武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー

第33回イメージライブラリー映像講座
「映画と現実を巡って 映画監督・諏訪敦彦」の記録

この講座について

諏訪敦彦監督は、デビュー作「2/デュオ」(1997年)から一貫してシナリオを用いない即興的な演出の作品を作り続け、国内外の映画祭で注目を集めています。近年では「不完全なふたり」(2005年)、新作の「ユキとニナ」(2009年)などフランスで現地スタッフとの映画制作を行い、作品の手法だけでなく、活動においても独自のスタンスでの映画制作を続けています。本講座では、諏訪監督にご自身の映画制作についての考え方を伺うとともに、今後ますます多様になっていく映画の在り方や、現実社会と映画がどのように関わっていけるのかについて参加者とともに考察しました。


はじめに

 今日お話をしようと思っていることは、自分がやってきたことをこの機会にもう一度振り返ってみたいということもありますし、これまでも自分の映画について語ってきたことはあるんですけども、もう一度改めて、映画について考えることをやってみたいなと。自分の映画を通してと言いますか、映画というのは何だろう、ということですかね。しかし映画とは何か、あるいは文学とは何か、絵画とは何かという問いかけをしてしまうと実は非常に危なくて、映画というものは一体何だ、という風に問うてしまうと、そのものの純粋性を問うことになって、かなり破壊的なことが起きてくるということもあります。20世紀の美術等もその純粋性を追求するあまり美術という観念そのものを破壊的に追いつめたと思いますが、自分自身もそのような破壊的な経験をしたこともあって、そういうことも少しお話するかもしれません。今日『2/デュオ』を上映していただいたんですか?  『H story』を見てくださった方もいるのかな。今日はそういうこともあって『2/デュオ』という一番最初に撮った映画と、『H story』という、非常にやっかいな映画なんですが、これを中心にお話をしてみたいなと思っています。

 『2/デュオ』という映画は、1997年の発表ですね。撮影は96年だと思います。自分としては学生時代にもいろいろ撮っていましたけれども、卒業後に自分の作品として発表するのはこれが初めての映画で、非常にもう無我夢中でやった映画なので、今だに自分としても謎が多くてですね。なぜこういう映画を作ったのだろう、ということを自分でも考え、答えを出しているつもりでも、分からないこともたくさんあります。そういう意味で今回もう一度『2/デュオ』のことを、少し考えてみたいなと思っています。10年以上経っている映画について、こういう機会に新たに若い人に見ていただいて、ディスカッションすることが出来るというのは非常に嬉しく思います。
 最初に申し上げておきたいことがあって、僕は映画を撮る前というのは一生懸命いろいろな映像関係の仕事をしていましたけれども、本当に映画について真剣に考えるようになったのは、やっぱり映画を撮ってからだという気がするんですね。映画についてこうやってお話しするというのは、言葉を使うんですけれども、今日も出来るだけ言葉で考えるってことにトライするんですが、東京造形大学で講義をしている時、僕がいろいろ話をすると、「そういう風に考えないと映画が撮れないんですか?」と聞かれることがあります。割と理屈っぽい話をしてしまうので、そういう風に言葉で映画について考えなければ映画を撮れないのかって聞かれることがあります。いや、そんなことないんだ。映画を撮る時と、映画を後で話す時とは全然違うんです。映画を撮る時というのは、本当に非論理的な思考、むしろ身体的な、スポーツのような直観的な判断で動いていることがほとんどです。その時に今日お話しするようなことを考えて映画を撮っているわけではない、ということをまず最初に言っておきたいと思います。
 ただ、今こうやって考える時は、なんとかその撮影の時にやったことをもう一度考えてみようと思っているんです。最初の映画を撮った後にいくつかの出会いがあって、いろんな事を考えるきっかけというのを与えられたんです。文芸評論家の柄谷行人さんという方がいるんですけど、『2/デュオ』を柄谷行人さんに見ていただいてお話しした時、いろいろ面白かったんですけれども、柄谷さんがエッセイで書いた文章で非常に腑に落ちたものがあるんですね。これは、『意味という病』というものに入っている「人間的なもの」というエッセイの中で、漱石について書いてあるんですけど、ちょっと読んでみますね。
 「どんな意識的な行為でも不透過な部分がある。」 —不透過っていうのは透明じゃない、見渡すことの出来ない部分、見えない部分があるということですね。
 「ふらふらとやったのと大差ない要素がある。とにかく先ず人間は何事かをやってしまう。そして、やってしまってから考えるのである。われわれはすでにやってしまったことについてしか思考しえない。しかも、すでにやってしまっていたということへの違和感なしには思考しえない。これは極言すれば、われわれが誰でも気がついたらすでにこの世界に生きていたということと変わりはない。」(柄谷行人『意味という病』p.256)

 皆さんは自分で制作されていて実感されることがあると思うんですが、とにかく制作する時にいろんなことを考えて、計画をしてやるんだけれども、あんまり考えないでパッとやってしまったこととあまり結果は変わりない。でも、人間はそういう風にして何かをやってしまう、行為する時というのはそのように非常に無意識で不透過な部分があって、自分でもよく分からない。なんでこういうことやったんだろうってことが、創造の中にはやっぱりあると思うんです。考えるということは、自分でやってしまったということにおいて、なぜだという風に考えるということだ、ということを柄谷さんは言っていて、それはもう僕たちが気がついたら生まれている、生きている。考えたから生きているわけではなく、もちろん生きているから、自分って何だとか、そういうことを考えるんだってことですよね。僕も最初に映画を撮った体験っていうのはそういうものでした。まったく自分としては不透過なものだらけで、なぜそうしているのかよく分からないままに映画がパッと出来てしまった。そういう感じを非常に強く持っています。でもそれを事後的に考えていくことによって自分自身のやったことを、自分で批評的に、批判的に乗り越えていくことが出来るかということが、大事なんだという風に思いました。とにかく何で自分がこういうことをやったのかということを、自分でも知りたかったというのが最初のスタートの時にあったんです。今日は「映画と現実を巡って」というタイトルをスタッフの方につけていただきましたけど、もちろんその理由があるだろうと。僕もこのテーマについて今日考えてみたいと思います。僕の映画においては映画と現実の関係というものを、とにかく考えざるを得ないところが確かにあるのかもしれない。

『2/デュオ』の制作とシナリオ

 今日『2/デュオ』を見ていただいた方はどのくらいいらっしゃいますか?  はい、ありがとうございます。僕はあまり自分の映画を見直さないんですが、数年前にリスボンで『2/デュオ』の上映をした時に会場が固まっていたんですね。なんか凍りついたような感じになっていて、非常にまぁ、恐ろしいものを見ているという感じの雰囲気でした。自分で見ていてもちょっと恐ろしいなと思いましたけど。見ていただいた方は分かるかもしれませんが、僕の映画の撮り方が、その怖さに何か作用しているのでしょう。現実と映画というものを考えさせるきっかけというものをどこかで持ってしまっていると思うんです。
 よく言われるのが私の映画には脚本がないと。そういう風に言われていることがあるんですが、実は脚本がないわけではないんです。ひとつひとつの場面は設定されていますし、ト書きも書かれています。ただ『2/デュオ』においてはほとんどダイアローグというもの、セリフというものはない、決められていないという状況の中で、俳優達が即興的に演じるわけです。なぜこういうことをやったのかということがまず、最初に大きな疑問として自分の中に残るんですが、実際どういう風にやっているのかというのはお話してもなかなか分かりにくいと思うので、『2/デュオ』の後に撮った『M/OTHER』の撮影現場を撮ったテレビ番組を抜粋で見てもらおうと思います。非常に画質が悪くて、VHSのぼやぼやの画面なんですけど、どういう感じで撮影しているのかということが分かるかなということで見ていただきたいと思います。ただこれは映画の宣伝用に作られたテレビ番組なので、過剰なナレーションが入っておりますがその辺はご了承下さい。

