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IMAGE LIBRARY NEWS イメージライブラリー・ニュース第18号

ズビグ・リプチンスキー再発見

瀧健太郎(メディア・アーティスト、武蔵野美術大学非常勤講師)

 皆さんは映像作品を見るときテレビ画面を意識して見ますか? また映写やスクリーンを、ひょっとしたら最近ではインターネットや携帯電話のモニターを意識して見るでしょうか?  「そんなことは作品の内容とは関係ないでしょ!」というあなた、アナタ、貴方!  いえいえ、そうしたことが制度や構造を問う芸術作品のきっかけとなることがあるのです。つまり私達が暮らす現代のマスメディアの問題や、情報社会の在り方を垣間見るひとつの手段は、メディアそのものについて言及するという方法です。
 今回取り上げるズビグ・リプチンスキーは1949年ポーランドに生まれ、70年代より欧米で活躍するようになった映像作家です。彼は、その映像作品に 顕著に表れるメディアの制度・構造の問題をさらりと見せつつ、単なるメディアの自己言及だけに終始せず、繰り返される人間の営みの物悲しさを、映像に展開していると言えます。その点で一世代前のビデオ作家にあたるウッディ・ヴァスルカや先日亡くなったナムジュン・パイクなどが扱った構造の問題とは一線を画し、リプチンスキーの作品を振り返って見ることは、多様な形で映像を見ることになった現代の私達にこそ意義があるかと思われます。

 初期のフィルムによる作品から、ビデオ作品、ハイビジョン作品に至るまで、彼の一環したテーマとして、「視覚と音楽」、「画面の中の重力の問題」、「映像作品の絵画性」、そして「皮肉に描かれる人間性」などが挙げられるでしょう。視覚音楽的な初期フィルムにおける音と映像の関係の試みの後、彼は画面の中の重力の問題を扱い、モニターやスクリーンという枠/フレームをあえて観客に意識させ、映像が幻影/イリュージョンだということを考えさせます。画面上の天地や重力の問題を扱うことで、構図や構成という難題から離れることができない絵画の問題を一気に映像の問題として引き寄せたと言えます。
 こうした挑戦的なテーマに常に挑み、人間性の皮肉を喜劇的に面白おかしくまとめるのがリプチンスキーならではの表現手法と言えるでしょう。

 彼がかの有名なセルゲイ・エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』(1925年、ソ連)のオデッサの階段シーンを引用する『階段/Steps』(1987年)では、単なるパロディとして描くのではなく、革命を起こそうとするポチョムキン号の水兵達の蜂起の場面に、現代人たちがまるで観光地を訪れるように映画の1シーンに入りこむ様子をコミカルに描くことで、闘争や革命といったものを完全に見世物と化してしまうのです。
 当然こうした名作といわれるフィルム作品を、ビデオ合成技術の極めてテレビ的な使用を前面に押し出すことは、メディアそのものの問題を扱うという作者の姿勢の現われでしょう。
四次元/The Fourth Dimension』(1988年)では、ビデオ映像が光の走査線によって構成されていることから、その走査線を少しずつ遅延させて、ずらしてゆく視覚効果で画像を変化させ、人物や無機物が、何とも言えず有機的に溶解する様を映します。ダリがその絵画作品の中で見せる溶ける物体を、映像で実現させたとも言えるでしょう。
 『オーケストラ/Orchestra』(1990年) では、老い、怠惰、欲望、暴力、犯罪、歴史、政治、道徳、宗教といったモチーフを優雅なクラシックをバックに、反復、無重力感、果てしない空間の広がり、といった舞台の上に様々な人間模様のハーモニーで表現します。この中で彼は東欧人や革命といった自らが属する文化圏や歴史までも皮肉たっぷりにパロディ化しています。

 リプチンスキーは、テレビ的な手法を使用する一方でテレビ的な言説とは異なる表現をしており、また映画的な美学とはまったく違った空間・時間感性と、絵画やダンス、演劇、音楽などをも取り込んでしまう方法論は、この時代のビデオアートの在り方の一つの特徴であると思われます。私達はそこで単なる傍観者にもなれますが、リプチンスキーの仕掛けた様々な仕掛けや記号を読み解き楽しみ、そしてメディアそのものと人間の関係などを静かに考えることも出来るのではないでしょうか。


筆者紹介:瀧健太郎

1973年大阪生まれ。武蔵野美術大学大学院映像コース修了。文化庁派遣芸術家研修員('02)、ポーラ美術振興財団の研修員('03)として、ドイツでメディアアートを学ぶ。国内展にfrom Scratch('05)、「目黒の新進作家展」('07)、海外に「ボーフムビデオアート祭」企画者賞受賞('05)、グラーツ美術館での「BIXファサードコンペティション」最優秀賞とピーター・クック賞('05)をダブル受賞他、映画祭上映など多数。NPO法人ビデオアートセンター東京の運営、早大川口芸術学校や武蔵野美術大学建築学科の非常勤講師を務める。近年ではメキシコシティでの"Central Multimedia"と台湾国立美術館での「アジアンアートビエンナーレ」展覧会とワークショップ('09)や、ユニットMihari名義でドイツ、フランクフルトでの日本映画際"Nippon Connection"('09)のオープニングアクトを務める。様々な活動やゲストを盛り込んだ話が出演番組"Radio/Upstreaming"ポッドキャストで聴ける。

ズビグ・リプチンスキーの主な作品


1972年
「TAKE FIVE」
四角

1973年
ヴィジュアルミュージック

1974年
スープ

1975年
休日
「Locomotive」(英題)
ニュー・ブック

1976年
ご近所への道
もう止まらない!

1979年
私の窓

1980年
「Ski Scenes with Franz Klammer」(英題)
メディア
タンゴ

1981年
「Inhale-Exhale」(英題)

1984年
ザ・デイ・ビフォア
外交官の密やかな愉しみ

1986年
「IMAGINE」

1987年
階段

1988年
四次元
「THE DUEL」

1989年
「CAPRICCIO NO.24」

1990年
オーケストラ

1991年
「WASHINGTON」
「MANHATTAN」

1992年
「KAFKA」


ミュージック・ビデオ作品として、 「CLOSE TO THE EDIT/アート・オブ・ノイズ」 「HELL IN PARADISE/オノ・ヨーコ」 「ALL THE THINGS SHE SAID / シンプル・マインズ」 「THE ORIGINAL WRAPPER/ルー・リード」 「OPPORTUNITIES/ペット・ショップ・ボーイズ」 「KEEP YOUR EYE ON ME/ハーブ・アルパート」 「LET’S WORK/ミック・ジャガー」ほか多数。 その他プロモーション・ビデオやオープニング・シークエンスなど。

(Web版イメージライブラリーニュースへの掲載に当たって、内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は掲載当時のものです。)



参考文献・出典

“ZBIG VISION” http://www.zbigvision.com/、2011年2月アクセス、発行年不明。