武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー

第38回イメージライブラリー映像講座
街角の詩・現代中国ドキュメンタリー『収穫』」の記録


講師シュー・トン(徐童)(ドキュメンタリー映画作家)
講師/通訳:中山大樹(中国インディペンデント映画祭代表)
開催日:2011年12月9日

 

この講座について

ドキュメンタリー映画作家のシュー・トン監督は、一貫して社会の下層に生きる人々に寄り添い、その逞しさ・優しさを捉えた作品を作り続けています。本講座ではシュー監督のデビュー作である『収穫』を上映しました。シュー監督はこの作品において、病気の父親のために故郷を離れ、北京で夜の仕事に従事する一人の若い女性の姿から感じた生命力と尊厳とを、繊細で美しい映像によって描き上げています。
講師としてお招きしたシュー監督と中国インディペンデント映画を日本に数多く紹介している中山大樹氏には、『収穫』について解説して頂くとともに、中国の映像作家の制作状況などについて語って頂きました。

司会 最初に本日のゲストを紹介させて頂きたいと思います。中国からいらっしゃった『収穫』を監督されたシュー・トン監督と、中国インディペンデント映画祭を主催している中山大樹さんです。中山さんは『収穫』を初めて日本に紹介されました。上映の前に、まずおふたりに一言ずつご挨拶を頂きたいんですけれど、よろしくお願いします。

シュー 皆さんこんにちは。こちらの大学でこういったかたちで『収穫』を上映できることを非常に嬉しく思っております。そして上映後に皆さんと交流ができることを非常に光栄に思っています。この作品は98分の作品です。終わった後で皆さんとお話しできるのを楽しみにしています。

中山 私は中国インディペンデント映画祭というのを主催しているんですけれども、この『収穫』という作品は2年前、2009年の中国インディペンデント映画祭で上映させて頂いたものです。彼はその後も撮り続けていまして、今開催中の「中国インディペンデント映画祭2011」では『占い師』という作品の上映が行われています。この度はそのゲストということもありまして来日しています。こちらの作品も皆さんに注目して頂けたらと思っています。

<『収穫』上映>

司会 上映を終えて、また一言ずつ監督と中山さんよりお言葉を頂きたいと思います。

シュー 皆さんと一緒に、この3年前に作った作品をもう一度観なおしました。これは遊民三部曲*1の第一部です。「遊民」というのは彷徨う民のことです。過去のことを振り返るというのは非常に難しいことです。今回こういうふうに観なおすと、また全然違った印象がありました。私は長い間この作品を観なおすことがなかったんです。ですから今回こうやって観なおして、非常に複雑な心境です。もしかするとドキュメンタリーというのはそういうものなのかもしれません。常に残念な気持ち、やり残した気持ちというのが残るのです。まあ、私は単に作家として、そして人として、他の人と一緒に時間を過ごしてきたというだけです。この作品を撮ったのは2008年でした。期間はだいたい3ヶ月から4ヶ月くらい。麦の収穫の前後です。その後の編集作業も、撮影と同じく3ヶ月くらいかけました。そして2008年の年末あたりに正式に上映を行いました。

司会 中山さんにも、『収穫』を日本で上映されたという立場から一言頂きたいのですが。

中山 私は、今彼が言った2008年の終わり頃、北京で初めて正式に上映されたときにその場にいまして。この作品を非常に気に入って、ぜひ日本に紹介したいということで、その場で監督に声をかけました。そのとき私は初めて彼と知り合ったんですけれども。そして2009年の映画祭の際にこの作品を上映することができました。残念ながら、その上映のときには監督は都合によって日本に来ることができなかったので、こうして日本に監督を招いたかたちでの上映ができることを非常に嬉しく思っています。

司会 作品について監督に伺っていく前に、この『収穫』という作品も含め、中国のインディペンデント・ドキュメンタリーというものについて、同じインディペンデントといっても日本と中国ではかなり状況が異なりまして、その点に関して中山さんに補足、解説を簡単にして頂きたいと思います。