<『M/OTHER』メイキング 部分上映>

 大体あんな感じです。『M/OTHER』の場合は一軒家が舞台だったので、『2/デュオ』の時よりも撮影が大変でした。『2/デュオ』はひとつの部屋ですから、役者がいる場所は大体分かるわけです。『M/OTHER』の場合は、部屋がたくさんあるので俳優がどこに行くか、どの部屋に行っちゃうか分からないわけですね。だからスタッフが逃げまどいながら、「わっ、こっち来た」って隠れながら、それでも隠れきれずに撮っているという感じでやっていたんです。
 基本的に僕の撮影現場においてカメラポジションというのは後から考えるんですけど、とにかく俳優が動いてみる、その場所で、そのシーンで動いてみる、それからいろいろな技術的な準備を始めるということで、俳優はどういう風に動いてもいいんだというところからスタートしているんです。セリフが決められていないので、彼女たちがいつ何を話すのかも、基本的には分かっていないんです。最近僕はフランスで、フランスの俳優たちと映画を撮っているんですけれども、フランス語、僕分からないんです。だから撮影している時に、俳優が何を言ってるか分かっていないんです。なんとなくは分かりますよ。ああいうこと言っているんだろうなってことは分かるけど、一番肝心なことが分からないので、編集する時になって初めて翻訳の人が翻訳作ってくれて、「あぁこういうこと言っていたんだ、面白いなぁ」とか思いながら編集したりしている。
 なんでそういうことになってしまったかというと、『2/デュオ』という映画を撮った時に、最初は脚本を書こうと思っていたわけです。もちろんそうするべきだと、そうするものだという風に思っていましたし、いわゆる通常の形式を持ったセリフと、ト書きという行動を規定する文章があるという形式のもので半年ぐらい書いていました。でもどうしても何度書き直しても上手くいかないというか、書けば書くほど自分が作りたい映画には近づかない、そういう違和感だけがどんどん大きくなっていったんです。プロデューサーという立場の人がいましたから、僕は彼に毎回書き直した脚本を持って行って、意見を聞いたりという期間が半年ぐらいあったんですけれども、今言った様な違和感というのがどうしても強くて、それを書き終わっても何か自分の映画になるとは思えなかった。その時は良く分からなかったんです、違和感でしかないんですけれど。
 それである時、一回これをやめようということで、セリフ、脚本を一回全部やめて、非常に簡単な骨組みだけの構成にして、以前は何十ページもあったものを数ページにして、そこからもう一回やり直したいって言ったら、プロデューサーが、これでいい、これで撮れと言ってくれたんです。それは僕も予想外の出来事だったんです。なるほど、それでいいのかと。かつて僕はそのように映画を見ていたような気もするし、脚本というものがそんなに大事なわけではないんだ。やっぱり書くということがどうも自分に馴染まなかったので、プロデューサーからそういう風に言われた時に、それでやってみようと。スタッフもキャストもそういう形にトライしてみるということを非常にポジティブに捉えてくれたので、それでやってみることになったんです。
 最初の日は、俳優達がバッと芝居を始めて、テストをやるわけです。その後で本番をやるんですけれども、終わって「カット」って言うと俳優が僕の方を見るんです、いいかどうか知りたいから。でも、分かんないんですよ。何がいいか、何が悪いか分かんないんです。脚本もないし、判断の基準がないんです。それは冒頭のシーンですけれど、二人が普通の話しているんです。「昨日夢見てさあ」とか話しているんだけど、何がOKなのかがまず分からない。だから最初の日は一日中あのシーンを繰り返し撮っていたんです。でもあまりに何十回もカメラが回ってしまったので、スタッフがどうなるんだろうと心配になりました。あるテイクの時に助監督が僕の顔をバッと見て、僕が頷いているように見えたらしくて、「OK」って言っちゃったので、初日はそれで終わったんです。そのシーンは使われています。でも本当に分からなかったんですよね。ただ、何か僕はこれでいいんだっていう確信はどこかにあったんです。

『大人は判ってくれない』と初期映画の少年

 それでちょっと違う映像をお見せしますけど、これは僕のじゃなくて、フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』で、ご覧になった方多いと思うんですけど、この中のひとつのシーンだけ。

<『大人は判ってくれない』部分上映  感化院で質問に答える少年の映像>

 今のは『大人は判ってくれない』のわりと後半のシーンです。これはジャン=ピエール・レオーという少年が演じているわけですが、多分これはほとんど即興というか、ある質問に対して彼が役として答えているわけです。僕がすごく面白いなと思って印象に残っていることは「女とやったことある?」って聞かれてですね、手をこうやって(テーブルをさする)こういう風にやるじゃないですか。ああいう身ぶりとか話し方とか、おそらくトリフォーは映画の中で、子どもってこういう風に喋るでしょ、子どもってこういうものでしょ、っていうことを見せている。
 ヌーヴェル・ヴァーグの最初期に、トリュフォーは批評でフランス映画の戦後世代、いわゆるフランスの国民的監督って言われた人たちを徹底的に叩いたわけです。その一番根拠になったのは、映画は脚本によって書かれたものではないんだということです。あまりにもその頃のフランス映画というのが、ゾラとかいわゆる文豪の原作を映画にした、これがフランス映画の良質な部分なんだというような常識が一般的にあった。トリュフォーは、そうじゃない、映画というのは文学の為のものじゃない、ということで彼は映画の中に本当の言葉を与えたかったんだと思うんです。そして身体みたいなもの、つまり人間そのものというかな。人間が脚本を書くという行為は、やはり観念的に作り出してしまうわけですよね。しかし、僕たちの生きる世界というのはそういう風に作られたものとは随分違っているわけです。
 僕が多分脚本を書いていて、これは違うなとすごく思ったのは、全部自分で書いているからなんです。例えば『2/デュオ』で優と圭がこう言いました、ああ言いましたって自分で書くわけです。圭ってこういうやつだよね、だからこういう事をこういう風に言う。優はこういう人だからこういう風に答えると、僕が書くわけです。ということは全部僕が知っている人なんですよ、僕が構成しているんですから。僕が知らない事を彼らは喋らないんです。だから本当は優と圭のダイアローグ、ダイアローグというのは対話なわけですけども、そういう風に書かれている場合、結局シナリオというのはモノローグなんです。もちろん自分でシナリオを書く才能があれば、そういうダイアローグをドストエフスキーみたいに書けるのかもしれないですけど、僕には到底そんなことは出来ないし、自分で書いていること自体が非常に違和感があったというのはそこだったんですね。
 僕は現実にいる時、皆さんのことは知りません。顔見ればどう思っているのかなって想像はしますけど、絶対分からないし、僕が今何を考えているのか向こうは分からないし、それはカップルであってもそうです。夫婦で暮らしていても分からないこと、謎があるわけです。それが他者というものなんだなということを、『2/デュオ』を撮った後に段々気がついたんです。自分がやりたいことは他者ということだったんだなって。今ジャン=ピエール・レオーの映画を見てもらったんですけど、僕は確かにヌーヴェル・ヴァーグというものに学生の時に関心を持っていたし、こういうものが僕に映画のエッセンスを与えてくれたという気がするんです。「映画の中にああいう人間の身体、ああいう子が登場したじゃないか、でもそれをシナリオで書くとなんと貧しいことになってしまうんだ」、多分そういうことを思ったような気がするんです。
 そういうことで、セリフをやめていくことになってしまったんですけど、一方で、こういう疑問も残ったんです。結局セリフが書かれていないから、ああいう風に喋るとリアルなんです。今僕は半ば即興で喋っていますから、話があっち行ったりこっち行ったりとか、よく聞き取れなかったりとか、言葉が詰まったりとかするじゃないですか。会話をすれば「え、今何言ったの?」とか、聞き違えたりとか、誤解したりとか、そういうことが生まれるわけです。実際こういう風に撮影していると、「え?」とか、「え、何?」みたいなことが起きるわけです。言っていることを取り違えたりということは実際に、現実に起きることなのですが、これをシナリオで書こうとするとなかなか書けないですよね。無駄なことを書けないんです。だけどこういう風にやってしまうと、割と現実に近い状況が起きてくるので、「あ、リアルだ」ということになってしまう。ということは、僕は現実みたいに撮りたいということなのか、現実そっくりであればいいのか、リアルをやるためにこういうやり方をとったのか。どうもそこじゃない。それも違うような気がするんですよね。
 例えば、よく『2/デュオ』を見た方に、「誰かの部屋を、他人の家を覗き見しているようだ」と言われることがあるんです。つまり観客は、あの部屋にずっと立ち会って見ているような、そのようなリアリティーがあると。そう言われることがよくあって、じゃあ僕はそういうリアルなもの、現実かの様に見えるものを撮りたいのかと。でも今回のイメージライブラリー・ニュースにも書いてありましたけど、「真に迫っていることや、真実らしさのことだけをリアルというのであれば、リアルという言葉はとても貧しい。」(古谷利裕「複数の異質なリアルさの拮抗『2/デュオ』をめぐって」イメージライブラリー・ニュース第27号 )と。本当らしく見えるためだけにやっているんだったら、なんでこんなことやっているんだって気がしたんです。じゃあ一体何なのかということですよね。
 それで脇道に逸れるかもしれないんですが、ちょっと見てもらいましょう。僕は非常に初期映画に関心があって、1912年くらいの、フィクションが作られ始めたころの映画というものを、冒頭だけ見てもらいたいと思います。

