武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー

IMAGE LIBRARY NEWS イメージライブラリー・ニュース第17号

私のSPACY体験

文=黒坂圭太(映像作家、武蔵野美術大学教授)
編集=下川クミカ(武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー)
 
 1981年12月は僕にとって大きな転機となった。大学で油絵を学び卒業だけはしたものの、20代半ばにして職も決まらずニート状態だった僕は「ニューウェーブ」と呼ばれる新しい時代の波間に漂いながら、着地点の定まらない焦りを感じていた。
 80年代初頭といえば、坂本龍一率いる『YMO』がテクノポップで一世を風靡し、インベーダーゲームが出現した頃である。ミニシアターが乱立し、日比野克彦や糸井重里が寄稿する『びっくりハウス』という奇妙な雑誌も発行された。多くの若者たちは、これから生まれ出るものへの期待と、喪失したものへの葛藤を併せ持っていたのではと思う。僕自身もまた、与えられた課題に対して作品を提出する学生時代の価値観が卒業とともに失われ、「何をやってもよい自由」と「何もやらなくてよい自由」の狭間を彷徨していた。
 とりあえず、なしくずし的にコンセプチュアルアート(もどき)をやっていた僕は、その日『スタジオ200』で開催されている『実験映画祭』に足を運んだ。特に映画好きな訳でもない。ただ〝実・験・映・画〟という4つの文字が醸し出す怪しい雰囲気に何か予感めいたものは感じたかもしれない。当時、池袋の西武百貨店は西欧の現代美術をいち早く紹介する『セゾン美術館』などを併設し、ちょっとした先端アートの発信基地となっていた。スタジオ200も同じく百貨店内に作られた多目的ホールで、規模こそ小さいけれど、パフォーマンスや映画祭などの最も旬な企画が常時なされ、そんな場所で僕は初めて実験映画なるものを目にしたのだ。レンタルビデオもなかった時代である。アヴァンギャルド映画の古典『アンダルシアの犬』さえ断片的にしか知らない僕にとって、それはまさにカルチャーショックで、それまでの映画に対する認識は大きく揺さぶられることとなった。
 中でも、とりわけ強烈な衝撃を受けた1本の短編は、こんな内容だった。舞台は無人の体育館、そのいたるところに立看板が立っている。突然、立看板の一つがこちらに向かって急速に駆け寄ってくる(正確には僕の視線が画面と一体化し立看板に接近していくのだが)。見れば立看板の表面には最初の光景とそっくり同じ写真が貼り込まれているではないか! そう思った次の瞬間、それはもはや写真ではなく新たな空間そのものに変貌し、さらに奥の立看板へと突入していくのだ。このシチュエーションが切れ目なく次第にボルテージを上げながら約10分間続き、めくるめく興奮と恍惚の中で怒涛のように作品は幕を閉じた。激しい眩暈。僕は一体何を見たのだろう? 写真でもなければ映画でもない、名づけようのない視覚の未体験ゾーン。これが『SPACY』という作品であることを知ったのはだいぶ後になってからだ。途方もない奇跡を生み出したのは伊藤高志という僕と同年齢の若者、『SPACY』は何と大学の卒制だった。同世代感覚は何より強力なモチベーションとなる。これ以降、彼の作品は僕にとって“特別な存在”となった。
 数年後、共通の師である松本俊夫先生を通じて知り合った伊藤さんはとても気さくな好青年、「やあ、きみが黒坂くん? オレ伊藤、よろしくねー」開口一番はそんな感じだった。それなのに僕はといえば、20年来の交友にして同い年の彼を「伊藤くん」と呼ぶことに、未だ少なからず抵抗を感じてしまうのだ。僕にとって永遠の先輩であり、今なお僕の創作欲を奮い立たせてくれる表現者としての彼に、大きな敬意を抱かずにはいられないからである。

伊藤高志作品紹介

解説=黒坂圭太(映像作家、武蔵野美術大学教授) 構成=田中友紀子(武蔵野美術大学 美術館・図書館イメージライブラリー)

BOX 
1982年/8分/モノクロ&カラー/16ミリ
黒い闇の中におかれた立方体。6つの面にはそれぞれの風景が映し出され、その中で風景や雲は時間の経過とともに移ろいゆく。四角い空間に世界が閉じ込められたような作品である。

【解説】
『SPACY』と対局のベクトルにある作品。『SPACY』は自分の身体がその中に入って疾走する感覚であるのに対して、『BOX』は一つの閉じられた世界を覗き見るような感覚に近い作品である。しかも覗き穴から見ていると意識が向こう側にあるのに対して、体はこちら側にあるという不思議な感覚である。『BOX』と『SPACY』はネガとポジの関係にあるといえる。

GRIM 
1985年/7分/カラー/16ミリ
ある薄暗いアパートの一室。空間が持つ記憶が光の渦となって宙を漂い出し、やがて揺らぎ出した空間から平衡感覚は失われて行く。

【解説】
スライドの映像を室内に投射しバルブ撮影を行うという手法で作られた作品。『THUNDER』や『GHOST』の延長、展開である。しかしながら『THUNDER』や『GHOST』が無機的な都市のイメージという匿名の空間であるのに対して、『GRIM』は個人宅の室内というプライベートな空間を用いたことに着目できる。人の気配やぬくもりを残すことで、空間は無機的なイメージからよりミクロな世界へとつながっていく。この段階で、『ZONE』以降の近作に至るまでの兆候が芽生え始めている。

WALL
1987年/7分/カラー/16ミリ
横浜の赤レンガ倉庫の威圧的な壁面が回転しはじめ、リズムにのって反復運動を繰り返す。やがてそれは手に持たれた一枚の写真の世界にとりこまれるが、依然カメラの視点は激しく移動し、平面の中にダイナミックな奥行きが生まれる。

