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イメージライブラリー映像特別講座
「映画で学ぶ憲法(3):南アフリカに見る国家の変動と人権」の記録


講師
江島晶子(明治大学 法科大学院教授)
榎澤幸広(名古屋学院大学 経済学部専任講師)
司会
志田陽子(武蔵野美術大学 造形学部教授、教養文化研究室、造形研究センター研究員)
開催日:2012年11月24日(土)

 

この講座について

国家のあり方が大きく変わろうとするとき、変革を拒む旧体制と変革を求める人々の間で衝突が起き、人権保障も不安定な状況にさらされます。映画『遠い夜明け』では、南アフリカがアパルトヘイト国家から大きな変革を遂げようとする時期に起きた人権侵害状況が克明に描かれており、憲法や国際人権の保障の必要性というものが切実に理解できます。いくつかの関連作品との横断比較によって、より立体的な作品理解と歴史理解を試みました。

志田 今日は『遠い夜明け』を全編上映しました。そしてこの『遠い夜明け』をご推薦くださった明治大学の江島晶子先生、南アフリカの歴史に詳しい名古屋学院大学の榎澤幸広先生のお二方にお越しいただきました。この作品をどのように見ていくことができるかを、憲法、国際人権、多文化主義といった分野の先生方から、伺っていきたいと思います。
 まずこの『遠い夜明け』、素晴らしい作品ですけれども、内容が非常に濃いので観る側に相当の知識が必要となります。前提としてこれを知っていたらもっと分かるだろうという比較のために、同じリチャード・アッテンボロー監督の作品『ガンジー』のシーンをいくつか見ていただきたいと思います。

<『ガンジー』部分上映 汽車のシーン。若いガンジーが南アフリカにいた時代のエピソード。続く小さな集会のシーン。 00:06:00〜00:11:10>

志田 ガンジーはインドをイギリスの植民地支配から独立させた政治指導者ですが、この人が若い一時期、南アフリカで人種差別撤廃の活動をしていた時期があって、それが描かれています。アメリカでも1960年代に公民権法で禁止されるまでは、人種差別的な社会の特徴として公共的な場所で人種を分けるということがあったわけですね。
 ここでポイントとなるせりふがあります。この人種差別に対してガンジーが「戦いましょう」と言ったときに、年かさの、有色人種として差別の対象にはなっているけれども社会的経済的には成功していると思われる先輩が、「戦うには軍隊が必要だが」と言いますね。ガンジーは「新聞に投書する」と答えます。これは話がかみ合っていないのではなくて、私の戦いは言論による戦いだと言っているんですね。
 そしてその話を聞いた先輩が、面倒が起きてもいいから味方をすると言った後に、「いや、面倒が起きた方がいい」と言っていますね。これは新聞種になるような事件が起きれば、人々に問題がはっきり知られていくということです。そしてこの後、ガンジーは演説会などで物議をかもし、実際にどんどん新聞記事に載る立場になっていきます。次のシーンは、集会での演説のシーンです。

<『ガンジー』部分上映 会議場での演説のシーン。続いてデモ行進のシーン。 00:25:52〜00:34:52>
(音声を落として上映しながら解説)

志田 今のシーンはガンジーの非暴力抵抗主義という思想が、この映画の中で最初に明らかにされたシーンです。ガンジーの非暴力主義というのは、ただ無力に状況の好転を待つということではなくて、暴力は使わないけれども言論を使って社会を変革していくということでした。言論を使って戦うということは演説や新聞などの言論活動を通じて社会の気付きを促し、そして社会変革につなげていこうという試みだったわけです。
 ガンジーのこの時代には、少なくともこのときの南アフリカでは、まだまだそういう言論による社会変革というのが新しい出来事だったために、権利として「表現の自由」が保障されてはいないけれども、自発的な集会や演説を先回りして禁止するほど厳しく監視するわけでもない、という状態だったようです。なので、ガンジーの演説を通じた社会変革というのが、部分的ですが、かなりの程度成功した、という様子が描かれているんです。
 今、見ていただいた集会のシーン。現在でしたら、「表現の自由」を保障しているほとんどの国で、こうした集会は公権力が、すなわち国家が、警察などを通じて妨害してはいけないし、内容に干渉してもいけないということが、憲法で保障されています。
 続いて、今映っているデモ行進もそこに含まれます。デモ行進というのは動く集会ともいわれまして、それは平和的な言論活動である限りは、国家が警察や軍隊などを通じて妨害してはいけないものです。南アフリカは、金やダイヤモンドなど、鉱山からたくさんの貴重資源が採れる。それを黒人に大変安い労働力で働かせて採掘作業をさせ、その利益は白人の事業主がほとんど取ってしまう、その状況があまりにも不公正な状態だったために、その社会状況の是正を訴えているというところです。
 今、軍隊がデモ行進を制圧するところを見ていただきましたが、このシーンは先ほどの『遠い夜明け』のラストに出た、ソウェトの学生デモが軍隊によって攻撃を受けたシーンを連想してほしいと思います。ただし19世紀終わりのこの時代は軍隊と言ってもまだのどかなものだったので、あそこまで残酷な大量虐殺事件にはなっておらず、アッテンボローの描き方もまったく違ったタッチになっているわけですが。
 この後、ガンジーはこうしたデモ活動を組織したことで治安妨害罪に問われ投獄されてしまいます。ですがガンジーは、すぐに釈放されることになります。それはこれらの出来事が国外で有名になっていたからです。『遠い夜明け』でビーコウを支援した新聞記者ウッズのように、牧師や新聞記者など、ガンジーの活動に関心を持つ表現者がいろいろ出てくるんですね。こういった人々がこれらの出来事を説教や報道を通じて国外で知らせたために、国際世論の方が南アフリカのやり方はおかしいという方向で盛り上がってきて、その国際世論を南アフリカの方で無視できなくなったのでした。
 このときに問題になっていた人種差別の象徴である外国人登録証、この制度を見直すことを当時の将軍が約束し、そしてガンジーを釈放するから国外へ出てくれということで、ガンジーはインドに帰る、というふうにつながっていくんですね。なのでガンジーはこのとき投獄されますが、先ほどのビーコウのように死に至るということはなく、無事に国外、南アフリカの外へ出ることができたわけです。そして『遠い夜明け』では、このように国際世論に訴える表現活動を徹底的に塞ごうとする様子が描かれている、そこを比較していただければと思います。

(部分上映終了)

志田 ここでは部分的ながらガンジーが、言論の力を通じて社会変革というものができるんだという道筋を示したことが、大変よく描かれていて、表現の自由の社会的価値というのが大変よくわかる内容になってますね。そこから時代が下って70年後、80年後の1970年代の南アフリカでは、状況がずっときつくなっている。ガンジーが行ったタイプの言論による社会変革を、国の方がことごとく先回りして防いでしまう、芽を摘んでしまうということをやっているように見えるんですね。同じ監督が作っている映画ですから、おそらくその辺、ポジとネガのような関係は、意図して描いていると思います。そのようなわけで、まずは比較対象としてガンジーの南アフリカ時代というのを、かいつまんで見ていただきました。
 ここからは南アフリカと国際人権について詳しい2人の先生方にマイクをお渡しします。まずは江島先生、よろしくお願いいたします。

