の最後のキスシーンでは、蒼井優さんが本当に照れているようでした。あれも(キスシーンがあることを)伝えていなかったんじゃないかなと思ったんですが、どうですか?

井口 一応脚本に、あそこでキスをするって書いてあったんですけど、蒼井さんが唇じゃないと思ってたんですよね、ほっぺだと思ってて。「えー、そんなわけないじゃん」とか言って、「えー」って嫌そうにしてたんですけど、忍成さんにだけ「何回も何回も襲ってください」って言って。なので、すごいびっくりしたらしいです。

梅本 いや、あのシーンは本当に名シーンで、たまたま去年、大学のゼミでみんなにあれ観てこい、と宿題出したんですけど、その時のゼミ、男の子8人、女の子2人だったかな—男の子8人、「高校時代にあんなことがあったら、最高ですよね」って。「もう、蒼井優ちゃんにあんなキスできたら、死んでもいいですよ、俺」っていうのが、8人全員でしたよ。だから、すごく臨場感がある、夢みたいなものだったんでしょうね、彼らにとっては。

井口 蒼井さん、あんまり得意じゃないらしいんですよね、ああいうラブシーン的なものが。

梅本 ああ、でも、そのぎこちない感じがいいじゃないですか。じゃあ、次の質問にいきましょうか。

質問者2 『人のセックスを笑うな』で、例えばパッと年賀状が出てきたり、伝統芸能が出てきたり、唐突な演出がたまに入ってくるなと思ったんですが、それはどういう狙いがあるんですか?

井口 一応、時間経過を見せようと思ってたんですけど。年賀状とかもそうだし。やっぱり、すごいサイレント映画を観てた、っていうのがあって。サイレント映画って字の横に絵が書いてあったりして—演技と演技の間にパッと字が入るのがすごい好きだったので。

梅本 インタータイトルですね。

井口 そういう感じで入れてみようと思ったんですけど、伝統芸能のニューマリオネットさんは、あんまり技がすごいので、思わず長く入っちゃったんです。

梅本 『犬猫』でも『人のセックスを笑うな』でもそうなんですけど、さっきワンシーン・ワンショットのお話をなされましたが、時間の省略って映画ならではなんですけれど、その省略の仕方がすごく上手ですよね。

井口 えー! そうですか? もっとしなきゃ、って思ってたんですけど。

梅本 いやいや、上手ですよ。

井口 本当ですか? ありがとうございます。

梅本 ふーっと、時間が…—特に『人のセックスを笑うな』が一番分かりやすいかな。もちろん年賀状とかも季節が流れる感じですけど、ほら、マツケンが酔っ払っちゃって蒼井優ちゃんとラブホ行きますよね。突然、朝になるじゃないですか。もっと経たないと朝にならないはずなのに、朝になるんですよ。突然朝になって、道を歩いて行くじゃないですか。いいですね、あそこ、うん。

井口 あそこ、偶然太陽が上がってきたんですよね。

梅本 偶然って別に、夜明けですから…—でも、それってとても重要なことなんですよ。『さよなら子供たち』っていう映画知ってます? ルイ・マルっていう人が撮ったんですよ。つまんない映画なんですけど、お仕事でインタビューに行ったんですよ。で、冬の映画なんですね。でもそれを観ていると、「ああ、誰も息が白くないや」って思って。ルイ・マルに「いつ撮ったんですか?」って聞いたら、プイッってむこうを向いて行っちゃいましたね。だから、映画ってお話を優先させると、“その振り”をするじゃないですか。でも井口さんの映画だと、夜明けだと、夜明けなんですよね。それは撮っている方も誠実であると同時に、「映画って何だろう?」って考えた時に、さっきの、なかなか「カット」と言わないのと同じで、今、目の前で起こっていること、そいつを記録していくわけじゃないですか。それにぼくたちは立ち会ってるわけですよね。そっちの方を重んじる人っていうのは、すばらしい映画監督なのです。

井口 ありがとうございます。

梅本 いえいえ、本当にそうです。山田さんはそれでたぶん、井口さんの作品のことをヌーヴェル・ヴァーグと言ったと思うけど、そういうことだと思いますよ。『アデュー・フィリピーヌ』だって『メーヌ・オセアン』だって、物語からいったら無駄しかない映画ですからね。—では、次。

質問者3 先ほどちょっとお話が出たんですけど、自分でいいなと思うシーンを思いつくとするじゃないですか。例えば『人のセックスを笑うな』で言うと、喫煙所の灰皿からすごいブァーッと煙が上がって、ボヤみたいになっていて。ああいう一枚画でいいシーンというのと、普通に展開するちょっとしたお話というのがあって—その「すごいんだ」というシーンをお話に盛り込んでいく時の兼ね合いについてはどうお考えですか?

