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これだけはみておこう! 必見映画選179


イメージライブラリー・ニュース特別号 これだけは見ておこう!必見映画選179

 映画館やテレビに限らず、パソコンやスマートフォン、街頭広告(デジタルサイネージ)など至るところに動く映像(moving image)が遍在している現在、「映画を観る」とは、「作品をつくる」とは一体いかなる意味を持つでしょうか。わたしたちは視覚文化にかんする価値観や前提が大きく揺らいでいる時代に生きています。
 理論家のレフ・マノヴィッチは、デジタル化によって映画や写真など個々のメディアに備わっていた特性が計算・操作可能なデータへと一元化されることにより、「メディア」という概念自体の有効性が失われつつあることを述べる一方で、インターネットやコンピュータゲームなどのニューメディアには、映画をはじめとする従来のメディアがつくりあげてきた慣習が根強く残り、影響を与えていることを指摘しました*1。また、現代の映画やウェブ動画に、リュミエール社の製作した『ラ・シオタ駅への列車の到着』をはじめとする創成期の映画(初期映画)との類似を見て取る論者も現れています*2。そうであるとすれば、これから作品制作や研究に取り組もうとするひとにとって、映画が辿ってきた歴史や映像メディアの変遷を知っておくことの重要性はますます高まっていると言えるでしょう。
 イメージライブラリーは、国内外の劇映画に加えて、アニメーション、ドキュメンタリー、アート映像・実験映像など、様々なジャンルの映画・映像作品を約2万タイトル収蔵している施設です。本紙ではその中から、「ムサビで学ぶみなさんにぜひ観てもらいたい作品」というテーマのもとに一部をピックアップしました。ぜひこのリストを片手にイメージライブラリーを訪れて、気になる作品を探したり、気ままに書架を眺めてみてください。原則すべての資料が開架されているこのライブラリーの利点は、フィルターバブル(個々人の趣味・嗜好を予測した検索結果が提示され、それに一致しない情報が排除されること*3)から逃れ、新しい発見や出会いをもたらすことにあるのです。

*1レフ・マノヴィッチ『ニューメディアの言語――デジタル時代のアート、デザイン、映画』、みすず書房、2013年(原著2001年)
*2 渡邉大輔『イメージの進行形――ソーシャル時代の映画と映像文化』、人文書院、2012年
*3 イーライ・パリサー『閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義』、早川書房、2012年(原著2011年)



日本映画                                                         
1935年 丹下左膳餘話 百萬兩の壺
山中貞雄
庶民の人生の機微を、軽妙な笑いに包んで描いた時代劇版小市民映画。百万両のありかが隠された壷を巡る騒動が繰り広げられる。
1950年 羅生門
黒澤明
芥川龍之介『藪の中』の映画化。迫力ある語り口と驚異的な光と影の演出によって、人間のエゴイズムを巧みに描き上げる。
1953年 雨月物語
溝口健二
江戸時代の怪談集を基に、乱世の時代に欲にとらわれた人間の姿を綴った絵巻物のような時代劇。妖艶な死霊との戯れを描いた幽玄の世界はモノクロ映像の美を極め、さらにワンシーン・ワンショットの人物凝視の演出によって画面には気迫が満ちる。
1953年 東京物語
小津安二郎
尾道の老夫婦が東京で暮らす息子達を訪ねる。独自の美学に基づく研ぎ澄まされた演出で緩やかに崩壊する家族の心を浮き彫りにした傑作。
1955年 浮雲
成瀬巳喜男
敗戦後の虚無感の中で転落してゆく一組の男女を描く。理屈で割り切れない人間の心情を、眼差しや身ぶりの描写の積み重ねによって炙り出す。
1957年 幕末太陽傅
川島雄三
幕末の品川遊郭に居座るひとりのお調子者を描く傑作コメディ。職人芸の域に達したスピード感溢れる演出と一瞬の静。鬼才・川島雄三の代表作。
1960年 裸の島
新藤兼人
瀬戸内海の孤島で生きる一家。水のない島に夫婦は毎日対岸から小舟で水を運ぶ。一切の台詞を排し映像と音のみで人間の営みを描く。
1961年 黒い十人の女
市川崑
男への復讐を図る十人の女たち。モノクロ画面を活かしたスタイリッシュな映像は、市川崑のモダニズムの真骨頂。女優陣の華やかさも魅力。
1963年 十三人の刺客
工藤栄一
シンメトリーやクロース・アップなどスタイリッシュな構図で描写した時代劇サスペンス。悪徳藩主を討ち取る13人の武士の策略を描く“集団時代劇”。
1964年 砂の女
勅使河原宏
安部公房の小説を映画化した前衛的不条理劇。砂丘地帯の穴に閉じ込められた男の心理描写と、強迫的な砂の造形美に驚かされる。
1964年 赤い殺意
今村昌平
雪国を舞台に抑圧された女の成長を斬新なカメラワークで描く衝撃作。人間の欲を真直ぐ見据えた圧力のある演出で“悲喜劇”と呼ばれた。
1966年 ÉMOTION=伝説の午後=いつか見たドラキュラ
大林宣彦
映像の魔術師・大林宣彦の原点ともいえる自主製作時代の作品。実験的な手法を駆使し、当時のアンダーグラウンド映画界を沸かせた。
1967年 日本春歌考
大島渚
60年代の騒然とした東京を舞台に性の歌である春歌を軸に描く異色の青春映画。抑圧された心を春歌に託す青年の姿が当時の時代を体現する。
1968年 初恋:地獄篇
羽仁進
孤独な少年とヌードモデルの少女の恋を現実と幻想とを織り混ぜて描く。思春期のみが持つ危うい美しさを素人役者での即興演出で描き出した。
1969年 心中天網島
篠田正浩
絵や文字で装飾したセットなど独特の美学で近松門左衛門の人形浄瑠璃を映画化。男女の死の逃避行に黒衣の人形遣いが死神のように寄り添う。
1969年 薔薇の葬列
松本俊夫
ゲイの少年が母を殺し父と交わるという現代のオイディプス神話を、素人のゲイボーイの起用や登場人物へのインタビュー、新宿街頭でのゲリラ撮影等を取り入れた虚実ないまぜの実験的手法で描く。監督は映像理論、ドキュメンタリー、実験映像の世界で広く活躍。
1969年 私が棄てた女
浦山桐郎
60年代後期の世相を背景に、60年安保で挫折を味わい、今はサラリーマンとして出世コースを歩む男が抱える人生と愛の偽りを描く。
1970年 無常
実相寺昭雄
近親相姦のタブーを犯すという世界観を残酷なほどに美しいモノクロの映像美で描く。監督はウルトラマンシリーズ等も手掛ける実相寺昭雄。
1979年 草迷宮
寺山修司
泉鏡花の原作を基に、青年の手毬唄探しに仮託した母追慕の物語を、幻想・過去・現在を交錯させる手法で紡ぐ。哀切な抒情に溢れた一編。
1980年 ツィゴイネルワイゼン
鈴木清順
サラサーテのレコード盤が誘う、現実と幻想の交錯した狂気の世界。鬼才・鈴木清順が極彩色で彩る、生と死、エロスの沸き立つ大胆な幻想譚。
1981年 泥の河
小栗康平
戦後、復興し始めた大阪。河岸のうどん屋の少年は、対岸に繋がれた廓舟に住む姉弟との出会いと別れの中で、初めて生きることの痛みを知る。
1983年 家族ゲーム
森田芳光
囁くような会話、音楽を一切使用せず現実音を誇張した音処理、ねじれた空間…。現代の家族関係をシニカルかつシュールに描いたホームドラマ。
1993年 部屋 THE ROOM
園子温
自主映画出身の監督・園子温が、自分の死ぬべき部屋を探し求めて彷徨う殺し屋を描く。長回し撮影と粒子の荒れた退廃的な世界。
1998年 ニンゲン合格
黒沢清
14歳から10年間昏睡状だった男が目覚めたとき、既に家族は離散していた。心は少年のまま、男は現状を受け入れようとするのだが…。
2000年 ユリイカ
青山真治
バスジャック事件で生き残り、心に深い傷を負った運転手と乗客の兄妹。彼らの魂の再生の旅を、九州の自然を背景に静かに描き上げる。
2001年 リリイ・シュシュのすべて
岩井俊二
インターネットを用いた参加型小説を映画化した岩井俊二の代表作。14歳の鬱屈した日常が撮影監督・篠田昇による美しく儚い映像で描かれる。
2001年 H story
諏訪敦彦
脚本なしの即興演出で知られる諏訪敦彦が故郷広島である映画のリメイクを試みる。未完成の本編とメイキングが渾然一体となった異色作。



