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イメージライブラリー映像特別講座
「映画で学ぶ憲法(1):憲法研究者が見た『カサブランカ』」の記録


講師
駒村圭吾(慶應義塾大学 法学部・大学院法務研究科教授)
松平徳仁(帝京大学 法学部専任講師)*2012年9月現在
司会
志田陽子(武蔵野美術大学 造形学部教授、教養文化研究室、造形研究センター研究員)
開催日:2012年9月27日(木)

 

この講座について

映画『カサブランカ』の背景には、当時の特殊な世界情勢を背景とした政治的亡命の問題が描かれています。映画から見えてくる国際政治問題、人権、そして映画という表現媒体自体が国際的・政治的な力関係の影響を受けてきたことを、他の映画作品との横断的比較を交えながら憲法研究者の駒村圭吾氏、松平徳仁氏に座談会形式で語っていただきました。

志田 今年は3回シリーズで「映画で学ぶ憲法」という講座を組みました。映画を見ながらだと理屈っぽい言葉ばかりでどうも実感しにくい法学の分野のことを、イメージを喚起しながら学べるので、私の憲法の授業の中では映画をよく使います。それを、私よりももっと映画に詳しい憲法学者の方々をお呼びして、武蔵美の映像設備を使って、より充実したものにしてみようと考えて今回の講座を企画しました。第一回目は『カサブランカ』をメインの題材にしながら2人の方にお話を伺うことにします。
 駒村圭吾先生は慶應義塾大学法学部で、憲法および言論法という分野を専門になさっています。最近、『表現の自由』という大変大きな本を出されたので、武蔵美のように表現者が集まる大学にぜひお呼びしたいと思っていました。松平先生は帝京大学法学部(*2012年9月現在)で憲法を専門になさっているのですが、台湾で「映画の憲法理論」というご論文を出しておられ、映画に関する造詣は憲法研究者の趣味という領域をはるかに超えて専門レベルに達している方です。

松平 今日のメイン映画ですが、私は『カサブランカ』という映画に個人的な愛着があるわけではありません。私は10代からアルバイトとして、東京国際映画祭、台北映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭等でいろいろ雑用の仕事をさせていただいていました。たまたま東京国際映画祭で雑用をやっていたところ蓮實重彦という映画評論家と出会いまして。それがきっかけで蓮實先生の映画のゼミがある東京大学に進学しました。その後3年目までは法律の勉強をまったくせずに、三百人劇場とか、昨年閉館になりました銀座のみゆき座でうろちょろしておりました。あるときに映画祭関係の宴席で、お互い好きな映画を言い合おうじゃないかと蓮實さんが提案して。そこで私の友人の口から出てきたのは、『カサブランカ』なんですね。ご本人によりますと500回見ていると。私は『カサブランカ』を、一カ月前に飛行機の中で見たのを含めて30回ぐらいしか見てない。ただ、志田先生は音楽の造詣が深いことがあり、また隣にいる駒村先生もアメリカの文化現象としてのミュージックについて造詣の深い方ですから、音楽についても語れる作品がいいだろうと考え、500回見る人もいる『カサブランカ』でいこうと思った次第です。

駒村 今日は映画を見て憲法を学ぶというテーマなんですけれども、むしろ一介の50代のおやじで、大学で教鞭を執っているという人間がこの映画を見るとどう思うかということを語らせていただくことにします。
 法律学というのは、条文や判決文というものを読んで、その意味するところを、「てにをは」とか句読点のふり方まで含めて議論する学問なんですね。条文とか判決文というテキストを素材にして、ああだこうだと真剣に語る訓練を法学部では毎日やっているわけです。
 テキストというのは条文だとか判決文に限る必要はないわけで、あらゆる表現行為がテキストを構成するんです。小説も、漫画も、音楽も。映画というのも一つのテキストだと見れば、この映画を見て面白かった、面白くなかった、まあまあだったという評価を超えて、こういう仕掛けがあっただとか、こういう歴史的背景やイデオロギーに支配されているとか、作家や監督にはそういう意図がなかったかもしれないけど、我々はこう読めるとか、今日はそういう話をしてみたいんですね。
 映像表現でも、文字表現でも、それから法律文、判決文でも、そういうふうにテキストを読んで、そこに隠れている意味を探り出すということが、つまり、解釈という行為が必要で、おそらくそれは、法律学だけではなくて、あらゆる文化的営みの根本にある。特に批評という活動を考えた場合にはそういうことが必要になってくる。ですからある種のインテレクチュアルな営みとして映像表現をとらえた場合に、それを知的テキストとしてああだこうだと議論することは、実は、私たちが法律学の領域で常日ごろやっていることと同じなんじゃないかということをお伝えしようと思ってます。

志田 このイメージライブラリーでは、今、データベース構築を進めています。今回の映像講座ではそのデータベースでの映画検索を駆使して、いろいろな映画と比較しながら『カサブランカ』を批評、分析するという試みをします。同時に、この映像講座の内容の中から、データベース構築のための検索キーワードとして役立つ言葉を抽出させていただき、イメージライブラリーに提供することを目指します。

松平 この映画については、実はいくつかの俗説があります。一つの俗説は、これはプロパガンダ映画だと。戦時中、1942年という時代背景を考えて、第2次大戦が非常に色濃く投影されている映画であると。そしてもう一つ、前の俗説と関連するのですが、この映画の製作にはCIAの前身であるOSS(戦略情報局)が絡んでいるんじゃないかという、映画社会学の世界ではかなり有力な俗説もあります。私は、憲法研究者として、通説を壊すのが大好きな人間ですが、以上の「通説」を裏づけるものがこの映画の画面のどこにも出てきません。しかし映画を語るには、その画面に現れているものごとをまず見るのが重要だと思います。
 『カサブランカ』はリメークが非常に多い。ですから皆さんは、今日の映画をこれまで見る機会はなかったかもしれませが、そのリメークを実はかなり見ているんじゃないかと思います。ところで、リメークというのは丸ごとリメークとは限りません。その場面、場面でリメークをやっているというのがよくあることです。一つの例は『スター・ウォーズ』シリーズで最初に撮られた、『新たなる希望』です。これは物語全体としては4作目という位置付けですけれども、制作・封切の順番でいえば第1作です。この『新たなる希望』の序章で、ジェダイに見いだされて少年が家族を殺されて、ジェダイである師匠と一緒に亡命します。ロボットに伴われた2人が、敵地脱出の手段を求めて怪しい酒場に入りますが、そこでハリソン・フォードが演じる若いパイロットと出会うわけです。酒場のシークエンスは、ナチスに追われて流れてきたカップルが、脱出の手段を求めてリックの店にやってくる『カサブランカ』のシークエンスとそっくりですよね。