江島 まずは、2時間を超える映画をご覧になってどうでした? 結構長かったんじゃないですか、正直なところ。
 先ほど上映のあった『ガンジー』はオスカーにもノミネートされて、実際に作品賞を取っています。『遠い夜明け』のほうは、ちょっと中だるみと言うか、私は、1回目に見たときはやっぱり長かったと思いました。というのは前半でクライマックスが来てしまったような感じがするんですね。ビーコウという黒人の青年に白人のジャーナリスト、ウッズが会って、そこで初めて自分が住んでいる国のことなのに知らなかったんだというふうなことで目を開かされる。言い換えればビーコウの魅力にぐんぐん、ぐんぐん引き付けられていく、一種の成功ストーリーですよね。それで法廷でもビーコウが素晴らしい演説をして、ああ、どんどんよくなっていくのかなと思ったら、今度は立て続けに南アフリカ政府の方が例えば白人ウッズが雇った黒人をどんどん逮捕していったりとか、あるいはウッズの家庭に押し掛けてきて証人の名前を言えとか、あるいはウッズが使っていたメードさんのパスを見せろみたいな形で、国家権力の怖さをぐんと見せる。あそこからビーコウの死までで、ある意味、ドラマは1つ完結かなと。
 では、まず映画の冒頭のところを。

<『遠い夜明け』部分上映 冒頭〜00:00:28>

江島 皆さん、気付かれたでしょうか。2人の登場人物は本当の身元は隠しているというんです。それはもちろん危ないからですよね。なぜかというと、この映画ができたときには、まだアパルトヘイトは解決してないからです。
 身元は隠したけれども、起きたことはすべて事実だというふうに、映画の冒頭で最初に言う映画ってそんなにないと思うんですよね。後でプライバシー侵害とか名誉棄損とか訴えられると怖いので、ここに書いたことはフィクションだというふうにむしろ逃げの手を打つ方が、賢いやり方だと思うのですけれども、この監督は、これはすべて事実なんだと。
 言い換えると当時まだ問題が解決されていないときに、こんな事実なんだ、ぜひ見てくれ、どういうことが起きたのかというのを、起こった通りに見せるから見てくれ、そういう意図があったのではないかと。言い換えると逆に芸術作品としてある程度犠牲にしている部分もあるかと思うんです。
 この『遠い夜明け』というのはとても日本的なネーミングだと思います。まだアパルトヘイトが解決されてない、夜明けがまだ遠い、こういうニュアンスなんですけれども、原題は『Cry Freedom』です。自由を求めての叫びなんですね。この作品は国会でも上映されています。1988年に、ある国会議員が日本の参議院の決算委員会で通産大臣に質問します。日本はアパルトヘイト政策に対してどういう立場を取っているのかと。1988年の時点では、国際社会がものすごく経済制裁をしているんです。なのに日本は、対南アフリカの貿易額が世界で一番多い、という事実が、数字で指摘されました。これはドル建ての数字で、この時期は日本の経済が上昇しているところだったので、円換算にすると実は減っているという事情も背後にはあるんですけれども、ともかく、そういうことを糾弾したわけです。その際にその議員が、外務省の肝いりで国会で『遠い夜明け』という映画を見たんだがと言っているわけです。
 ですから、もしかしたら法学者が硬い法律の言葉で言うよりも、こういう映画というのは多くの人の心に届くんだなということを思う次第です。

<『遠い夜明け』部分上映 警察官に追い立てられるシーンから一転、静かな寝室に場面が転換し、ラジオにスイッチが入るシーン。 00:05:10〜00:07:13>

江島 ここのシーンって何度見ても私はすごく胸が痛くて、見れば見るほど見たくなくなるんですけれども、うまいシーンだと思うんですね。タイプライターの音に合わせて、カメラマンがシャッターを切る映像がどんどん出てきて、そしてとんでもない映像が続いたところに、ぱっと切り替えられて平和なベッドルーム、女の人の手が伸びてきてラジオにスイッチが入ると、その日、何が起きたのかという放送があります。
 ここでは先ほど皆さんが見た残酷な映像がどういうふうに報道されるかというと、公衆衛生の見地から、違法に住み着いている人たちにあらかじめ警告をした上で、平和的に立ち退いてもらいましたという報道なんですね。多くの人はこのスラムに行ったりしません。そこは普通の常識のある人だったら危ないところといわれているので行きません。そこで何があったかということは、知らされるしかないわけです。ところがラジオで知らされるのは公衆衛生の観点から伝染病とかがはやると困るので、そこで勝手に住み着いている人に平和的に出ていってもらいましたよということですから、政府に対する批判の声など上がるわけがないです。
 ただ、ご覧になってわかるように、ある記者がそのシーンをひそかに写真で撮っていた。この写真がこの後に登場する白人ジャーナリスト、ウッズのところに届けられて、ウッズはこれを新聞に載せるわけです。ところが残念ながらウッズ自身、この時点ではまだ目覚めてなかったわけですよね。黒人たちは黒人の間に白人を憎む心を焼き付けようとしている、扇動してあおっているというふうに思っていたわけです。
 ここ、1つユーモア感覚を感じるところなんですけど、(立ち退きのシーンの最後のところに)ビーコウの写真がぱっと張られて、主人公の初登場となるわけですね。一見するとちょっと気が付かないところなんですけれども。そしてビーコウの友人である、かつ黒人としては例外的に医者になる勉強を受ける機会を得たランペーレ医師が、そのウッズの書いた記事に非常に憤って、ウッズのところに行って、あなたの目で、あなたの耳で、あなたの口でちゃんとビーコウとコミュニケーションを取ってくれというところで、初めてつながるわけです。
 今のことから分かるのは、私たち、表現の自由とか、知る権利とか言っても、実際に自分の目で見たり聞いたりすることができる事柄は非常に限られていますよね。今日、内閣総理大臣が誰と会って、いつ食事を取って、いつうちに帰ったか、知るわけないですよね。けれども、新聞を開くと、今日の1日の首相動向というのがちゃんと書いてあって、知りたかったら知ることができるようになっている。すなわちマスメディアがいるからです。ところがメディア自身が事実を知らなければ、私たちはそれを知りようがない、という点をうまく伝えてくれていると思います。

<『遠い夜明け』部分上映 白人家庭と黒人のタウンシップを対比させているシーン。 00:20:00〜00:24:58>
(音声を落として上映しながら解説)

江島 こちらの映像に出てくる家は南アフリカの中流白人の家庭の典型的な間取りだと思います。大きな立派なおうちがあって、プールがあって、黒人のメードさんや庭師がいてという。典型的な裕福な幸福な家庭を象徴的に示していて、後で出てくるスラム街ととても対照的なシーンだと思うんですけれども、どうでしょう。

榎澤 とにかく黒人と白人の生活の違いというのが一番描かれている部分で、ウッズ自身が別の記録でも週3回ゴルフをやっていたと言っているんですが、要するに白人の生活にどっぷり漬かっていたというのを表現している部分です。