外国映画                                                                                                                             
1895年 工場の出口
リュミーエル兄弟(製作)
シネマトグラフの発明者リュミエール兄弟の最初の映画。これがパリのグラン・カフェで公開されたその時が“映画の誕生”とされている。
1902年 月世界旅行
ジョルジュ・メリエス
メリエスはフィルム操作によるトリック撮影の発見者。映画に脚本などの演劇的要素を取り入れた。月の目にロケットが突っ込むシーンは有名。
1916年 イントレランス
D・W・グリフィス
グリフィスは、数々の新手法を映画に取り込んだ“アメリカ映画の父”。不寛容によって起こった歴史上の4つの事件を同時進行で交互に描く。
1919年 カリガリ博士
ロベルト・ヴィーネ
20世紀初頭の芸術運動“ドイツ表現主義”を代表する作品。精神病者の妄想を奇怪に歪んだ空間と人工的な照明によって描く。
1924年 最後の人
F・W・ムルナウ
ホテルのドアマンからトイレ番に降格させられた老人の悲哀を、中間字幕に頼ることなく、移動撮影による流麗な映像で描いたサイレント映画。
1925年 戦艦ポチョムキン
セルゲイ・M・エイゼンシュテイン
劣悪な環境におかれたポチョムキン号の兵士の反乱を、独創的なモンタージュ技法によって映像言語化したロシア・アヴァンギャルドの名作。
1926年 メトロポリス
フリッツ・ラング
近未来社会の恐怖を鋭くついたサイレント時代の古典SF。その世界観、都市やロボットの洗練を極めた造形は、その後多くの模倣を生んだ。
1928年 キートンの蒸気船
チャールズ・F・ライズナー
チャップリンやハロルド・ロイドと並び称される喜劇王バスター・キートンの代表作。練られた脚本と超人的なアクションが圧巻。
1928年 アンダルシアの犬
ルイス・ブニュエル
無意識から生まれたイメージを脈絡なく連結したシュルレアリスム映画の代表的作品。切り裂かれる眼、手の平の蟻…不条理で強烈な印象が残る。
1928年 裁かるるジャンヌ
カール・テオドール・ドライヤー
デンマークの巨匠ドライヤーが、ジャンヌ・ダルク裁判を題材に、人間の表情の執拗なクロース・アップの積み重ねによる心理描写を追求する。
1931年 フランケンシュタイン
ジェームズ・ホエール
後の怪奇映画に多大な影響を与えたホラーの古典的作品。首にボルトが刺さった怪物のイメージはこの映画から生まれた。
1933年 新学期 操行ゼロ
ジャン・ヴィゴ
寄宿学校の管理体制に反抗し、自由を求め革命を起こす子供達。羽根枕を引きちぎり屋根の上を駆け回る小さなアナーキスト達の姿が輝かしい。
1936年 モダン・タイムス
チャールズ・チャップリン
喜劇王チャップリンが社会の急速な機械化に対し、人間らしさを!と叫んだ傑作喜劇。サイレントにこだわり続けた彼が初めて声を発した作品。
1939年 駅馬車
ジョン・フォード
危険な荒野を疾走する駅馬車。そこへ乗り合わせた人々の人間模様と、彼らの運命の交差を描いた痛快な西部劇。その躍動感は今も色あせない。
1939年 オズの魔法使
ヴィクター・フレミング
30年代に登場したカラーフィルムの色調は現実世界を描くには違和感があった。本作はこれを使い分け、夢の世界のみをカラーで描いている。
1939年 ゲームの規則
ジャン・ルノワール
貴族の恋愛模様を「楽しい悲劇」として描き上げた群像劇。アンドレ・バザンやトリュフォーなど錚々たる映画人から愛されたルノワールの名作。
1941年 市民ケーン
オーソン・ウェルズ
弱冠25歳のウェルズが、新聞王ケーンの波乱の人生を描いた処女作。斬新な構成と演出、実験的な撮影法は後の映画史に影響を与えた。
1946年 三つ数えろ
ハワード・ホークス
フィルム・ノワールの傑作として名高い作品。私立探偵マーロウがファム・ファタール(運命の女)に翻弄されながらも複雑な事件の謎に迫る。
1948年 自転車泥棒
ヴィットリオ・デ・シーカ
戦後困窮する人々を同時代的な視点で捉えたネオレアリズモの代表作。商売道具の自転車を盗まれてしまった父子の物語を人情味豊かに描いた。
1948年 ドイツ零年
ロベルト・ロッセリーニ
敗戦後の瓦礫と化したベルリンでロケを敢行。健気に生きる少年に戦争がもたらした哀しい運命を冷徹なタッチで描いたネオレアリズモの代表作。