中山 中国ではインディペンデント映画というものが、日本のインディペンデント映画とは違う認識をされています。中国で映画を映画館で上映するには、どうしても検閲を通さなければいけないわけですね。もともと映画というのは政治宣伝のために行われるものだと中国では決まっています。中国は映画というものに対して非常に重きを置いていまして、厳しい検閲制度というのが今でも存在します。政治的な批判というのはもちろんですけれども、例えばこういった娼婦を描いているような作品というのは検閲にはまず通りません。中国ではこういうものは非道徳だとされていますし、そういったものが中国に存在はするんですけれども、それを撮って海外の人に見せることは恥だというふうに考えられるわけですね。ですからドキュメンタリーであろうとフィクションであろうと、こういった内容のものはほとんど映画館でかかることはないです。ただ、もちろんこういう事実はあるわけですから、そういったものを撮って作品にしたり、例えばドキュメンタリーであれば、こういった事実を記録として残したいという思いを持つ人もいるわけで、そういう作品が検閲を通さないかたち、つまりインディペンデント作品というかたちで作られているのです。もちろんこれらが映画館で公開されるということはありません。本当に小さな、例えばカフェのようなところで上映するとか、大学の教室で行われるような自主上映イベント、あるいは、最近は中国国内でもいくつかインディペンデント映画祭みたいなものがあり、そういったところで上映が行われるのです。ただし、そういった大きなイベントになると当局から目をつけられたりして、映画祭自体が中止させられるといったようなことも起こっています。そういう様々な障害のなかで作品は作られ、上映されているというのが現状です。

司会 ありがとうございました。それでは監督に作品について伺っていきたいと思います。監督はもともとスチールカメラマンとしてのお仕事をされていまして、『収穫』がドキュメンタリー第一作ということなんですけれど、作品を作ろうと思ったきっかけですとか、作品に出てくるホンミャオさんと出会った経緯を少し伺いたいと思います。

シュー ええ、私の本業はもともとスチールカメラマンでした。大学で撮影の勉強をしていたんですけれども、大学を卒業したのは1987年になります。そして大学を卒業してからいろんな仕事をしました。例えばテレビ局の仕事を請けたり広告を撮ったり、デザインの仕事、雑誌の撮影なんかをしたりして、各地を飛び回ったりというようなこともあったんですけれども、これはすべて生活のため、お金を稼ぐためにやったことです。そして2000年になりまして、映像の仕事、写真撮影の仕事に戻りたいという凄く強烈な願望が湧き上がりました。もう一度自分の表現をやりたい、現代アートの世界に戻りたいと考えたんです。当時の中国の現代アートの現状というのは、発展のさなかにあったんですけれど、バブルと言った方がいいような状況で、特に欧米で非常に注目され、作品が収蔵の対象になるという状況でした。それに影響を受けまして、中国の芸術家たちも西洋で売れるものを作っていこうと、そういったものを標準として考えて作品作りがされていました。例えば、毛沢東の様々な肖像画だとか像だとかというものをモチーフにしたような作品作りが非常に盛んに行われていたのです。私はそのとき、こういったものは非常に現実から離れているものじゃないかと、そういう現代アートの姿に非常に不満を感じました。
 そして私は2000年に、自分の考えを文筆を以って表現しようと、つまり小説を書こうというふうに考えました。そして私の周囲の人たちの様子であるとか、いわゆる社会の下層の人々やその苦悩といったものをテーマにした長編小説を書き上げました。ただその小説を書いた後、まだ足りない、まだ現実を活き活きと描写することができないというふうに思いまして、カメラを持ってドキュメンタリーを撮ろうと考えたんです。ちょうどその小説を書くにあたって『収穫』で登場するホンミャオさんと知り合い仲良くしていたので、そこからこの作品に繋がっていきます。ですからこの作品は、現状に対しての理想を追い求める姿、それは幻想かもしれませんけれど、そういうものを追求する姿勢から制作の現場に立ち返って作られた、そういう作品だったわけです。ですから今日こうして暫くぶりに作品を観て、かつて私がそういう理想を抱き、そしてこうした人々と一緒に生活するなかからこの作品を生んだのだということを思い出すことができました。私はその後もずっとそういうやり方でドキュメンタリーの制作を続けて今に至ります。

司会 現実を撮りたいというお話をされていましたが、編集・撮影という過程で、やはり監督側の意志で構成し作り上げるという、フィクションと同じ過程があるわけですね。そういった際に考えたことですとか、やはり作ったものは現実とは違ってくると思うんですが、そういうところに何か困難があったのではないかと想像するのですが、その辺りはいかがでしょうか。

シュー すごく良い質問だと思います。私はドキュメンタリーに絶対的な真実は存在しないと思っています。皆さんが観ている作品というのはいずれも作られた真実であります。監督が選択したものによって作られている結果です。では一体真実というのは何なのだろうと考えたとき、それは私がその現場にいて感じたことなのだと私は思います。かつては、ドキュメンタリーというのは壁にとまっているハエが物を眺めているように静観するものという考え方でした。ただ私は壁にとまっているハエではなく、壁から飛び出して飛び回っているハエ、そして人と一緒に生活し交流し、一緒に作り上げる、そういう真実というものをドキュメンタリーにしたいと考えています。