【解説】
写真のコマ撮りという『SPACY』や『BOX』と同様の手法を用いているが、それまでの、ある方向に向っていく求心的なベクトルは影を潜め、ライトでポップな感性が浮上し、80年代のテクノポップに通じるリズミカルな演出法で描かれている。その世界観には、何も知らずに観ると伊藤高志テイストを用いて他者が作ったかに見えるほどの大きな変化が見られる。例えば、『WALL』では作者のエネルギーが初めて屋外に向けられており、闇のイメージが消え、太陽の下でのポジティブなものに転化されている。(『BOX』は屋外の風景を構成した作品だが、箱に閉じ込められたミクロコスモスである。)また、『BOX』や『SPACY』では、写真のもつ空間性を利用して異空間を構築しているのに対し、『WALL』では、写真の物質的側面を追求し、物質化されたイメージを露出している。

悪魔の回路図
1988年/7分/カラー/16ミリ
密集した東京の街並の中に、ひときわ突出している超高層ビル。無機質で巨大な建造物がまるで生き物のように回転運動をはじめる。

【解説】
『WALL』同様、ポップな乗りのよさが強調される。巨大で威圧的な建物を手のひらの上で積み木のように遊ぶ趣向性は『WALL』より露骨に現れている。それは、廃墟ではなく当時最も大きな建造物であり、都市の象徴でもあった超高層ビル、サンシャイン60がくるくると回転し始めるという基本動作によって構成されている。この作品において、作者はこれまでのように制作のプロセスを覆い隠さず、むしろそれを描くことに喜びをみいだしていることが分かる。そのプロセスを作者が体験し同化することによって生み出される映像のダイナミズムや、極めて個人的な要素をもつ自己ドキュメンタリー的な世界に踏み込んでいる。これをもって『SPACY』からスタートした第一期とも言うべき作品群の幕が下ろされる。これは来るべくして来た帰結である。『悪魔の回路図』は紛れもなく、しばらくブランクをおいた後に訪れる、作者の第二期の幕開けとなる作品とも言える『ZONE』まであと一歩のところまで歩み寄っていながらも、作者の意識の中に明確な自覚はないものと思われる。

ZONE
1995年/13分/カラー/16ミリ
白い壁の部屋の中に、首のない男が手足を縛られて座っている。狂った時間軸、過去の記憶、異空間への扉…幻想と現実、日常と非日常の境界が消え去った、混沌とした世界が描かれる。

【解説】
作者にとって80年代の集大成であり、ある意味そこから脱却すべく自ら築いてきたものに対する卒業制作的な意味合いの強い作品である。これまでの道のりを再検証しながら、むしろ自分の過去に確認をとることで次なるステップへ飛翔するための地ならしを始めていると思われる。過去と未来の中間に位置し、それ以前と以後の要素が渾然一体となった作品である。いずれにしても今日の伊藤高志作品に見られる様々な要素の断片がここに見られ、この作品から伊藤の第二期とも言える創作が始まったと言えるだろう。

めまい
2001年/11分/カラー/16ミリ
死の幻影におびえる少女の最後の一日を描いた「静かな一日」の続編。鉄橋の上で自殺を図った少女を目撃した二人の女の子の壊れた心の状態を描く。

静かな一日・完全版
2002/20分/カラー/16ミリ
「静かな一日」に題材を得て制作された作品。「静かな一日」という映画を撮ろうとしている少女を描く。

伊藤高志フィルモグラフィー


1977年
「時空」20分/カラー/8ミリ(共作)
「能」4分/カラー/サイレント/8ミリ
1978年
「MOVEMENT」3分/サイレント/8ミリ
1979年
「MOVEMENT-2」3分/サイレント/8ミリ
1980年
「MOVEMENT-3」3分/サイレント/8ミリ 1981年
SPACY」10分/モノクロ+カラー/16ミリ
1982年
BOX」8分/モノクロ+カラー/16ミリ
THUNDER」5分/カラー/16ミリ
スクリュー」3分/カラー/サイレント/16ミリ
1983年
「FACE」3分/カラー/8ミリ
DRILL」5分/モノクロ/サイレント/16ミリ
「FLASH」5分/サイレント/ビデオ
1984年
GHOST」6分/カラー/16ミリ
1985年
「DRILL-2」3分/カラー/8ミリ
GRIM」7分/カラー/16ミリ
1986年
写真記」3分/カラー/サイレント/8ミリ
1987年
WALL」7分/カラー/16ミリ
写真記87」3分/カラー/サイレント/8ミリ
1988年
悪魔の回路図」7分/カラー/16ミリ
ミイラの夢」5分/モノクロ/サイレント/16ミリ
1990年
ビーナス」4分/モノクロ/サイレント/16ミリ
1993年
12月のかくれんぼ」7分30秒/ビデオ
1994年
THE MOON」7分/カラー/16ミリ
1995年
ZONE」13分/カラー/16ミリ
1996年
ギ・装置M」6分/カラー/サイレント/16ミリ
1997年
モノクローム・ヘッド」10分/カラー/16ミリ
1999年
「静かな一日」15分/カラー+モノクロ/サイレント/16ミリ
2001年
めまい」11分/カラー/16ミリ
2002年
静かな一日・完全版」20分/カラー/ ビデオ
2006年
アンバランス」(オムニバス映画「TOKYO LOOP」の一篇)5分/モノクロ/ビデオ

(Web版イメージライブラリーニュースへの掲載に当たって、内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は掲載当時のものです。)