1949年 オルフェ
ジャン・コクトー
前衛映画の系譜を受け継いだ詩人コクトーが描く現代のギリシャ神話。生と死を彷徨する詩人を逆回し等のトリック撮影を用いて幻想的に描く。
1954年 裏窓
アルフレッド・ヒッチコック
トリュフォーなど芸術派の作家達も敬愛して止まないサスペンスの神様・ヒッチコックは、豊かな実験精神で多くの映像テクニックを確立した。
1955年 大地のうた
サタジット・レイ
ベンガルの田舎で生活する一家の営みを少年オプーの目を通して描く。人と自然、動物、雨や汽車までもが同質に描かれ詩情に溢れている。
1955年 天が許し給うすべて
ダグラス・サーク
後に数々のオマージュが捧げられたメロドラマの傑作。閑静な郊外住宅地に暮らす未亡人が庭師と恋に落ち、周囲からの冷たい視線にさらされる。
1956年 第七の封印
イングマール・ベルイマン
騎士は死神に死を賭けてチェスの勝負を挑む。中世世界の人間と死の戯れを、厳格な演出と宗教画のような美しい映像で描いた神秘劇。
1958年 ぼくの伯父さん
ジャック・タチ
だぼだぼコートに雨傘、くわえパイプがトレードマークのユロ伯父さんが巻き起こす騒動を描いた長編喜劇。ポエジー溢れる町の描写が楽しい。
1958年 灰とダイヤモンド
アンジェイ・ワイダ
対独レジスタンスの青年にもたらされる悲劇。ナチス解放後もソ連の支配から脱し得なかった祖国の内情を“ポーランド派”監督が直視する。
1959年 アメリカの影
ジョン・カサヴェテス
ハリウッドの製作システムを否定し、自主製作の道を切り拓いたカサヴェテスの処女作。シナリオのない即興演出で、異人種間の愛に肉薄する。
1959年 大人は判ってくれない
フランソワ・トリュフォー
家庭や社会から疎外され、ついには感化院送りになってしまう多感な少年の姿を、即興演出とロケ撮影によるのびやかで瑞々しい映像で描いたヌーヴェル・ヴァーグの代表作。監督トリュフォーの自伝的要素の濃い作品で、その後約20年に渡り続編4作が制作された。
1960年 情事
ミケランジェロ・アントニオーニ
突然失踪した女性を探す親友と婚約者。謎はいつしか二人の情事にすり替わる。愛の不毛、コミュニケーションの不在、時代の倦怠感を描く。
1960年 若者のすべて
ルキノ・ヴィスコンティ
南部からミラノへと移住してきた貧しい一家が、大都市の中で崩壊していく様を描いた叙事詩。監督は『ベニスに死す』等の耽美的作品で有名。
1960年 地下鉄のザジ
ルイ・マル
少女ザジのパリ見物の模様を描いたどたばた喜劇。原作者はシュルレアリストのR・クノー。エッフェル塔の螺旋階段のシーンは圧巻。
1961年 去年マリエンバードで
アラン・レネ
男の言葉に従い、女は覚えていない去年の情事の記憶を作り上げていく。シンメトリー構図の中で紡がれる時間と空間、意識と無意識の迷宮。
1962年 長距離ランナーの孤独
トニー・リチャードソン
イギリスの労働者階級と体制への反逆を描くフリー・シネマの代表作。感化院に送り込まれた少年の怒りと自尊心を生き生きと描く。
1962年 ラ・ジュテ
クリス・マルケル
廃墟と化した第三次世界大戦後のパリからタイムトラベルした男は、過去の世界で見覚えのある女性に出会う。記録映画作家のマルケルが記憶をモチーフに描くSF映画。モノクロの静止画とモノローグで綴られた、映像の無限の可能性を示した衝撃作。
1962年 水の中のナイフ
ロマン・ポランスキー
船上の閉じた空間で次第に狂気を帯びてゆく3人の男女を、繊細なグレーの色彩と抑えた台詞、ジャズを用いて簡潔かつ鋭利な演出で描いた。
1964年 奇跡の丘
ピエル・パオロ・パゾリーニ
詩人、作家、批評家、画家など多岐にわたって活動した急進的作家パゾリーニの表現形式が確立された作品。<マタイによる福音書>の映画化。
1965年 気狂いピエロ
ジャン=リュック・ゴダール
全編シナリオなしの即興演出と、既成の映像・言葉・音からの引用で構成。映画文法にとらわれない革新的な語り口は世界に衝撃を与えた。
1966年 盗まれた飛行船
カレル・ゼマン
トリック映画の巨匠カレル・ゼマンは実写・書割・アニメーションを組合せ、幻想的世界を描いた。動く銅版画のような『悪魔の発明』も必見。
1966年 ひなぎく
ヴェラ・ヒティロヴァー
社会主義全盛期の東欧において自由を謳歌する二人の少女を風刺的に描き、監督のヒティロヴァはこの後数年間映画を撮ることを禁止された。
1966年 ポリー・マグーお前は誰だ?
ウィリアム・クライン
写真家ウィリアム・クラインが、コラージュなどの前衛的な手法を多用して60年代のパリのモード界をアイロニカルに描く。
1968年 2001年宇宙の旅
スタンリー・キューブリック