司会 今の話でもう一点伺いたいのですが、一緒に過ごすということなんですが、カメラを持っているということは、それは対等の関係に成りうるのか、また、作品として上映していくことで、その関係はやはり少し特殊なものなのではないでしょうか。それによって相手を傷つけないだろうかという不安も考えられるのではないかと思うんですが、その辺りはいかがお考えですか。

シュー 私の理解では、カメラというのは冷たい、温度を持たないものではありません。カメラが人を傷つけてしまうのではないかという考え方は、カメラが非常に冷たい武器であるという考えに基づいていると思います。私はカメラをそういったものではなく、ひとつの交流の道具というふうに捉えています。私が撮影するときは常に、まずその人たちと共に生活をして、その後でカメラを取り出すという方法をとっています。こういった撮影をするときに、カメラは冷たいものではなく温度を持ったもの、私の体温と同じ温度のものになります。ちょうど、皆さんが生活をするなかで常にカメラを携えていて何かのときにそれを取り出して撮る、そういうことが生活の一部になっているように、そして、そうやって撮られた写真が決して冷たいものではなく温度を持ったものになり得るのと同じように、私の制作には撮られる対象との間に衝突というものは存在しないと考えています。私はドキュメンタリーというのは作家と対象が協力して作った結果であると考えています。ですから、撮影をしている間、私の身分は決して作家や監督ではなく、単なる彼らの友達の一人なのです。私の作品のなかからも、ホンミャオと私自身の信頼関係が見て取って頂けるのではないかと思います。そういう信頼のもとで記録されたものが先ほどの映画だったわけです。ですから、先ほどこの作品を見た後で、私が複雑な心境になったというのも、やはりそういったことが理由にあります。

司会 なぜ、複雑な気持ちになったのでしょう?

シュー 撮影のとき、ホンミャオは非常に苦しい生活のなかにいました。今から思えば、彼女は当時まだ僅か二十歳で、とても若かったんです。そんな若い彼女にどうしてあんなに大きな力があったのか、今から考えてもよく分かりません。彼女の家庭であるとか、友達であるとか、そして彼女自身ですね、そういった環境のなかで、あんなにも彼女は力に満ちていたのです。彼女のそういった勇気や強さに非常に感動させられます。彼女は中国の下層社会に生きる多くの人のひとつの縮小された姿です。中国は30年間の経済発展のなかで現代化のプロセスを歩んできました。そこには多くの下層の人々が払った代価があったわけです。映像でこういった人々の姿を残すということは非常に重要なことであり、これが私の仕事だと考えています。ですからもう一度作品を観なおして当時の心境に戻り、当時の辛さ、あるいはその勢いを感じたときに、私がやってきたことはやっぱり間違いなかったなと思いました。こういった下層の人々の姿というのは決して消えることのないものです。

司会 監督は第一作から新作まで一貫して、下層とされる人々の生活を見つめた作品を作られているんですけれど、今おっしゃったように記録することが重要であるということ以上に、監督自身が彼らに惹かれる部分もあるのではないかという印象を受けるのですが、どういったところに惹きつけられるのか、監督自身のご意見を伺えたらなと思うのですが。

シュー 私がたぶん彼らと似たような感覚を持っているからじゃないかと思います。というのも私は以前、このドキュメンタリーに映っているような彷徨う人々と同じような生活を経験しました。大都市のなかにいても一切を持たず、都市のなかの辺境にいて、住むところがないゆえに郊外の方へどんどん移って行く、そういった漂泊した生活を私自身が経験しています。それはおそらくこの映画に出てくるホンミャオととても似ているんじゃないかと思います。ただ、芸術をやっている人たちというのはそういう境遇に遭遇したときに、ともすると絶望したり非常に悲観的になってしまったりするものなんですが、ホンミャオのような人たちというのは決して絶望することはありません。むしろそんな境遇のなかにあっても生命力に満ちていて、とても楽観的で、そういう人たちを見るなかで私の生活に対する認識というのも次第に変化していきました。

司会 この作品は海外の映画祭に出されたときにプライバシーの問題で非難を受けたことがあるという話を伺いました。それは映像を作る人にとって共通する大事な問題だと思うのですが、そういった経験を経てどのように考えられましたか? そして、その後も別の作品を撮っていく上で何か影響はあったのでしょうか?