志田 「映画で学ぶ憲法」というテーマに照らして、何かキーワードはありますか。

松平 ここのキーワードは「逃亡」ないし「亡命」です。『カサブランカ』におけるリックの店というのはヨーロッパ大陸からの難民、主にユダヤ系の人たちが自由を求めて集まり、取引をする店なんですね。『カサブランカ』の冒頭で、北アフリカまでの逃亡の経路を示す地図が出てきますが、これは当時の歴史と符合しています。現代思想家のベンヤミンも、亡命の途中、地中海を渡ることができず自殺をしてしまいます。そういう亡命者をうけいれるお店が描かれているわけです。
 『スター・ウォーズ』では、ルーク少年と彼の師匠が変装して安全な場所へ移動しようとしている。ハリソン・フォードがいた酒場も、さまざまな亡命者、あるいは帝国をさまよう多くの無法者らが集まる場所になっています。『カサブランカ』でいえばリックの店です。亡命者を食い物にする詐欺師が大勢いて、亡命者に取引を持ちかけています。そこのところはリメークというか、ジョージ・ルーカス監督が『カサブランカ』にささげた、ある種のオマージュであったといっていいのではないかと思います。

<『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』部分上映 ハリソン・フォードの登場シーン。 00:47:47〜00:49:50>

松平 オマージュですから、まったく同じというわけではありません。ストーリーも人物も違うのだけれども、映画の文法や構図において模倣をみてとれる、そういう意味でのオマージュです。間違いなくルーカス監督は『カサブランカ』を見ていて、それを自分の映画に生かそうと考えたのでしょう。

志田 法学的には、「オマージュ」というのも一つのキーワードです。映画やコミックでオマージュとして作られた部分が、著作権法上、複製権や翻案権の侵害になっていないかということで問題になることがあり、憲法上の「表現の自由」と著作権法のルールが緊張関係に立つことが多いという意味で、キーワードになりえます。

松平 『カサブランカ』が一般人に国民国家を売りこむ国策映画だという俗説があることは先ほどお話ししたが、実は映画史的にみればこの作品は相当反=国民国家的な映画です。この映画の制作スタッフとキャストを見るかぎり、ほとんど亡命者だったんですね。監督のマイケル・カーチスはオーストリア=ハンガリー帝国出身です。彼の映画人としてのキャリアは基本的に東ヨーロッパで形成されたものであって、Made in USAではなかった、あくまで彼はアメリカに移ってきた人なんですね。
 主演女優のイングリッド・バーグマンさんもアメリカ人ではありません。スウェーデンとドイツのハーフであり、したがって何カ国語も自在に話せた方です。また、この映画で彼女の夫役を演じた、ラズロという役名で出ている人(ポール・ヘンリード)も、まさにオーストリア=ハンガリー帝国の貴族の出身、しかも名前に「フォン」(von)がつく、ドイツ語圏の貴族出身だったのです。それから警察署長を演じた方(クロード・レインズ)も、フランス人ではなくイギリス人です。それからナチスのシュトラッサー少佐という役を演じた方(コンラート・ファイト)は、ドイツ人ではあるけれども、ナチスに反対して亡命した亡命者でした。奥さんがユダヤ人で、そのために夫婦でドイツを脱出してアメリカに亡命した。そういう亡命者が、ナチスの役を演じるわけです。それから、リックの店で警察に追いつめられてけっきょく殺されたという暗い役を演じたペーター・ローレ、彼もアメリカ人ではなく、オーストリア=ハンガリー帝国の出身でした。要するに『カサブランカ』は、オーストリア=ハンガリー帝国の文学、芸術の伝統にコミットしていた人たちが作った映画なんですね。いわゆるアメリカ国民的な映画ではありません。
 さらに、この映画を製作したワーナー・ブラザーズという映画会社、当時の社主はジャック・ワーナーという人でしたが、ワーナー兄弟はもともとポーランドにいた東欧のユダヤ人です。というわけで、この映画の出演俳優、プロデューサー、監督、ほぼ全員亡命者で構成されていたのです。国策映画とはとうていいえません。この映画がもつ、あるいはもたされる政治性は、1950年代の「赤狩り」でまったく逆の読み方をされてしまうことになります。すなわち、同じ監督カーチスと脚本家ハワード・コッホのコンビで、『モスクワへの密使』(原題『Mission to Moscow』1943年)という映画が作られていますが、こちらはスターリン賛美の映画だ、左翼の映画だ、といわれていた作品なんですね。後に「非米活動委員会」がカーチスとコッホを追及するときに、『モスクワへの密使』を撮ったことが罪状に使われました。そして「赤狩り」の第一号になったのはまさにワーナー・ブラザーズの作品だったんですね。
 ですから、この映画の政治性をどう考えるべきかは、非常に難しい問題ですけれども、少なくともこれを、アメリカの国家権力が作った戦意高揚映画というふうに決めつけるのはかなり無理があるじゃないかと私は思うのです。これは見てのとおり、メロドラマとして見るべきではないでしょうか。しかも相当無理をしているメロドラマですよね。ラズロがレジスタンスの会合に参加するあたりが、もうばかばかしくて見てられないような感じさえします。そういう意味では、なにかきわめて歴史的、政治的なメッセージをこめる映画の作りには全然なっていません。ちなみに、この映画が作られた1940年代の前半というのは、スタジオシステムがまだ機能していた時代です。だからメロドラマでも、なんら違和感なく大河ふうに見せることができました。そういうこともあったのではないかと思います。
 映画の政治性という話が出ていますが、この政治性は映画を作る人たち自身がどこまで自覚的だったのでしょうか。例えば、映画作家が強烈な政治意識をもって映画を作るということはあり得るし、映画史においても現にそういう人たちが存在しているわけです。先ほど言及した『カサブランカ』の脚本を書いたハワード・コッホという人は、ニューヨーク生まれで、コロンビア大学ロースクールを出たインテリでした。1938年、オーソン・ウェルズが作ったラジオ劇『宇宙戦争』の脚本を書いた人なんです。
 彼は左翼でしたから、ある意味では政治意識は強かったといえます。しかし、あの時代、つまりニュー・ディール期の進歩的な知識人や心ある若者というのはだいたい左寄りとみられがちでした。ただし「左寄り」といっても、別に共産党その他特定の政治組織にコミットするのではなくて、単に政治信条が反ナチス・反ファシストで、社会の正義と公平に関心をもつ、それだけのことだったのです。その延長線上にアメリカ合衆国があり、イギリスがあり、フランスのレジスタンスがあり、そしてソ連があったわけです。彼らにとって思想信条の実践として行ったことが、研究者にとって「政治性」の表現ということになります。
 それにたいして、本人がさほど自覚的ではなかったのだけれども、映画作りのなかで、その人自身が生きた時代——その中にはもちろん政治というものが入っているわけですが——に対する自分の考え方をさりげなく出すという意味の「政治性」の露出は、映画の世界ではよくあることです。
 そこで、小津安二郎の遺作となった『秋刀魚の味』をお見せしたいと思います。この映画のある場面が、いまお話しした「偶然」としての政治性をいちばんわかりやすく説明してくれると思うからです。小津映画で有名になった笠智衆は、小津後期の20年で、だいたい平山という役名で出てきます。海軍兵学校に行って海軍で艦長まで昇進した元大佐で、敗戦後、先輩の助けで会社の重役におさまっているという設定です。そんな平山がある日、旧師が営んでいる不味いラーメン屋で海軍時代の部下であった坂本と偶然再会し、その後2人はトリスバーに移動し、いっしょにお酒を呑んでいる場面です。