科学的根拠に基づく徹底したリアリズムの追求やクラシック音楽の導入など、それまでのSF映画の常識を覆した傑作。人類創生から新人類の誕生までを描く。ヒトザルが投げた骨がゆるやかに下降しながら宇宙船にすりかわるジャンプ・カットは、映画史に残る名シーンである。
1969年 イージー・ライダー
デニス・ホッパー
ドラッグ、人種問題、ベトナム戦争…病めるアメリカの姿は今も変らない。この国の目指す「自由」とは?アメリカン・ニューシネマの代表作。
1969年 ケス
ケン・ローチ
炭鉱の町で暮らす少年の唯一の楽しみは餌付けしたハヤブサのケスを訓練する事。くすんだ炭鉱町とハヤブサが舞う美しい草原の対比が印象的。
1970年 エル・トポ
アレハンドロ・ホドロフスキー
チリ出身の監督が、子連れのガンマンの決闘と死、復活を旧約聖書になぞらえて描く。暴力と聖性、西部劇と宗教映画が渾然となった異色作。
1970年 暗殺の森
ベルナルド・ベルトルッチ
政治と官能を主題に作品を作り続けるベルトルッチ監督が、時代に順応しファシズムに傾倒していく青年の姿を通し、ブルジョワ的退廃を批判。
1971年 ざくろの色
セルゲイ・パラジャーノフ
18世紀のアルメニアの詩人サヤト・ノヴァの生涯を、神秘的な様式美と目の醒めるような色彩で幻想的に綴った映像詩。パラジャーノフ監督はその作風によってソ連当局に不当に投獄された経験を持つが、ゴダールをはじめとする世界の映画人によって抗議運動が展開された。
1972年 フェリーニのローマ
フェデリコ・フェリーニ
フェリーニが魂の故郷ローマへ捧げた幻惑的で摩訶不思議な映像世界。青年期の記憶から現代まで時間を奔放に行き来し、現実と虚構が入り混じったエピソードをモザイク状に構成することで、目の前に人格を持った巨大な生き物のようなローマが立ち上がってくる。
1973年 ミツバチのささやき
ビクトル・エリセ
内戦が落とす暗い影、大人達が抱える孤独を繊細に綴りながら、現実と空想の世界の区別がつかない幼い少女の世界を詩情豊かに描く。
1974年 インディア・ソング
マルグリット・デュラス
映像と分離した「オフの声」—画面に現れない者達の対話によって、記憶と忘却とのせめぎ合いを表現しながら、熱狂的な愛の物語を綴る。
1975年 カッコーの巣の上で
ミロス・フォアマン
刑務所の強制労働を逃れるため狂人を装い精神病院へ移送された男は、完全に管理された不条理な世界でやがて本物の狂人になっていく。
1975年 ジョーズ
スティーヴン・スピルバーグ
巨大人喰い鮫と人間との戦いを描いたパニック映画。細部まで設計されたショットや人物描写など弱冠27歳の監督の演出力に目を見張る。
1975年 旅芸人の記録
テオ・アンゲロプロス
旅芸人一家の物語を軸に現代ギリシャ史を旅する壮大な映像叙事詩。奇跡のような長回し撮影で描かれる圧倒的なスケールの映像美は必見
1975年
アンドレイ・タルコフスキー
ロシアの映画作家タルコフスキーによる自伝的作品。吃音の少年時代、緑溢れる故郷の風景、母の面影、戦争の記憶、妻との離婚危機…。過去と現在、夢と記憶の断片が織り込まれた本作は、幻想的な映像詩であると同時に、彼独自のロシア現代史記述の試みでもあった。
1976年 タクシードライバー
マーティン・スコセッシ
世界の不浄さに苛立ちを募らせ、大統領候補の暗殺を企てるベトナム戦争帰りの孤独なタクシードライバーの姿を通し、都会に潜む狂気を浮き彫りにする。社会通念を欠いた鬱屈した青年の心の闇が、凄惨な暴力の現場へと収束していく過程には息を呑む。
1977年 アニー・ホール
ウディ・アレン
映画の都ハリウッドの対極に位置するニューヨークで活躍する監督が、諷刺と皮肉を効かせながら、都会人の孤独を浮き彫りにする恋愛悲喜劇。
1977年 イレイザー・ヘッド
デヴィッド・リンチ
不可解さに満ちていながらも抗い難い魅力をもつ初期の“リンチ・ワールド”。不気味な赤ん坊の父親になった男の悪夢と妄想を描く。
1978年 ディア・ハンター
マイケル・チミノ
200万人以上の死者を出したベトナム戦争。アメリカの犯した誤りや精神的肉体的後遺症、挫折感をロシア系移民の心の襞に重ね描いた秀作。
1979年 地獄の黙示録
フランシス・F・コッポラ
ジャングルの河沿いに悪夢のように浮かび上がる戦争の狂気。人間の根源的な恐怖を暴き、公開当時賛否両論を巻き起こしたベトナム戦争映画。
1982年 コヤニスカッツィ
ゴッドフリー・レジオ
コヤニスカッツィとはアメリカ先住民ホピ族の言葉で「平衡を失った世界」の意。文明と自然の関係をナレーションのない圧倒的な映像で綴る。
1982年 フィツカラルド
ヴェルナー・ヘルツォーク
神話的世界を見つめ続ける超時代的作家・ヘルツォークが、ペルーの未開の地でオペラハウスを建設しようとする男の物語を描く。