井口 まず、現在私が映画を作っている状況は、商業映画で、全力で人に分かってもらおうと思って作ってはいるんですよね。なので、ストーリーが要るだろうと思っているので、「この画がいいな」とパッと思いついたのをストーリーにはめ込んでいく、というふうに考えて作っています。

質問者3ストーリーが最初にあって、という感じですか?

井口 ストーリーには個人的には興味がないんですけど、人に伝えるのに、あるいは観る人たちが…何て言うんですかね、観る人たちにはストーリーを楽しむ人もいるじゃないですか。それは否定しないようにしようと思って。私は興味ないけど、という感じなんですよ。テーマとかも全く興味がないんですけど、あった方がいいなら、そういうふうに—。

梅本 まあ、作るってそんなものですよね。ただ、ぼくも若い頃、映画の勉強とかするじゃないですか。話はどうでもいいよね、って思ってたんですよ。「この場の処理」「このフレーム」みたいなふうに観てたんですけど、だんだん歳を取ってくると、「いい話だよ」っていうふうに思ってきたんですね。そのきっかけは、例えば小津安二郎とか観ていると、話はどれも同じなんですよ、ほとんど。誰かが死ぬか、誰かが結婚するか、まあ、原節子が結婚するんですけど。だんだん、こう、話がよくなってくるんですね、うん。何でなんだろうなと思いながら、「小津的なるもの」とか「成瀬的なるもの」というのは分かったよ、でも人間って生まれて死ぬんだし、みたいなことが、歳を取ると切迫感を持ってくるのか—話、いいですね。ぼく、『人のセックスを笑うな』は話もすっごく好きで、井口さんにいつか申し上げたんですけど、「まるでぼくの若い頃そのままだな」って。同じような経験があるので。すごいでしょ?

井口 松山ケンイチだった、ってことですよね?

梅本 そう、そう。それから40年近く生きて、こうなったわけですよ。だから観た後、その時に永作さんだった人をGoogleで検索してしまいました。

井口 本当ですか? すばらしいですね。

梅本 本当ですよ。結局、分からなかったんですけど。いやー、だから、なんか映画って話だな、っていうふうに思いましたけどね。

井口 そうですね。なんか本当に、作っている時はいつも、自分が言いたいことをやっているというよりは、奉仕しているという感じなんですよ。映画に奉仕している、という感じだし、観る人に奉仕している。感覚的にはそんな感じなんです。

梅本 なるほど。映画について大学で教えてると、1年生なんかは最初「この映画のテーマって何ですか?」って聞いてくるんですけど、「そんなこと俺に聞いたって分かんないよ」って言うんです。なんでそう思うかっていうと、みんな大学の受験勉強で「何百字の文章で、テーマは何で」みたいなことで、そう思っちゃう。だけど、そんなものはない。ただ、話はあるんですよ。でもその話は監督がしたい話じゃないかもしれないんですね。でもやっぱり、いい話は観たい、というのは残ります。—さて、質問はあと2つくらいいけるかな。

質問者4 最近は手ブレの映像が多いと思うんですけれど、それに対してどういうお考えをお持ちですか?

井口 私は、自分が手ブレの映画は観ていられなくて。酔っちゃうんですよね、オェーッってなっちゃうので、なるべくブレないで欲しいんです。

梅本 神代とか、ブレてますよね。

井口 そうですね。でもなんか、フィルムだとまだ大丈夫なんですけど、ビデオでブレると本当にオェーッってなっちゃうので、なるべく安定していて欲しいんですよね。私自身はあんまり揺れないで欲しい。それは、観ている時にカメラをあまり意識しないようにしたり。人間の目であんなふうにブレる時ないじゃないですか。歩いていても目は補正されているので。なので、カメラがブレるとすごいカメラを意識しちゃうんですよね。それがあんまり好きじゃない。

梅本 でも、自転車二人乗りするところありましたよね。すごくスーッというトラベリング、横移動ですね。大変だったんじゃないですか、あれ。

井口 あれ、電気で動く車—何でしたっけ—を借りて撮ってるんですけど、電気がなくなると勝手にガソリンのエンジンがかかってグルグル…といっちゃうので、それが大変だったみたいです。

梅本 プリウスみたいな?