江島 ここからいよいよビーコウの案内の下にタウンシップ、黒人たちが住んでいるところに行って話を聞くわけです。ここは、私は映像という点よりもそこで伝えたい内容に注目して、取り上げさせてもらいました。というのは、どうでしょう、人間って例えば女性差別をしてはいけませんとか、児童虐待をしてはいけませんとかってただ言われても反発しますよね。この後にビーコウとウッズが会話をするところを見てみください。とりわけウッズの方は、最初すごく緊張していませんでしたか。バーみたいなところで人がちょっと出ていったりする度に、あ、こいつは密告者なんじゃないかなんていうところですけれども。ところがこの会話って結構ユーモアに満ちていて、だんだん緊張が取れてくるとお互い本音で話すようになるんですね。例えばウッズさん、実は小さな村でお父さんが店を経営していて、そこで一定程度、黒人との交流もあったわけです。例えばこの会話ですね。白人の特典を今のうちに楽しむよ、君の予言が当たればじきに特典は得られなくなるんだからというわけです。
 他方で、スラム街の様子が映し出される。「健康で文化的な最低限度の生活」なんていう言葉が日本国憲法25条にありますけれども、このスラムの様子は人間としての最低限度を明らかに下回っているなとすぐに感じるところです。子どもたちが安心して大きくなれるのかどうかも分からないような環境だというところを描きながら、2人が会話をするシーンがあります。
 ビーコウは弁が立つとか勇気があるだけじゃなく、女性にももてると言われたりしていましたけれども、ここで緊張しているようだったウッズがだんだんリラックスしていって、自分の隣に座っている人に、何でこんなにビーコウは弁が立つんだろうかと聞いたりしながら、お互いの心の垣根をちょっとずつ取り払っていきます。一見、何気ないシーンですけど、実はウッズにとって、そんなに楽なことじゃないんですね。先ほど見た豪華なおうち、きれいな環境に日ごろ慣れている人が、いきなり全然違う環境に来て全然見知らぬ人と話すわけですから。それはやっぱりウッズのリベラルな姿勢があるからこそ、自分が生まれ持っている偏見と戦いながらも、コミュニケーションを取っている。日本で上映するとなると、この映画を見ている人はビーコウよりもウッズの立場に立っていると思います。ビーコウやビーコウの周りの友人がウッズに対していろいろしゃべっている。それに対してウッズが言葉を返したり、それにまたビーコウがボールを返すというシーンです。ここで私たち観客は、冒頭で見た、単に完膚なきまでにやられている痛ましい黒人たちというんじゃなくて、ちゃんと考える力を持っている、自分の文化を持っている、そしてそれについて冷静に考えて何かおかしいと思っている、そういう人たちにウッズが会って、ウッズと一緒に「あれ?」って思うんですよね。
 ウッズは、あれっと思うだけじゃなくて、この後、1つの行動に出ます。自分の新聞社に2人の黒人を雇うという大決断をします。すごいことにこの会社はそれを受け入れた。理事会で決定を受け入れて、2人の黒人を雇う。白人だけでやってきた職種で、黒人というのはお茶をくんだり掃除をしたりという仕事しかなかったところに、同じ仕事をする黒人が入ってきたというシーンです。すごくシンボリックだと思います。

(部分上映終了)

榎澤 僕も黒人のタウンシップでのやりとりはとても興味深く感じたところです。例えばあの女は密告者じゃないか、だけどビーコウに惚れてるから大丈夫だよとか、そういうやりとりが面白い部分なんですけれども。ウッズさんがいろいろ後日談として述べているんですが、そういう自由で平等な社会を築くというのは、まず人と人が面と向かって接することなんだと言っています。皆さんも経験があると思うんですけれども、ゼミのコンパとかやると最初は緊張しますよね、知らない人たちばかりだから。だけど徐々に打ち解けていって、もしかすると一生涯の親友というのができるかもしれない。まさしくウッズさんとビーコウの関係がそうだった。ウッズさんも日本に来たときに講演の場でそのように述べていました。
 もう1つ、今のシーンで感じられるところは、江島先生が指摘されましたね。ウッズさんのいた南アフリカの新聞社はデイリー・ディスパッチ社という、反アパルトヘイトの新聞記事を次から次へと出す新聞社なんですけれども、そこに黒人を同じ社員として雇った。お茶くみとしてではなくて、同じ社員として雇った。
 日本国憲法22条には職業選択の自由というものがあります。自分のやりたい職業を自由に選ぶ、そしてさらにはその職業を遂行する自由、この2つの意味が職業選択の自由というものにはあります。僕がさっきコメントしたシーン、ウッズがプールに横たわってビールか何かを飲んでいて、大きな犬も歩いてきたりして、そこには黒人のメードさんがいる。そういうふうに黒人と白人での職業ランク差というものがあって、あの中からもそれが見受けられる。アパルトヘイトは本当にそうなんですね。
 教育上のアパルトヘイトとしては、バンツー教育法という法律があるんですが、あそこでは黒人は本当に、その社会での下級労働しかできないような教育しか受けられない、語学もそれしか学ばせてもらえない、そういう教育しか行わないんですね、当時のアパルトヘイト政権というのは。それに対して白人は勉強したければしたいだけできると。
 職業選択の自由というのは結局知識をいろいろ学ぶことによって、ああいう仕事がいいかな、こういう仕事がいいかなと選ぶことができるわけですよね。だけどろくに勉強もさせてもらえない、技術も身に付けさせてもらえない、そういう教育のチャンスが与えられないということは職業選択の幅がかなり狭まる。ウッズの家庭の一風景からそういう問題を読み取ることができるのではないかと思います。

志田 この映像講座、この座談会から抽出することのできる重要な憲法用語を、後にイメージライブラリーのデータベース構築のために提供するという試みも同時に行っています。今、「職業選択の自由」と「教育を受ける権利」の関連性、そして「人種差別」「アパルトヘイト」といったところを提示していただけたと思います。
 ウッズとビーコウたちの対話シーンについては、自文化への誇りをもった人間として政治のテーブルにつきたいというところは、いわゆる同化政策に対抗する多文化主義のエッセンスが語られているとも言えると思います。
 ではもう1カ所、江島先生からのお話をいただきます。

<『遠い夜明け』部分上映 サッカー場のシーン。密告に基づくビーコウの取り調べ、法廷シーン。 00:31:00〜00:40:00>
(音声を落として上映しながら解説)

