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ラディスラフ・スタレビッチ

Wladyslaw Starewicz

Владислав Старевич

生年月日

Date of Birth

1882/08
没年月日

Date of Death

1965/02/28
出身地

Birth Place

リトアニア/Lithuania 帝政ロシア,ヴィルニュス 旧ヴィルノ
経歴

Biography

世界最初期の人形アニメーション作家。ペテルブルグ美術学校卒業後、博物館に勤務していた頃に(ハンジョンコフ社で記録映画を手掛けていた頃という説もある)、昆虫の生態を撮影しようとしたが上手くいかなかったため、虫の模型をコマ撮りするというアニメーションの技法に行き着いたと言われている。(※スタレビッチがアニメーションを手掛けるようになるまでのいきさつは、本人の回想が事実と一致しない点もあり、事実は不明なので留意が必要である。)処女作「麗しのリュカニダ」は世界各地で話題となった。1912年に制作された代表作『映画カメラマンの復讐」は本物の虫を調教しているのだと勘違いした観客もいたという。翌年に制作した「バッタと蟻(蟻とキリギリス)」ではロシア皇帝から賞を授与された。またこの作品はパリで公開され、海外で上映された初めてのロシア映画となった。ロシア革命後の1919年、パリに亡命し、その後もフランスでアニメ制作を続けたが、1965年「犬猿の仲」の撮影中に亡くなった。 ヴワディスワフ(Wladyslaw)が本名だが、亡命後は西欧人が発音しやすいようにラディスラフ(Ladislas)の名を使っていた。

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