1983年 ボーイ・ミーツ・ガール
レオス・カラックス
80年代のフランス映画界で最も作家的な生き方をした“恐るべき子供”カラックス。自らの魂を吐露した夜のパリの情景は美しくも物悲しい。
1983年 ラルジャン
ロベール・ブレッソン
偽札によって破滅へと導かれる青年。孤高の映画作家ブレッソンの、台詞と演技を極力排した禁欲的な演出が、より鋭く研ぎ澄まされた遺作。
1983年 風櫃の少年
ホウ・シャオシェン
兵役を直前に控えた少年達の無為でかけがえのない時間を捉えた青春映画。のびのびとした新しい肌触りを持つ台湾ニューウェイブの代表作品。
1984年 ストレンジャー・ザン・パラダイス
ジム・ジャームッシュ
ワンシーン・ワンカットで冴えない若者の日常を描いた低予算映画。独特の感性が各方面で話題となり、インディーズブームを巻き起こした。
1984年 カオス・シチリア物語
タヴィアーニ兄弟
ピランデッロの短編集『一年間の物語』から選ばれた6話から成る。カラスが狂言回しとなり描かれるトスカーナの美しく幻想的な物語。
1984年 パリ、テキサス
ヴィム・ヴェンダース
放浪から帰還した男が幼い息子と絆を確かめ合いながら失踪した妻を捜す。ドイツ人監督がアメリカの風景の中に描く家族の再生と人間の孤独。
1985年 未来世紀ブラジル
テリー・ギリアム
コンピューターに全てを管理された近未来を描いたSF映画。現実と幻想がないまぜになった奇怪なイメージはまるで悪夢のようだ。
1987年 友だちのうちはどこ?
アッバス・キアロスタミ
子供達の自然な表情や振る舞いをドキュメンタリーのようにとらえた奇跡の一作。イラン版『大人は判ってくれない』。
1987年 紅いコーリャン
チャン・イーモウ
イーモウ監督の初期作品『紅いコーリャン』や『紅夢』に印象的に使われいる紅色には、中国の歴史や文化、人々の想いが込められている。
1988年 数に溺れて
ピーター・グリーナウェイ
夫を溺死させようとする同姓同名の母、娘、祖母たち。この死のゲームの絵画的なカットの隅々に、1から100までの数字が散りばめられる。
1988年 デカローグ
クシシュトフ・キェシロフスキ
デカローグとは旧約聖書の<十戒>の意。ワルシャワ郊外のアパートに住む10人の生活を十戒になぞらえた。各話の映画的な時間構成は秀逸。
1989年 動くな、死ね、甦れ!
ヴィターリー・カネフスキー
大戦直後のロシアを、シベリアの儚く澄んだ光の中に描いたカネフスキー54歳の処女作。絶望と喪失感に閉塞した世界と少年の無垢の眼差し。
1990年 マッチ工場の少女
アキ・カウリスマキ
マッチ工場で働く冴えない少女の復讐劇。切り詰められた台詞と身振りなど、豊かなシンプルさというべき独特のたたずまいが妙に可笑しい。
1990年 僕の好きなこと、嫌いなこと
ジャン=ピエール・ジュネ
好きなこと−車と並走する列車。嫌いなこと−あご鬚だけの男…。好きな事と嫌いな事をナレーションで綴るアイデアは「アメリ」で踏襲される。
1992年 ブレードランナー(ディレクターズ・カット/最終版)
リドリー・スコット
近未来を描いたSF映画の代表作。模型によって生まれた壮大なスケールと、シド・ミードによる近未来のコンセプトは未だ色褪せる事はない。※「ブレードランナー」は1982年に公開されたが、1992年のディレクターズカット版で新たなシーンが盛り込まれ、監督リドリー・スコット自身の解釈による編集バージョンが最終版として公開された。
1992年 ストーン
アレクサンドル・ソクーロフ
海に面した白い館に、死後の世界から作家チェーホフの魂が帰還する…。歪んだ画面と幻想的なモノクロ映像で描かれる、亡霊と青年の対話。
1993年 親愛なる日記
ナンニ・モレッティ
監督のモレッティが彼自身を自演。軽妙な風刺を散りばめながら、ベスパでのローマ巡りや癌宣告などのエピソードを日記風にのびやかに綴る。
1993年 風の丘を越えて-西便制-
イム・グォンテク
韓国の伝統芸能パンソリの旅芸人一家の、血ではなく唄で繋がった絆を力強い演出で描く。監督は韓国の溝口健二と呼ばれる巨匠。
1995年 アンダーグラウンド
エミール・クストリッツァ
力強い映像と音楽、カーニバルのような世界観で、第二次大戦から内戦までの動乱の旧ユーゴスラビア史を綴った悲喜劇。
2003年 エレファント
ガス・ヴァン・サント
コロンバイン高校の銃乱射事件を題材とした作品。惨劇が間近に迫った高校生たちの姿が、不穏に浮かぶステディカムの映像で描かれる。
2010年 ブンミおじさんの森
アピチャッポン・ウィーラセタクン
死期が迫るブンミの前に妻の亡霊と精霊になった息子が現れる。タイの監督が描く、人間と自然、生と死、現世と前世とが共に息づく不思議な世界。