<『The Land Beyond the Sunset』部分上映>

(画面:新聞売りの少年の姿)

昔の映画は最初に登場人物の紹介みたいな人物ショット、エンブレム・ショットというものが入る場合があるんです。貧しい新聞売りの少年のお話です。皆さん大体の内容は理解出来ただろうと思うんですけれど、お話したいことは非常にくだらないことなんです、ちょっと戻します。すぐ一瞬なので、レーザーポインタがあるといいんですけど。

(画面:街頭で主人公が新聞を売っている)

彼が主人公だっていうのは分かるんですけど、僕が気になったのはですね、この子なんです。

(画面:主人公の後ろの風景に、市電の乗客にたかる少年がいる)

この子は何だ。この子は分からないんですよね。こうやって何か持って、何かを売っているのか、金くれ、という仕草なのか。しかし、身なりは結構ちゃんとしている。もちろん(主人公の)彼は貧しいというのは一目瞭然ですね、ちゃんと破かれた衣装、ズタズタという言葉が相応しい帽子。映画が、映画の中に作り上げていくひとつの観念的なイメージなわけです。「貧しい少年」なんですよね。でもさっきの少年はなんとも言えないです、言葉に当てはめることが出来ないです。ただ写っちゃったんですね。ニューヨークだと思いますけども、そのロケーションだったので、おそらく写ってしまったんですよ。あれは現実なんだけども主役じゃない、なぜ主役じゃないかというと、次のシーンではもう彼はいないから。次のシーンでは(主人公の)彼にカメラがついて行っているわけですから、もちろん彼が主役だっていうのが分かるわけです。次のシーンはセットにいて、全然別のところで撮っていますけれども、僕たちはその内容を理解していく、まとまりがある世界として構成していくことが出来るわけです。これが「映画」なわけです。
 ただ、映画にはもうひとつの力があって、さっきみたいに撮ってしまう、「世界」みたいなものが写ってしまうということが起きてしまうわけです。起きてしまうけれど、物語映画はそれを無視して、なかったことにして、まとまりがある大事なものだけを繋げていく。そうしていくと、ある仮構の空間、仮に構築された嘘の空間というのが出来てくるわけです。これがフィクション映画の構成です。でも、さっきのレオー君は随分違いますよね。レオー君の身ぶりというのはどちらかというとさっきの後ろの子に近いんですよ。何かに、観念に従わされた、意味に従属された、そういう身体や声や言葉ではなかったような気がするんです。映画でも、フィクションというのはこういう風に一生懸命作られていく時に、段々出来あがっていくプロセスの中で占領されて行くわけです。映画は、映像は本当はダイレクトに世界とか人とか現実というものを捉えてしまうんだけれど、それはなんとも言い様のないものだから、さっきの少年のように非常に扱いに困るわけです。だから出来るだけ扱いやすいものに手なずけていって、それを順番に繋いでいくと物語映画が出来てくるという構造になっていると思うんです。
 おそらく脚本を書く時に僕が感じた違和感というのは、自分で作るということになるからです。この映画と同じようにひとつひとつ構成されていくわけで、構成する人っていうのは、全部を知っている人ということで、その世界を操作していくわけです。僕ちょっとその後でひとつの言葉に出会ってですね、こういう風に考えていると、いろいろな本を読んだりしている時に、ああ、こういうことか、と分かることかがあります。アラン・ロブ=グリエという人が日本に来た時の講演の採録を読んでいる時に、これは文学を専門にやっている人にとっては非常に当たり前のことだと思うんですけども、小説にはふたつの小説がある、ふたつの種類があると。
 ひとつは、例えばバルザック。ルイ・ランベールという主人公がいる。ルイ・ランベールが生まれた、何年何月どこそこでなめし皮職人の息子として生まれた、そういう風に書いてある。その後どうなってこうなって死んだと。つまりIDカードみたいなものを全部知っている人が書いている。そして、それを書いている時点でそのルイ・ランベールの人生は終わっている。最初から最後までを知っている人がいて、その人が書いている。だから歴史というものはそこにおいてはもう完全に閉じている。作家はこの登場人物の内外の情報、誕生から死まで完全に知っている立場から書く。  そこでは即ち世界は首尾一貫していて、意味を持っていて、で、全て私は説明出来ますと。そういう世界の中をよく知っている人が書いている、というような立場、そういう小説があるんです。しかし、カミュの『異邦人』となると事態が全然変わってくる。カミュの『異邦人』は、「きょうママが死んだ。もしかするときのうかもしれないが、おれにはわからない」というところから始まる。そうすると母親が死んだという知らせが来たのが今日、いや、今日だったかどうかよく覚えていない、でもそれは大したことではない、みたいなそういう感じになってくるんですね。そうするとここでの話者というのは、もう世界に対する確信が壊れている。知らないから語っている。バルザックにおいては、「私は知っているから書く」というのが創作の動力になっているわけです。でもカミュの場合は、「私は知らない、私とは一体誰なんだ、なぜここにいるのか」という、基本的な存在に対する問いかけみたいなものがあって、むしろ知らないから書く。私は分からないから書いている。それが動力となっている小説というのがあるということです。そんなことを、アラン・ロブ=グリエが言っていたのがすごく分かり易かったんです。
 というのは、僕はカメラを使うことで、自分が知っている世界を構築したいわけじゃなかったんだ。世界を見る、発見する、知らないことをそこに見たい。だから俳優たちに全てを委ねたんですよ。俳優たちが何をするか僕には分からないという状況になった時に、それは僕の作品なのか、作品ではないのかとか、もう関係ないんです。自分は映画を通してそのような自分ではない世界、他者というのはある意味で「世界」と言っていいのかもしれないですけれど、そういうものとの関係をそこに見たかった。そんな気がするんです。

再び自作について

 今日ご覧になったばかりだと思うんですけど『2/デュオ』を見てもらおうと思います。話しながらにしましょう。

<『2/デュオ』部分上映>

 これは(圭を演じる)西島秀俊君が「ベランダで寝ていいですか?」と言ったので、いいよって言って、それでベランダで寝ることになったんです。シナリオには「優が仕事場から帰ってくる、二人の会話はなんとなくすれ違ってしまう」ということしか書いてないんです。この映画ではカメラはレンズ一本しか使っていないんですが、部屋が狭いので引きじりがない。ふたりを同時に捉えることは非常に難しい、しかも俳優の動きが予想出来ないという状況の中でやっているので、どちらかを撮ろうとするとどちらかが画面に入っていないという状況になってしまう。

(画面:優と圭の喧嘩のシーン)

こういうシーンになってしまったんですが、さっき言ったみたいに、シナリオにはそんなことは全然書いてなかったし、僕にとっても「こんなことになってしまった、どうする次のシーンは?」という状況で、こういうことになってしまったのは、西島の表現と、(優を演じる)柳愛理の俳優同士のコラボレーションの中で、こういう感情が相乗効果的に現れてしまった。それは俳優のクリエイティブな面で、西島君も非常に素晴らしい創意だったと思うけれど、登場人物として見た時に、圭という男は自分のことが分からないんです。何で怒っているのか、感情というものを支える心理というものが、よく分からないんです。ただ怒りだけが現れてくるわけです。なんで彼女に洗濯物を投げつけなきゃいけないのか。何も悪いことしてないじゃないですか、「結婚しよう」って言っただけで、その夜に何であんなに怒るのか。だからある意味彼はそこで臨界点に達していて、自分の意識で、自由に自分というものをコントロール出来ていない訳です。ある意味で自分でも自分のことが分からない、自分も他者なんです。
 その後また喧嘩しますけれど、その時は優が臨界点に達しています。彼女が自分でもどうしたらいいか分からないという状態になっていくことが、自分自身さえも他者になっていくということです。先程の「分からないから書く」じゃないんですけれど、世界を意味のあるものとして見渡して、その中に登場人物がいて、その人物はこういう風に考えていて、こういう風に行動したんです、ということを構築していくのがクラシックな物語であるとするならば、さっきの初期映画でいえば、主人公のあの子を追いかけていけばひとつのまとまった物語世界、意味のある世界っていうのは構築されていくんですけれど、もうすでに世界というものの認識自体が壊れているんじゃないか、カミュの小説とはそういう認識の上に立って書かれているわけです。
 映画でいえば特に戦後になってからですね。そのような世界認識というものがもう壊れていくということが映画の中で起き始めるんです。僕の映画の中でこういう風に臨界点に達してしまうという状況は、次の『M/OTHER』でも起きてくるんですけども、何でそうなるのかなと僕も思っていたんですが、それは即興でやっていることのある過剰さでもあるんです。即興でやっている、しかもワンシーン・ワンショットでという中で、俳優は追いつめられて何かをこう、ぐわっと持ちだしてしまう、ドラマチックになってしまうんだけれども、登場人物を造形されたものとして見た時に、その造形を生きている彼らというのは、もはや自分自身の事さえも分からない。僕も分からないですよ、彼らのことが。だから、『2/デュオ』で彼らにインタビューしたんです。「何でそうしたの?」と。僕も聞かないと分からないんですよ。誰もがどこから見ても見渡せることが出来ない世界になっているんです。
 別の視点で、『2/デュオ』の別の部分を少しお見せします。