<『秋刀魚の味』部分上映 平山(笠智衆)が元部下の坂本(加東大介)とトリスバーで会話するシーン。 00:39:53〜00:42:22>

松平 こういう出し方もあるんですね。しかも面白いことに、少なくとも生前の小津の政治的スタンスは若干「右寄り」だったと思われます。彼の知人・友人には右寄りが相当多くて、この映画でも、テーマソング的な伴奏に旧海軍の『マーチ』を使っています。しかし数十年後、小津の助監督をつとめていた吉田喜重という、60年代以降の日本映画における重要な作家が出てきます。憲法判例にもその名前を残した、『エロス+虐殺』という映画を撮った人でもあるのです。吉田監督はこの作品で訴えられて、一審で敗訴したが、控訴して二審で勝ったのにもかかわらず、原告側と和解し訴訟を終らせてしまいました。余談ですが、あるとき私は、吉田監督に、なぜ最高裁まで争わなかったのかとお聞きしたことがあります。すると吉田さんは、芸術とは何かを裁判所に決めさせてたまるかと。これはひとつのうがった見方なのかもしれないが、けっきょく彼は、一審で負けたから挽回すべく憲法学界の錚々たる面々を意見書提出で利用しておいて、二審で勝った途端、最高裁まで争って表現の自由に関する決定的な憲法判例を引きだすという憲法学者の期待をさっさと裏切ってしまうのですね。映画と憲法は実は相性が悪いです。余談はこのぐらいにして、要するに映画と政治の関係はなかなか難しい、ということを申し上げたかったのです。

志田 映画の政治性や、映画の作り手の政治的立場が作品中に折り込まれてくるところがあるということは、憲法を学ぶということで言えばおそらく、作家の思想良心の自由とか表現の自由が見えてくるところなんだろうと思います。

松平 先ほど申し上げたように、この映画にはリメーク、オマージュ、それから亡命者の集まりといった要素があります。さて、役者さんの話にもどりますが、シュトラッサー少佐という悪役を演じたのは、サイレントの時代のドイツ映画では大変な名優です。これからご紹介する『カリガリ博士』という1919年の映画に出ています。

志田 今日の講演では、いろいろな映画のいろいろなシーンを比較横断して見ていきながらお話を伺った後で、ここから映像データベースに提供できる検索キーワードを抽出するという研究目的もあります。この『カリガリ博士』について、キーワードはありますか。

松平 俗に言うとドイツ表現主義という言葉があるんですが・・・。強いて言うとこの映画と関係あるのは、光と影の対比の仕方なんですね。『カサブランカ』で警察署長がリックのオフィスに行ってペーター・ローレの逮捕を相談します。その場でリックが金庫を開けるシーンがあるのですが、そこの光と影のコントラストがそうですね。サイレント映画ではわりとよく使われていた手法です。
 先ほど映画と憲法は相性が悪いと申し上げましたが、それにはちゃんと憲法学上の根拠づけがあるのです。世界的に有名な憲法学者でかつ、映画について一家言をもっているという人はほとんどいません。例外なのが、ドイツのカール・シュミットという憲法学者です。彼は、1928年に公刊した『憲法理論』という名著で、映画と憲法の関係について語っています。当時通用していたワイマール憲法は、表現の自由を保障する原則規定を置くいっぽうで、映画とわいせつについては検閲をしていいという例外を定めていました。なぜそのような例外をワイマール憲法が設けているのかについて、シュミットが理論的に説明しているのです。彼いわく、それはワイマール憲法が映画を価値ある表現=言論ととらえていないからだと。表現の自由はすなわち言論の自由だ、言論の自由というのは文字どおり、文字と音声を伴うものでなくちゃいけない、したがって文章と音声によらない表現は憲法上保障される言論にあたらない、と。シュミットがそう書いた1928年当時、ドイツの映画はまだサイレントが主流でした。ですから、シュミットの議論は、サイレントを念頭においたものとして読むべきだと思います。たしかにサイレントというのはある意味で、ただの図面といえなくもないです。まさに『カリガリ博士』が典型ですが、画面をずっと見ていると頭がおかしくなると。ゲーテの詩までひっぱり出して映画批判をやっているぐらい、シュミットという人は映画嫌いです。要するにこんなもの、ろくなものじゃない、はまったらバカになると。それゆえにワイマール憲法が「表現の自由」の対象から、わいせつと同列のものとして映画を除外して検閲を許したのだと。
 ところが1930年代以降、ドイツ映画もトーキーに移行します。すると、映画は音声がないから憲法上、表現の自由にふくまれないという説明は維持できなくなります。そこでシュミットは、構成を変えて、政治的に悪用される可能性の高いメディアとして映画をラジオと並列させることで、自説の維持をはかります。すなわち、映画もラジオも大衆への宣伝効果が高いから、自由主義的憲法原則にしたがって国家からの自由としてそれらの自治を許すと、映画・ラジオの経営を握る私人ないし政治勢力によって悪用される可能性が高い。その結果、映画とラジオについては、それらの悪用を防ぐために、国家はみずからの中立性を破るのをよぎなくされることになります。では具体的にどう破るのかというと、一つは映画を国営化するというか、当時では「社会化」といって公共放送みたいにするという選択肢が考えられます。しかし実際、当時のドイツでは映画だけでなく、産業の「社会化」に対する抵抗が強かったので、これはうまくいきません。すると残された選択肢はたった一つ、つまり憲法自身が許容した映画の検閲制度しかありません。いわば国家が中立性を破ることによって、表現の自由全般について憲法が採用している自由主義的な一般論と、映画・ラジオが持っている大衆の政治的教化という効果の抑制という2つの要請がかろうじて両立することになると。映画とラジオを「脱政治化」させることが眼目ですから、国家が全部握るというやり方も、検閲というやり方もその手段として考えられる、とシュミットがいっているのです。彼にとって、映画は「憲法の敵」なんですね。
 考えてみれば、『カリガリ博士』は1920年代に作られたサイレント映画であり、ずっと見ていたら頭がおかしくなるという批判は当時からあったのです。『カサブランカ』でナチスの少佐を演じた方は、『カリガリ博士』では操られたチェザーレという役でした。