シュー この作品は2009年から中国国内外の様々な映画祭に参加したんですけれども、そのなかでも一番強烈な反応があったのが、香港で行われた「華語紀録片節」というドキュメンタリーのイベントでした。香港の地元の社会運動家の人たち、これは下層社会の人たちを助けようという運動をしている人たちなんですけれども、そういった人たちが上映ホールにやって来て、横断幕を掲げて上映を禁止すべきだと抗議をしました。彼らは「こういった作品を上映することで登場人物のプライバシーを暴露する。そして顔にモザイクをかけることもなくこういった作品を上映することになれば地元の人にそれを知られてしまう。それは登場している人物の生活に問題を引き起こすものである。だからこういった作品を上映すべきではない。こういった作品を上映するということは、監督の不正な行為を助長するものだ」と主張しました。結果的には香港の警察官が4人会場に入って来まして、抗議をしている人と上映者側との間に立って協議を行いました。その結果、妥協案として、ホールのスクリーンを元あった位置よりもちょっと高い位置に移し、抗議をしている人たちはスクリーンの邪魔にならないようにその前に座って抗議を続ける、というかたちで上映が行われました。それが香港で起こった『収穫』事件の顛末です。
 私が思うに、彼らの考え方というのは良心からきているわけですが、その考えは少し浅いのではないだろうかと思います。こういった、いわゆる性風俗産業に従事している人というのは、顔にモザイクさえかければそれでばれなくて済むというものではないはずです。中国ではそれ以前に娼婦というのは違法な人たちでありますから、彼女たちには権利がないわけです。ですから中国では、表に出す顔がない存在の人たちだというふうに思われているのですけれども、私はそうではなく、やはり平等な立場で、彼女たちも顔を出して人々と接することができるような、そういったものであるべきだと考えています。ですから娼婦たちの権利というものも人権のなかの一部ではないかと思います。
 この作品のなかの人物、ホンミャオという人はそれをまさに表していて、非常に活き活きとしていて、勇気を持ち、そして正々堂々と人間として暮らしているのです。もちろん、こういった抗議をしている人たちの言っていることも分かります。こういった情報が伝達され人々に伝わっていけば、現実社会のなかで彼女たちが何らかの傷を受けるという可能性はあります。ですから私もそういったことは考慮した上でいろいろなことを行っています。例えば、作品のなかで出てくる人々の名前は皆仮名を使っていますし、場所もぼやかした書き方をしています。私も、ホンミャオさんとは話し合った上で同意を得ておりまして、中国国内では上映はしない、ただし海外での上映はしても構わない、特に大学であるとか、そういったところでの学術的な上映で、より専門的な話し合いをする場においては上映をしても構わないという同意を得ています。ですから、ホンミャオさんにはとても感謝をしています。
 それから皆さんにひとつ嬉しいお知らせがあるんですけれども、今年の初めにホンミャオさんからメールを受け取りまして、彼女は結婚をしたそうです。私もその知らせを聞いてとても喜びまして、早速銀行に行って1000元ほどのお祝いをお送りしました。そのとき聞いた話では、同時に彼女は妊娠3カ月だったそうです。そして少し前に彼女の方から電話がありまして、子供が生まれたと、女の子だったという連絡がきました。ですから、この『収穫』から現在に至るまでに、ドキュメンタリーという仕事に対しての私の考え方に一貫したものが出来上がってきました。それは、登場人物との良好な信頼関係を築き、そしてそういった人々の生活の状況というものを世の中の多くの人たちに紹介するということです。ひとつ面白いことに、今年の10月に行われた南京でのインディペンデント映画祭のなかで、私の最新作である『老唐頭(ロウタントウ)』という作品に出演しているタン・シャオイェン(唐小雁)さんが、今日もこちらの会場に来ているんですけれども、彼女がドキュメンタリー真実人物賞という賞を受賞しました。これは中国のドキュメンタリー映画の歴史のなかで、初めてドキュメンタリー映画のなかに出てくる登場人物に対して賞を与えようとしたものでした。この賞のいいところは、作家、監督だけでなくそこに出演している人物が一緒に協力をして作品を作り上げているということ、そしてそこに出演している人の貢献、ある意味犠牲になってもらった上で作品が作られているのであるということを皆が認めたということです。この後お見せすることになる『占い師』という作品のなかに、このタン・シャオイェンさんが出演していますので、その生活の一部をご覧頂くことができると思います。

司会 『占い師』と『老唐頭』の関係を少し補足して頂きたいんですけれど、お願いできますか。

中山 『占い師』という映画は、北京の郊外にある町で、路上で占いをしている易者の生活を追ったものなんですけれども、そのなかで、主人公である占い師のところに占ってくれと言ってきた女性がタン・シャオイェンさんなんです。『占い師』の作品のなかにも出てはくるんですけれども、まだ一部なんですね。その撮影を通じて監督はタン・シャオイェンさんと知り合いまして、その次の作品『老唐頭』という映画では、そのタン・シャオイェンさんのお父さんを主役に描いています。もちろんそのなかでタン・シャオイェンさんも出演はしているんですけれども。話は『占い師』とは全く違った、中国の東北部に住む老人の姿であるとか、それから彼らの生い立ちですね。例えば、日本に統治されていた満州の時代があり、その後共産党の時代が来て文革が来て、というような、そういった自分たちの歴史を一人の老人が語っていくというような作品になっています。