江島 これはサッカー場ですね。大勢がサッカーを見に来たのかなと思うと、なんと演説が始まっていると。人々はいざとなるとどんな場所でも集会場にしてしまう。表現の自由が大事だとはよく言うんですけど、集会の場所というのも重要な要素です。ここ最近何か大きい集会に行ったことがある人ってどのぐらいいますか。1,000人規模ぐらいの集会、行ったなんていう人、います? 意外に行かないですよね、実は。集会の魅力というのは、そこに行くと自分はそれほど大事ではないと思っていたかもしれなかったことが、こんなにたくさんの人がそのことに関心があるんだというのを見ることによって、そうか、この問題というのは重要なんだと、あるいは、そうか、これだけの人が賛成しているんだ、あるいは反対しているんだというのをいや応なく感じる場なんですね。
 ここで登場する真打ちは、ビーコウだったわけですね。もちろんここにビーコウがいてはいけないんです。いること自体が違法ですから、逮捕されかねないわけです。しかし彼の演説がものすごく人を動かし、そして皆さん、最後、見て分かるようにウッズさんは自然に拍手をしていた。隣のカメラマンのケンもあきれたなという顔をしながらでも拍手をしていた。これが集会の力、言論の力なんだなということを思わせるシーンだと思います。
 その少し後の、取り調べのシーンのところでは、段ボールの後ろに目だけ映っている人がいましたね。要するに密告者です。先ほどの集会の中にいた黒人が、ビーコウが集会で演説をしたというのを警察に密告したわけですね。それでビーコウは逮捕されたわけですが、ビーコウもなかなか賢いんですよね。匿名の証人で裁判を戦えるんですかというわけです。匿名証人は証拠になりません。
 それからこの後、取り調べをしている刑事たちが、かっとなってビーコウに手を出そうとしたときに、慌てて顔をなぐるのをやめました。顔にあざなんかあったら、裁判になったときに、このあざから、警察によって拷問を受けてこの自白をしたんじゃないか、不法な取り調べをしたんじゃないか、と問題視されます。そうなると違法な証拠ということになりますから、採用されません。ということを、双方、知っている。そういうことが大事だと両方が分かっている。すなわちこれは、一応、適正手続を守っているということなんです。逮捕されたときにはどんな手続きで、取り調べをするときにはどんな条件で、裁判に使える証拠はこれこれですよということによって、人の自由(人身の自由)を守っているので、警察官もむちゃなことはできないということを象徴的に示している。
 言い換えると南アフリカにも「法の支配」ってあったんですねと思うところです。さて、ここから法廷のシーンに移ります。南アフリカは何かとんでもないことをしているようで、他方で法の支配というのもあるじゃない、と。私が初めて見たときに、えっ? と思ったシーンです。
 白人は何を怖がっているのかということですけど、実は人口の15%ぐらいですよね、白人って、この当時。残りは非白人です。万が一黒人が民主的な選挙に参加して政権をとったら、白人はこてんぱんにやられちゃうんじゃないかというのが、実はここで抑え込もうとしている白人たちの恐怖なわけです。
 さて起訴されて裁判ということですけれども、この裁判、日本で見る裁判と違いませんよね。ちゃんと理性的な裁判官がいて、そして検察側もかなり鋭い突っ込みをしますけれども、法の枠内でする質問。そして同じくビーコウも対等にその検察官の言っていることに対して、ものすごくうまく切り返しをして、それが裁判官にたいしても説得力を感じさせている。ここがビーコウの魅力、ビーコウの成功、まさにいい意味でのクライマックスの頂点の部分だったかと思います。であるが故にこの後が効きますよね。ちょっとやりとりを聞いてみましょうか。・・・
 ・・・検察側からするとこれ(ビーコウたちのやっていることが)がテロリズムだというわけです。マンデラの名前がここで出ましたね。そのほか重要な人たちの名前が出てきました。アパルトヘイト政策の廃止後にマンデラは大統領になる人です。検察側はこの弁論の中で、ビーコウは黒人の間に白人に対する憎悪をあおっているテロリストだと、何とかして裁判官に印象づけたかったわけです。しかしビーコウは、暴力を求めているんじゃないんだと。あなたと私は今コンフロント(対決)しているけれども、これって暴力ですか、と問いかける。

(部分上映終了)

志田 先ほどのサッカー場のシーンのところなんですが、たしかに「集会の自由」の意義をわからせてくれる場面です。先ほど『ガンジー』を比較のために見てもらったんですが、『ガンジー』のときの南アフリカではまだ言論による集会を開くこと自体を、不法集会ということで禁じてはいなかったんですね。ところが『遠い夜明け』のこのシーンになりますと、まずは社会的に影響力のある演説ができるビーコウという人物が政府から要注意人物ということで特定されてしまい、複数の人間と話をしてはいけないということで軟禁状態に置かれる。複数の人間と話すことが禁じられるというのは、言論によるさまざまな作戦会議ができないということです。
 そして大勢の人の前で話すことも不法ということで、集会の場で話をしていたということ自体で逮捕の対象になり、今の裁判のシーンに至るわけですね。そして最終的には警察の監視をくぐって違法に出歩いたことで、また警察に捕まることになります。そこのところが、それ自体は違法ではなかった『ガンジー』の時代よりも、この1970年代の南アフリカの方がはるかに言論に対する警戒と抑圧が厳しくなっていると思います。

江島 このシーンの後に、今度はビーコウが学生の集会に参加しようとして、パスを持たずに出かけたということで逮捕されてしまいます。このパスの意味なんですが、(日本国)憲法では居住移転の自由が保障されています。あれはよく経済的自由の中に分類されちゃうんですけれども、実はこの映画のキーポイントは、単にパスを持っていない、そこにいてもよいというパスを持っていないと逮捕できてしまうということによって、実は言論活動を規制することができる。しかも、いったん逮捕できてしまうと、結果的にはこの南アフリカの警察による拷問、そして死という残酷な結末を迎えてしまったと考えると、このパスの問題は大きいと思います。

志田 移動の自由の保障は、不当な拘束を受けないという「人身の自由」の保障にもつながっているということが、保障がなされていない場合の状況を見ることによってわかる場面ですね。ガンジーがとにかく廃止しようとしたのはこのパスでしたから、パスの問題というのは南アフリカでは大きな問題であり続けたわけですね。

