武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー

IMAGE LIBRARY NEWS イメージライブラリー・ニュース第21号

みること、描くこと

文=田中友紀子(イメージライブラリー・スタッフ)

 小栗康平(おぐりこうへい)…映画監督。1981年に『泥の河』で監督デビューし、第3作『死の棘』はカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリと国際批評家連盟賞をダブル受賞した。映像そのもので語るような静謐で抽象性をもった独自の表現は、国内外で高い評価を得ている。

 極めて静謐な世界の、静止することで引き伸ばされた時間の網目からその奥にあるものが少しずつ見え始め、少しでも身じろいだらそれが画面から消え失せてしまうのではないか、私はいつもそんなはりつめた気持ちで小栗氏の映画を観る。そして気付く。映画の始まりから終わりまでの間中、何かが自分の中に霧のようにおぼろげに育ち始め、やがて大きな情動へとうねり始める。身じろぎできないのは、その情動に身をゆだねようとする自らの意志なのだと。
 植民地朝鮮の警察官であった父親が家族を朝鮮に呼び寄せて過ごした6年間の後、まさに敗戦の年である1945年に小栗氏は母親の胎内で引き揚げを経験し、群馬県に生まれた。つまり最初の戦後世代である。このことは、小栗氏が戦後の日本人、そしてその時代を生きる「私」のアイデンティティを模索する動因の一つとなった。高校生の時にアンジェイ・ワイダ監督の『灰とダイヤモンド』をきっかけに映画を見はじめた小栗氏は、早稲田大学第二文学部演劇専修を卒業。1970年代はフリーの助監督として篠田正浩監督の『心中天網島』や浦山桐郎監督の『青春の門』、その続編の『青春の門 自立篇』などを経験し、1981年に『泥の河』で監督デビューした。製作は木村プロダクション。鉄工所の経営者で映画製作者でもあった木村元保氏が、「おい、お前、監督をやれ」と小栗氏に声をかけたのだ。原作の『泥の河』は宮本輝の<川>三部作の一編で、昭和31年の大阪を舞台に、主人公の少年・信雄が、初めて生きることの痛みを知る一夏の経験を描いた作品である。戦争を経験し、その後の混乱を生き抜いた父母のもとで最初の通過儀礼を経験する信雄が生きる時代は、まさに小栗氏の少年期と重なる時代であった。『泥の河』に登場する大人たちは、それぞれが戦争を境に引き裂かれてしまった精神を抱え込んでいた。戦前を経験し得ないその子供たちは、親やその上の世代が抱える裂け目をやわらかな心で感じるしかなかったのである。小栗氏は、その裂け目を『泥の河』を撮ることによって埋めようとしたのであろうか。
 裂け目を抱えた心は、次作の『伽倻子のために』でも再び描かれる。1950年代より、いわゆる60年安保といわれる激動の時代を背景に、在日朝鮮人の林相俊(イム・サンジュン)と、朝鮮人の父に養女としてもらわれ、朝鮮人として育てられた日本人少女伽倻子の愛を描いた同名小説が原作となっている。原作者は李恢成(リ・カイセイ)。自身も同じ時代を、在日朝鮮人学生として生きた人である。ここには、在日朝鮮人が抱える二つの民族の狭間で引き裂かれる痛み、さらに朝鮮人として生きろという親と、在日朝鮮人としてのジレンマにもがく子の間に横たわる戦前世代と戦後世代の心の段差から生まれる痛みが内在している。在日朝鮮人の物語を日本人が当事者問題として描くことの及ばなさを感じた小栗氏は、ただ、見つめることで描こうとした。映画『伽倻子のために』はことさらに物語の流れを説明することを拒む。小栗氏は著書「映画を見る眼」で次のように語っている。「人物が映っている画像の全体が、すでにある語りをもっている、ナラティブをもっている。そのことだけをたよりにして、見ることに心を込めよう、そう考えたのです。それがうまくいったかどうかわかりませんが、画像は単一のことを語るのではなく、つねに多義的なものをそこに含んでいて、物語とはその一部が形を成して行ったことの結果ではないか、そう思うようになりました。自分は物語を語ることはできないけれど、多義的な場としてそれを見ることはできる、そんなふうに考えたのかもしれません。」(小栗康平『映画をみる眼』p.136-137)