司会 では、今お話に出ました『占い師』の映像を少し上映したいと思います。

<『占い師』(抜粋)上映>

司会 今日は『占い師』に出ているタン・シャオイェンさんが、監督とご一緒にムサビにいらっしゃいましたので、ご紹介したいと思います。タンさん、作品について一言お願いします。

タン 東京に来ることができて非常に嬉しく思っています。この作品は2年前に北京の郊外で、このシュー・トン監督によって撮影されたものです。こういった作品を通じて、海外の人々に中国にはこういう暮らしをしている人たちがいるんだということを知ってもらえればと思います。この作品を皆さんに観て頂いて、そしてこのシュー・トン監督の作品を好きになって頂いて、そしてこの監督をもっともっと応援して下さると嬉しいです。

シュー この『占い師』という映画は、占いをしている老人の生活ぶりを描いた、社会の底辺にいるような人の生活を描いたものなんです。そこには様々な人が占ってもらうためにやって来るんですけれども、このタン・シャオイェンさんもそのなかの一人です。この作品のなかには彼女の特殊な経験が描かれています。例えば彼女が経営しているお店に酔っ払いが嫌がらせにやって来たときの様子であるとか、あるいは、同業者のライバルが彼女に不満があって彼女をおとしめるために彼女のことを警察に訴えて、映画の最後に彼女は逮捕されてしまうんですけれども、そういった状況であるとか、彼女のそういうすごい人生というのを撮っています。この作品は中国インディペンデント映画祭で上映されていますので、皆さんにもご覧頂けると思います。

司会 ありがとうございました。それでは質疑応答の時間を設けたいと思います。

質問者 一人で部屋にいるホンミャオさんがカメラに向かって語るシーンと、友達と一緒にカラオケに行ったり飲み屋に行ったりする場面がありました。一人で話をしているときと他の人たちと一緒にいるときの、態度というか姿勢というか、彼女が全く違う表情や局面を見せていて、その違いがすごく面白かったし魅力的だと思いました。先ほど監督が、カメラは冷たいものではなくて温度のあるものだというお話をされましたが、そういった話を聞きながらもう一度この作品を振り返ってみて、彼女にとってカメラは、つまり監督と一緒にいた時間、独白というかたちですけれども面と向かって監督と話をしていた時間というのは、今になってみれば彼女にとってはすごく大切なひとつの時間、ひとつの空間だったのではないかと思いました。シュー・トン監督がこの作品を再度ご覧になり自分で振り返ってみて、彼女と一緒に過ごした時間や話していた空間というもの、それは彼女にとってどういったものだった思われますか。

シュー この撮影が彼女にどういう影響を及ぼしたかということを聞きたいのではないかと思いますけれども、私のこういった撮影は、おそらく非常に変わったもの、極端なもの、彼女にとってはそういうものだったと思うので、お互いに全く別な世界を知ることができました。私は、彼女の姿を撮りそれを人に見せることで人を感動させられるということを知りました。彼女にとっても、こういったドキュメンタリーの監督がやって来て、一緒に生活をして、そういうなかで様々なものを見つけてくれたと思います。ですから、彼女が最終的には今までの生活と決別して、そして普通の人の普通の生活というのを選んだということは、おそらくそのことの結果だったのではないかと思います。ですから私にとってドキュメンタリーというのは、撮って別れてしまったらその後は離れ離れになるというものではなくて、撮った後も長く友達でいられる、そういったものです。

司会 それでは今回の講座を終わりにさせて頂きたいと思います。改めて、シュー・トン監督、中山大樹さん、タン・シャオイェンさん、本当にありがとうございました。

シュー こういった上映の機会を設けてくださった皆さんに改めて感謝をいたします。そして、隣にいるこの中山さんは知り合ってもう何年にもなる友達ですけれども、こういった中国のドキュメンタリー作品を日本で紹介している、非常に貢献している人間です。それから、今日ご来場頂いた皆さんに感謝申し上げたいと思います。ありがとうございました。


*1 監督は自作の『収穫』(2008)、『占い師』(2009)、『老唐頭』(2011)を自ら“遊民三部曲”と呼んでいる。


(2011年12月9日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)