<『2/デュオ』部分上映 優が部屋で電話を取るシーン>

 お気付きになったかと思うんですが、今のショットの最後のところで、音がなくなって、カメラがビュッとぶれちゃいますよね。これは単に、カメラマンが撮影でカットがかかった後にカメラを置いたので画面が流れてしまったんですが、普通はNGとして切り捨てるその部分を僕が編集の時に意識的に使ったんです。やっている時は直感だったんですが、これをどうしても、ここまでこういうショットが入ってこなければいけないという気がしたんです。これは非常に些細なことではあるんですけれど、別のところをちょっと見せます。

<『M/OTHER』部分上映>

 シーン自体は三人で仲良くピクニックをしているところです。見てもらいたいのはここなんですけれど、最後になって画面が暗くなって終わってしまうところです。次のシーンは別の日で、彼女が仕事から帰って来て疲れ果てている、感情的に非常に疲労している状況になっているんです。見ていただいたのは、画面の露出が変わったり明るくなったり、ビュビュッと暗くなったり、カメラがヒュッと動いてしまったところを使ってしまっているということなんです。これもさっき言ったように、編集の時にどうしてもこういうバランス、こういうことが必要なように思えて、何かこういう瞬間が映画の中にないといけないような気がしたんです。後でこれってなんなんだろうと考えている時に、これはさっき西島君の感情が、自分で自分が分からなくなるということがあったんですが、これは恐らく、自分が作ろうとしているフィルム自体を破いているんです。傷つけようとしている。だから、これはある意味さっきの初期映画の侵入してしまった子どもの様に、作ろうとしている世界自体を自分自身で破いている、破れ目、亀裂を入れてしまっているわけです。僕は絵画を描く経験はないんですけれども、何かこの線は必要だ、あるいはこの線を壊すことが必要だって思われることが絵を描く人にあるんじゃないかと思うんです。それに似たようなことなんです。作られつつある世界そのものに傷を入れなければならない、少しそこに破れ目を入れなければならないという感覚が、編集の時に起きてきた。
 それらのことを総合した時に、自分が映画の中でやろうとしてきたことというのは、単に現実そっくりに作りたいわけではなかったんだと思うんです。恐らく多くの映画の中で描かれている現実というものは、実は我々にとっては非常に分かりやすく、世界を意味のあるまとまりのあるものとして見せてくれるんだけども、実際にはそのような世界というものはなくなっているはずなんだ。そういう認識がどこかにあったと思うんです。
 だから逆に映画ぐらいでは意味のある世界を見たい、今我々の生きている世界というのは辛い、バラバラでまとまりもない、意味もないという、そういう状態で生きているから、映画においてだけはせめて、意味のあるまとまりのある世界を見たいと思うかもしれない。それは映画のひとつの別の大きな役割ではあると思うんです。それは慰安のようなものです。だけど、映画の中でだけ物事が上手くいくということはどうなんだ。

 さっきアラン・ロブ=グリエの言葉を引用しましたけれど、おそらく世界というものの認識は、現代の我々においてはもう壊れてしまっているというのが、やはり、全体的な認識としてあると思うんです。映画においては、戦後に映画の中でそうした世界自体が壊れてゆく、あるいは意味がよく分からなくなっていく、ということが段々起きてくる。では、ある臨界点に達して自分でも自分のことがよく分からない男であったりとか、そういう状況を映画の中で描いて、僕の映画のように破け目を入れたり、あとよく使うのは、黒味をぱっと挟んでわざと断絶そのものを目立たせてしまうようなことをやるとか、これらは一体何をやろうとしているのかということが、自分でもよく分からなかったんです。何でこうやって、上手くスムーズに出来た世界というものを、どこかで壊してしまわざるを得ないのか。
 そういう点でいえば、これはまだ自分でもうまく解決が付かない問題ではあるんですけれど、ジル・ドゥルーズっていう人がその晩年に『シネマ』という本を出しています。僕はこれをまだ全部読んでいなくて、理解も全くしていないんですけれど、いくつか引っかかる言葉があってですね。これが何か自分にこれからの解決というか、答えを与えてくれないかな、何かここにあるんじゃないかな、ということを思うことがあるんです。ここで言っているのは例えば、「『現実的なのは人々であり、世界ははなればなれになっている。世界のほうが映画で出来ている。[中略] 人々は正しく、真実であり、人生を代表している。彼らは単純な物語を生きる。彼らのまわりの世界は、悪しきシナリオを生きているのだ。』引き裂かれるのは、人間と世界の絆である。そうならば、この絆こそが信頼の対象とならなければならない。それは信仰においてしか取り戻すことのできない不可能なものである。信頼はもはや別の世界、あるいは変化した世界にむけられるのではない。[中略]ただ世界への信頼だけが、人間を、自分が見かつ聞いているものに結びつける。映画は世界を撮影するのではなく、この世界への信頼を、われわれの唯一の絆を撮影しなくてはならない。」(ジル・ドゥルーズ『シネマ2*時間イメージ』p.240)
 これだけ聞いてもちょっと分からないかもしれないんですけれど、例えば、「別の世界を信じることではなく、人間と世界の絆、愛あるいは生を信じること、不可能なことを信じ、それでも思考されることしかできない思考不可能なものを信じるようにして、それらを信じることだ。」(ジル・ドゥルーズ『シネマ2*時間イメージ』p.237)
 何のことか分からないかもしれませんけれど、僕なりに今思っていることもいうと、さっきの初期映画で言えば、あそこで僕らが理解していく世界というのは、作られた世界です。ある観念で作られていく世界ですよね。それが、その世界が破れていった時に、もうひとつの世界へ繋がる、現実との繋がりというものが回復されていくんだということだと思うんです。僕たちはイリュージョンの世界を信じているわけです。映画というのは、仮構、虚構といった世界を信じさせるような体験を与えてきたわけです。だからその世界そのものが、意味をなさなくなった時、あるいは破れてしまった時、またはそれが機能しなくなった時、そういう映画が現われてしまった時にですね、僕たちは単にイリュージョンとしての世界じゃなくて、映画を越えて、自分たちと現実と映画っていうものの関係を、もう一度回復することが出来るんじゃないかということを言っているような気がするんです。「生」っていうものを信じるんだ、「生きる」っていうことを信じるんだ、これは思考とか体系とか観念とか、そういうことじゃなくてもっと「生きる」ってことなんです。さっきの西島君が演じたあの男は、まさに自分の存在そのものに出会った男を演じているわけです。だから思考している訳ではなく、思考出来ない状況に陥っているんです。だから彼が思考している男は生きているんです。そういう「生」こそが今失われており、僕たちが回復していかなければならない。僕たちがというより映画が回復していかなければならない現実との絆なんじゃないか、という風に僕は読みたいんです。

『ユキとニナ』について

 今回皆さんとも話がしたいので、結論までは辿りつかないんですが、一回話を終わりにします。最近、子どもを主人公にした『ユキとニナ』という映画を作りました。適当なラッシュを持って来たので、ちらっとだけ映像をお見せしましょうか。子どもというのは、やっぱり今日お話したような意味で、意味が通じないというかですね、人間が考えて理解出来ているような範疇に収まっていかない存在なんです。むしろ大人の理性中心な社会というものを脅かす存在であると思うんです。これは実際に使わなかったショットです。今回初めて森の中で撮影したので、撮影としては非常に難しかったんですけれど。