アート映像・実験映像                                                   
1921年 リズム21
ハンス・リヒター
抽象形態のみで構成される“絶対映画”の代表作。ダダイストのリヒターが、映像の運動のみで視覚的リズムを生み出すことを試みる。
1924年 バレエ・メカニック
フェルナン・レジェ
キュビズムを代表する画家の一人レジェによる映画。リズムや形態の類似によって結び付けられたモチーフによって、映画における対位法を試みる。
1924年 幕間
ルネ・クレール
バレエ(美術ピカビア/楽曲サティ)の幕間で上映するために制作された。踊り子、蜃気楼などのイメージが抽象的な運動のリズムを作り出す。
1926年 アネミック・シネマ
マルセル・デュシャン
マルセル・デュシャンが、映画の光学的な効果に到達する、より実際的な方法として制作したダダ映画。回り続ける円盤が錯視効果を生み出す。
1928年 ひとで
マン・レイ
シュルレアリスムのアーティスト、マン・レイは、絵画、彫刻、映画など幅広い創作活動をした。ロベール・デスノスの詩に着想を得た作品。
1943年 午後の網目
マヤ・デレン
アメリカ実験映画の出発点であり、60年代以降にはフェミニスト映画の先駆としての再定義がなされた作品。精神分析的に自殺願望の夢想を描く。
1961-
1964年
Dog Star Man
スタン・ブラッケージ
アメリカ実験映画史上の古典的作品。血液や内臓といったミクロからマクロまでの映像断片が交錯し、宇宙論的イメージが湧出する。
1970-
1990年
コンセプトテープ1,2,3
飯村隆彦
飯村隆彦のコンセプチュアルな構造映画は、映画の物理性と哲学的な要素を提示する。初期作品の『くず』や『AI(LOVE)』も必見。
1972年 リトアニアへの旅の追憶
ジョナス・メカス
リトアニアからアメリカへ亡命し、27年後に母や友人達と再会するまでの日々を3部構成でまとめたメカスの代表作。メカスはアメリカ実験映画史に絶対的な影響力を持つ作家・オーガナイザー。本作のように、日常生活の断片的な記録を集積した“日記映画”というスタイルを生み出した。
1973年 初国知所之天皇
原將人
当時23歳だった原將人が『古事記』と『日本書紀』を題材として制作した風景映画。カメラを携え、日本各地を巡りながら映画の起源を探る。
1975年 アラベスク
ジョン・ウィットニー
コンピュータ・グラフィックの先駆者ジョン・ウィットニーの代表作。様々な線や図形が複雑な運動を繰り広げる抽象映画。
1977年 パワーズ・オブ・テン
チャールズ&レイ・イームズ
公園でピクニックする男女を起点に、10の累乗のスピードで宇宙から原子核までを旅する。イームズ夫妻は革新的なデザインで近代家具の歴史に大きな進展をもたらした一方で、映像の分野でも優れた作品を数多く残した。イメージライブラリーでは約50作品を所蔵。
1977-
1979年
リフレクティング・プール
ビル・ヴィオラ
ビル・ヴィオラは現代美術においても高く評価されるビデオ・アーティスト。森の中のプールをビデオ特有の手法で捉え時間の重層化を試みる。
1980年 タンゴ
ズビグ・リプチンスキー
部屋に飛び込んだボールを取りにきた少年を筆頭に、順々に人が室内に入ってくる。数千枚のコマをタンゴのリズムに合わせて構成した不思議な作品。
1982年 天使
パトリック・ボカノウスキー
7つのシークエンスからなる悪夢的映像詩。美しくも神経症的な弦の音と細密な特殊効果撮影から生み出された鮮烈なイメージの奔流。
1983年 DRILL
伊藤高志
社会の内外の境界である集合住宅の下駄箱の空間を歪曲した世界観でみせる。体育館をスチールでコマ撮りした『SPACY』も初期の代表作。
1984年 ダウンサイド・アップ
トニー・ヒル
カメラが水平垂直方向に回転運動を繰り返しながら半周ごとに新たな空間へ移行する。カードの表裏のように世界を切り取った驚きのカメラ眼。
1987年 事の次第
ペーター・フィッシュリ/ダヴィッド・ヴァイス
フィッシュリ&ヴァイスはスイスのアーティスト・ユニット。並べられた日常的な物が次々と引き起こす連鎖反応を即物的に捉える。
1989年 Site Recite
ゲイリー・ヒル
ゲイリー・ヒルは“ビデオ・アートの第2世代”の作家の一人。クロース・アップされた物体の画像と挿入される言葉の相関が生み出す緊張感。