榎澤 ちょっとさかのぼって江島先生が指摘されていた最初のころの、5分くらいから7分ぐらいのところで、ビーコウの写真が張り付けられるシーンと、その居住区がブルドーザーでぶおっと壊されるシーンがありましたよね。実は2つ法律があって、1つは集団地域法という、プリント資料の方にも挙げているものです。
 集団地域法というのは白人と黒人が住んでいる地域を明確に区分する。白人が住んでいる地域はタウンという言い方をしますが、その中の一部分だけ黒人が住んでいます。白人とすれば黒人を安い労働力として、半奴隷の状態で使うことができるので、自分の職場近くに住んでいるというのが実はありがたいんですね。それでタウンシップという居住区をつくらせます。それが集団地域法。市町村内でも、ここからは黒人の居住区だと区分する。ほとんど狭い地域です。もう家がひしめき合っている、そういう地域に隣接しているタウンのほうでは、白人はウッズのようにゆったりと広い家に、裕福な家に住んでいる、そういうふうな比較をしてもらうと分かりやすいと思います。
 もう1つはバントゥースタン法という法律があって、ホームランド政策というのをアパルトヘイト政権はやっていたんですけれども、南アフリカの84%の土地は白人が支配すると。南アフリカは資源国で、本当に金銀財宝がざっかざっか出てきて、一番有名なダイヤモンドの会社、デビアス社などが南アフリカで採掘を行って、かなり儲かっているわけだけれども、そういう土地はみんな白人がもらうと。
 それで使いものにならない14〜15%ぐらいの土地ですね、もう小さくて、まばらです。地図を見てもらうと分かると思うんですが、こちらは峯陽一さんという南アフリカ研究で一番有名な人が出している資料です。ここで旧ホームランドの分布というものが描いてあるんですが、まばらですよね。モザンビーク共和国、ボツワナ共和国、ジンバブエ共和国の下に、色が付いている部分が、南アフリカの十数パーセント。ここの土地に黒人の人たちを住まわせた。農業をやるにしてもほとんど作物が取れないんですね。水も泥をすくって、泥水を飲むような、本当に衛生も悪いような土地をあてがった。だけどあるとき、使いものになると思ったら、また立ち退きさせるんですね。
 南アフリカはこのホームランドというのを外国と認定していました。南アフリカは黒人が住む10の国がある。だからそこから白人の住む南アフリカに出稼ぎに来るときにはパスポートが必要だと。居住区の場合もそうです。だから外国人がパスポートを携帯しているのはほかの国もやっていますから、おかしくないですよね、こういうふうなやり方を取っているのがパス法の趣旨だと言えるわけです。
 あと2点。白人の恐怖感というものが江島先生の方で指摘されていたんですが、南アフリカの当時の人口は80%が黒人です。約2,500万人だったかな。白人は14〜15%、500万人なんですね。ただ白人といってもオランダ系とイギリス系の人がいて、ここも実は仲が悪いです。あとはインド系と、それ以外のカラードですね。白人が先住民の人たちを手込めにして、その間に生まれた混血の子どもとか、あるいは白人でも犯罪者を父親に持つ子どもなどレッテルを張られた人の中にもカラードの集団に属す者もいます。そこはもう数パーセント、100万人、200万人ぐらい。ですので、実際に多数の黒人やそういった人たちが協力し合って立ち向かっていったら、白人たちは絶対数の上でかなわない。だから、お前らはだめなんだ、ろくでもない人間なんだ、そういうふうな教育を徹底していく。これが白人が優雅な生活を送れた1つの秘密とでもいいますか。だけどいつでも白人の側は怖がっているんです。いつ、やつらに結託されるかと。だからビーコウみたいな人が出てきちゃ困るわけなんですね。
 南アフリカの白人政府が怖がっていることは、もう1つは国際世論なんです。ビーコウは国際的にも有名、マンデラも有名、だから彼らは裁判の証言台とか裁判席に立てるんですね。一般の黒人はこの『遠い夜明け』の最後の方にも出てきますが、裁判の機会も与えられないで不審死を遂げるわけです。日本国憲法32条には裁判を受ける権利があるわけです、あるいは逮捕をする場合にも逮捕令状、刑事ドラマとかでも出てきますね、警察官が裁判所に請求して、それで逮捕令状を受け取った後に警察官が怪しいとにらんだ容疑者に逮捕令状を見せて手錠を掛けるという手続きを行うわけだけれども、あれがないと逮捕してはいけないというルール(令状主義)を課している。そういうのも一切この南アフリカでは抜き。もう警察が怪しいとにらんだら簡単に逮捕できて、拷問に掛けて刑務所にぶち込むことができる。裁判をするという手続きを抜きにされていた、これが1960年代につくられた当時の法律です。ですから、ビーコウが裁判に参加できた、そこである程度先進国というか、人権が認められている国と同じような扱いを受けたのは、あくまでもビーコウが有名人だったからなのかもしれません。
 それともう1ついろいろな本で読むのは、議会と裁判所が対立していたことです。結構、裁判所がこの法律は違法だという判決を下したりしていた、そういう歴史もあるようです。ただ裁判所の違憲審査権を議会の方で剥奪するなんていう方法も取られていたりしまして、そんな歴史があります。

志田 南アフリカのパス法の問題を読み解いていくと、居住・移転の自由の剥奪が、自分たちの土地から出る資源を自分たちで利用収益する権利(財産権)の剥奪という意味で経済活動の自由の剥奪にもつながっており、この事情が黒人を「外国人」とみなして「パスポート」を強制することによって隠蔽・正当化されている、という流れが見えてくる、というお話だったと思います。「外国人」と「国民」の線引きは国際共通ルールがあるわけではなく、国ごとにルールを決めているので、このような制度も国が作ってしまえば可能になってしまう、そういう構造的なつながりが今のお話で見えてきました。
 おっしゃっていただいたように南アフリカの状況には国際世論が大変大きく影響していて、『ガンジー』ではそれに成功しているところが描かれ、次のビーコウの時代の南アフリカはそれをさせまいとする、その後、『マンデラの名もなき看守』ではまたこの国際世論による経済制裁を無視できなくなってきたというふうに比較対照できそうだと思います。では榎澤先生ご指定のソウェト蜂起のところをお願いします。

<『遠い夜明け』部分上映 ソウェト蜂起のシーン。 02:24:20〜02:29:55>
(音声を落として上映しながら解説)

榎澤 ここからソウェト蜂起が出てきますが、1976年に白人の政権、アパルトヘイト政権は、こういう法律を作ります。黒人たちには英語ではなくアフリカーンス語を共通語として指定します。アフリカーンス語というのは白人の大多数、オランダ系白人の人たち(アフリカーナー)の言葉です。アフリカーナーというのは彼らの言葉ではアフリカ人という意味なんですけれども、アフリカーンス語はオランダ系白人の人が誇りに思っている言語です。この言語を黒人の人たちも共用させようと。
 先ほどちょっと言ったんですが、イギリス系白人とオランダ系白人は仲が悪いです。経済界を支配しているのはイギリス系白人なんですね。オランダ系白人、アフリカーナーの人たちは中級労働か下級労働を行う、プアホワイトと呼ばれる貧しい白人労働者が多かったんですね。それ以外の理由もありますが、とにかくイギリス系の人たちに対して敵対意識があります。だから黒人のやつらが英語を学ぶなんてとんでもない、だから英語を奪ってアフリカーンス語を教えろと。そうすれば労働に役立つようになるとか思ったのかもしれませんね。とにかくこの踊りながらデモをしている学生たちは、そんなのは認められるかと、ビーコウの言う黒人意識に目覚めて、黒ということに誇りを持つ、自分たちの文化に誇りを持つ表現を通じて戦っていくわけです。そんな白人政権の押し付けなんか許していられるか、と。
 彼らが掲げるプラカードにも、アフリカーンス語というのは抑圧言語だという言葉が出てきていましたね。ですからここがまず、黒人たちもビーコウに動かされた部分で、それによって大衆みんながまとまってきて、白人政権に戦いを挑むというシーンが描かれているわけです。

志田 事件の前提には不公正な社会構造を固定化させる言語政策があり、この言語政策への抵抗としての学生デモだったということですね。

榎澤 この後は凄惨な状況になります。このソウェトで行われた集会では数十人の人たちが射たれ虐殺されていく。映像で一番最初に殺された13歳の男の子、ヘクター・ピーターソンという子がいるんですけれども、この男の子の名前を取って現在のヨハネスブルク、ワールドカップのサッカーでは決勝戦を行った場所ですが、あそこにはアパルトヘイト博物館があってその名前がヘクター・ピーターソン博物館となっています。
 本当に痛ましいシーンが流れています。この前の1960年代にも、後のマンデラ大統領、黒人を指導していたリーダーになっていた数百人の人たちが捕まっていくんだけれども、そのときにもこのような虐殺事件が起きています。だから『ガンジー』のときに比べると、やはり政府側の使う道具が変わってきている。銃は乱射する、サラセンという装甲車を突撃させる、警察犬を使ってかみつかせる、もうあらゆる武器をどんどん使っていくというシーンが描かれているわけです。

(部分上映終了)