<『ユキとニナ』ラッシュ 部分上映>

 この左側の女の子がユキちゃんという役で、日仏のバイリンガルで彼女が主役なんです。もう一人が親友のニナ。この二人の物語という内容なんですが、これが非常にナチュラルに、自然な感じに写っているのは、撮影されていることを理解していないので、普通に会話しているんです。このショットは使わなかったんですけれど、今日話してきたようなことはこういうことではないんです。自然な雰囲気は出ているけれど、それだけなんです。子どもってこんな感じだよっていうのが出ているだけで、そういうことがやりたいわけじゃない。最初に申し上げたように、現実であるかのように撮りたいわけじゃない。映画は現実ではない。現実そっくりかもしれないけれど、映画は現実ではない。じゃあ映画は何をしようとしているのか、ということですよね。
 ちょっと分かりにくかったかもしれないですが、今僕がこの『シネマ』という本から読み取っていることは、世界に対する信頼を回復するということなのか。そうでないものは、嘘の世界に対する信頼を作り出してしまう、そういう関係を作り出してしまう。だからその関係を断ち切っていく、そういうことが映画の中でどこかで少し起きてくる。もちろん、全部の映画がそれをする必要はない。だったら疲れてしょうがない。だから、さっき言ったように「あー面白かった」というような映画がなければダメなんです。ダメだけど、そういう映画だけでもダメなんです。だから、多様な映画がある必要があって、その中で自分がやろうとしていることが、そういうことに繋がればいいなと、今のところは思っています

質疑応答

諏訪 ちょっと急ぎ足になってしまって上手く伝わらなかったかもしれないけれど、何か皆さんから質問があれば。聞いたところによると、事前に『2/デュオ』や『H story』を見て議論があったようですので、何か突っ込まれるのかなと。

スタッフ 事前に学生と『2/デュオ』や『M/OTHER』を見て少し意見を聞く機会があって、映像学科の学生が中心だったんですけれど、その時の意見がとても印象的でした。(会場に向かって)いかがですか?

質問者1 僕が以前から、自分で制作をしたりして気になっていたことと、『2/デュオ』を見て思ったことがあります。即興演出という方法論を取っていて、リハーサルを重ねた後に本番があるという中で、リハーサルを重ねていくことで芝居が固まっていってしまって、監督としても役者の方としても、本番が予定調和的になってしまったり、柔軟に対応出来なかったりするような危険性というのはあったんでしょうか。

諏訪 その指摘はよく分かるんです、そうなるケースは沢山あるんですが、僕のケースではリハーサルを何回もやらないです。出来るだけ早く切り上げる。『2/デュオ』の時は、リハーサルを事前に一週間くらいやりました。西島君がキャスティングされたのは、クランクインのもう一週間くらい前だったんです。それから三、四日リハーサルをやりましたけど、後はそのまんま本番に突入しちゃったんです。最初の日は、先程言ったように沢山フィルムが回ってしまったんですけれど、その次からは比較的早く、二、三回くらいでテイクを切り上げたんです。やっぱりテイクを重ねていくと、段々固まってくると思います。五、六回重ねると予定調和になってくると思うんです。
 フランスにジャック・ドワイヨンという監督がいますけれど、ジャック・ドワイヨンは三十回四十回やるんですよ。『ポネット』っていう、幼稚園くらいの女の子の映画があるんですけれど、ポネットでさえ同じようにやったそうです。同じことを何十回もやらせる。そうすると彼は、最終的には恩寵が降りてくると言うんです。つまり神の恵みがおります、と。これは相米慎二も言っていたことですけれど、出来るだけ早く切り上げてしまう、つまり俳優がお互いのことをまだ理解しない内に出来るだけフレッシュな状態で切り上げるか、もう訳が分からなくなるまでやるか、どっちかだと思うんです。僕の場合は出来るだけ早く切り上げます。だから何十回もやるということもあまりないし、出来るだけ少ない回数で終わらせる。『2/デュオ』の時に良かったのは、西島君と柳愛理さんが口をきかないんです。仲が悪かったんです。仲が悪いって、そんなに嫌な意味ではないんですけれど、俳優として仲良く一緒にやりましょうね、という感じじゃないんです。ものすごい緊張関係があって、二人では直接口をきかないんです。僕を介してじゃないと口きかないんです。だから、本当に彼らは何回やっても、相手が何を言うかよく分からない状態でやっていました。西島君が電話をかけるシーンで、「どこにいるの?」って柳愛理さんに言われて西島君がすごく怒っていたんです。だってすぐ外にいるんだもん。実際の撮影ではすぐ外の車の中から電話をかけているわけです。だから「どこにいるの?」はないだろう、セリフがないんだからそれを聞かれたら困るでしょう、って俳優として怒っているわけです。だからあの二人は、ある意味では共犯関係ではない関係でずっとやっていたんです。だからあの時は、それがある予定調和にならずに済んだひとつの原因でもあるかもしれないです。でも俳優によっては、そういう時間を重ねていくと、予定調和になる可能性はありますね。

質問者2 作品とは少しずれてしまうんですけれど、諏訪さんが審査員として参加されていたヨコハマ国際映像祭での藤幡正樹さんとの対談を読みまして、その中で「映像を通して人が集まる」ということについて、「映像という作品、コンテンツ以上に、人が集まるプロセスに面白みを感じる」ということをおっしゃっていたんですけれど、例えば、ネット上で見知らぬ人達がオフ会を目的に集まり、その副産物として作られた映像がニコニコ動画やYouTubeでアップされていたりしますが、そうした映像は作品として認められるのか、ということを、諏訪さんにお聞きしたいです。

諏訪 ニコニコ動画とか、そういうものを作品として認めるかどうかということ?  僕は作品という概念自体をそろそろ抜け出せないかなと思うことはありまして、ニコニコ動画やああいうものが、作品、あるいは創造行為と言えるかどうかという問いには、僕もよく分からないところはあるんですが、映画がもう少し変わってもいいなとは思っています。
 造形大学の学生なんかともよく話をしたりするんですけれど、最終的に出来あがったものが大事なんじゃない、そのプロセスが大事なんだということは言えるような気がするんです。学生の作品を見ていたりすると、自分と兄弟の関係を改善するために映画を撮る、ということが起きたりするわけです。あるいは、自分達のバンドがなぜ活動を休止してしまったかを、もう一回自分達で演じ直して、それをフィクションにする。それは出来あがったものが作品として自律的にすごく良いとか悪いということだけじゃなくて、映画を作るという行為そのものが、自分達にとってある有効性を持っている。そういう映画の在り方っていうのはあっていいと思っているんです。僕はぴあフィルムフェスティバルの審査員などもやりますけれど、ああいうものが一方であっていいけれども、ああいうものだけが目指すべきことじゃない。映画というのは、誰か優れた人、素晴らしい人が、何か素晴らしいものを作るという、いわゆるそういったクラシックな作品作りというものとは違う可能性もたくさん持っていると思うんです。映画においては、作家という概念はずっと後に出来たものだと思うんです。誰が作ったとか、最初はそういうことが問題になったわけではないと思うんです。
 だから、もちろんそういう活動は今起きているかというとなかなかまだ始まっていないかもしれませんけれど、学生の作品を見ているとそういうポテンシャルをすごく感じるし、そういういろいろな映画の在り方があってもいいのかなと思ってはいますね。自分は今のところ映画というカテゴリーの中に留まって作っていますけれど、もっと多様な映画を見たいし、そういった活動、考え方というのはあると思います。あんまり作家というのを信じていないんです、概念として。僕は反作家主義なので。だからこういう映画の作り方をやっていると思うんです、パラドックスですけれど。作家個人、作家を信じていないというか、映画を撮る主体というのは監督個人ではないわけです。でも映画祭に行って、映画を上映した後に「監督です」と言うと、「あのシーンはどうやって撮ったんですか?」って聞かれますから、一応答えたりするんですけれど、だけど僕が全部やったわけではない。今日話したように僕も知らないことがいっぱいあるんです。いろんな人間が関わりながら、その映画を作っていくので、そういう面もあるし、同時に自分というものもひとつの他者なわけですから、映画の中で本当に一人の人格が作家として自立したものとしてあるわけじゃないという実感はやっぱり持っています。どう思いますか?