<『カリガリ博士』部分上映 コンラート・ファイトの登場シーン。 0:13:26〜0:15:35>

松平 いま申し上げたことはペーター・ローレという役者さんについてもある部分妥当します。彼もドイツ映画の出身です。フリッツ・ラングという、のちにハリウッドで活躍したユダヤ系ドイツ人の大監督が1931年に撮った『M』という映画にローレが出演しています。ここでも犯罪者の役ですね。精神的に何か問題というか障害を抱えていて、子どもを誘拐し殺してしまう。子ども殺しというのは憎むべき公敵だということで、闇社会も動き出し、警察に先んじて彼を捕まえてしまいます。その後、彼が、闇社会によってヤクザらがいわば裁判員をつとめる「人民裁判」にかけられるというシークエンスがありますが、これをご覧ください。

<『M』部分上映 ペーター・ローレが捕まり、ヤクザによる裁判にかけられるシーン。 01:35:50〜01:50:00>

松平 ペーター・ローレというのは舞台劇では大変修行を重ねられた方ですが、おそらく怪人・狂人の役が得意だったのでしょうね。『カサブランカ』でも、やはり似た役柄をあてがわれて、何か暗いものを背負っている人物として非業の死を遂げる、そんなナレーションが設定されています。

志田 次は駒村先生から、比較対象となる映画を挙げながらご解説をお願いします。

駒村 松平先生は憲法学者でありますけれども、同時に蓮實重彦から間接的、直接的に薫陶を受けた映画評論家でもあるわけですが、私のほうはもうちょっと、「こういうふうに見てもいいんじゃないか」という提案を一介の映画好きなりにしたいと思います。今日初めて『カサブランカ』をご覧になった人、どういう印象を持ちました? 何か、映像表現として。

聴講学生・菅谷 場面転換が急だなと感じました。今の映画ってすごく滑らかにストーリーが進んでいく感じがするんですけど、『カサブランカ』に関してはむしろ滑らかさよりも何か伝えたいものが先行している印象を受けました。

駒村 場面展開が急だというだけじゃなくて、早口に聞こえませんか、すべてのセリフが。これって、『カサブランカ』だけじゃなくて、黒澤明の映画を見たときに一般の学生はまずそういう反応なんですよ。非常にセリフが速く聞こえると。それから、じゃあ、後ろの方。

聴講学生・吉川 劇中の音楽なんですが、BGMとしての音楽と、劇中の黒人の人が弾く音楽と、登場人物が鼻歌で歌う音楽というものが、いろいろに出てきますね。

駒村 この映画は先ほど松平先生からご説明もありましたけれども、ある意味でリアルタイムな映画なんですね。今から見ると我々はモロッコで起きた昔のことを見ていることになりますけれども、当時ほぼリアルタイムで起きていることを映画にした作品です。1942年と思いますけれども、アメリカが第2次世界大戦に参戦する直前の、要するにパリ陥落以後の仏領モロッコで起きたことを作品にしているわけで、リアルタイムだったということですね。
 何が言いたいかというと、私もこの映画は、アメリカのプロパガンダ映画だとか、国威発揚映画だとか、反ナチズム映画だとか、そういう意味付けはできるけれども、そのような見方はあまり面白くないと思っています。松平先生から指摘があったように、映画と政治、映画と国家というのは、仲もいいし、仲も悪いんですね。ほったらかしにしておくと庶民が反政府的な行動とか不穏当な感情に駆り立てられてしまう非常に危険なものだし、うまく使えばそれこそプロパガンダだし、国威発揚に使えるというものだと思います。ですから映画と政治はいわく言い難い因縁の関係だということがまずあると思うんですね。
 なぜそうなるのか。松平先生が、三百人劇場だとか、みゆき座という名前を出しましたが、いわゆる大型ロードショー館と違って映画を良心的に厳選して流すという、今で言うミニシアターが少し前の東京の中にもたくさんあったんですね。私は東京都下の立川に住んでいましたから、国立だとか立川にあった本当に小さい場末の映画館で映画を見た記憶があるんです。僕にとって映画の思い出というのは作品そのものよりも、その作品をどこで見たかということに密接にかかわるんです。今でも覚えているのは新宿のミラノ座だかピカデリーだかで見た『ベン・ハー』という映画で、これが70ミリで上映された。70ミリというのはものすごいでかい画面で上映するんです。最後の方で、古代ローマの競技場でメッサラと戦車で争うシーンがあるけど、そこがものすごい大音響で、座っている椅子が音響で振動してくるという、そういう体験として映画があるんですね。だから『ベン・ハー』という作品の記憶が、その映画を見た場所と張り付いているんですよ。それから今でも覚えているのは日比谷映画という有名な映画館だけど、そこで見た『ミクロの決死圏』。人間を縮めて人体に注射器で入れて、頭の中にある脳梗塞の原因を切り取ってくるという荒唐無稽な作品。それと、国立の名画座で見た『エレファント・マン』、それから立川の名画座で見た『テラー博士の恐怖』や同じ名画座で見た『フランケンシュタイン 死美人の復讐』とか。あと早稲田のミニシアターで見た『アンダルシアの犬』。ちょっと怪奇映画が多くなりましたけれども、私にとってそういう体験として映画はあるんです。
 『シェルタリング・スカイ』や『ラストエンペラー』という映画を撮ったベルナルド・ベルトルッチという監督がいるんだけれども、このベルトルッチは昔、教会と映画館は似ていると、こう言ったんですね。つまり、共有された空間で、みんなで同じことを聴いたり、見たりするということに意味があるんだと。そうすると、先ほどからくどくど申し上げた、映画を見た劇場の思い出と映画が重なるって非常に重要なことなんです。要するに、プロパガンダが成立し得る、あるいは反政府感情を醸成する場として映画が機能し得る空間として、まさに映画館というものがあったということですね。
 しかし今日、映画を見るときに我々は映画館に行って見るかというとそうではない。さっき松平先生とちょっと話したんだけれども、飛行機に乗っているときに退屈だから映画を見るとか、あるいはインターネットで見るとか、一番多いのはTSUTAYAで借りてきて見るということだと思うんですね。『カサブランカ』という映画と私はどこで出会ったかというと、映画館で見たことは一回もありません。私が『カサブランカ』を見たのはお茶の間です。NHKの『世界名画劇場』というのがあって、そこで『カサブランカ』が流れて。当時はまだ父親も生きていたので、父、母、弟の4人で見た思い出があるんです。じゃあ、クロード・レインズとピーター・ローレを流してください。