アニメーション                                                               
1940年 ファンタジア
ウォルト・ディズニー(製作)
クラシック音楽にのり8つのエピソードがダイナミックに展開するミュージカル・アニメーション。ミッキーも登場するディズニー映画の傑作。
1942年 くもとちゅうりっぷ
政岡憲三
同時期の日本漫画映画の傑作『桃太郎 海の神兵』とは対照的に、戦時色は微塵も感じられない。その繊細な動きと豊かな詩情には思わず嘆息。
1947年 モーション・ペインティング NO.1
オスカー・フィッシンガー
油絵をガラス板の上に描いていく過程をコマ撮りした抽象アニメーション作品。曲はバッハの「ブランデンブルグ コンチェルトNo.3」。
1948年 皇帝の鶯
イジィ・トルンカ
アンデルセンの『ナイチンゲール』を題材にトルンカによって制作されたチェコの人形アニメーション。独自の視点と演出でみせる珠玉の作。
1949年 色彩幻想 -過去のつまらぬ気がかり
ノーマン・マクラレン
映像と音楽の共通項は「動き」であるという考えのもと、ダイレクト・ペイントやスクラッチなど様々なカメラレス手法を駆使して「動きのある色彩」を表現した抽象アニメーション。音楽はジャズ界の巨匠オスカー・ピーターソンが監督のマクラレンと話し合いながら作曲した。
1952年 くじら
大藤信郎
過酷な状況下に炙り出される男たちのエゴイズムと性欲。ピカソやコクトーにも絶賛されたカラーセロファンを用いた影絵アニメーション。
1962年 人間動物園
久里洋二
武満徹のヴォーカリズムに合わせ、檻の中で男は女に犬のようにあしらわれ、リードで引っ張られる。ブラックユーモアの効いた作品。
1963年
アレクサンダー・アレクセイエフ
ピンスクリーンの創始者による作品。ピンの凹凸によって描かれた絵は白から黒までをつなぐハーフトーンの豊かな色調を見せている。
1968年 イエロー・サブマリン
ジョージ・ダニング
ビートルズとブルー・ミーニー族との戦いをユーモラスに描いたアニメーション。サイケデリックなデザインや実験的手法は今でも刺激的だ。
1973年 ファンタスティック・プラネット
ルネ・ラルー
青い肌・赤い眼の巨人が支配する惑星が舞台のSFファンタジー。切り紙アニメーション独特の動きでローラン・トポールの絵は奇怪さを増す。
1974年 蛙の求婚
イブリン・ランバート
銃を腰に下げた蛙が、美しい白ネズミにプロポーズ。スコットランド民謡に合わせたアニメーションで、黒い背景に色鮮やかな切り紙が映える。
1975年 優しい金曜日
田名網敬一
アニメーションや版画など、幅広い創作活動を続けるグラフィック・デザイナーの田名網敬一が、自身の少年時代の記憶を走馬燈のように綴る。
1976年 道成寺
川本喜八郎
日本を代表する人形アニメーション作家・川本喜八郎が、能や歌舞伎の題材となった安珍清姫伝説を脚色、女の情念と業を独自の様式美で描く。
1977年 変身
キャロライン・リーフ
ガラス板の上に置かれた砂で絵を描き、下から光を当てるという技法で作られたアニメーション。砂の陰影が画面に豊かな表情を与えている。
1979年 話の話
ユーリ・ノルシュテイン
戦争に駆り出される男達、置き去られる赤ん坊…。物悲しいタンゴの調べにのせ、狼の子を狂言回しに戦争の悲劇を綴った叙事詩アニメーション。
1979年 王と鳥
ポール・グリモー
中世的な世界にロボットなどのSF的要素がふんだんに盛り込まれたファンタジー。宮崎駿にも多大な影響を与えたことが随所に見て取れる。
1982年 対話の可能性
ヤン・シュヴァンクマイエル
果実や台所用品でできた人間が食らい合い、粘土の男女が激しく愛し合う。コミュニケーションの断絶や誤解をアニメーションで哲学的に描く。
1984年 パラダイス
イシュ・パテル
インドの古い詩を題材にした切り紙アニメーション。絢爛豪華な王宮は、背景画に穴を開け、後ろから光を当てるという手法で制作されている。
1984年 ジャンピング
手塚治虫
漫画界の巨匠・手塚治虫は、実験アニメーションの世界でも大きな功績を残した。ジャンプし続ける子供の視界をワンカットで描いた作品。
1985年 78回転
ジョルジュ・シュヴィツゲベル
力強いドローイングが生み出す大胆で躍動感溢れる世界。ワルツにのせて、回転するオブジェクトを視点の移動とメタモルフォーゼによって描く。
1986年 ストリート・オブ・クロコダイル
ブラザーズ・クエイ
覗き見式のキネトスコープに男が唾を垂らすと、錆び付いていた内部のカラクリが作動し始めて…。ポーランドの画家・作家であるブルーノ・シュルツによる短編小説『大鰐通り』を、双子の人形アニメーション作家ブラザーズ・クエイが機械仕掛けと血肉で彩った怪奇幻想の世界。
1987年 木を植えた男
フレデリック・バック
人里離れた荒野でたった一人木を植え続けた男は、やがて荒地を緑の大海原へと変えた。流れるようなパステル画のタッチが限りなく温かい。
1988年 AKIRA
大友克洋
2019年の東京湾に建設されたネオ東京が舞台。同名漫画をアニメーション化した“ジャパニメーション”の先駆となった大友克洋の作品。
1995年 GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊
押井守
2029年の近未来、攻殻機動隊員たちはネットの海に漂いながら、脳核の一部がオリジナルであることを信じつつ、電脳犯罪の捜査にあたる。
2010年 緑子/MIDORI-KO
黒坂圭太
謎の生命体を巡る争奪戦を息もつかせぬ展開で描いた手描き長編アニメーション。色鉛筆による作画は3万枚、制作には10年以上が費やされた。