質問者2 作品を作る行為を通して、事後的にもう一度自分を見つめ直すことをしていらっしゃるように感じます。自分がやっていることに対して無意識に、なんていうか、自分が他者になるっていうことをしている。

諏訪 見つめ直しているのかなあ。でも、ものを作っている時は、映画じゃなくても、自分というものの無意識というか、そういうものに全部関わってくるじゃないですか。自分はこんなことをやってしまったということが起きるでしょ。なんでこういう風にやってしまったんだろう。でもそれは自分なんだ。それは最初に申し上げた、自分がやった行為というものに対して、ものごとを考えることであろうと。そういうことは表現において可能になってきますよね。普通の生活をしている時にはそういうことにはあまり出会わないです。自分というものの意識の中だけの自分しか出会わないけれど、創作とか創造に関わると、それを越えた自分というものと対話しなきゃいけなくなってきます。こんなことをやってしまった、という。それは非常に面白いことだと思うんです。

スタッフ 映画を終えるという時には、監督が「ここで終わる」という決断をされているわけですよね、その時はやはり、(やってしまったことではなく)主体的にされている選択なのではと。その決断についてはどうなんでしょう。

諏訪 そう。終わらせていますよね。まずひとつのショット、カットを終わらせているので、非常に強く自分の力が働いているのは確かです。非常に主観的に、主体的に関わっていくのはまぎれもない事実で、皆が平等にやっているというわけではないかもしれないです。でも、終わりを決定するんだけれど、やっぱり今日話した映画のことは、つまり、始まりと終わりというのがもちろん形式的にはフィルムだからあるんですけれども、例えば、僕の映画の中でよく黒味をぽんと入れたりするのは、実は長いショットの中で中身を抜いているだけなんですけれど、それを何かでカバーするんじゃなくて、その断絶そのものを見せてしまうということは、あのショットと次のショットは、あそこで始まって終わる、というだけではないような気がするんですよ。
 逆に言えば、だから僕はあえて黒味を使ってしまうんですけれど、そういう始まりも終わりもない、つまり物語というのもそうだと思うんですけれど、これで終わった、これで決着しました、というのではない終わり。その先に恐らくあるだろう。何かがあるだろうとして終わるというのも、ひとつの現われだと思うんです。だけど、形式的には映画なので終わらなければいけない。どう終わる、というのを問われているのは常に自分なんだろうと思います。そういう意味で、自分は映画に主観的に関わっているということはまぎれもないと思いますが。

質問者3 諏訪監督の作品の中にあるもの、写っているものは感情ですか、それとも感覚ですか?  私は普段文章を書いているんですけども、その文章は「悲しい」とか書くんですが、それは感情ではなく感覚だと捉えていて、諏訪監督はどうお考えになっているのかと思ってお聞き致しました。

諏訪 感覚と感情っていうのは、あなたの中でどんな風に違うんですか?  どういう区別になっているんですか。

質問者3 感覚は表に出ないもの、言葉に出来ないもので、感情は言葉にしてイメージが出来るものと考えています。

諏訪 感覚…そうですか。僕は感情も言葉に出来ないという気がしてはいるんです。今日お話したのは、言葉に出来ることは沢山あるんだけれども、いずれも言葉によって表すことが出来ないものに向かっているとは思います。それが感情か感覚かは分からないです。今日お話したかったのは、感情とか感覚でもいいんですけれども、生きるっていう、生きているという「生」というものを、そこに表現するとか描写するとかとも違って、その「生」というものに触れられるかどうか。あえて言葉にするとそんな感じかな。

質問者3 的外れな質問ですみません。

諏訪 質問に的外れはあり得ないです、的外れではないです。それが対話だと思うんです。お互いが共通する言語で「うん、こうだよね」「ああだよね」ってツーカーで話している時は対話じゃないんです。だから、話しているお互いの言葉を確認し合いながら、お互い言っていることを良く聞かないと分からなかったり、あるいはそのことが一体なんだろうと思ったりすることが大事なんです。
 日本人ってすぐ「そうだよね」「ああだよね」って言うじゃないですか。「この音楽いいよね」「そうだよね」、その「ね」と言うのが他者を殺す言葉だと思うんですが、「それは面白くない」と言ったら日本だと結構「えー」みたいになっちゃうじゃないですか。その「そうだよね」というのは、「私とあなたは同じよね」ということで、同質性を強要しているわけです。そこに対話はない。「あなたが言っていることは分かんないんだよ」と言うところからしか対話って生まれないはずなんです。それが他者性なんだと思うんです。そういうものが自分の世界認識だから、自分の作る映画が何かそのようなものに触れていなければ嘘に決まっていると思ってしまうから、多分こういう映画になってしまったと思うんです。他の人は違う世界認識、世界感覚を生きているとすれば、全然違う映画にもちろんなるわけです。

質問者4 先程作家性についての話の中で、終わらせるところは監督の主観がすごく語られているという話でしたが、逆に映画を撮るきっかけになるシチュエーション、これで映画を撮ろう、このシチュエーションでいこう、という強い決定打みたいなものは監督の中にあるんですか?

諏訪 シチュエーションが生まれる時と、俳優がいる時があります。例えば『不完全なふたり』という映画を撮った時には、とにかく男と女の非常にシンプルな物語というのを輪郭として、こういう感じでいこうというのがあったと思うんです。とんでもないことは考えないです。自分の生活と、どこかで何か繋がりがあることを考えているんです。考えているというか、そこから出てくる問題だと思うんです。
 『M/OTHER』を撮った時っていうのは、やはり自分自身が家族というものと向き合い始めていて、その中で家族の中にあった葛藤というものは非常に反映されていると思います。それは非常にプライベートな問題なんだけれども、誰でも理解出来る問題だから、スタッフの間にそれを提示した時に、皆がその問題について考えていくことが出来るような内容だった。だから、最初の舞台みたいなものが掴めれば、非常に単純に、「あ、これが映画になるな」という感じはします。男と女が暮らして、こういう関係が生まれたら、この後はどうなるんだろう、これは映画になるんじゃないか? という感じがあれば、なんとなくスタート出来ます。あるいは人に会って「この人と何かをやろう」となって始まる時もあります。

質問者4 もうひとつ質問をよろしいですか? さっき『2/デュオ』の西島さんが、存在そのものに出会った男だと、思考を越えたところの「生」に行きついたという話がありました。それを引き出すのは監督にとっても役者にとっても難しいと思うんですが、そこまでに行きついていく役者さんの様子とか、監督とのやりとりについて教えてください。

諏訪 やりとり…やりとりはないんだよ、これはうまく説明出来ない。だからこう、何かを引き出したと今おっしゃるじゃないですか。僕が何か引き出したという感覚はほとんどないんです。ああして欲しい、こうして欲しいということも、ほとんど言ってないんです。『2/デュオ』の時に一回だけ言ったのは、柳愛理さんが包丁持ってトマトを切って、カーッとなるシーンがあるじゃないですか。彼女の演技は本当に迫真だから、彼女自身卒倒しちゃったりすることもあったんです。だから、包丁を持っているから西島が怖くてですね、「どうしたらいいですか?」って聞きに来たんですよ。その時は撮影の中盤くらいで、あの映画の撮影は二週間だったんですが、撮影の一週間目が終わったくらいかな。僕も分からなかったんです、それまでにどういう映画を撮っているか。その時に僕は、直感的に「抱きしめちゃえばいいじゃん」って言ったんです。で、あのシーンを撮った時に、ああこれはこういう映画だったのか、って自分でも見えたんです。見えていたから言ったわけじゃないんです。不思議なんですね。
 ものを作る人間は、何かオリジナルのイメージがあって、そこにこう近づこう、それを実現するためにどうしたらいいんだろう、と考えることもあるんですけれど、映画の場合は結構そうじゃないんだよね。俳優はやっぱり人間関係なので、演技というのは見ている人によって変わるわけです。若い俳優のワークショップに行って言うんですけれど、役者って大変なんです、つまり一般的に優秀な演技というのは映画の場合ないんだ。ある監督が「それいいね」って言っても、同じ演技をしても他の監督には「それじゃダメだよ」って言われてしまう。だから、誰に見られているか、誰の視線にさらされているかによって、演技というのは成立しているんです。だから監督は何もしないでもいいんだけど、そこにいること、そこにいて、その人を見ていること。それがその人の演技を変えちゃいますし、変わらざるを得ないんです。いろんなこと言う人もいるでしょうし、何にも言わない人もいる。フィリップ・ガレルという映画監督が「映画は90パーセントが演技指導だ」と言っていましたが、「しかし、もちろん何も言わないことも演技指導だ」と言っていました。
 映画の演技は、本当にそういう関係性なので、しっかり見られている、見ているという信頼関係があるかないかということが僕は最も大事だと思うし、僕は俳優と良い仕事をしたいと思うし、俳優との信頼関係において映画を作っていきたいということは、やっぱり考えたいんですよね。もうテクニックじゃないんです。その人がその人としてそこにいるしかない。そうすると、その関係において演技というものは出てくるんです。だからテクニックで引き出したりするのとは違って、僕の感じでは僕は何もしていない、そういう感じではあったんです。ただ、最近の映画では事前にいろいろと話をして、関係を作る時間を結構持っていますね。撮影に入る前の時間というのも大事なような気がするんです。