榎澤 南アフリカは軍事費を国家予算の中でかなり使うようになったんですが、1961年の段階では軍人の数が約10万6,000人、軍事費は、向こうのお金はランドと言うんですが、7,200万ランド。それが10年後、ソウェト蜂起が起きたり、ビーコウが虐殺、拷問を受けて殺されるときになると、10倍の7億ランド。そして軍人は3倍の30万人になります。1980年代になると、その倍です。1980年代は60万人の軍人を養成していって、そして国家予算、1974年の約7倍、約50億ランド。(1ランド約40円で、おおよそ2000億円)。それだけ治安維持のためにお金を使わざるを得なかった。白人の恐怖感がそういうふうにさせている、アパルトヘイト体制を維持して白人が裕福な暮らしをするためには、そこまで治安維持にお金を充てないといけなかったということなんです。
 次は、ウッズが飛行機で飛んでいる最後の方、149分ぐらいのところを。

志田 私はこの上映会で、イメージライブラリーに入っているのがいつのDVDかというのを確認し忘れて、気にしていたんです。今日は最初に出た版のDVDを上映していただいているので大丈夫です。この版では飛行機が最後飛んでいくところに重ねて、取り調べの間に死亡した人たちの名前が大変丁寧に出てきます。死亡原因も大変丁寧に流れているんです。ところが「Amazon」で買える最近の版、これを私はうっかり入手してしまったんですが、こちらの版では時間の都合なのか、それともこれはまずいという判断が何かあったのか、あるいはリアルタイムな「問題」が解決したからもういいでしょうという判断だったのか、そこを丁寧に出すのをやめて、テロップで短く結果を流して終わらせてしまうんですね。
 先ほど江島先生は前半のビーコウが描かれていたシーンに比べて、後半のウッズの脱出劇は長く感じませんでしたかとおっしゃっていましたけれども、社会問題的な興味と切り離して作品として見ると確かに長いんですが、実は南アフリカがこの後、本当に国際世論の流れを無視できなくなってアパルトヘイトを廃止せざるを得なくなっていくのは、このウッズの行動があったからで、それまでの間に犠牲になった人たちの問題がこれで明らかになったからで、そこにこの作品の社会的・歴史的意味があったはずですので、最後のところをカットした版は、残念だと思いましたね。

江島 長くなかったですかというのは、今の部分に後でフィードバックしたいなと思って、わざと投げた言葉です。私にとってこのアパルトヘイト政策というのは、同時代の問題なんです。学生時代のころに知って、こんなことが世の中に行われているんだと思ったらびっくりしますよね。ですけれども、じゃあ、自分は何ができるのと。この映画を初めて見て見終わったときに、あのテロップを見て、一人一人、こういう理由で死んだというのを見て、すごく暗い気持ちになったけど、自分にはできることは何もないと思ったんです。
 ところがこの問題、70年代から80年代のイギリスの大学のキャンパスに行くと、いわゆる社会問題の筆頭なんですね。例えば当時、イギリスのバークレー銀行は、この南アフリカ政権との取引をやめなかったんです。バークレー銀行というのは日本で言うとみずほ銀行とか三井住友銀行といったクラスの大きな銀行です。当時、国際社会がどんどん南アフリカと取引をするのをやめているときに、最後の最後までやめなかった。そこでイギリスの学生がバークレー銀行に口座を開くのをやめようという運動をして、結果的に当初の口座数の半分ぐらいに落ちてしまう。これは将来の顧客を逃すわけですよ。大学に行って、ゆくゆくはある程度収入を得る層になるはずの人たちを失ってしまう。南アフリカとの実際の取引額自体はそれほど大きいものではなかったので、撤退するのは簡単な選択だったわけです。私はそのことを知ったときに、学生でも、一般の消費者でも、できることはあるんだなと。
 当時の日本の一学生だった私には何もできなかったしアイデアすらなかったけれども、今は皆さん、そういうのをいろいろご存じですよね。フェアトレードだったり、環境問題だったり。それで先ほど長くなかったですかと言ったのは、これは私の、自分に対する反省だったわけです。

<『遠い夜明け』部分上映 ウッズが飛行機で飛んでいる。“ンコシ・シケリ・アフリカ(神よ、アフリカに祝福を)”が流れるシーン。 02:30:00〜02:33:20>
(音声を落として上映しながら解説)

榎澤 今の話も踏まえてですが、僕自身はいろいろウッズの本とかも読んでいたので、彼の意見を踏まえた上で言わせてもらうと、ソウェト蜂起の場面を一番最後に持ってきているのが実は重要で、南アフリカの内部でここまでの動きが出てきた、じゃあ、俺は違う役割で外から戦うという思いをこめてこのシーンが描かれているんじゃないかと思います。
 実際にこの『遠い夜明け』の原本になった『Biko』という本があります。その『Biko』を読んでみると最初の方にこう書いてあるんですね。この本は個人的な友達としてのビーコウに対する証言である、と同時に南アフリカ政府に対する、今の国民党政権が行っている政策に対する告発書であると。こういう書き方をしていて、実際にウッズはこの後いろいろなところに訴えに行くんです。それで映画制作。映画はここまで有名になるとは思わなかったみたいですけれども、そういう2つの意味合いがこのラストに持ってこられているのかなというふうに僕自身は思っていました。
 あともう1つ思ったのは、白人のウッズですら迫害される、ビーコウと同じような軟禁状態、監視状態に置かれて迫害される。ここまでアパルトヘイト政権というのはおかしな状態になっているんだと。逆に言えば、崩壊の兆しがもう見えているところなので、『遠い夜明け』というタイトルは僕はおかしいなというふうに実は思っているんですよね。

志田 榎澤先生の感覚としては、ここまで来ていると、夜明けは近い、と。

榎澤 ええ。なまじ僕が南アフリカの歴史を知っていたからそう思えるのかもしれません。この黒人意識運動というのがまさにソウェト蜂起となり、そしてビーコウの暗殺、そして南部アフリカではいろいろな黒人国家が誕生しているんですが、そういうさまざまな事情に南アフリカは恐怖感を抱いていく時期です。いつ攻め込まれるかという恐怖感もあって、今までだったら白人の植民地だったから守られるという感覚だったんだけれども、それはもう通用しなくなっている。

(部分上映終了)

志田 この映画はそういった夜明け前の時期を描いているわけですけれども、ではその後の南アフリカはどうなったかというと、アパルトヘイト政策を廃止したわけですね。そこを描いた映画がいくつもあるんですが、その中で1点、『マンデラの名もなき看守』という作品がありまして、これはアパルトヘイト時代から新政府樹立までのところをさっきも名前が出てきました指導者、ネルソン・マンデラが刑務所にいた時代にこの人の監視と文書検閲を担当していた看守がいます。その人の視点を通して社会が変わっていく様子を見るという作品です。これについては榎澤先生に重要個所のピックアップと解説をお願いします。

<『マンデラの名もなき看守』部分上映 パスを持っていない黒人たちが暴行を受け連行されていく。それを見たグレゴリー軍曹の子どもがトラウマになったのを見て、両親が黒人と白人が分離される理由を語るシーン。 00:23:00〜00:25:33>
(音声を落として上映しながら解説)