 見つめることで描く…そこにあるものを分解し、色を塗り、言葉で説明して観客に判らせるのではなく、映画の目によって見つめることで、映し出される世界が内包するものの輪郭を浮かび上がらせるのである。『伽倻子のために』のそうした文体は、小栗氏のその後の作品の方向を決定付けた。
 第三作『死の棘』は、島尾敏雄の小説が原作である。この映画には、特別な構造が隠されている。それを知るには、まずこの原作について少し触れなければならないだろう。原作者の島尾敏雄は、戦時下、特攻隊の指揮官として奄美諸島加計呂麻島に赴き、死を宿命として受け入れざるを得ない状況の中で、後に妻となる島の女性ミホと出会い恋におちる。島尾はひたすら死にゆく時を待ち、そして出撃するその日、ミホもまた死を覚悟する。しかし、島尾隊の出発は遂に訪れないままに終戦の日を迎え、二人は生き延びる。『死の棘』は島尾がミホと結婚して10年が経過した頃に勃発した夫婦の事件を描いた小説である。ある日、妻ミホが繰り返される夫の情事のために精神に異常をきたし、取り憑かれたように夫の過去をあばきたて始めるのだ。しかし、ここに時間のずれが生じている。ミホが狂気に取り憑かれて入院するまでを描いた『死の棘』は、夫人が退院し、一家が奄美へ移住した後の、実に16年余という現実の時間をかけて執筆されたのである。それは、妻ミホの治癒の期間と重ねあわされる。島尾は、過去に起こったその出来事を執筆することで、妻ミホの現在の精神を、そして戦争で巨大な死に直面した島尾自身の中にある裂け目をつなぎあわせようとしたのではなかったか。『死の棘』は、夫婦の壮絶な葛藤を描いていながらも、その先の現在を生きる二人の精神を救うために作用しているという構造をもっているのだ。『死の棘』は二人が死から生へと復帰するために捧げられた祈りなのである。映画『死の棘』は、そうした抽象性を、自然や時間のはぎ落とされた人工的な空間に描き出した。夫婦の精神が支配する閉ざされた「場」こそが、それを描ききるにふさわしい。「場」を見つめる、それこそが映画の根底に流れている感情そのものを見つめることになっていく。
 以上の三作品は、1950年代を舞台にした<戦後三部作>と呼ばれ、一貫して戦後世代と「私」とは何かを問い続けた作品であった。そして1996年、小栗氏は初めてのオリジナル脚本で『眠る男』を発表する。小栗氏の故郷である群馬県の事業として製作された作品で、眠ったまま動かず語らない男が主人公という、それまでにない話法で語られた映画である。移り行く季節、月の満ち欠け、森の、そして人間の営みが、<眠る男>を中心に連なり、人間も自然も、生も死も、すべてがそこにただ等しく「在る」という、いのちの根源的な記憶を呼び起こさせる。「私」とは何か、という問いは、分断された世界を包み込むような精神の高みへと昇華していく。ここでも、小栗氏はただ静かに見つめることで語ろうとする。昏々と眠り続ける男の姿、森の風に揺れる木々、宗教画のような光が差し込む<月の湯>、そしてすばらしい能舞台「松風」のシーン。断片的に描かれる人生や自然が営まれる「場」は豊かな時間を内包し、やがて現実と幻想、生と死の世界は同化していく。これほどまでに森羅万象の境界が融解するさまが自然なのは、描かれる「場」に象徴性、抽象性が具わっているからであろう。小栗氏の作品に共通してある「場」の象徴性、抽象性は、見えている現実的な関係を解き放ち、世界はもっと自由で柔らかなものだと語りかける。最新作『埋もれ木』は、まさにそういう作品であった。
 小栗氏が描いたのは、引き裂かれる痛みであり、崇高な祈りであり、森羅万象が融解するパラダイスであった。しかし、小栗映画を形作っているものは、作品の根底にあるそうしたテーマだけではない。言葉で語ることができない、その合間にあるはっきりと見ることのできない曖昧な映画の感情である。我々観客は、その感情に身をゆだね、至福の映画の時間を享受できることを喜びにするのである。