質問者5 今回初めて『2/デュオ』を見させていただいて、部分的にBGMが入るんですが、こうしたアドリブを用いた全体の流れの中に、明らかにBGMという演出的意図があるものをどうして入れたのか、または、音楽を作る方が映像を見てアドリブで作ったのか、そういうことを少し教えていただきたいです。

諏訪 BGMって要するに音楽ですよね。音楽については、『2/デュオ』に関してはそれ以後の『M/OTHER』や『Hstory』の音楽の付け方とはちょっと違っていると思います。
 『2/デュオ』の音楽は、演奏家が映画を見ないで、一応話を聞いて即興で演奏したものを最後に付けたんです。『M/OTHER』では、自分としてはもう少し積極的に音楽のことを考えて構成したんですけれど、この時は音楽のことをそれほど積極的には考えなかったです。あまり必要がない、ほとんど必要ないなという風に思ってやっていましたが、途中で入れたのは、あそこは映画の感情が転換してゆく画面なので、その音楽によってある意味、映画の感情を補強しているんじゃないかと思います。最後はあのような音楽の使い方をしましたけれど、あれ以後はそういう風には音楽を使わないようにはなりました。
 『M/OTHER』の時は、最後にメロディーが生まれるんですけれど、最初は「ギィー」ですね。「ギィー」というとこから、メロディーというものが構成されて行くまでを、音のストーリーとして作り出しています。『H story』は逆に最初に完成したメロディーが流れて、それがバラバラに消えていくという構成、音の要素に分解されて行くという構成になっています。『M/OTHER』以降は、画を伴奏するような音楽はやめようということで、鈴木治行さんという現代音楽の作曲家の人と、そういう形で何本か映画を作ったんです。『2/デュオ』の時は、プロデューサーから、最後に音楽を一曲くらいは流そうという提案があって入れてみたんですけれど、ない方がいいですか?

質問者5 僕としてはない方が好きです。

諏訪 そうですね、正しいと思います。

質問者6 僕は造形大の学生で、こうした質問は造形大で学長室に行って聞けばいいのかもしれないんですが、今日は映像を学ぶ方が沢山いらっしゃる中でこういう質問をしたいなと思ったんですけれど、「映画史」というものに対して、諏訪さんの中でどんな風に生きているか、生きていないかということをお聞きしたいです。
 映画史という文脈の中でかもしれないんですけれど、僕が見ている中で、すごいぎりぎりのところで映画を撮っているような人たち、黒沢清さんとか、青山真治さんとか、ゴダールとか、もしかするとペドロ・コスタさんとか、その人たちというのは、映画史を不可避なものとして、絶対に生きているというか、無視出来ないものとして向かい合っているところがあると思うんです。諏訪さんはあえて断絶しているようなところがあると思うんですけれど、そこらへんはどうなのかと思って質問しました。

諏訪 そうですね。映画史について、難しくて簡単には答えられないけれども、例えば、ペドロ・コスタという名前があがりましたけど、彼と話をしていると、彼なんかは本当にもうシネフィルというか、チャップリンの話とか、オーソン・ウェルズの話とか、非常に古いクラシックな映画の話をします。やっぱり古い映画を非常によく見ています。僕も大学の時はよく映画を見ましたし、今日はお話ししなかったけれど、ヌーヴェル・ヴァーグの話で言えば、映画の歴史に非常に深く規定されている部分はいっぱいあると思います。
 ただ、これも『2/デュオ』の話なんですけれど、自分が『2/デュオ』という映画を撮った時に、ある解放があってですね。『2/デュオ』撮る以前というのは、やっぱり自分は、自分の映画に対しての、映画的な美意識というのを非常に強く持っていたところがあるんです。それはやっぱりいろいろな映画を見て、自分が撮る時はこう撮りたい、あのように撮ってみたい、というものがあったんです。自分が仕事でディレクターをやっていた時に、テレビ番組などで移動車を引きながら、自分がデザインした絵コンテ通りの画を撮ったりして、そういったことを実現出来るようになっていったりした中では、そういう過去の映像といったものに自分は深く規定されていたところがあったんですけれども、『2/デュオ』の時にきれいさっぱり吹き飛んだんです。ひとつは、そうやって自分が思い通りにやってみたところで、そんなに面白くなかったんですよ、こんなものか、と。
 『2/デュオ』という映画を撮った時には、僕はもう必死でしたから、カメラのポジションなんか自分でほとんど決めてないです。田村正毅さんというカメラマンは、非常に面白い活躍をされていると思うんですけれど、非常にひねくれたところがあってですね。僕は彼のことは助監督時代に知っていたので、この人は指示しない方が良いと思ったんです。だから、何も言わないことにしたんですね。二人の芝居を見ていいて、僕はこっちから撮ったらいいんじゃないかなという所から見てはいるんですけれど、そうすると田村さんは絶対違う方向にキャメラを置く。…そっか、と思って。
 ラッシュを見た時に、全然自分の美意識というものの反映はなかったです。まるで他人のラッシュを見るような感じで、その時に、映画というのは、イメージというのは、アングルとかフレームじゃないということが分かったんです。その場所の力なんです。その場所の力がイメージを生んでしまうわけですから、キャメラをどこに置いてもいいんです。イメージが生成されているのは確かなんだけれど、それがアングルとかフレームとかライティングだけの問題じゃないという風になった時に、過去の映画のあれがこうだあれがどうだということから、自分の映画はもう切れたというか、解放されたという気がしたんですね。例えば、僕はカサヴェテスの影響はほとんどないんだけれども、カサヴェテスがある時期にインタビューで、「撮り方で良くなるようなシーンはない」とはっきり断言したんですよ。そのことはすごく自分の心に響いた。僕達は撮り方ばっかり考えていた。80年代の学生は。くだらない時代なんです。テーマなんかないんだよと、映画自体がテーマにしかならない。だから、スタイルとか、撮り方とか言うんですよ。
 この間、小津100周年シンポジウム*1の時に、ペドロ・コスタと、シャルル・テッソンというフランスの評論家の人が来たんですけれど、パネリストには日本の監督もいてですね、彼らが驚いているわけ。「なんで日本人は撮り方の話しかしないんだ、なんで小津の純粋な愛について話さないんだ」と。日本の―我々ですけれど、主題ではなく撮り方とかアングルとか、そういう話ばかりになってしまうんですね。でも、僕の中では撮り方ではなくて、アングルでもない、そういうものじゃない、それこそさっきの話じゃないけれど、「生」そのものとして、映画を捉えたいんじゃないかな。だから、歴史から切れていると思ってはいないんですけれども、そういう風に歴史との解放、距離を取っているのかもしれないし、造形大学では基本方針として、これを見なさい、あれを見なさい 、ということを今のところ言っていないです。淀川長治さんみたいに「あなたこんなの見てなかったら人間じゃない」という態度は、造形大学ではやめましょうという話になっていますね。というのは、あれも見てない、これも見てないというのは、文学部でもそうですけれど、何の勇気も与えないです。一個か二個見たから映画をやっているのに違いないのであって、それでも充分かもしれないんです。という感じで今までやってきたんですが、最近あんまり皆が見ないから百本ずつ見せようかという話も少し始まっていますけれど、今まではそういう感じで来て、僕自身も学生に対して、これを見ていないとダメとか、これ見ろあれ見ろとしているつもりはないです。でも、非常に深く僕自身は映画史に規定されていると思います。

質問者7 先ほどのお話で、対話の中で「生きる」というものを見せる、というか、そういうものを映画の中で撮りたいという風に聞いたんですれども、『H story』の最後で、町田康さんとベアトリス・ダルさんは、言葉が通じてないじゃないですか。あの時の意図をちょっとお聞きしたいです。