井口 プリウスです、はい。ハイブリッドカーを使いました。

梅本 ああ、やっぱり電気の車だと、ああやってスーッと動くんですか。

井口 そうですね。下がちゃんと舗装されているので。あと、掃除したかもしれないですね、スタッフが。

梅本 昔だったら、これ、ドリーでやってると思ったんですけど、車ですよね。昔は助監督二人が同じ速さでドリーを押さえる、みたいなねえ。

井口 そうですよね、大変ですよね。同録しているとハアハアも言えないし。

梅本 そうですね。あ、ドリーって、線路みたいなやつです、はい。—さてそれでは、そろそろ最後の質問ですかね。最後とか言うとプレッシャーかかります? あと、いくつでも大丈夫ですよ。せっかく、こういう機会ですし。

質問者5 ぼくもムサビの映像科で映像を撮っているんですけれど、さっきのお話みたいに自分でいいなと思うシーンがあって、それでお話はあとで付ければいいや、と思って作っているんですけど、今回作ったのはあまり上手くいかなかったんですけど…。

井口 上手くいくまで、やればいいんですよ。そう、そう。やめないで、上手くいくまでやる。それまで観せなければ失敗ではないので。

梅本 たぶん今のお答えって、みなさん同じですね。

井口 あ、そうですか。

梅本 例えばこういうイベントをやっていて、映画撮っている学生さんが「どうやったら映画監督になれますか?」って聞いた時に、「映画を撮ることです」ってみんな言うんです。こうやるとなれるわけじゃない。ノウハウはないんですね。「どういう時にいい映像が撮れますか?」—「いい映像を撮ることですよ」っていう答えしか、あり得ないんですね。それって、いいの撮れるまでがんばるだけで。「じゃあ、どういうのがいいの?」って言われると…—つまり、何て言うのかな、「こういうのが、いい」というのがあると、そんなの撮ってもよくないんですよ。本当に初めて撮って、「すごいね」っていうところまでやるかどうか、っていう問題ですよね。

井口 どういう映像を撮られているのか分からないですけど、私の場合は一人でやっていないというのがすごく大きくて。スタッフとか役者の人たち—そうすると、自分と違う要素が入るということじゃないですか。それが自分の思っているものと違うものになるおもしろさみたいなのを…—何て言うんですかね、決めて落としていく、のではなくて、オープンにして広げていく、という感じで作る。

梅本 ぼくは監督じゃないんですけど、現場にアシスタントとかで参加した時も、OKだな、って分かるんですよね。どうしてなのかは分からないですけど。隣でモニターを覗いている時もOKかどうかは分かりますね。なんでかは分からないです、でも分かるんですよね。

井口 やっぱりOKかどうかというのは、見てると下っ端のサードの助監督とかでも分かるので。OKじゃない時にはOKと言わない。

梅本 よく取材に行ったりして、ま、ちょっとだけしかいないじゃないですか。そういう時に、ポン、ポン、ポンと(撮影が進んで)、「これで、いいの?」っていう時って、やっぱり結果を見るとよくないですね。さっき黒沢清さんは早いと言いましたけど、黒沢清さんのOKは本当にOKだと思いますよ。

井口 私もそう思います。

梅本 だからそれは、どこでOKかというのは人によって違うんだろうけど、やっぱり、そこまでやらないと。みんながOKと思う時っていうのは、本当に至言ですね。本当に、そうですね。ちょっと見に行っても分かる、っていうのは不思議ですよ。だから、うまくいくまでやる、というのは、そういうことじゃないですかね。

質問者5 やり切ります。ありがとうございました。

梅本 さて、そろそろ時間なんですが、さっき申し上げた通り、井口さんはこれからナント映画祭に行って—ナント映画祭っていうのは、ナント三大陸映画祭って言うんですね。三大陸っていうのは、ヨーロッパを除くアメリカ、アジア、アフリカの三大陸なんですけれど、そこで最も若くて、これから伸びていくぞっていう監督がそこでデビューするところで。例えばホウ・シャオシェンっていう台湾の映画監督なんかも、ぼくの友達のオリヴィエ・アサイヤスっていうフランス人の映画監督の誘いで、ナント映画祭に行って『冬冬の夏休み』というのを出して、初めてヨーロッパに知られ、それがアメリカに知られ、日本に知られ—っていうところで。カンヌ映画祭なんかはオリンピックみたいなもんなんですけど、それに比べるとナント映画祭は小規模だけど、とってもいいところに目を付けている映画祭だと思うので、ぜひ、海産物もおいしい時期だし、すばらしい時間を過ごしてください。どうもありがとうございました。

井口 ありがとうございました。



*1 2008年9月に東京日仏学院で開催された「ジャック・ドワイヨン特集:女たちに愛されたかった少年」におけるドワイヨン監督、井口監督、梅本氏による対談のこと。
*2 正確には19年前、1990年に発足。
*3 8ミリフィルムにはネガがないため簡易テレシネし、まずビデオ編集で試行錯誤する必要があった。
*4 3/4インチのテープを使用したVTRのこと。
*5 『定本 ヒッチコック 映画術』
*6 神代辰巳監督作品
*7 『監督ハワード・ホークス「映画」を語る』
*8 正確には1985年
*9 『按摩と女』
*10 『山のあなた 徳市の恋』
*11 横浜文化創造都市スクールのワークショップ授業の一環として2010年に開催された特集上映「未来の巨匠たち」のこと。


(2009年11月26日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)