<『カサブランカ』部分上映 クロード・レインズの登場シーン。 00:18:00〜00:19:00>

駒村 これはクロード・レインズですね。さっき言った署長さんの役をやっている人です。イギリス人ですけれども。まさにこれがさっき松平先生が言った光と影の演出ですね。これだけ見ていると非常にコミカルな役柄を得意とするイギリス俳優というイメージがあると思うんですけれども、後で述べますが、実は違います。

<『スミス都へ行く』部分上映 ラストシーン。 02:06:00〜02:07:05>

駒村 さて、今見たクロード・レインズというのは、『スミス都へ行く』という、ボーイスカウトの団長がたまたま上院議員になっちゃって、自然開発に抵抗しながら最後、議会政治家として絶望を感じながら敗北していく、しかしそのことによって英雄となるという映画です。あれに出てきた対抗する悪役のペインという上院議員をクロード・レインズがやっている。それから『アラビアのロレンス』という大作で、軍属の役で出演しています。非常に有名な作品の、おいしいところだけを取っていく、そういう役者です。そこで、次は、『オペラの怪人』をご覧ください。クロード・レインズの印象がもっとも強いということでちょっと見ていただきます。

<『オペラの怪人』部分上映 00:07:05〜00:07:36 You Tubeより

駒村 さて、次は、先ほど来から話題になっているピーター・ローレ、松平先生に従えばペーター・ローレです。独特の雰囲気がある役者でしょう? 作家のトルーマン・カポーティみたいな感じですけれども。

<『カサブランカ』部分上映 ペーター・ローレのシーン。 00:10:17〜00:10:35>

駒村 私にとって『カサブランカ』という映画は、このクロード・レインズとピーター・ローレなんですね。イングリッド・バーグマンでもハンフリー・ボガートでもなくて、この2人が出てくるのが楽しみで見ている、そういう作品です。ところでこのシーンをご覧ください。

<『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』部分上映 00:01:04〜00:01:20  You Tubeより

駒村 これは先ほど松平先生が話題にされた、リメークとオマージュということでいえば、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』の最終シーンで、ナチス将校がアークの幽霊によって溶けていくシーンがありますけれども、あれは完全にスピルバーグがピーター・ローレを意識したオマージュであると私は考えています。
 要するに、何が言いたいかというと、クロード・レインズもピーター・ローレも、どちらも怪奇映画の役者なんですね。私自身がアメリカのホラー映画とか怪奇映画が好きだということもあるんですが、このマイケル・カーチスという監督は、先ほども言いましたように亡命してきたユダヤ人です。ユダヤ人というとイスラエルの方に住んでいるユダヤ人と、主にポーランドを中心としてヨーロッパの方に来たアシュケナージ系のユダヤ人と分かれるんですが、この後者の方のユダヤ人なんですね。このマイケル・カーチスで一番当たった映画といったら何と言ったって今日見た『カサブランカ』なんですが、マイケル・カーチスは『カサブランカ』を作る前に2種類の映画を作っているんです。一つは1936年に作った『歩く死骸』という映画です。『歩く死骸』というのはタイトル通り、これはゾンビの映画ですね。それから1933年に『肉の蝋人形』という、人間を捕まえてきて殺して、その上に蝋を流して固めると非常に精巧な蝋人形ができるという、よくあるストーリーですが、これも何遍もリメークされた名画で、両方ともアメリカのホラー映画の代表作なんですね。
 それともう一つ、他方で彼が作ることになるのは、1942年の『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』という映画です。歌を聴けばこれはおそらく皆さん聴いたことがある歌だと思うんですが、アメリカの軍隊ミュージカルですね。そして『カサブランカ』に並ぶマイケル・カーチスの代表作は1950年代に作られた『ホワイト・クリスマス』という映画です。これはビング・クロスビーというミュージカルスターが出てきて歌いまくり踊りまくる、まさに本当にアメリカ的なミュージカル映画で、これも軍隊ミュージカルです。
 1930年代から1940年代にかけてのアメリカ、戦間期のアメリカで庶民が一番楽しみにしていたのがホラーとミュージカルなんですね。カーチスという人はホラー映画とミュージカルという、共にアメリカを代表する2つのエンターテインメントの領域で成功している監督なんです。ですから、亡命ユダヤ人として彼が抱えている文化的バックグラウンドがローレを起用したことにつながるのではないか、と松平先生が指摘したわけですが、それもあるけれども、おそらくホラー映画の伝統というかレガシーをカーチスは持っていて、あえてローレとレインズを出すことによって、この映画は独特の暗さ、不気味さを演出しようとしたのではないか。国際亡命都市カサブランカの持っている固有の恐ろしさ、みんな少し前までは偉かった人たちが集まっているから表向きは華やかだし、見栄の張り合いというところがあるんだけれども、しかしその裏では命のやりとりをしているという、こういう暗いムードがよく出る映画になったんじゃないか。
 カーチスというのは、ある意味では亡命外人の宿命かもしれませんけれども、アメリカ人以上にアメリカ的になるというところがあって。そういう意味ではこの時期にアメリカの庶民が最も喜んでいたホラーとミュージカルを撮り続けてきて、おそらくそこにメロドラマとかラブロマンスの味付けというか、それを主たるテーマにしながらホラーとミュージカルの味付けをしたということではないかと思うんですね。というわけで、感想を言っていただいた学生さんに対する応答が異常に長くなってしまいましたから、この映画の音楽の話は非常に重要なんです。要するに、『カサブランカ』は、ミュージカル映画でもあるんですね。
 最初に、冒頭のタイトルシーンが国歌から始まって、ラストも国歌で終わる。随所随所に、フランスの国歌が流れたり、あるいはみんなで国歌を合唱するシーンも出てくる。また、ピアノの弾き語りで『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』という、それこそメロドラマを象徴するような歌を何遍も流したり、完全にミュージカル映画の伝統を踏まえている映画です。と同時に、怪奇映画の持っている独特の雰囲気を織り交ぜることによってこの映画が成立するんですね。ですからピーター・ローレがあそこで出てこなかったら、この映画の意味が半分失われてしまうのではないか、と私は思っています。
 もう一点。国威発揚映画という評価についてですが、映画というのはそういう政治的分析を裏切るということをすこし話したいと思うんです。ドイツ将校とリックの会話の部分です。セリフがすごく早いし場面展開も早いから字幕がそれについていけてないんですが。シュトラッサー少佐とリックが初めて会ってバーで話をするシーンですが、そこに非常に微妙な言葉遣いがあるんですが、それが字幕には反映されてないところがあるんです。