諏訪 二人が街の中を歩いているシーンですか?  あのシーンの意図ね。意図というのは、今考えますから。意図という言葉は本当に言い方によって違うんですけれど、どこから話そうか…。
 今日は『H story』の話まで出来なかったんですけれど、さっきお話したような『2/デュオ』のまさに亀裂があった状況ですね、破れ目のようなものを入れたんだという話をしたと思うんですが、それが『H story』の場合は全面決壊しちゃったんです、バラバラになってしまったんです。最終的にはベアトリス・ダルと町田康の話だということは、僕達は分かっていたんだけれど、撮影が始まってもほとんどストーリーもなかったんです。この二人に何が起きるんだろう、言葉も通じないのに、ということが僕らの課題だったんです。
 あの二人は何をしたかっていうと、一晩歩いただけです。何にも起きていないですからね。僕達にとっては、ただ歩くということを撮るだけで映画が出来るのかという話だったんですが、あれしか出来なかったし、ほとんど物語があそこで消滅してしまっていると思うんです。ただ歩く、これは何か目的を持って行動したり、何かの為に会話をしたりというのではないシーンだと思うんです。ただ歩いているだけです、だから物語の意味としてはほとんど何もない。一晩一緒にいたっていう意味はあるけれど、それ以外にはほとんどないです。ただ、歩く二人を見せたかっただけです。そしてその背後に広島というものを、そのまま見せたかったんです。それを何かの物語に位置付けてしまうと、単なる背景の街になってしまうんです。本当に少しの物語しかないから、あの時に場所自体が映画の中で見えてくるような気がするんです、僕にとってはね。
 本当は誰もいないところで撮ろうと思ったんですが、実際はミュージシャンがいっぱいいるシーンでしたよね。あれは金曜日から土曜日の撮影だったんです。ロケハンした時には誰もいなかったんですが、当日行ったら、僕達が撮ろうとしたところは暴走族だらけだったんです、広島だから。本当に暴走族だらけ、こっちはミュージシャンだらけ、どうする? ということで、こっち行くかということになったんです。その時に、「あ、良いな」と思った。これは広島だ、今の広島じゃない?こうやって皆が歌っているっていう。そういう時に、映画が何か世界と交感、交信出来るんじゃないかっていう感じが、あのシーンを撮った時はしたんですよね。だから、何にも起きないんだけど、あのシーンは僕にとって、あの映画のひとつのクライマックスなんです。意図ということで説明できないですけれど。

質問者8 自分の映画をあまり見返すことがないということと、プロセスを重視したいということをおっしゃっていたんですが、そのことで気になるのは、今日のお話にあった、自分では得られない外部にあるものと触れているなと思う感覚について、自分が作った映画に対して「何かに触れている」と思うのは、制作の時なのか、映画が出来あがって最後にひとりの観客として自分の映画を見る時なのか。それとも作っているプロセスですでにそうした外部にあるものと触れていて、だからこそ自分の映画を見返さないのか、ということをお尋ねしたいんですけれど。

諏訪 触れているという感覚がどの時点であるかということ?

質問者8 例えば、僕らが映画を見る時は、諏訪さんがもう作り終わったものを見て、僕らなりに外にあるものに触れているという感覚はあるんですけれど、作っている最中のプロセスでの、外に触れているという感覚というのは、僕らの感じるものとは違うと思うんです。その間にあるものが気になったので質問してみたんですけれど。

諏訪 そうですね。でも僕がもう終わっているかというとそうではなくて、今日、もしここで一緒に見たとしたら、ここで起きる感覚っていうのは自分にもあるわけです。こういうところであまり一緒に見ないのは、非常に疲れるからなんですが、今見ている皆がどう思っているんだ、みたいなことがやっぱり常にその映画の背景を作っていくので、見る度にやっぱり違うんです。だから、決して映画というのは一回で終わっていないということです。でも一番大きいのは、最初に誰かと、他人と一緒に見た時に一応映画が完成するという実感はあります。編集が終わった段階ではまだないんです。これで終わりだなという感じはあるんですけれど、終わった映画が何だったのかということは、編集が終わった段階ではまだ分からないんです。最初に上映するまで分からない気がしますね。撮っている時はまた違う実感があります。でも編集している時は全然それはまた違っているということがあります。僕はずっと撮っている時の実感の方が強かったし、そっちを大事にしてきたと思うんです。『2/デュオ』を作っている時は特にそうで、カメラの前で何を起こすかという、起きることに注目していたし、そこである芝居が出来てきた時に、ある実感を感じていたと思うんです。でも最近は、やっぱり編集なんだなとは思っています、映画を作る実感というのは。編集した時に出来ていくんだなというのは、最近思うんです。

質問者9 二つ質問があるんですが、『H story』と『2/デュオ』の二作品を見させていただいたんですけれど、他の作品もフィルムで撮っていらっしゃっていますよね。

諏訪 フィルムじゃないものもあります。『不完全なふたり』は、ハイビジョンのカメラ、HDVと、皆さんも使ったこともあると思うんだけど、パナソニックの小さいカメラ、DVX100で撮影して、それを35ミリにプリントしています。

質問者9 フィルムで作ることにこだわりがあったりしますか?

諏訪 フィルムでないと嫌だとか、そういう風には考えていないです。フィルムって、やっぱりある意味お金がかかるでしょ。僕が助監督の時なんかには、よく古い映画の人で「やっぱりフィルムだよ」と言う人もいたし、実際フィルムの素晴らしさはあるんです。フィルムという素材の素晴らしさはあるんですけれど、しかし、例えば非常に貧しい状態に生きている人たちが映画を撮る必要があるという時に、フィルムでは撮れないんです。カメラがあったらなんでもいいじゃないか、そういう手段として、フィルムじゃなきゃいけないとか、あんまり僕はそういう風にこだわってはいないんです。ただ、やっぱり違いはある。じゃあビデオの方が安いかといえば必ずしもそうではないという面もあるんです。例えば35ミリで撮ったとすると、照明が簡単になるんです。現像費やフィルム代はかかるけど、照明費がかからないとか、そういうことが起きてくる可能性もあるし、一概にビデオの方が安い高いと言えない時もあるんです。僕自身は、高校の時に8ミリで映画を始めたくらいだから、フィルムというものが非常に好きですけれど、それにずっとこだわっていたいというのはないです。なんでもやってみようと思います。万年筆でないと小説が書けないわけではないですよね。

質問者9 もうひとつの質問ですが、『H story』ではフランス人のベアトリスさんと仕事をされていますし、最新作の『ユキとニナ』も、フランス人の方をキャスティングされています。フランスとよく関係されていたりするんですか?

諏訪 この話は長くなるのですが、『H story』という映画を見ていただいたと思うんですけれど、この映画は、日本では非常に評判が良くないんです。諏訪はお金にならない映画監督だ、ややこしい映画を撮る、というある意味でそういう認識が生まれた作品なんです。同時に、批評もあまりこの映画を応援する状況を生まなかった。まあ簡単に言うと寂しかったんです。もう日本にいるのが嫌だと思って、フランスに逃亡したわけです。お金も無かったので、文化庁に応募すると一日一万円貰えるというので、応募して通ったのでそれでフランスへ行きました。しかも家族を連れて行ったので一万円で四人暮らすのは結構大変でした。フランスにいる間のいろんな人間関係の中で「一緒に撮ろうよ」というプロデューサーもいてくれたので、企画を進めたりということもあったんです。
 始まりは『M/OTHER』という映画がフランスで非常に受け入れてもらって、ものすごく沢山の映画館が上映してくれて、自分の観客は別に日本だけじゃないんだ、フランスにもいるんだ、という気持ちになれたことです。僕の映画の観客は、日本では一万人――『M/OTHER』は一万人いってないくらいじゃないですか?  単館ロードショーというのはそんな数字なんです。東京で一万人だったら、パリでも一万人、あとバルセロナは千人とかね、そういう映画でも良いわけです。上映を何十回もしなくてもいいから、全部かき集めれば、その映画を支えてくれるような人が世界中にいる。僕はどっちの映画を作りたいかといったら、そっちの方がいいなと。日本でだけ受け入れられる映画じゃなくて、人間ならばどこでも通じるような映画になれば、そっちの映画を作りたいという気がしましたし、そういう意味では、フランスの方がやりやすかったんです。そういう映画に対する助成金というのも、フランスからは出やすいということもあって、だからフランスでやろうというのが現実的に起きてきていると思うんです。サッカー選手みたいなもので、やっぱり映画はひとりでは出来ないわけです。個人映画や実験映画というのも別の形ではあるけれども、チームがいるんです。だから、お前ここでプレーしていいよって言われないと、出来ないんです。いいよと言われたらどこでも行きます、メキシコでもいいし。でも今は行けないか、学長だから。今は行けないんですけれど、そういう気持ちでフランスだったんです。
 でも遡れば、今日、ヌーヴェル・ヴァーグのジャン=ピエール・レオーの映像をちょっと見てもらいましたけれど、ああいう年代のフランス映画というものに僕はすごく規定されているし、あそこで得た映画の感覚というのが、どこか自分のベースにあるのかもしれない。だからどこかでフランスとの関係を持ちやすかったし、そこでコラボレートしてみたいっていう気持ちもありました。

スタッフ それでは、終了のお時間になりました。ありがとうございました。

諏訪 まとまった話はできませんでしたが、また続くということで…。ありがとうございました。


*1 国際シンポジウム 小津安二郎 生誕100年「OZU 2003」

(2009年12月12日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)