武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー

IMAGE LIBRARY NEWS イメージライブラリー・ニュース第23号

新世代のアニメーション 大山慶 「生を凝視する」

     文=土居伸彰(アニメーション研究)

ゆきどけ

診察室

ゆきちゃん

   大山慶は、適切な見方を知らないかのようにして世界を眺めている。わき目も振らずじっと見ているのだが、その凝視の仕方が少し変なのである。なんだか根本的なところでバランスが取れていない気がする。もしかしたら、目を離したくとも離せないのかもしれない。あることが少し気になってしまうと、それを思わず見つめてしまう。その場を去ったとしても、そこから一旦感じ取ってしまった生々しさはこびりついたままで、想像が勝手にそれを増幅させてしまう。
 大山慶はなにかに取り憑かれたかのように人体の表面を一心に見つめる。一般的なアニメーションが人間の皮膚を描くとき、輪郭線を囲んでそのなかを肌色に均一にのっぺりと塗る。しかし大山慶はいろいろな人の写真を撮り、それをたくさん貼り付けて皮膚をグロテスクにつくりあげる。それゆえに、肌は毛穴のでこぼこやカサカサだらけになる。背景など他の部分も決して情報量が少ないわけではないが、皮膚が突出して過剰に表現されている。転んだせいで皮膚に残るじくじくとした傷口からは、じっとりとした粘液まじりの血が覗く。それをじっくりみてしまうと、皮膚が全部腐食し、血がぴっぴっと飛んでいくような想像が始まってしまう。人間というのは血と肉の詰まった皮の袋なのだという考えが頭に浮かび、こびりついて離れなくなる。
 大山慶の目を惹き付けてやまないのは、生きていることがもつ過剰な力だ。グロテスクな肉塊がびらりと露出し粘液が飛び散ることは死を連想させるかもしれないが、それらが皮の下でどくどくと脈づくのも生きているがゆえのことだ。『ゆきちゃん』という作品では、少年は友達の女の子の死体に触る。その冷たさにびくりとする。しかし、その体験が実感させるのは驚くべきことに死ではなく、冷たい死体に触れた自分の身体が温いということであり、先ほど蚊に食われた自分の手の甲がぷくりと膨らんでかゆいということなのである。大山作品は死さえも呑み込み、生へと転化してしまう。荒ぶる生に触れようが、冷たい死に触れようが、どちらにせよ生の実感へと辿り着くのである。
 生の抑えがたい力は、いつだって人を圧倒的に凌駕しバランスを崩そうと待ち構えている。だから世界に対する模範的な見方など、生の過剰な力を無視して単純化してしまうことによってしか存在しない。なにかしらのかたちで、奇妙に歪まざるをえないはずなのである。生きていることはとても不思議な体験であり、生をじっと見つめていれば、次から次へといろいろなものが湧いてきて、思いもよらぬ姿をみせつづける。大山慶は画集を買わずに医学書を買うし、作品には音楽ではなく雑然とした音を使う。世界を、なんらかのフィルターに通される以前の状態で相手にするのだ。それゆえに、生の力は思いもよらぬところから飛びかかってくる。しかし大山慶は生きていることがもつその過剰さをそっくりそのまま受けとめようとする。その態度は生に対してきわめて誠実だ。彼の作品世界がもつ、歪みながらも濃密な感触こそが、そのなによりの証拠である。


大山慶 KEI OYAMA
大山慶氏は1978年に東京に生まれ、イメージフォーラム付属映像研究所、東京造形大学、同大学院修士課程を経て創作活動を続ける新世代のアニメーション作家である。卒業制作作品「診察室」がBACA-JA最優秀賞などを受賞、さらにカンヌ国際映画祭監督週間、ロッテルダム国際映画祭、バンクーバー国際映画祭など多くの国際映画祭に正式招待されている。
 作品は一貫して、夢や記憶の中のような世界をリアルな質感をもった独自の手法・語り口で描いており、そこにあるのは誰もがもつ記憶の襞にあるプリミティブな世界、幼い頃に抱いた幻夢に共鳴する不思議な世界である。どの作品にも共通してある皮膚感覚を誇張した表現が、観客の原初的な記憶やイメージをじわりと触発していく。

ゆきどけ
2004年/ 7分
子供部屋から雪の中に横たわる犬の死体を見つけた少年。その日の夕食の時、少年は肉料理に恐怖を感じ、その嫌悪と不快感は部屋中に広がってゆく。

診察室
2005年/ 9分
病院で診察中の男の脳裏に、突如小学生の頃に経験した保健室の記憶が甦る。カンヌ国際映画祭監督週間正式招待、アルスエレクトロニカ入賞作品。

ゆきちゃん
2006年/ 5分
友だちの少女“ゆきちゃん”の死。少年は初めて死と生の存在とその境界をおぼろげに感じ取る。

山形ドキュメンタリー映画祭を訪ねて

文=久保田桂子(イメージライブラリー・スタッフ)

 山形国際ドキュメンタリー映画祭…17年間山形の牧野村を拠点に活動したドキュメンタリー映画監督の小川紳介の発案のもと、’89年に山形市で始まった国際ドキュメンタリー映画祭。隔年に開催され、世界の長編ドキュメンタリー映画やアジアのドキュメンタリーコンペティションに加え、毎回個性的な特集上映が企画される。