<『カサブランカ』部分上映 ドイツ将校とリックの会話のシーン。 00:23:03〜00:24:47>

駒村 次は『大脱走』から。先のシーンを見てすぐさま私の頭に浮かんでくるのは、その20年後の1963年に作られた『大脱走』という3時間に及ぶアクション映画です。ジョン・スタージェスというオールスター映画を作るのが得意な人が撮ったものです。これも立川の名画座で私は見まして、その映画の中に今のシーンと相似形のシーンがあります。スティーブ・マックイーンが、ナチスの収容所に収容されているイギリス兵の中に2人だけアメリカ兵がいて、そのアメリカ兵なんですが。

<『大脱走』部分上映 オープニング。 00:00:20〜00:00:40、  マックイーンが鉄条網のところで脱走を試みるシーン。 00:18:55〜00:21:40>
 
駒村 この映画がプロパガンダ映画であるとしても、それは反ナチズムだとか自由主義礼讃だとか言うたぐいの政治的プロパガンダではなく、むしろアメリカ人というのはこういうヤツなんだということのプロパガンダなんですね。要するに、気の利いたジョークで相手を挑発しながらも、憎めない、そんな存在。非常に危険な、例えば亡命者の集まるああいう国際都市で、ナチスの将校や悪人リックが邂逅するわけですが、そういう緊張した場面でも、リックはナチスのことを猟犬にたとえたり、自分はアメリカ出身ではなく「酒飲み国」の出身だといってのけたりするわけですね。今のマックイーンのシーンも、生殺与奪の権限を握る収容所長と話しているにもかかわらず、散々相手のことを小ばかにするわけですね。アメリカの映画で描かれるアメリカ人のナチスに対する反応というのは必ずこういうものになっているわけです。
 自由主義をイデオロギー的に鼓吹するというよりも、どんなときでもふざけているのがアメリカ人なんですね。どんなときも、人をばかにするのがアメリカ人というか、ジョークによってイデオロギーに対抗するとでも言いましょうか、そういうメッセージを送り続けている映画なのかなと思います。総じて言えば、この映画は非常にアメリカ的だということです。
 ピーター・ローレの映画として『カサブランカ』を見るとき、思い出すことがあって、私はこたつに入っている父の後ろでこれを見ていたのですが、この映画が始まって、冒頭、ピーター・ローレが出てきた瞬間に父が手をたたいて、「うわっ、ピーター・ローレだ」と言うわけですね。歌舞伎や演劇を見ていて、「中村屋!」とか、「待ってました大統領!」というのと同じように、「出た、ピーター・ローレが出た!!」と。私はそれが印象的で、例えばイングリッド・バーグマンが出てきて「この人、きれいだね」と言ったりするのは分かるんです。でもピーター・ローレに、父が何でそこまで入れ込むのか当時は理解できなくて…、というよりも、むしろ意味不明のまま理解できてしまったんですね。それでピーター・ローレとは何者かと意識し始めました。私の父親は大学も出てない市井の一職人なんですけれども、しかし、敗戦時に若者だった世代です。人々が娯楽を求めてアメリカのギャング映画、スリラー映画、ミュージカルをたくさん見たと思うんです。そういう中で父親の頭の中にピーター・ローレが残ったと思うんですね。父のように、わけもなくピーター・ローレの名前を口に出したくなる、「よっ、待っていました」というその感じ。家族にそれを自慢するというわけでもなく、自分の心の反射神経的反応としてやっている。おそらく、マイケル・カーチス自身がそういう思いを込めて、ローレを起用していないわけがないと思います。
 結局、映画というのはそういうものだということですね。アカデミー賞を取っただとか、イングリッド・バーグマンがきれいだとか、ハンフリー・ボガートがかっこいいというのではなくて、今までの映画の「文法」と言うと松平先生に怒られますが、しきたりというか、伝統というか、蓄積の中に眠っている何か、この人を出せば反応するやつがいるんじゃないかとか、こういうシーンを盛り込めば観客は反応するだろうという、そういう「分かるヤツにだけ分かればいい」という仕掛けやたくらみ、あるいは罠が映画にはあるということですね。
 ピーター・ローレ自身はユダヤ人で、アメリカ人ではないわけです。しかし、それがアメリカの怪奇映画という本当にアメリカを象徴するような映画文脈の中に出てきている。それからミュージカルの伝統がある。そして、スティーブ・マックイーンの先ほどの所長との会話にあるように、イデオロギーに対してはジョークで対応するという独特のアメリカ的気風。そういうものから見ると、やっぱりプロパガンダ映画ではなくて、これはもうマイケル・カーチスというアシュケナージ系のユダヤ人がアメリカに亡命して、人一倍アメリカ的になろうとして作ったごくごくアメリカ的な映画だったんじゃないか、というのがこの映画の私なりの解説です。