榎澤 まず23分ごろからのパスポート、身分証明書を持っていない黒人の人たちが次から次へと白人の政権、警察に逮捕されていくシーンが描かれる部分があるんですが。アパルトヘイトのひどさというのを、もう一度感じ取ってもらえると思います。このグレゴリー軍曹が、マンデラの看守を担当した人です。その人が休日、家族で買い物に行くシーンです。その家族の目の前で、黒人に向かって警察が出てきて、いきなりパスポートを見せろと。拒否したり、持っていないと、連れていかれる、言うことを聞かないと警棒で殴る、そういうシーンが描かれています。このグレゴリー軍曹は白人ですけれども、その娘さんが今のシーンを見てショックを受けてしまう。その後のやりとりを見てほしいと思います。当時の白人の考え方というのが明確に示されるんですね。

(部分上映終了)

榎澤 今、グレゴリー軍曹の娘さんがすごいショックを受けている。皆さんも今悲しそうな顔をされているので、同じような心境なのかなと思うんですけれども。何で白人には身分証がないの? このお子さんが言っているのは平等の話ですね。黒人もパスポートを持つんだったら白人も持てばいいじゃない、あるいは両方とも持たなくてもいいじゃない、こういう平等の考えを示していると思うんですが、お母さんがこう言いましたよね。ツバメとスズメは違うのよと。
 実は一番アパルトヘイトの根拠になっているのがカルビニズムという宗教の考え方。ただそのカルビニズムの考え方はかなりアフリカーナーの、オランダ系白人の人たちが曲げて、自分たちに有利になるような考え方に変えています。カルビニズムが言うのは天地創造の段階でこの世界が誕生したときに、いろいろな動物たちそれぞれの固有種というのを、人間が大切にしていかなければならないというわけです。これがアパルトヘイトの原点になっています。カルビニズムは人間というのは皆平等な存在だと言っているんですが、オランダ系白人の人たちはそれを曲解して、黒人は人間じゃないから同等に扱うことはできない、だけど固有種だから分離していって、そういうふうな形で保存していこうというのです。
 この考え方が居住区を分けるとか、ホームランドをつくるとか、徹底的な分離の考え方につながって、白人の一般家庭にもそういう考えが浸透している。ここが重要なポイントになるので見てもらいました。次、43分ぐらいから。マンデラが登場します。

<『マンデラの名もなき看守』部分上映 マンデラの登場シーン。 00:43:28〜00:44:09>

榎澤 今マンデラが、こう言いました。我々は、国に対してこういう法律はなくしてほしいとか、こういうパスポートを携帯させるなんてやめてほしい、そういうふうに訴えてきたと。これは憲法では請願と言います。我々一人一人には国に対してこうしてほしいというふうに訴える請願権というのがあります。日本でも、そういう権利が保障されていなかった時代に、江戸時代のころだと佐倉惣五郎、明治時代だと、足尾銅山の・・・

聴講者 田中正造です。

榎澤 そうでした、足尾銅山事件で国に対して請願をしたのは田中正造でしたね、ありがとうございます。そういうことを、ANCがやろうとした。これは現在の南アフリカの政権与党なんですが、アフリカ民族会議という黒人が集まって自由と平等を訴える、そして1人1票の投票権を求める政治団体でした。ここではまず請願というのをやっていこうと。だけど白人政権は聞いてくれない。じゃあ、ガンジーの方法、非暴力、不服従の運動をしていこうと。それでも聞いてくれない。じゃあ、最終手段は、相手がどんどん過激な暴力でくる以上は、暴力で対抗するしかないんじゃないかとなっていくわけです。
 そこで1961年、マンデラは捕まる前に武装集団をつくる。これはウムコント・ウェ・シズウェ(MK)、民族の槍というふうな名称なんですけれども、この武装集団がマンデラが捕まった後に活躍していく。表舞台では後にビーコウが活躍していくわけですが、裏舞台ではこの民族の槍集団、武装集団が活動していって、最初は人のいない住居の破壊などをマンデラは細かく考えているんですね。人をできる限り傷つけないような暴力手段。だけどそれが徐々に実らなくなってくる。軍事費がどんどん上がって南アフリカ政府はどんどん過激になるから、こちらも過激な暴力で対抗せざるを得ないというシーンに次、つながるわけですけれども。今の話は僕が提供させていただいた「マンデラのリボニア裁判」という資料にありますので、後で見ておいてほしいと思います。

<『マンデラの名もなき看守』部分上映 爆破テロとマンデラに武力闘争をやめさせるよう訴えるグレゴリーのシーン。 01:22:36〜01:24:10>

榎澤 ここは民族の槍と思われる集団が爆破テロをして、白人の民間人も犠牲になるというシーン、マンデラに対してグレゴリーがそのニュースを見ろと言っているシーンです。暴力がどんどんお互いに過激になっていくというシーンが描かれているんですけれども、ここで1つ気付く点があります。マンデラは刑務所の中に入れられているんですが、ほかの黒人たちと何か憩い部屋みたいなところで話をしている。この部屋でテレビも見ているわけですね。
 マンデラはそれまで大西洋側にあるロベン島に収容されていました。ロベン島は昔、監獄の島と呼ばれて、1999年に世界遺産に認定されています。マンデラはそこに1964年から20年近く収容されていたんですが、そのときには彼はほかの囚人とほとんど話をすることもできないし、狭い独房の中に入れられていた。だけれども80年代になると、違う刑務所に移り結構刑務所内で自由なことができて、このグレゴリー軍曹と棒術で戦ったりとか、娯楽も楽しんでいる。あるいはこの後、奥さんとじかに面会させてもらったり。そのときにマンデラが、僕は20何年も妻に触れていないとグレゴリーに言って、抱きしめられる嬉しさと恥ずかしさとか、そういうのが入り交じったシーンがあるんですけれども、そういうふうにかなり刑務所内の雰囲気が変わっている。これもアパルトヘイト政権が終末期に近づいていることが読み取れるんですよね。
 ですから今のところではどんどんお互い暴力路線が過激になっていくけれども、収拾がつかなくなるからどちらもどこかでやめたい、それに何とか終止符を打てるのはカリスマ的なリーダーであるマンデラしかいない、あるいはその周りにいる人たちも有名な人ですから、彼らに何とか暴力をやめてくれ、こっちは引けないんだと言っている、そういうシーンが描かれているわけです。
 次は最後の109分のあたりからお願いしたいと思います。