 昨年10月に山形国際ドキュメンタリー映画祭を訪れた。東京駅から山形へ向かう夜行バスの車内で、私はある一本の映画を思い出した。それは『100人の子供たちが列車を待っている』という映画で、チリの郊外にある子供映画教室を舞台に、映画館へ行ったことのない貧しい子供たちと、彼らに手作りで映画を教える魔法使いのような女の先生が登場する。彼らは紙とハサミを使って映像の動く仕組みを学んだり、教室で様々な映画を見てその歴史を学んでゆくのだが、この映画で一番心に残ったのが、最後に子供たちを乗せたバスが町の映画館へ走ってゆく場面だった。あの子供たちの映画バスに山形行きのバスを少しだけ重ねてみたい。今回初めて訪れた映画祭は、映像との多様な出会いを与えてくれる冒険的で創造的な場所であり、ここで出会った映画の多くが「映画とはなんだろうか?」という、最初の驚きの場所へと私を立ち返らせてくれた。

 ドキュメンタリーという言葉から、思い浮かぶのはどんなイメージだろうか? テレビのドキュメンタリー番組を思い浮かべるという人も多いかもしれない。ドキュメンタリーは社会的な映像表現として捉えられることが多いが、山形国際ドキュメンタリー映画祭ではもっと広い範囲での、映画としてのドキュメンタリーを紹介している。ドキュメンタリー映画作家の佐藤真は、著書の中でドキュメンタリー映画についてこう書いている。

「ドキュメンタリー映画は、断じてレポートでもジャーナリズムでもない。新しいニュースをいち早く伝えるのがジャーナリズムで、いささか旧聞に属する事実を新しい切り口で料理するのがレポートだとすると、古くからある人間の謎を新しい関係で描くのがドキュメンタリー映画である。少なくとも、言葉にしたとたんに嘘っぽくなってしまう、えもいわれぬ感情、つまり映画でしか描けない世界を軸に、何らかの現実問題を描くようにしなければならない。私にとってドキュメンタリー映画は、人間とは何かという少々大袈裟な古くて新しい問題と同意義である。」 (佐藤真「日常という名の鏡:ドキュメンタリー映画の界隈」p80)

 山形で上映される映画は多種多様である。時代の急速な変化の中、消えてゆくものの息遣いを定着させたいという切実な思いから生まれた映画があり、過去を見つめ、そこから今を知ろうとする映画がある。一方で、親しい人々への感情をカメラの眼差しで結晶させた映画もあり、人生の感覚を詩的なアプローチによって捉えようとした映画もある。またさらに、映画の形態自体をあらたに捉えなおすような実験的な映画も紹介されている。山形はこうした映画を通して、様々な形の「今」を見つめている。どの作品にも共通して感じられるのは、映像作家達の探求の姿勢である。作家それぞれが自分自身のやり方で他者や世界へアプローチし、時間をかけて真実へ近づこうとしている。その歩みそのものが映画に結晶しているのだ。これらの映画は娯楽商品としての映画とは少し異なった形をしているが、時に見る者の人生の体験へ直接に響く力を持つ。

 ’07の大賞作品「鳳鳴(フォンミン)−中国の記憶」は、1950年代以降中国で起きた2つの粛正運動で迫害を受けたひとりの女性についての映画である。自室のソファに座った女性が自らの体験をカメラの前で語り続ける。カメラは殆ど動くことなく、その様子をただじっと見つめている。出来事や事件を説明するナレーションや資料映像は一切入らず、延々と彼女が語る映像が続いてゆく。この削ぎ落とされた映像のスタイルに私は最初とても戸惑ってしまった。しかし大きなスクリーンで見ていると、彼女の語りが深まるにつれやがてスクリーンの枠が消え、部屋で彼女と2人きりで対峙しているように感じてくる。そしてある瞬間、この小柄な女性の向こうに動く巨大な歴史の流れを感じた。  山形で出会った映像作家達に共通して感じたことがある。それは、彼らがカメラを介して人と向き合うことに強く自覚的であり、謙虚な姿勢を持っていたということだ。カメラはその歴史の中で大きな権力に抵抗する武器として用いられてきた一方で、時にその暴力的な側面が人を貶めてきた。彼らはそうした映像の負の側面をきちんと自覚した上で、それとは異なる豊かな関係をカメラの向こうの人々と取り結ぼうとしている。「鳳鳴」は、映画への問いかけとしての映画でもあるのではないだろうか。カメラの誠実さと包容力の可能性について、また、カメラの向こうの側にいる、生活する人間に対する当たり前の尊敬と信頼についての感覚を、再び思い出させてくれるような気がした。

 上映後の会場ロビーでは、監督と観客達が話しこんでいるのがよく見られた。様々な人達が一本の映画について語り合うのを聞いていると、監督の想いの深さだけでなく、観客の受け止め方の多様さ、豊かさにも驚かされる。海外のドキュメンタリー映画を見ている時、最初は文化や意識の違いばかりに目を奪われてしまうが、しかしやがてスクリーンの中に自分と共通の想いを発見する。映画を見る時、人は自分の記憶や人生の経験を用いてスクリーンに映し出された映画と共鳴する。映画のどの部分で共鳴するかは見る人によりそれぞれ異なるが、確かに違いを超えたところで共鳴し合えるものがある。このことを山形でははっきりと感じることが出来る。映画祭の間、メイン会場から見下ろせる大通りには山形市民とともに、映画祭を訪れた様々な国の人々が行き交う。この風景を見ていると、映画の多種多様なスタイルは人の生の多様な形そのものではないだろうかと思えてくる。

参考文献
『日常という名の鏡:ドキュメンタリー映画の界隈』 凱風社、1997年

イメージ・コレクション其之一 『福音の光』の寓意画(エンブレム)

文=松本夏樹(武蔵野美術大学、大阪芸術大学非常勤講師)

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(Web版イメージライブラリーニュースへの掲載に当たって、内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は掲載当時のものです。)