志田 今日、松平先生と駒村先生の両方から、逃亡、亡命、そして脱走といった言葉をいただいたんですが、その反対語として思い浮かぶのは「移動の自由」ですよね。これらの映画が作られた当時はまだ日本国憲法はできていませんが、現在の日本国憲法では22条に「居住、移転の自由」があって、これには国外への移動の自由も含まれています。ここでは、戦争の渦中にある国の人々や、戦争に伴って捕虜として収容されている人たちにとってはその自由がせき止められている。だから、そこからどうやって脱出するんだということがドラマになり得る。そのようにとらえると、日本国憲法22条を、それが確保できていない状況のほうから見るという視点から、参考になると思います。

松平 先ほどの駒村先生のお話は、おそらく映画が好きな人にとって極めて素晴らしい体験だと思います。私の映画体験は基本的に、映画がおとろえてからの体験でしかありません。これも余談ですが、小津安二郎は生前、映画監督を河原乞食と例えていました。1960年代の大島渚(京大)、吉田喜重(東大)、篠田正浩(早大)など、世間的にいい大学を出て映画監督になる、いわゆる日本ヌーヴェル・ヴァーグ世代が現れるまでは、映画監督というのは高学歴の人がなる職業ではなかったんですね。幸か不幸か、映画産業がだめになった結果、映画業界は相当インディペンデントなものになってきて、そこではじめて、大学などアカデミズムの内外、それから文芸批評の世界で映画を研究対象にすることが可能になったわけです。その意味では、やはり駒村先生のお父さんのように街の映画館で映画を見ていたことは、映画愛好者にとって至福な体験だと思うんですね。
 それから、映画はなぜ魅力的かというと、その秘密がフィルムに光を浴びさせる工程にあるのではないかと思います。これは非常に宇宙論的というか、哲学的というか、過去がフィルムの表層にトラップされていて、映写機を通じてその光が私たちの眼にとどき、そのおかげで私たちが過去をいわば「発見」することができます。そのような体験を与えてくれる媒体は現時点で、映画しかありません。宇宙論でいうと、私たちがいま見ている太陽は8分前の太陽です。それからベテルギウスという、地球から640光年離れた大質量の恒星ですが、もうじき超新星爆発を起こすんじゃないかといわれています。いま私たちが見ているベテルギウスは、じつは640年前のベテルギウスですね。そしていま、日本とアメリカで開発された技術を使えば、132億年前の銀河系を見ることができます。映画は光の保存と利用を通じて、そのなかで過去・現在・未来を作ってしまうわけですね。映画は、いろいろな意味で私たちの想像力、好奇心をかき立ててくれるメディアであるといえます。
 最後に一つ。駒村先生が先ほど語られたような映画体験というのは、いわゆるスタジオシステムがあってはじめて成り立つものです。今日の映画も、スタジオシステムの産物です。しかしそのスタジオシステムをつぶしたのはなにかというと、憲法ですよね。
 憲法上、経済的自由の保障というものがある。経済的自由というのは、個人をプレーヤーとする経済活動に参入しそれを遂行する自由であり、したがって自由を妨害する独占はあってはいけないということになります。だから独占禁止法という経済憲法ともいわれるものが出てきます。アメリカではルーズベルト政権のとき、まさに映画産業を標的として独占禁止が推し進められた。連邦政府司法省はシャーマン法違反で映画産業をがんがんやっつけたわけです。「合衆国対パラマウント」事件というのがあります。これは1948年の、奇しくも日本の憲法記念日と同じ日、5月3日に連邦最高裁の判決が出ました。同事件判決は、垂直的に撮影所から映画館まで全部もつという映画産業独特のシステムは独禁法違反と認定し、独占状態を解消する手段として映画会社の分割・解体を命じます。もちろん映画産業の衰退はこれだけでなく、テレビの出現もその一因ですが、いずれにしてもスタジオシステムが崩壊していきます。というわけで、映画と憲法の関係はなかなか微妙です。個々人の精神的自由と経済的自由が憲法上保障されているから、すばらしい映画が出てくるとは限らないということです。