小栗康平監督作品紹介

文=木村美佐子、久保田桂子(イメージライブラリー・スタッフ)

泥の河
1981年/105分/モノクロ 原作:宮本輝/脚本:重森孝子/撮影:安藤庄平/音楽:毛利蔵人/美術:内藤昭/出演:田村高廣、藤田弓子、加賀まりこ

昭和31年、大阪。安治川の川岸で食堂を営む夫婦の息子・信雄は、対岸につながれたみすぼらしい宿舟の姉弟と友達になる。父母は宿舟の姉弟を夕食に招き、子どもたちの友情を温かく見守るが、父は信雄に夜、宿舟に行くことだけは許さなかった。姉弟の母親は舟で売春を営んでいたのだ—。 まだ癒えきらぬ戦争の傷を抱えながら、高度経済成長期に突入しようとする時代を懸命に生きる大人たちと、そうした大人たちのもとで成長を遂げていく子どもたちの姿を通し、人生の淀みとたゆたいを静かに描いた小栗康平の初監督作品。原作は宮本輝の処女作。自主製作、自主公開ながら大きな反響を得て東映での配給が決定し、モスクワ映画祭銀賞受賞、アカデミー賞外国語映画賞ノミネートなど国外でも高い評価を得た。

伽倻子のために
1984年/117分/カラー 原作:李恢成/脚本:太田省吾、小栗康平/撮影:安藤庄平/音楽:毛利蔵人/美術:内藤昭/出演:呉昇一、南果歩、浜村純

終戦を機に家族とともに樺太から引き揚げてきてから10年、在日朝鮮人二世である大学生の相俊(サンジュン)は、父の友人である松本のもとを訪れた。在日朝鮮人である松本は日本人女性を妻にして、伽倻子という少女を養子として育てていた。伽倻子は戦争の混乱期に両親に捨てられた日本人少女だった。相俊(サンジュン)と伽倻子は惹かれあい、お互いの両親に隠れて東京で同棲を始めるが、やがて彼らの複雑なアイデンティティが二人の愛を引き裂いていった。 在日朝鮮人作家、李恢成(リ・カイセイ)の同名小説を映画化。差別や偏見を乗り越え、自らの存在を追い求めようとする青年と少女との愛と別れを悲哀を込めて綴った。
ジョルジュ・サドゥール賞、ベルリン国際映画祭国際アートシアター連盟賞受賞。

死の棘
1990年/114分/カラー 原作:島尾敏雄/脚本:小栗康平/撮影:安藤庄平/音楽:細川俊夫/美術:横尾嘉良/出演:松坂慶子、岸部一徳、木内みどり

1944年、特攻隊長として奄美諸島加計呂麻島に駐屯したトシオは、島の娘ミホと運命的な恋に落ちた。トシオの出撃の際には共に死を迎えようと、ミホは自決を覚悟していたが、出撃のないまま二人は敗戦を迎える。そして結婚後10年。トシオの浮気を契機にミホは精神を病み、トシオに偏執的な尋問を繰り返すようになった。家庭崩壊の危機の中、作家として自我を問い続けていたトシオは、やがて仕事にも行き詰るようになる。激しい発作を起こすようになった妻を前に、トシオは全てを投げ打ち、彼女の病んだ精神に寄り添うことを決意する。 原作は島尾敏雄の同名の私小説。一組の夫婦の崩壊と再生を軸に、『泥の河』の伝統的な映画描写とは一転した独特の様式美で彼らの精神の交信を描き上げた。
カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ、国際批評家連盟賞他受賞。

眠る男』 1996年/103分/カラー  脚本:小栗康平、剣持潔/撮影:丸池納/美術 :横尾嘉良/音楽: 細川俊夫/出演:役所広司、安聖基(アン・ソンギ)、クリスティン・ハキム

温泉の湧き出る山間の町。老夫婦が住む古い日本屋敷の一室、一本の白モクレンを望む座敷で静かに眠り続ける男「拓次」がいる。彼は山で転落して以来、意識不明のまま眠り続けている。
群馬県の製作のもと、監督がオリジナルの脚本によって山間部の町の自然とそこに流れる命の時間を描いた作品。地域の自治体による製作という前例を見ない試みに加え、動かず語らない主人公を中心とすることで、従来の人間中心の映画とは異なる新しい映画の形を模索した。直線的に進行するストーリーは無く、そこに暮らす人々と自然の時間を多面的に描き重ねていく。ここでは人と自然が平等な眼差しのもとで描かれ、やがて眠り続ける男の魂をゆっくりと周囲の自然に溶解させてゆく。
モントリオール世界映画祭、審査員特別大賞、ベルリン国際映画祭国際アートシアター連盟賞他受賞。

埋もれ木
2005年/93分/カラー 脚本:小栗康平、佐々木伯/撮影:寺沼範雄/美術:横尾嘉良、竹内公一/出演:夏蓮、浅野忠信、坂田明

高校生の主人公まちと友人達は、自分達で作った物語をリレーしていく遊びを考える。「ペット屋がラクダを仕入れたら」というエピソードから始まった夢物語は、やがて彼らが住む町の日常の風景を織り込みながら様々に膨らんでいく。ある日、町のはずれで太古の昔火山灰に埋もれた樹木〈埋もれ木〉が見つかり、人々はその場所に惹かれるように集まってカーニバルを始める。
『眠る男』に続き監督のオリジナル脚本によるファンタジー作品。大人達の生活に流れる時間と、子ども達の空想物語に流れる時間。生きている中で出会う異なった質の時間と空間が、映画という幻想的なイメージ(虚像)の中で重なり合い、時に共鳴し合う。

(Web版イメージライブラリーニュースへの掲載に当たって、内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は掲載当時のものです。)



参考文献

小栗康平「哀切と痛切」平凡社、1996年。
-「見ること、在ること」平凡社、1996年。
-「映画を見る眼」NHK出版、2005年。
-「時間をほどく」朝日新聞社、2006年。
「『眠る男』パンフレット」岩波ホール、1996年。
「『埋もれ木』パンフレット」「埋もれ木」製作委員会/ファントム・フィルム、2005年。
「DVD-BOX『小栗康平監督作品集』解説ブックレット」小栗康平事務所、2005年。