<『マンデラの名もなき看守』部分上映 マンデラの釈放とグレゴリーが自由憲章の核となる部分(抵抗権)を読むシーン。 01:49:15〜01:52:52>

榎澤 ここの部分、注目してほしいと思います。グレゴリーが読んでいる書類の内容ですね。マンデラは、1994年の、黒人、白人、インド人、全部交じった全人種が参加する選挙で初の大統領になります。この後、南アフリカは独裁政権から民主的な国家に転換するわけですけれども、そこのところも重要なんですが、もう1つ僕が注目してほしいと言ったのは、グレゴリー軍曹が見ていた書類、あの当時は機密資料だった「自由憲章」という資料なんですね。
 1955年に、当時迫害されている人たち、マンデラが率いるアフリカ民族会議(ANC)という政治団体とか、それ以外の共産党団体とかが秘密に会合をやったときに作った文書が「自由憲章」です。そこには我々が知っているような自由や平等とか、社会保障の大切さとか、そういうことをいろいろ書いています。今、グレゴリー軍曹が読んだ部分、日本国憲法にも同じような内容が書いてあるんですね。
 この「自由憲章」は自由を勝ち取るまで戦い続けるという書き方をしていましたが、日本国憲法の12条とか97条にもそうしたものは出てきます。97条では人権というものは過去幾多の試練に耐え、と言ってる。すなわち、我々の祖先たちはいろいろな自由を勝ち取るまでに、幾多の血と涙を流してきたものだということが書いてあるし、12条にはそういう人権というものは不断の努力によって守っていかなければならないと書いてあります。
 要するに我々の祖先たちは、そういうふうなものを汗とか涙とか血とかを流しながら、命を散らしながら勝ち取ってきたものだ、だけどあなたたちもそういう努力をしないと、いつ過去の南アのような形、あるいは日本の過去のような時代に戻らないとも言えないんだと、努力をしていく必要があるんだというふうに言っている部分が、重なるんです。なので、ここのところ、注目してほしいです。
 この後、南アフリカはとにかくマンデラ大統領というカリスマ的な人、黒人からの信頼も厚い、そして白人の人たちも、この人なら何とかしてくれるんじゃないかという雰囲気を持っている人が南アフリカをまとめていって、そして憲法を作る。それまでの南アフリカには憲法がなかったのかというと、憲法はありました。国会とか裁判所って、どういう仕事をするのというふうに、国の仕組みについて示している憲法は、アパルトヘイト政権時代にもあったんですが、1996年に作られた憲法には、自由や平等の大切さを含めて、歴史上初めて人権というものが南アフリカの憲法に書き込まれた。ですからここから民主的な国家が南アフリカではスタートしたと言えるんですね。
 それまでの間にはいろいろな人、例えばビーコウのようなリーダーが、次から次へと殺されていく。僕が南アフリカの人物で最も尊敬するのはクリス・ハニという人なんですが、ビーコウとかクリス・ハニが生きていたら、1994年に大統領になったのは、マンデラではなかったかもしれない、彼らが大統領になっていたかもしれないといわれるぐらい、同じようなカリスマ的な魅力を持っていた人がいます。残念ながら1993年彼は殺されてしまった。だけどこのハニが殺されたのをきっかけに、かなり意見に食い違いのあったマンデラ側や白人政権側のデクラーク大統領が交渉過程において、このままだと大変な状況になってしまう、だからハニの死をむだにしないためにお互いに協調できる国家をつくっていこうと、こういうふうに路線変更した。これが現在の状況につながっているというわけです。一応このような流れですね。

志田 『遠い夜明け』の方では描かれていなかった、その後の南アフリカは大転換を遂げたというところを榎澤先生にお話しいただきました。最後に、江島先生と榎澤先生で今日、全体を総合して、お一言ずつコメントをいただきます。

榎澤 まだ言えてなかった部分を紹介させていただきます。アマンドラという言葉が『遠い夜明け』では出てきました。「我々に力を」という意味なんですよね。何語なのか僕はちょっと調べてないんですけれども、『アマンドラ!』という映画も存在します。2000年代に作られているんですが、アパルトヘイトを倒したのは実は歌の力なんだというのです。
 ソウェト蜂起、すごかったですね。踊りながらで、何か抵抗しているような感じに見えない。だけど彼らは処刑台に上るときですら、歌いながら絞首台の上に上って死んでいく。これはやっぱり白人側に脅威だったと思います。この『アマンドラ!』という作品も僕は好きなんですが、ぜひ見てください。歌には力がある、僕は結構これは本当だな、これは日本でも使えるんじゃないかなと思います。(『AMANDLA アマンドラ!希望の歌』(原題『Amandla! A Revolution in Four Part Harmony』2002年)

江島 皆さんへの質問として、今の皆さんにとっての問題は何かということを、考えてみてほしいんです。ひとまず法的な差別は終わりましたと。しかし世界にはさまざまな人種差別や内乱や紛争や飢餓の問題が数え切れないぐらいあると思うんですね。ですからこの映画を見て、もし善玉と悪玉、悪玉オランダ系アフリカーナー政権と黒人に対する過酷な出来事、これは終わった、めでたしめでたしでは間違いだと思うんですね。
 1つ興味深いシーンがあります。『遠い夜明け』で、アフリカーナー出身の警視総監クルーガーの家にウッズが抗議に行ったときに、クルーガーが自分たちの歴史だと言っていくつかの写真を見せるんですが、あの中にイギリスがアフリカーナーの女性や子どもを強制収容所に入れたという写真が出てきました。
 それからもう1つ、それに続けて言った言葉、アフリカーナー、我々はアフリカを植民地にしたのではない、アフリカを開拓したのであると。私たちがこの国をつくったんだと。17世紀ぐらいですかね、移民としてオランダ系の方たちがあそこに行って、自分たちの汗と涙でこれだけの豊かな国をつくったんだという、そういう自負があったが故にこういう問題につながっている。言い換えると、私は、問題は「負の連鎖」だと思うんですね。
 なので、もう1つ南アフリカについて注目したいのは真実和解委員会です。今まで15%の白人が黒人と「カラード」を抑圧してきたのならば、民主的な選挙をして80%の黒人が政権をつくったとき、今までの敵(かたき)を取るに決まっていますよねってなるから、余計に守りたくなるんですよね。ところが、真実和解委員会できちんと真実を告白すれば恩赦を与えるという形を取ったのでした。
 もちろん専門家からは、いやそんなに甘い話ではなくていろいろ問題はあるのだと言われるのかもしれないんですけれども、少なくもここで負の連鎖を断ち切って、今まで自分を抑圧してきた存在とどうやって結託して新しい国家をつくっていくかというアイデアを、南アフリカの経験は提供してくれたと思います。
 この真実和解委員会というのは現在はいろいろな紛争や内戦後の国で、どうやって民主的な政権をつくりながら安定的な社会を築いていくかということで、利用されているテクニックなんですね。そう考えるとある特定の地で流されている涙とか血というのは、結果的にはいろいろな国、いろいろな場所で、何か変えていくきっかけをつくっている。
 ですからそれを、表現の自由によって伝えられたものを通してみんなが知るということが、また次のステップにつながっていく、そういうことだったのかなと思います。

志田 江島先生がおっしゃった「負の連鎖」を止めるための政策を、南アフリカは懸命に取ったというところが、今日はご紹介できなかったんですが、クリント・イーストウッドの『インビクタス』という映画の中に描かれています(『インビクタス/負けざる者たち』原題『Invictus』2009年)。そこではスポーツを通じて、今、江島先生がおっしゃった負の連鎖をどう止めていくかという議論が描かれます。本来でしたら榎澤先生がこれには本当に詳しいのですが、そろそろ時間が来てしまいました。
 今日は『遠い夜明け』をメインの素材にしつつ、いろいろな映画を横断しながら、南アフリカという一見遠い国家の変動と人権状況について見ていきながら、日本国憲法で保障されているさまざまな人権にどういう意味があるかということを照らし返して理解する、そういう一助になればと思い、専門の先生方をお呼びしてお話をいただきました。先生方、ありがとうございました。(拍手)



(2012年11月24日収録。掲載に当たって内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は当時のものです。)