駒村 政治と映画の微妙な関係について、松平先生がおまとめ下さったので、私はもうちょっと映画固有の話をします。まず志田先生が最後におまとめいただいた「移動の自由」との関係ですね。移動の自由が問題になるということは、幽閉状態があるということだと思います。そういう文脈からこの映画を見ることも十分可能だし、考えてみれば、脱出、逃亡、移動ということは映画の一つの大きなテーマだと思うんですね。  これもユダヤ人の監督ですけれども、セシル・B・デミルという人が撮った『十戒』という映画があります。これはユダヤの民が移動するという話で、大移動映画ですよね。それから『キリング・フィールド』という映画があって、カンボジアからパスポートを偽造して脱出するという話でした。それから『ショーシャンクの空に』という映画がありましたけれども、あれも刑務所から脱獄する作品です。脱出劇は、映画の得意とする分野ですね。
 それから考えてみれば、アメリカ映画の一つの特徴は車に乗って移動するという映画が多いんですね。これはもう本当に文学作品からホラーまで含めて多い。いわゆるロードムービーというやつですけれども。このロードムービーも非常に移動とかかわっている。ジム・ジャームッシュという監督が撮った『ゴースト・ドッグ』という作品があります。『葉隠』を愛読する黒人の殺し屋とイタリアンマフィアの話です。夜、ただブルックリンの街を車に乗っている殺し屋が回遊するシーンがずっと続くんですね。劇中、何遍も出てくるんです。これは要するに、ひとつの街の中のロードムービーですが、結局その街から出られないということを象徴しているシーンで、アメリカ映画やアメリカ文学の持っている一つのモチーフとなっています。志田先生が指摘された「移動の自由」というのは一つ大きなテーマなんじゃないかなと思いました。
 もう一点は、今日の映画で僕はどうしても最後気になるのは、あの後リックはどうなるのかということですね。映画って便利で、あそこでエンドマークが出ればそこでおしまいで、みんな、よかったよかった、ハッピーエンドだ、と思って帰れるけれども、あの後登場人物はどうするんでしょう。部下は署長にどう報告するんですかね。あるいはシュトラッサーは本当に死んだのかどうか。病院に行っておなかを手術して治ってきたらどうするのとか、そういうことが気になるんですね。
 だから結局、日本の監督の誰かが言っていたけど、映画というのは、《時の間》の問題であって、すべてがそこで切れて次の場面に行くから作品として成立している。そうやって日常生活の細切れをつなげていれば、十分、映画として成立すると。しかし日常生活の映画との違いは、エンドマークが出ないということですね。「友情が始まりました」なんて麗しいセリフで終わったけれども、リックはその後どうなったのか。
 いい映画の条件というのは、一般には、見て楽しいということなんですね。映画って見て楽しければそれでいいと思うんですよ。本来は、つまらないか、面白かったか、それしかないわけで。しかし、つまらなかったことよりも、つまらなかった理由を立てて正当化しようと思うのが人間なんですね。だからそうやって映画というのは我々の頭を鍛えてくれているという気がします。とすると、いい映画というのは、面白いか面白くないかだけではなくて、面白くなかったことを何遍も何遍ももう一回解釈して検討させてしまう力を持っているものだ、とも言えるんですね。
 冒頭の松平先生、あまり好きな映画じゃないとおっしゃった。私もこの映画が必ずしも名作だとは思ってないんです。でも今回見直して、やはりいろいろな発見があった。最後の友情もキーワードの一つかなとも思います。イングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガートの恋愛劇なんだけれども、実は友情というキーワードから見てみると、ずいぶんいろいろなことが見えるという気がしました。
 3つの友情ですね。一つはサムとリックの友情ですね。黒人ピアニストとご主人様という。アメリカで奴隷が解放されるのは1860年代ですが、公民権運動が盛んになって黒人の地位が実際に法制度上確保されるのは1950年代の話です。ちょうどその夜明け前みたいな時代なんですね。おそらく奴隷と主人という関係がリックとサムの間にもあって、だからこそフェラーリという闇市の顔役に、サムをつけて店を売るわけでしょう。しかし、それは単なる奴隷と主人という関係だけじゃなくて、あのサムというのはイングリッド・バーグマン以上にリックのことを心配しているんですね。お酒を飲み過ぎるんじゃないかとか、パリを列車で出るときに、まるで同性愛なんじゃないかというぐらいに肩をずっと抱いていてくれるという。だから本当は服従すべき間柄なのに、実はそれを超えた、はるかに深い信頼関係が示されているわけです。だからアメリカの人種差別問題から見ても興味深い。
 もう一つの友情というのは、何といっても署長とリックの友情ですね。この2人はとにかくカサブランカで悪いことをやっているわけです。亡命資金をルーレットで巻き上げて、それで稼いで、署長は亡命のためのビザの証明書発行のために、きれいな女の人がいれば巧妙に関係を結ぼうと思っている。こういう悪人同士の間柄ですよね。悪人同士の友情です。お互いまともに正義を語れない弱みがあるわけです。だからこそリックが逃亡したいというときに署長は理由を聞くわけでしょう。どうしてだと。それは女が好きだからと言ったら納得した。要はお前も女に関心がないふりをしていて、実は俺と同じじゃないか、だったら面倒を見ようというわけです。ところが最後の最後に、銃口を向けられたときには実はそうではなくて、反ナチズムのヒーローを逃がしたいという理由だったので、署長は意表を突かれたと思うんですよ。
 最後、本当に友情が花開くかどうかは、シュトラッサーを撃った後に署長は何と言うかですね。こいつを捕まえろと言うか、何と言うか。署長は「犯人は逃げた、追え!」と言ったわけですね。ここで2人の友情は違う段階へ入ったわけです。つまり、悪人同士のいわく因縁のある友情から、ある意味で反ナチズムという、正義の水準で共犯関係に立ったという意味で新たな水準に入った。新しい友情が始まったという言葉はその通りだと思います。でも下地には悪人同士の友情がある点がミソです。
 しかし同時に、反ナチズムの映画だったかというと全然そうじゃない。3番目の友情というのはラズロとリックの関係です。この2人の友情は、要するに反ナチズムの活動を活発化するためにお前も俺に協力してくれという、こういう体裁で交わされているわけですが、実はそんなまともなものじゃなくて、一人の女性をめぐっての争いなわけですね。最後はお互い突っ張り合いです。俺の方があいつのことを愛している、いや、俺の方が愛しているんだということを突っ張り合っているんです。ですから両方とも、俺は残るからあいつを連れて逃げてくれと言い合って、その突っ張り合いの成れの果てがシュトラッサーを射殺するということにもつながっていくわけですね。バーグマンが一番コワイというオチです。
 ですので、友情というもの、男同士の友情というものがいろいろな形で花開いた映画であって、それぞれ人種差別、それから非合法活動と正義の活動の極めて臨界点にいる友情、そして最後は国際的な反ナチズム。しかしその実態は一人の女をめぐっての男の意地の張り合いだったということですね。そういう映画だと思います。

志田 『カサブランカ』をちょっとだけ知っている、見たことのある人間からすると、恋愛ドラマだと思っていたら、その背景にあるものの方が実は大事で、背景をしっかり見ると浮かび上がってくる男の友情3つが織り成されているドラマだと言われたら、本当にそうだったんだと納得しました。今日は素晴らしい映画評論と解説と、そして映像資料研究に提供していただけるキーワードをたくさんご提供いただきまして、駒村先生、松平先生、大変ありがとうございました。(拍手)


発言者として、吉川智志さん(慶應義塾大学総合政策学部4年生)、菅谷麻衣さん(慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程2年)にご協力いただきました。

(2012年9月27日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)