武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー

IMAGE LIBRARY NEWS イメージライブラリー・ニュース第25号

「映画を見る」ということ

文=木村美佐子(イメージライブラリー・スタッフ)

 映画『女と男のいる舗道』の中に、アンナ・カリーナ演じる主人公ナナが映画館に立ち寄る有名なシーンがある。上映作品はカール・ドライヤー監督の『裁かるゝジャンヌ』。映画館の暗がりの中で、ナナはフィルムが放つ光を一身に浴びる。その瞳からは、スクリーンに映し出される悲劇のヒロイン、ジャンヌ・ダルクと同様に大粒の涙がこぼれおちる。映画館を出てからも、ジャンヌとの相似が引き継がれたかのように、ナナは転落の一途をたどる。
 映画には人生を変えてしまう魔力がある。『フランケンシュタイン』をくいいるように見つめる少女アナも(『ミツバチのささやき』)、『カサブランカ』をこよなく愛するうだつのあがらない映画批評家も(『ボギー!俺も男だ』)、それぞれ映画の幻影に寄り添われる。彼らのようにフランケンシュタインと心を通じ合わせたり、ハンフリー・ボガートから人生のアドバイスを受けたいのなら、私たちは映画館に足を運ばなければならない。映画のイニシエーションはいつでも映画館で達成されるからだ。

 今日では携帯電話で簡単に映画を見ることも可能だが、映画誕生の瞬間を振り返れば、携帯の小さなディスプレイがどれほど「映画」にそぐわないかがよくわかる。映画史の起点は1895年12月28日。その日、リュミエール兄弟が開発したシネマトグラフによるフィルム上映がパリのグラン・カフェで開催された。そこで上映された10本ほどの作品の中で、最初に上映された『工場の出口』が、世界初の映画といわれている。
 しかしそれ以前にも、人間は自らの視覚を満足させるために多くの映像にまつわる玩具や装置を発明していた。17世紀末に写生に利用されたカメラ・オブスクーラもそのひとつ。カメラ・オブスクーラの内部では、小穴から差し込む光が外の風景の上下左右さかさまの像を結ぶ。画家たちはその中を覗き込み、そこに投影された像をなぞることによって、風景の正確な遠近感を表現することができた。写真用カメラの原点、つまりは映画用カメラの原点でもあるその暗箱は、映写室の小窓からフィルムが投影される映画館の内部とそっくりだ。
 『工場の出口』の直前、1891年にエジソンが発明したキネトスコープは、箱の内部でフィルムが廻るのを覗き見る装置だ。シカゴ万国博覧会にも出展されたキネトスコープは世界的な人気を博したが、「映画」にはなり得なかった。工場の出口から出てくる人々の姿を捉えただけの素朴な映像を「映画」たらしめた要素とは、大きなスクリーンに投影されたその映像を多くの観客たちが同時に共有したからにほかならない。1895年という年が映画の歴史において華々しい輝きを保持し続けるのは、「動く写真」が投影というシステムを手に入れたからなのだ。暗闇の中で感覚をとぎすまし、見知らぬ人たちとともに映像を見るという非日常的な体験こそが映画の醍醐味といえる。
 手軽に映画を見られる、もしくは作れてしまう時代だからこそ映画評論家のコメントは辛口だ。カイエ・デュ・シネマ誌の編集長であるジャン=ミシェル・フロドン氏は、現代の氾濫する映像を「映画の実践」ではなく「オーディオビジュアルの実践」とし、「上映されたいという欲求を持っているものが映画なのだ」と語っている(*1)。また、2008年にイメージライブラリーの講座で講演していただいた梅本洋一氏も、こんな言葉を残してくれた。「DVDで見るのは画集で見るのと同じです。(略)画集で見ればいろんなことを覚えられるし、いろんな知識も得られるけど、本物を見た方がいい。」(*2)

 息をひそめ微動だもせず、『女と男のいる舗道』のナナはスクリーンを見つめる。彼女の瞳に映るのは、大きく引き伸ばされることで初めて肉眼にさらされるフィルムのマチエール、闇から光までをつなぐ銀粒子の繊細な筆致――本物の『裁かるゝジャンヌ』だ。
 映画という身体的体験を得るためには、暗箱の中を覗くのではなく、彼女と同じように、自分自身がそのシステムの内部に入るしかない。暗箱の世界の住人になるしかないのだ。そのとき初めて、映画は私たちに至福の瞬間を与えてくれる。

(*1) 映画美学校において2009年1月29日に開催された講演「映像配信の時代における映画上映について」より引用。
(*2) 第29回イメージライブラリー課外講座「ヌーヴェルヴァーグ再考」より引用。

イメージ・コレクション其之三 『覗く愉悦』

文=松本夏樹(武蔵野美術大学、大阪芸術大学非常勤講師)

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(Web版イメージライブラリーニュースへの掲載に当たって、内容の一部を割愛・編集しております。名称・役職名等は掲載当時のものです。)