ドキュメンタリー                                             
1922年

極北の怪異
ロバート・J・フラハティ

イヌイットの暮らしを描いたドキュメンタリー映画の草分け。真実を伝える為にこそ施された“演出”は、ドキュメンタリーとは何かを我々に問う。
1929年 カメラを持った男
ジガ・ヴェルトフ
“キノグラース”というジガ・ヴェルトフ独自の映画理論に基づく実験的なドキュメンタリー映画。
1938年 民族の祭典
レニ・リーフェンシュタール
ベルリンオリンピックの記録映画。力強く荘厳な映像美はナチの美学と合致し、戦後レニはプロパガンダの協力者として非難された。
1939年 戦ふ兵隊
亀井文夫
戦中の記録でありながら勇ましい兵隊はひとりも登場せず、中国の雄大な自然や死にゆく軍馬への眼差しも忘れなかった一篇の詩のような作品。
1967年 チチカット・フォーリーズ
フレデリック・ワイズマン
長回しと同録、ナレーションの排除等を特徴とするダイレクト・シネマの巨匠による長編デビュー作。マサチューセッツ州の精神病患者矯正施設にカメラを向け、劣悪な環境下で非人間的な扱いを受ける収容者の日常を克明に記録している。1991年まで上映禁止とされた問題作。
1971年 水俣-患者さんとその世界-
土本典昭
水俣病患者達の苦悩と変わらない海への思慕。近代化の痛みを見つめると同時に海と人との暮らしを鮮やかにフィルムに刻み込んでいる。
1982年 ルアッサンブラージュ
トリン・T・ミンハ
客観的記録を批判し、意味とフレームから解放された「眼差しの映像」をもってアフリカの女性を捉えた作品。柔らかく繊細な撮影が美しい。
1985年

フィルム・ビフォー・フィルム
ヴェルナー・ネケス

映画が発明される以前の“動く絵”にまつわる数々の装置を紹介し、知覚現象を利用した動きのイリュージョンの発達史をたどる。
1985年 ショア
クロード・ランズマン
『シンドラーのリスト』を批判するランズマンが、ユダヤ人大量虐殺の当事者の証言を集めた問題作。表象不可能性を巡る議論を巻き起こした。
1987年 ゆきゆきて神軍
原一男
神軍平等兵を名乗る奥崎謙三はウェワク残留隊の生存者を訪ね、戦線での事実を追及する。過激な奥崎を原のカメラが追い、観客は目撃者となる。
1988年 100人の子供たちが列車を待っている
イグナシオ・アグエロ
映画を見たことのない貧しい子供達に手作りで映画を教える女性教師の物語。『フィルム・ビフォー・フィルム』と併せて見て欲しい一作。
1989年 セザンヌ
ダニエル・ユイレ/ジャン=マリー・ストローブ
画家セザンヌについての特異な記録映画。作家ジョアシャン・ギャスケによるセザンヌとの空想的対話「彼が私に語ったこと」の朗読、セザンヌの絵画と彼がかつて見たであろう風景ショット、ストローブ=ユイレの過去作からの引用等から構成された、映画による作家論。
1992年 阿賀に生きる
佐藤真
阿賀野川流域に暮らす人々に3年間密着して撮影した作品。水俣病に冒されながらも、自然の中で穏やかに生きる老夫婦達の姿が胸に迫る。
1992年 光で書く 撮影監督ストラーロ
デヴィッド・トンプソン
光と影をペンにして数々のストーリーを描いてきた撮影監督ストラーロ。その撮影哲学、映画理論をインタビューを交えながら紹介する。
1998年 A
森達也
A=オウム。地下鉄サリン事件後の信者達にカメラは寄り添う。マスメディア、そして私達が彼らに向ける眼差しの暴力が露呈する。
2000年 ヴァンダの部屋
ペドロ・コスタ
破壊されつつある移民街の片隅にヴァンダの部屋がある。去りゆく時間の中で寄り添う人々の姿の中に神聖なまでに美しい一瞬を発見する。
2003年 鉄西区
ワン・ビン
時の移ろいとともに衰退していく工業地帯とそこに生きる人々の姿を通し、中国社会の現実を浮き彫りにした9時間に及ぶドキュメンタリー。
2007年 選挙
想田和弘
政治についてはズブの素人・山さんがひょんなことから議員選に立候補することに。選挙を通じて「ニッポン民主主義」の本質が浮き彫りになる。



美術            
- 現代建築家ビデオシリーズ カラトラバ、ル・コルビュジエ、安藤忠雄など、優れた建築家達の作品を紹介、現代建築の潮流を探る。
- アート・ドキュメンタリー・シリーズ 美術、建築、音楽、写真などあらゆる分野のアーティストの姿や制作過程を、映像作家が独自の視点で切り取ったドキュメンタリー・シリーズ。
1956年 ミステリアスピカソ 天才の秘密
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
フィルム・ノワールの旗手として名高いクルーゾー監督が、ピカソの創作の過程を間近に捉えた記録映画。画面上に次々と生まれでる線と色彩、天才画家の躍動する筆づかい…。描かれた20点の絵画は撮影後に廃棄され、この映画の中でしか見ることが出来ないと言われている。
1996年 議事堂を梱包する
ヴォルフラム・ヒッセン/ヨルク・ダニエル・ヒッセン
ドイツの旧帝国議会議事堂を梱包するクリスト夫妻の記録。24年の交渉を経て許可された束の間の梱包の美と、プロジェクトの意味とは?



舞台・演劇・ダンス         
1973-
2003年
土方巽 夏の嵐 燔犧大踏鑑 2003-1973
荒井美三雄
土方巽が自らの舞踏を封印した1973年に撮影された京都大学講堂における伝説的公演の記録。土方は戦後日本の前衛ダンスの牽引者であり暗黒舞踏の創始者。地を這い禍々しくよじれる身体の鮮烈なイメージは、澁澤龍彦や三島由紀夫など同時代の文化人達を魅了した。
1997年 ローザス・ダンス・ローザス
ティエリー・ドゥ・メイ
コンテンポラリー・ダンスのカンパニー“ローザス”の初期作品。反復する身体運動と、ミニマルな音楽・空間の構造的関係性を追求。
1998年 ダムタイプ/OR
高谷史郎(演出)
1997年に東京で行なわれた公演の記録。半円筒形のスクリーンが張られた真っ白な空間の中で、自己と非自己、生と死の「間」が考察される。



音楽   
- ディレクターズ・レーベル
クリス・カニンガム他
クリス・カニンガムやミシェル・ゴンドリーなど、傑出するミュージック・クリップの監督作品をまとめたDVDシリーズ。